直樹は本屋に向かうため電車の中だった。
音楽を聴くこともなく、座席に座って文庫本を読んで目的地に着くまでの時間をつぶしている。
一人でライトノベルを買うため東京の主要駅まで行くところなのだ。
今年の春、大学を三年目で中退し今はニートであり、平日の午前中からこうして出かけることができる。
今日は五月上旬で過ごしやすい晴れの天気で、すがすがしい陽気、まさにお出かけ日和だ。
「あの、その、直樹さん」
女性の声でいきなり名前を呼ばれ、直樹はびっくりして目線を手元の本からあげる。
すると、目の前のつり革につかまって立っている知らない同じ年位の少女がこっちを見つめていた。
なぜかメイド服を着ている。かなりかわいい顔をしている。
「なんでしょうか?」
直樹は少し不信ながらも返事をした。
さっと周りを確認するとこの車両には二人の他に誰も乗っていなかった。
「あ、えっと、折り入って相談というか、お願いがありまして」
座っている直樹に合わせるように若干屈みながら、恥ずかしそうにしている。
メイド服を着ている位なのに恥ずかしそうにしている所がどこかちぐはぐな感じだった。
「はい?」
「アルバイトのお誘いというか、ちょっとここでは詳しく話せないので私と来てほしいです」
「怪しくない?」
「いえ、少し変わったお仕事ですが、怪しくはないです!」
直樹はさらに怪しいと思いつつ、視線を返す。
「直樹さんファンタジーとかお好きですよね? ちょっとファンタジーな感じの事について協力してほしくて」
「よく知ってるね。あと名前とかも」
「ええ、まぁ。いろいろです」
少女は返事をごまかしつつ手を差し出してくる。
直樹は、びっくりしすぎて逆に冷静になってしまい、自分を客観視するような気持ちで、この状況を分析しようとしていた。
直樹はファンタジーという言葉に客引きなどにある怪しさよりも好奇心をくすぐられていた。
やばいと少しでも感じたら、そのときに逃げればいいと考えもう少し付き合うことにした。
「次の駅で一緒に降りてくれませんか? 人払いの魔法を掛けてあるのであまり人はいないと思いますので目立ちません」
「ま、魔法?」
「正確には『魔法みたいなもの』です」
余計あやしいものの、実際この車両には他に誰もいない。
メイド服と一緒に歩いている所を人に見られないのは確かに悪くないが、どうしたものか。
ただの不思議ちゃんかそれとも本当に『魔法』なのか。
魔法もファンタジックな事も現実では発生していない、それは本の中だけの世界のはずだ。
電車が減速を始め、前のほうに引っ張られる。
「着きました。さあ、行きましょう」
ドアが開いたので、直樹は手を引っ張られて立ち上がった。
彼女が手を放して外に向かって歩き始めるので、そのすぐ後ろをついていく。
車外に出てみても、見える範囲ではホーム上に誰もいなかった。
そのまま、階段を下りて行ってしまう。
ICカードを使って改札を抜ける。
この駅は東京だがマイナーで駅前は道が狭く、やはり車や人が誰もいなかった。
黙ったまま駅を出て左に曲がるので、直樹も無言でついていく。
「ちょっと行ったところにある喫茶店に入りますね」
「ほんとに誰もいないな」
直樹は少しだけ離れて改めてメイド服全体を眺めてみる。
背は直樹よりかなり低いようだ。
髪の毛は黒髪のストレートで肩位までの長さにヘッドドレスを付けている。
白と水色のメイド服で腰の後ろ側に大きなリボン、フリルのついたミニスカート、白のニーソックスを履いてこげ茶のローファーを履いている。
そして、斜めにネコさんポシェットを掛けていた。
目的地は案外近かったようで、彼女が道沿いのドアの前に立ち止まった。
「ここです」
「はい」
木のドアには『喫茶モモンガ』と書いてあり『Closed』の札が下がっている。
小さな窓しかないようで、隠れ家的な喫茶店だった。
彼女はポシェットを開けて鍵を探し、鍵を開けてドアを開けた。
カランカランと鈴が鳴った。
「どうぞ、入ってください」
彼女はそう言うと先に中に入ってドアを開けたまま押さえている。
「はい、おじゃまします」
店内は四人掛けのテーブルが三つに七席位のカウンター席があった。
「今日は火曜日なのでお休みなんです。お好きなテーブル席へどうぞ」
「はい、失礼します」
一番近くのテーブルの壁際に座った。
