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第24話 標(しるべ)

ー/ー



 紀恵が四本目の煙草を吸いながら苦笑いする。
「よく言われんだよね。竹を割ったような性格ってさ。男前っしょあたし。
 でもとにかく吹っ切れる切っ掛けが見つかったみたいで良かったよ。あたしは当事者じゃないんで思い切ったことが言えるからさ。そういう意味で良かったのかな? まぁ、行き詰まったらまた紀恵さんに話に来なさい。なーんてね。」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 初めて会った時は全く違う砕けた表情で冗談めかした言葉を口にする紀恵。だが紀恵の表情はすぐに曇る。

「しかし、とにもかくにもあとは槇子なんだよね。あいつはああ見えてまだ結構引きずってるのは間違いないから。だから先に元気を取り戻せそうな君が引っ張ってってくれないかな。勝手な言い草だとは承知の上で言うんだけどね。いい歳こいたおばさんだけど、あいつの事頼む。君がいないとあいつ這い上がってこれずに即廃人みたいなもんだろうから。」

 惠美はその言葉に思い当たる節があった。

「這い上がる、って槇子さんも言っていました、そんな言葉。もし多喜が生き返るなら、なんて話を私がしてしまった時に。そんなこと考えていたら這い上がってこれなくなるって。槇子さんも頭では分かってはいても、心では似たような気持ちから抜け出せないでいるのかも知れない」

 自分の言葉を反芻しながら助手席のシートに身を預けた惠美。しばらく目を閉じて物思いに耽ったが、すぐに目を開きしっかりとした声で決意を表す。

「わかりました。まだ、どうすればいいか全然分からないんですけれど、私、必ず槇子さんを這い上がらせて引きずり上げて叩き起こしますから」

 その声と瞳は、久方ぶりに生気を取り戻していた。自分は槇子にとって必要な人間に違いない。そう思うとようやく自分自身の存在意義が見えてきて心も軽くなる。

「おお、なかなか激しそうだな。でも頼もしそうでもある。どうかお願いね。」

 少し嬉しそうな顔で惠美を横目で見やる。

「はい! 私、多喜がいなくなってから、初めて目標が出来たのかも知れません」

「それは大事。『人間は、目標を追い求める動物である。目標へ到達しようと努力することによってのみ、人生が意味あるものとなる』」

「?」

「アリストテレス。目標がないと生きててもしょうがないってこと」

「ああ…… 今の今までの私ってそうでした。何の目標ももなくただ心臓が動いてただけ……」

「でもそんな辛い思いしたなら仕方ないって。それに、まだまだ若いから巻き返せるしね、ははっ。だからさ、もうおばさんの槇子には一刻も早く叩き起こされて欲しいんだわ。もう若くはない……って齢になってきたからね。ただ、焦って空回りしないでね。できることを着実に。急がば回れ、だよ」

 ふう、と一息ついたところで惠美には気になる事があった。槇子と紀恵の関係である。紀恵の雰囲気からするとやはり槇子とは相当親しいに違いない。いわれのない不安がよぎる。失礼かとは思いつつも、気になって仕方のない気持ちを抑えきれず惠美はおずおずと紀恵に尋ねた。

「でも、なんで…… いや、全然そうなって欲しいって事じゃないんですけれど、なんで槇子さんは紀恵さんと…… ええと、とっても仲が良さそう…… と言うか親友以上の親密さを感じて私としては少し不安なんですが」

 紀恵はにやりと笑う。このにやりが惠美を更に不安にさせた。

「ふふふ、それは秘密。中学からの友達ってのもあるかな? でも、あたしはノンケだし、あいつもそれを良く分かってるから大丈夫。そういう対象じゃないんじゃない? いや、まああたしがレズだったら絶対狙うけどね」

 紀恵の突然の衝撃的発言に驚き惠美は思わず叫ぶ。

「ちょっと、やめてください!」

「おお、怖い。大丈夫。心配いらないって。週1で飲みに行くくらいだしさ。いいでしょ?」

 わざとらしく身を縮こまらせる紀恵を怖い眼で睨み威嚇する惠美。この人、いい人そうに見えて意外と危険人物なんじゃないだろうか。今頃になって惠美の中で警報が大きな音を立てて鳴り響く。

「ううう…… 月1にして下さい」

「おおお、ヤバい。その目はヤバいって、嫉妬する女の目。わかったわかった月2で、ね?」

「……はい。月1.5回ならいいです。本当に、くれぐれも、変なことしないで下さいね」

 惠美の不安が分かっているのか否か、紀恵はまた楽しそうな笑顔を浮かべる。

「だからあたしはノンケだってば…… でも良かった、今の話だとちゃんと槇子にスイッチ出来てるって事だよね、これって。あとはさ、あいつがひーひー泣いて謝るくらいぐいぐい引っ張り上げて叩き起こして這い上がらせてやって。ね。」

