私の名前は田中健二。今年で45才。いわゆるアラフィフだ。
今日は、Star☆Dream(スタドリ)の推し活の私の師匠であるアヤ師匠から、直々にスタドリ指南を受ける日だ。待ち合わせの喫茶店は、アヤ師匠の行きつけで、落ち着いて話すにはいい場所らしい。
商店街の中ほどに、その喫茶店はあった。昔ながらの老舗の喫茶店だ。最近で言えば『昭和レトロ』ってやつか。喫茶店に入ると、アヤ師匠は、まだ来ていないようだ。店の奥のテーブル席に座る。
お客さんはそれなりに居るが、静かで落ち着いて話せそうだ。さあ、アヤ師匠が来るまで待つか。数分後。カランコロン。
喫茶店のドアが開いた。アヤ師匠だ。こちらに向いて手を上げたので、私も手を上げてこたえる。「ケンジくん、待った?」
「いえ、そんなに待ってないです。」
アヤ師匠は、今日も格好いい。
「ケンジくんは、何にする?」
「じゃあ、アメリカンコーヒー、ホットで。」
「私も一緒にしよう。」
そういうと、手際よく注文する。さすが常連だ。慣れている。それから、私たちはスタドリの新曲のことや、先日のイベントのことなど、いろいろと話をした。
「今度の握手会のことだけど。」
「はい。」
「ケンジくん、握手会は初めてだよね。」
「そうですね。」
「まあ、そんなに緊張しなくてもいいから。大丈夫。」
「握手会って、どんな感じなんでしょうか?」
私は、気になってアヤ師匠に聞いてみた。「まず、場所は知っての通り、ショッピングモールの広場で。周りはパーテーションに囲まれてる感じ。参加券を持っている人だけが、中に入れる。」
「ふむふむ。」
「握手会の参加券は、ショッピングモールの中のCDショップで売ってる、スタドリのセカンドシングルを買うと先着順でもらえる。」
「ふむふむ。」
「参加券をゲットした人は、集合時間になったら、指定の場所に集まる。参加券に番号が書いてあるから、その順番に並ぶ感じだね。」
「ふむふむ。」
「時間になったら、スタッフに呼ばれるから、一人ずつ、パーテーションの中に入る。」
「ふむふむ。」
「中に入ると、スタドリのメンバーが机の前に並んでるから、メンバー一人ずつと順番に握手をしていく。スタッフに促されたら、次のメンバーに行く感じね。」
「ふむふむ。」
「メンバー全員と握手が終わったら、そのままパーテーションの中から出て、終了。プレゼントとか写真撮影とかは禁止ね。CDにサインは書いてくれるかな。」
「ふむふむ。」
「さっきから、ふむふむ。しか言ってないけど、大丈夫?」
「とても分かりやすい説明でした。さすが師匠。」
「分かればよろしい。なんちゃって。」
アヤ師匠が笑う。私も思わず笑ってしまった。「じゃあ、握手会は、午後だから、お昼前に集合ね。みんなでCD買ってから、ご飯食べて、握手会って感じで。」
「分かりました。」
「詳細はグループメールで。」
そういうと、私が止める間もなく、伝票を持って行ってしまった。
アヤ師匠。男らしい。私は、すぐに後を追って、割り勘にしてもらった。握手会か。私にとっては、スタドリに物理的に触れられる初めての機会。このチャンスを最大限に活かさなければ。是非、何かしらの爪痕は残したい。
そんなことを考えていると、あっという間に我が家についた。いかん、気持ちを切り替えなくては。
ピンポーン。「ただいま。」
「おかえりなさい。」
何か、いつもと雰囲気が違う気がする。
「あなた、ごめんなさい。ご飯、遅くなりそうなの。いつもよりゆっくりお風呂に入ってきてくれる?」
「あ、ああ。わかった。」
妻にしては、珍しい。近所の奥さんとの話にでも夢中になってしまったんだろうか?
風呂は一日の垢も落としてくれるが、疲れも癒してくれる。私は、いつもよりゆっくり湯船につかった。「いやー、ゆっくりしすぎて、上せてしまったよ。」
「ハイ。ビール。」
「あ。ユイ。ありがとう。」
「たまには、私がお酌するよ。」
おお。我が娘がそんなことを言うようになったか。父はうれしいぞ。
「お願いするよ。」
慣れない手つきで、ユイがお酌をしてくれた。プシュっ!
トクトクトク。
グビグビッ!
プハーッ!
「この一口の為に生きてるな!」「美味しい?」
ユイが聞いてくる。
「ユイがお酌してくれたビールは、格別に美味しいよ。」
「お父さんありがとう!」
「たまには娘のお酌で飲むのも良いでしょう?」
妻が料理をテーブルに並べながら言う。でも、どこか棘があるような?気のせいか。「お父さん、残業は一人だけでやってるの?」
「いや、上司や部下も一緒だよ。」
「女の人も?」
「ん。そうだな。男女平等だからな。」
・・・なんで、そんなことを聞くんだ?ユイは。
「女の人も残業なんて、大変なんだね。」
「そうなんだよ。まあ、忙しいのは良いことだけどな。」
「私。お父さんの体が心配。。。」
ユ、ユイ!本当に良い娘だ!「大丈夫。お父さんの体は頑丈だからな。」
私は笑って答えたが、、、
妻の目が笑っていなかったことに私は気付いていなかった。。。