「飲み物は何にしますか? メニューをどうぞ」
「はい」
彼女はメニューを差し出しながら、笑顔で頭を下げた。
「緊張してますか?」
「はい」
直樹は自分が先ほどから緊張していることを言われて気が付いた。
「はいばっかりになってますよ。実は私も少し緊張してます」
直樹は気持ちが少しだけ楽になって、引きつり笑顔を返してうなずいた。
そして気持ちを切り替えようとしてメニューに視線を落とした。
「その格好はこのお店の衣装?」
「そうです。でも本当は半分は趣味ですね」
「今日はお休みだったね」
「お休みの日は、いつもは普通の格好ですよ。今日は特別です」
「なんで特別なの?」
「直樹さんに会うためです」
どうやら、今日直樹に会って声をかけたのは偶然ではなく予定通りだったようだ。
「それじゃあ、アイスコーヒー一つ」
「かしこまりました。あらかじめ冷やしてあるのがあるので、すぐ持ってきます」
彼女はもう一度頭を下げるとカウンターの裏側に行ってしまった。
店内はBGMもかかっておらず、ただ彼女が作業している音がたまにする以外はすごく静かだった。
ここは線路沿いだが、防音がしっかりしているのだろうか。
しばらくするとトレーを持って戻ってきた。
「アイスコーヒーです。それと|水羊羹《みずようかん》サービスです」
アイスコーヒーとテーブルの向い側にアイスカフェオレを置いて、二つ水羊羹をそれぞれ並べると、彼女は向かいの席に座った。
「この店すごく静かだね」
直樹は、気の利いたことなど思いつかなかったのでさっき考えていたことをそのまま言った。
「実は、お店には音とか振動を遮断する魔法が掛かっています」
とさらりと彼女は言った。
「本当に? また魔法なの?」
「ええ。何から話したらいいか……」
彼女は思案顔になって首をかしげている。
正面から見ると、ヘッドドレスの左右と首元に小さな赤いリボンがアクセントになっている。
左胸のところにピンクの生き物の顔が刺繍してある。
「そうですね。たとえば宗教の神話とかのお話ってどれ位信じてますか? そのお話の全てが実話とはちょっと信じられないですよね。すごい奇跡とかでてきますし。でも、いくつかの宗教を始めた人って、実際に存在した人だったという部分は、信じられませんか? 三種の神器も神話の話ですが現存していると言われています。ファンタジーにもいろいろなものが登場します。もし、ファンタジー要素といわれる物の中に、世間一般には知られていないけれど、実際に存在する物があるとしたらどうでしょう。すべてがすべて嘘ではないんです」
「なるほど、全部架空の事とは確かに限らないね」
「でしょう?」
直樹はアイスコーヒーを一口飲んでから質問をした。
「不思議なことは実在する。それはいいです。それで僕にバイトというかお願いというのは?」
「直樹さん本、ライトノベルをよく読むみたいですね。それで、その本にでてくる不思議な事で『実在』しそうな事を一緒に探してほしいのです」
「実在しそうなファンタジー要素を探してほしい?」
「そうです。作家の方の中には、人ならざる者だったり、不思議な事に実際に出会っている人がいると思うんです。そういう人は、嘘を書いているようで事実を書いていることがあると思います。私はそういう物・人を探したいのです」
「それで僕は何をすれば?」
「まず小説のチェック。そして東京を足で歩いて探してほしいです」
直樹は、うなずきOKの返事をする。
「探偵みたいな仕事だね」
「そういわれるとそうですね」
「出版社に問い合わせるというのは?」
「出版社は一般の人を作者に合わせてくれないですし、『本当の事ですか』と聞いたとしても、否定するだけです」
「なるほど」
「ちなみにお仕事とか勉強とかはしてないんですよね?」
「はい。ニートです」
「あと、その……」
彼女は一度言いよどんだ後、もう一度口を開いて
「時間があったら、一緒に喫茶店でも働いてください」
「え、あ、はい」
勢いで直樹はうなずいてしまった。
「アルバイトが集まらなくて困ってたんです」
「さようですか」
まあいいか、暇だったしと自分に言い訳を考える。
でも接客業は苦手なほうだったどうしよう。今更断れないななどと考えていた。
そういえばと直樹は質問をする。
「ところで、あの、あなたのお名前は?」
