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第1章〜広報部のある企画について〜⑪

ー/ー



 わずかに数十分の間、ただ、話しを聞いているだけだったであるにもかかわらず、何時間もこの場に拘束されたようなぐったりとくる疲労感が全身を襲う。

 緊張で強張った表情を見せるようすから、同行者の二人も、オレと同じように気疲れや倦怠感を覚えていることが感じ取れたのだが……。

 意外なことに、普段は初対面の相手とは積極的にコミュニケーションを図ろうとしない親友が口を開いて、女性店主に質問する。

「あの……安心院(あじむ)さんは、()()()()()の伝承について、なにかご存知ではありませんか?」

「あら? あなたたち、牛女に興味があるの?」

「はい……できれば、具体的な目撃談や実際に起った出来事などを知っていれば、教えてもらえないでしょうか? たとえば、兜山のピクニックセンター周辺で起こったような事件のような実例があれば……」

 そうたずねる壮馬の目は、強張った表情とは逆に、爛々(らんらん)と妖しい輝きをたたえている。
 不謹慎な質問をする友人に対して、

「おい、壮馬!」

と、注意をしたのだが……。前のめりな友人の言葉をたしなめようとしたオレに対して、「あら……別に気を使わなくても良いのよ」と、女性店主は、またも妖しげに笑みを浮かべる。

「牛女に興味を持っているということは、当然、『くだんのはは』は読んでいるのよね?」

「はい、ちょうど、一昨日、読んだばかりです」

 壮馬は、放送室でのプレゼン会議を終えた後、天竹の案内で、学校の図書室から小松左京の短編集を借りて来て、(くだん)の短編を読み終えたかと思うと、すぐに、興奮したようすで、

「すごく面白いよ、この話し! 竜司もすぐに読んでみなよ!!」

と、文庫本をオレに押し付けるように薦めてきたのだ。

 漫画化された『くだんのはは』を読んでいたオレは、あらかじめ大まかなストーリーを知っていたので、

(そのうち、原作も読んでみるか……?)

と、軽く考えていたのだが、壮馬の熱の入りように気圧され、親友と読書体験を共有することにした。

 そんなことを思い出していると、友人の質問に答える女性店主が、

「まるで、あのお話しをなぞるようで申し訳ないんだけど……こんな話しを聞いたことがあるわ――――――」

と、語りだしたので、その言葉に耳を傾ける。
 
「戦争末期の昭和二十年六月のこと――――――昼間に、五百以上の大型爆撃機が襲来して、このあたり一帯に焼夷弾の雨を降らしたそうだけど、市街地だけでなく、爆撃の炎は兜山にも飛び火して、麓にあった(ほこら)が焼けてしまったらしいの。住宅地から逃げてきた人たちが、命からがら山にたどり着くと、きれいな着物を着た女性が祠のそばに立っていた」

 映画やアニメで目にしたことのある空襲のようすと、その光景に似つかわしくない着物姿の人物を想像し、店主の言葉に引き込まれている自分に気づいた。

「そして、無事に逃げて来られて安堵した空襲を逃れた人の一人が、着物姿の女性に声を掛けようとすると――――――振り返った人物の顔は、まるで牛のようで、頭にはツノが生えていたそうよ」