 「ひーひー泣く」というのが、どういうことかよく分らないが、少なくとも紀恵は惠美のことを応援しているとみていいのではないか。惠美はそう思うことにした。自然と素直な言葉が出た。

「はい」


 紀恵のバッグからスマートフォンの着信音が聞こえる。

「…あいつから。とりあえずは今日の事黙ってよ。あいつが元気を取り戻したら色々話せばいいって。」
「あもしもしー、お疲れ様。片付いた? ん、今からそっち行くから待ってて。え?なんで? あたしセクハラなんてしないよ? いやいやいやいや、イケメンならね。JKは守備範囲外ですう、いやもう車回すから切るよ。はーい」

 スマホをバッグに放り込んで、またにやっと笑って惠美をからかう。

「ほいじゃ、行きましょっか。いやー、今日は君と話せてよかった。これで槇子も元気を取り戻すきっかけができそうだし。結婚式には呼んでね」

「はぁっっ?」

 いきなり思ってもいなかったことを言われ、また思わず大声を出す惠美。

「あ、赤くなったー。カワイイ! なるほどこういう可愛いなら女の子ってのもアリなのかなあ、なんかいいなあ」

「ちょっとやめて下さい! そういうのがセクハラなんです! 槇子さんに言いますからね!」

「はあい」

 あっ、と気が付いた顔をして紀恵が惠美の方を向く。

「あれ? そう言えばもしかして君たち、連絡先交換してないの? なんで?」

「私が意固地になったりとか色々あって、聞く機会がなかったりしたんですけど……今日交換します。必ず。」

「そか、これでこの先も進展するといいね」

 さっきのからかいと真逆に優しく思いやりのある言葉をかける紀恵。それに戸惑いながらも、惠美は素直に受け止めた。

「はい、ありがとうございます」

 少し顔を赤らめ微笑みを浮かべる惠美。それを横目で見てふと嬉しくなる紀恵だった。

「そだ、よかったらあたしもさ」

 スマートフォンを取り出す紀恵。アプリを開いてスマホを振る

「槇子の事で何か相談があったら連絡してほしい。いい?」

「これ本当に信じていいんですかね?」

「セクハラしないから大丈夫! さっきからノンケだって言ってるじゃない!」

「今さっきそれっぽい発言してたじゃないですか……もう……」

 今一つ信用できない疑いの目で紀恵を見つめる惠美。とは言え結局は自分のスマートフォンをだして連絡先交換をした。


【次回】
 第25話 ふたり


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 紀恵が四本目の煙草を吸いながら苦笑いする。
「よく言われんだよね。竹を割ったような性格ってさ。男前っしょあたし。
 でもとにかく吹っ切れる切っ掛けが見つかったみたいで良かったよ。あたしは当事者じゃないんで思い切ったことが言えるからさ。そういう意味で良かったのかな? まぁ、行き詰まったらまた紀恵さんに話に来なさい。なーんてね。」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 初めて会った時は全く違う砕けた表情で冗談めかした言葉を口にする紀恵。だが紀恵の表情はすぐに曇る。
「しかし、とにもかくにもあとは槇子なんだよね。あいつはああ見えてまだ結構引きずってるのは間違いないから。だから先に元気を取り戻せそうな君が引っ張ってってくれないかな。勝手な言い草だとは承知の上で言うんだけどね。いい歳こいたおばさんだけど、あいつの事頼む。君がいないとあいつ這い上がってこれずに即廃人みたいなもんだろうから。」
 惠美はその言葉に思い当たる節があった。
「這い上がる、って槇子さんも言っていました、そんな言葉。もし多喜が生き返るなら、なんて話を私がしてしまった時に。そんなこと考えていたら這い上がってこれなくなるって。槇子さんも頭では分かってはいても、心では似たような気持ちから抜け出せないでいるのかも知れない」
 自分の言葉を反芻しながら助手席のシートに身を預けた惠美。しばらく目を閉じて物思いに耽ったが、すぐに目を開きしっかりとした声で決意を表す。
「わかりました。まだ、どうすればいいか全然分からないんですけれど、私、必ず槇子さんを這い上がらせて引きずり上げて叩き起こしますから」
 その声と瞳は、久方ぶりに生気を取り戻していた。自分は槇子にとって必要な人間に違いない。そう思うとようやく自分自身の存在意義が見えてきて心も軽くなる。
「おお、なかなか激しそうだな。でも頼もしそうでもある。どうかお願いね。」
 少し嬉しそうな顔で惠美を横目で見やる。
「はい! 私、多喜がいなくなってから、初めて目標が出来たのかも知れません」
「それは大事。『人間は、目標を追い求める動物である。目標へ到達しようと努力することによってのみ、人生が意味あるものとなる』」