「あれ?まだ名乗ってませんでしたか。|上村 菜帆《うえむら なほ》です。よろしくおねがいします」
「こちらこと、|森山 直樹《もりやま なおき》です」
「さて、あったまる前に水羊羹を食べましょう」
「はい」
二人は水羊羹を食べて、今後の話などをして携帯のアドレス交換をした。
その後二人は、電車で移動し電気街に来ていた。
当初の目的の文庫を買うためだ。
直樹は一人で行こうとしたが、なぜか菜帆が付いて来たがったからだ。
今は駅から出て店に行く途中にいる。
菜帆は相変わらずメイド服のままだ。
彼女|曰《いわ》く「あまり目立たない魔法を掛けている」そうだが、直樹にはとても魔法がかかっているとは思えなかった。
すれ違う人や周りの目が気になってしまう。
それでも、離れて歩くわけにはいかないので、隣に並んで歩いていく。
「本を買うのはインターネットでもいいんだけど、並べられている本の中から良さそうな物を探すのも良くて、よく本屋に来てるんだ」
「私もそうで、たまに本屋に来ます」
「そうなんだ」
会話は、とぎれとぎれという感じで進んでいく。
「私、女子高育ちで男の人と話したことあまりなくて、何しゃべったらいいかわからないの」
「僕も口下手で何しゃべったらいいか分からないよ」
「いっしょですね。彼女とかは?」
「いないよ。いたこともない」
「こうしてるとデートみたいですね」
「う、うん」
二人とももごもごしてしまう。
「でも、雇い主は私なんだから、私に従うこと!」
「YES, I DO」
「よろしい」
菜帆は照れを隠すように威張る感じで言った。
お店に着くとさっそく平積みにしてある文庫の前に行く、新刊が並んでいるのだ。
「なにを買うんですか?」
「今日あたり新刊が出てる頃だからそれを」
直樹はいくつか出ている新刊のうち、読んでいるシリーズものの最新刊と、知らない作者のシリーズものではなさそうな本をいくつか手に持つ。
「ふんふん、なるほど、なるほど」
菜帆はわかったような口ぶりでうなずいている。
ファンタジーがどうのとか言っていたので、ライトノベルも詳しいのかもしれない。
「次は既刊の棚を眺めるよ」
「はーい」
二人は、作者別に並んでいる既刊の棚へ移動して、背表紙を眺める。
たまに手に取って、表紙や帯、あれば裏の概要を眺めたりしている。
「現代物のファンタジー物かな。リサーチに良さそうな本はあんまりないね」
「別にファンタジーに限定という訳じゃないです。ラブコメとかでもいいですよ」
「異世界ファンタジーは?」
「それは物によるかな」
「そうだね」
フィーリングで二冊選ぶとレジに向かった。計六冊をレジカウンターに置くと「ポイントカードはお持ちですか?」と店員に言われ、ポイントカードをお財布から取り出す。
菜帆は直樹のすぐ右後ろに立って様子をうかがっている。
店員とお金のやり取りを済ますと、菜帆が
「ご主人様、荷物をお持ちしましょうか?」
と聞いてきた。
「え、あ、あぁ、いやいいよ」
「そうですか。残念です」
直樹が店員をみると、菜帆のほうを凝視していた。
「どうも」
直樹は店員から本を袋に入れてもらい受け取ると振り返った。
菜帆は顔を赤くしていてうつむきがちになっている。
突っ込むのは後にして、二人はレジを後にした。
「自分で言ったのに、恥ずかしがってるの?」
「だって、店員の反応が気になって、つい」
まだ、少し顔が赤いままだ。
「もう一回『ご主人様』って言って」
「いやです」
「じゃあ用事も済んだし、お昼にしようか」
「はい!」
菜帆は何を食べるか聞いても何でもいいと言うので、ハンバーガーにした。
「私、ハンバーガー食べるの久しぶりです」
「なるべく家で食べてるから、僕も」
「ポテトはトレーに拡げて食べるのですか?」
「それは都市伝説」
「そうなんだ」
「そーなんす」
「ポテトは野菜ですよね」
「そうだな」
「そこは、『外国人か!』ですよ」
「そうだな」
「なんでそんな投げやりなんですか」
「なんとなく」
そんなこんなで会話終了。そのあと黙々と食べただけだった。
そして帰りの電車に乗った。
「来週の火曜日、午後一時、喫茶店で待ってるから、それまでに本を読んでくださいね」
「ああ、それじゃあまた」
喫茶店のある駅で菜帆が先に降りて別れて家に帰った。