 白昼に起こった出来事を語られているにもかかわらず、背中に冷たいものが流れるのを感じる。

「昭和二十年六月の空襲というと、『くだんのはは』で主人公の自宅をが焼失したのと同じ時期ですね」

 淡々と短編ホラー小説との共通点を指摘する文芸部の部長の冷静さに感心していると、親友も同調するように、

「あの物語では、牛女(うしおんな)は、お屋敷に(かくま)われていて、戦争の行く末を暗示させる予言を残しているよね?」

と、つぶやく。そして、壮馬は、続けて古美術堂の店主にたずねる。

「その時に目撃された牛女(うしおんな)は、戦争や日本の将来について、なにか暗示めいたお告げをしたんでしょうか?」

 すると、女性店主は軽く肩をすくめて答えた。

「さあ、そこまでは……少なくとも、江戸時代から言い伝えがある()()()のように、なにかを予言したということは無かったみたいね」

「そうですか……」

 やや肩を落として短く返答する親友に視線を送りながら、「だけど……」と、店主は言葉を続ける。

「この付近では、その後も牛女(うしおんな)の目撃談は絶えないわ。私が幼い頃に聞いたのは、学校の生物の先生が植物採集の帰り際の逢魔(おうま)が時に、同じく着物姿の牛女(うしおんな)に出くわした、というもの。これは、その教師の授業を受けていた中学生が、実際に本人から聞いた話だそうよ」

 彼女の語り口に、がぜん、元気を取り戻した壮馬が、食いつく。

「ほ、他には目撃談はありませんか?」

「そうね、あとは、なんと言っても、三十年前の大震災かしら? 地震が発生した直後、警備会社が日本各地から警備員をこのあたりに派遣したそうなんだけど……複数の警備員から不思議な報告書が上がってきたそうなの……その内容は、『朝の霧に紛れて、牛の顔をした赤い服の女たちが群れをなして歩いているのを見た』というもの。そうした内容の報告は、二十件以上にも登ったそうよ」

「に、二十以上件も……!?」

 その数の多さに驚きの声を上げたオレの表情を見ながら、「信じるか信じないかは、あなたたち次第だけど……」と言って、また、妖しく微笑む。

「動画撮影で困ったことがあったら、また、ウチに来なさい。こうした怪異譚は、なにも、この辺りの場所や日本国内に限った話しじゃないから……もし、興味があるなら、今度は、もっと面白い話しを聞かせてあげるわ。たとえば、そう……世界一有名な幽霊屋敷と言われるアメリカのウィンチェスター・ミステリーハウスのように、ね」