「?」
「アリストテレス。目標がないと生きててもしょうがないってこと」
「ああ…… 今の今までの私ってそうでした。何の目標ももなくただ心臓が動いてただけ……」
「でもそんな辛い思いしたなら仕方ないって。それに、まだまだ若いから巻き返せるしね、ははっ。だからさ、もうおばさんの槇子には一刻も早く叩き起こされて欲しいんだわ。もう若くはない……って齢になってきたからね。ただ、焦って空回りしないでね。できることを着実に。急がば回れ、だよ」
 ふう、と一息ついたところで惠美には気になる事があった。槇子と紀恵の関係である。紀恵の雰囲気からするとやはり槇子とは相当親しいに違いない。いわれのない不安がよぎる。失礼かとは思いつつも、気になって仕方のない気持ちを抑えきれず惠美はおずおずと紀恵に尋ねた。
「でも、なんで…… いや、全然そうなって欲しいって事じゃないんですけれど、なんで槇子さんは紀恵さんと…… ええと、とっても仲が良さそう…… と言うか親友以上の親密さを感じて私としては少し不安なんですが」
 紀恵はにやりと笑う。このにやりが惠美を更に不安にさせた。
「ふふふ、それは秘密。中学からの友達ってのもあるかな? でも、あたしはノンケだし、あいつもそれを良く分かってるから大丈夫。そういう対象じゃないんじゃない? いや、まああたしがレズだったら絶対狙うけどね」
 紀恵の突然の衝撃的発言に驚き惠美は思わず叫ぶ。
「ちょっと、やめてください!」
「おお、怖い。大丈夫。心配いらないって。週1で飲みに行くくらいだしさ。いいでしょ?」
 わざとらしく身を縮こまらせる紀恵を怖い眼で睨み威嚇する惠美。この人、いい人そうに見えて意外と危険人物なんじゃないだろうか。今頃になって惠美の中で警報が大きな音を立てて鳴り響く。
「ううう…… 月1にして下さい」
「おおお、ヤバい。その目はヤバいって、嫉妬する女の目。わかったわかった月2で、ね?」
「……はい。月1.5回ならいいです。本当に、くれぐれも、変なことしないで下さいね」
 惠美の不安が分かっているのか否か、紀恵はまた楽しそうな笑顔を浮かべる。
「だからあたしはノンケだってば…… でも良かった、今の話だとちゃんと槇子にスイッチ出来てるって事だよね、これって。あとはさ、あいつがひーひー泣いて謝るくらいぐいぐい引っ張り上げて叩き起こして這い上がらせてやって。ね。」
 「ひーひー泣く」というのが、どういうことかよく分らないが、少なくとも紀恵は惠美のことを応援しているとみていいのではないか。惠美はそう思うことにした。自然と素直な言葉が出た。
「はい」
 紀恵のバッグからスマートフォンの着信音が聞こえる。
「…あいつから。とりあえずは今日の事黙ってよ。あいつが元気を取り戻したら色々話せばいいって。」
「あもしもしー、お疲れ様。片付いた? ん、今からそっち行くから待ってて。え?なんで? あたしセクハラなんてしないよ? いやいやいやいや、イケメンならね。JKは守備範囲外ですう、いやもう車回すから切るよ。はーい」
 スマホをバッグに放り込んで、またにやっと笑って惠美をからかう。
「ほいじゃ、行きましょっか。いやー、今日は君と話せてよかった。これで槇子も元気を取り戻すきっかけができそうだし。結婚式には呼んでね」
「はぁっっ?」
 いきなり思ってもいなかったことを言われ、また思わず大声を出す惠美。
「あ、赤くなったー。カワイイ! なるほどこういう可愛いなら女の子ってのもアリなのかなあ、なんかいいなあ」
「ちょっとやめて下さい! そういうのがセクハラなんです! 槇子さんに言いますからね!」
「はあい」
 あっ、と気が付いた顔をして紀恵が惠美の方を向く。
「あれ? そう言えばもしかして君たち、連絡先交換してないの? なんで?」
「私が意固地になったりとか色々あって、聞く機会がなかったりしたんですけど……今日交換します。必ず。」
「そか、これでこの先も進展するといいね」
 さっきのからかいと真逆に優しく思いやりのある言葉をかける紀恵。それに戸惑いながらも、惠美は素直に受け止めた。
「はい、ありがとうございます」
 少し顔を赤らめ微笑みを浮かべる惠美。それを横目で見てふと嬉しくなる紀恵だった。
「そだ、よかったらあたしもさ」
 スマートフォンを取り出す紀恵。アプリを開いてスマホを振る
「槇子の事で何か相談があったら連絡してほしい。いい?」
「これ本当に信じていいんですかね?」
「セクハラしないから大丈夫! さっきからノンケだって言ってるじゃない!」
「今さっきそれっぽい発言してたじゃないですか……もう……」
 今一つ信用できない疑いの目で紀恵を見つめる惠美。とは言え結局は自分のスマートフォンをだして連絡先交換をした。
【次回】
 第25話 ふたり