 店の雰囲気と店主の語り口の勢いに飲まれるばかりのオレたちの反応を楽しむように、店主は、そう話しを締めくくった。


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 わずかに数十分の間、ただ、話しを聞いているだけだったであるにもかかわらず、何時間もこの場に拘束されたようなぐったりとくる疲労感が全身を襲う。
 緊張で強張った表情を見せるようすから、同行者の二人も、オレと同じように気疲れや倦怠感を覚えていることが感じ取れたのだが……。
 意外なことに、普段は初対面の相手とは積極的にコミュニケーションを図ろうとしない親友が口を開いて、女性店主に質問する。
「あの……|安心院《あじむ》さんは、|う《・》|し《・》|お《・》|ん《・》|な《・》の伝承について、なにかご存知ではありませんか?」
「あら? あなたたち、牛女に興味があるの?」
「はい……できれば、具体的な目撃談や実際に起った出来事などを知っていれば、教えてもらえないでしょうか? たとえば、兜山のピクニックセンター周辺で起こったような事件のような実例があれば……」
 そうたずねる壮馬の目は、強張った表情とは逆に、|爛々《らんらん》と妖しい輝きをたたえている。
 不謹慎な質問をする友人に対して、
「おい、壮馬!」
と、注意をしたのだが……。前のめりな友人の言葉をたしなめようとしたオレに対して、「あら……別に気を使わなくても良いのよ」と、女性店主は、またも妖しげに笑みを浮かべる。
「牛女に興味を持っているということは、当然、『くだんのはは』は読んでいるのよね?」
「はい、ちょうど、一昨日、読んだばかりです」
 壮馬は、放送室でのプレゼン会議を終えた後、天竹の案内で、学校の図書室から小松左京の短編集を借りて来て、|件《くだん》の短編を読み終えたかと思うと、すぐに、興奮したようすで、
「すごく面白いよ、この話し! 竜司もすぐに読んでみなよ!!」
と、文庫本をオレに押し付けるように薦めてきたのだ。
 漫画化された『くだんのはは』を読んでいたオレは、あらかじめ大まかなストーリーを知っていたので、
(そのうち、原作も読んでみるか……?)
と、軽く考えていたのだが、壮馬の熱の入りように気圧され、親友と読書体験を共有することにした。
 そんなことを思い出していると、友人の質問に答える女性店主が、
「まるで、あのお話しをなぞるようで申し訳ないんだけど……こんな話しを聞いたことがあるわ――――――」
と、語りだしたので、その言葉に耳を傾ける。
「戦争末期の昭和二十年六月のこと――――――昼間に、五百以上の大型爆撃機が襲来して、このあたり一帯に焼夷弾の雨を降らしたそうだけど、市街地だけでなく、爆撃の炎は兜山にも飛び火して、麓にあった|祠《ほこら》が焼けてしまったらしいの。住宅地から逃げてきた人たちが、命からがら山にたどり着くと、きれいな着物を着た女性が祠のそばに立っていた」
 映画やアニメで目にしたことのある空襲のようすと、その光景に似つかわしくない着物姿の人物を想像し、店主の言葉に引き込まれている自分に気づいた。
「そして、無事に逃げて来られて安堵した空襲を逃れた人の一人が、着物姿の女性に声を掛けようとすると――――――振り返った人物の顔は、まるで牛のようで、頭にはツノが生えていたそうよ」
 白昼に起こった出来事を語られているにもかかわらず、背中に冷たいものが流れるのを感じる。
「昭和二十年六月の空襲というと、『くだんのはは』で主人公の自宅をが焼失したのと同じ時期ですね」
 淡々と短編ホラー小説との共通点を指摘する文芸部の部長の冷静さに感心していると、親友も同調するように、
「あの物語では、|牛女《うしおんな》は、お屋敷に|匿《かくま》われていて、戦争の行く末を暗示させる予言を残しているよね?」
と、つぶやく。そして、壮馬は、続けて古美術堂の店主にたずねる。
「その時に目撃された|牛女《うしおんな》は、戦争や日本の将来について、なにか暗示めいたお告げをしたんでしょうか?」
 すると、女性店主は軽く肩をすくめて答えた。
「さあ、そこまでは……少なくとも、江戸時代から言い伝えがある|く《・》|だ《・》|ん《・》のように、なにかを予言したということは無かったみたいね」
「そうですか……」
 やや肩を落として短く返答する親友に視線を送りながら、「だけど……」と、店主は言葉を続ける。
「この付近では、その後も|牛女《うしおんな》の目撃談は絶えないわ。私が幼い頃に聞いたのは、学校の生物の先生が植物採集の帰り際の|逢魔《おうま》が時に、同じく着物姿の|牛女《うしおんな》に出くわした、というもの。これは、その教師の授業を受けていた中学生が、実際に本人から聞いた話だそうよ」
 彼女の語り口に、がぜん、元気を取り戻した壮馬が、食いつく。
「ほ、他には目撃談はありませんか?」
「そうね、あとは、なんと言っても、三十年前の大震災かしら? 地震が発生した直後、警備会社が日本各地から警備員をこのあたりに派遣したそうなんだけど……複数の警備員から不思議な報告書が上がってきたそうなの……その内容は、『朝の霧に紛れて、牛の顔をした赤い服の女たちが群れをなして歩いているのを見た』というもの。そうした内容の報告は、二十件以上にも登ったそうよ」
「に、二十以上件も……!?」
 その数の多さに驚きの声を上げたオレの表情を見ながら、「信じるか信じないかは、あなたたち次第だけど……」と言って、また、妖しく微笑む。
「動画撮影で困ったことがあったら、また、ウチに来なさい。こうした怪異譚は、なにも、この辺りの場所や日本国内に限った話しじゃないから……もし、興味があるなら、今度は、もっと面白い話しを聞かせてあげるわ。たとえば、そう……世界一有名な幽霊屋敷と言われるアメリカのウィンチェスター・ミステリーハウスのように、ね」
 店の雰囲気と店主の語り口の勢いに飲まれるばかりのオレたちの反応を楽しむように、店主は、そう話しを締めくくった。