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補足 もう一体のスフィンクス

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 ヴュルム氷期が終わりかけ、地球が温暖化していくと思われた時、21世紀から12,785年前のある日、巨大な火球がはるか北方を西から東に動いていた。轟音を発して彗星の尾のような噴煙を残して、火球は北の空に消えていく。

 現代クローヴィス彗星と呼ばれるこの火球は直径が4キロほどもあったろう。6600万年前、恐竜を絶滅させた小惑星の直径が16キロ程もあったと言われるので、それよりも遥かに小さい彗星であったが、十分に地球の生命の大部分を絶滅に追いやる大きさだった。ただし、進入角度が異なったので、大量絶滅は起こらなかった。

 中生代に衝突した小惑星は考え得る最悪の角度(鋭角)で地球に突入したため、大気圏の摩擦で分裂もせず、ひと塊で地球に激突したが、このクローヴィス彗星は北極上空で浅い角度(鈍角)で大気圏に突入した。その突入の入射角は、12度ほどで、大気圏上層部をバウンドしながら進み、その摩擦熱と圧力により数多くの直径数百メートルほどの小片となって、地球に降り注いだ。

 そのため、中生代に衝突した小惑星がユカタン半島一箇所に爆心を持ったのに較べ、爆心は数十箇所に及び、北米、グリーンランド、ヨーロッパ、北アフリカという広範囲に広がったが、一つ一つの破壊規模は小さくなった。

 ある小片、小片と言っても1キロくらいの直径の彗星の破片は、現代のアメリカの五大湖周辺に衝突した。その頃の五大湖は、一つの巨大な氷湖を形成していて、氷河の重みと地殻との摩擦で、底部は数兆トンの真水になっていた。それが氷河によって押し止められていたのだが、彗星の衝突で真水の地底湖が決壊し、数兆トンの湖水が大西洋に一気に流れ込んだ。

 巨大な津波が大西洋を渡り、ヨーロッパ、北アフリカを襲った。塩分濃度の非常に低い津波は、数百メートルの高さで地中海に流れ込んだ。

 もしも、古代ギリシアの哲学者プラトンが著書『ティマイオス』と『クリティアス』の中で記述した伝説上の島、そこに繁栄したとされる帝国であるアトランティスがあったとしたら、北米大陸の氷湖の決壊によって一瞬の内に海底に沈んだであろう。

 北米には、彗星の破片が広範囲に衝突し、ブリヤート人を祖先に持つアメリカ先住民の部族が形作った石器文化をも壊滅させた。

 衝突により巻き起こった粉塵は大気をおおい、その頃、現代よりも8℃ほど低かった地球平均気温をさらに7.7℃低下させた。最終氷期のヴュルム氷期と同じ気候が起こったのである。

 地球が粉塵で覆われる暗い状態は十数年続いた。12,785年前から11,600年前まで1,200年間続くヤンガードリアス期の始まりであった。

 地球の寒冷化は、彗星の衝突範囲から考えると大西洋沿岸の方が太平洋沿岸よりもひどかった。しかし、太平洋沿岸も少なからず急激に寒冷化した。

 やがて、1,200年間続いたヤンガードリアス期が終わり、クローヴィス彗星の影響を脱した地球は、間氷期の温暖化に移っていった。そして、1万年前に純粋知性体たちが再び地球に飛来した。

 ベータの優れた演算能力は、1万年前のその時点だけではなく、1万年後もその先も地球環境をシミュレートできた。エジプトの地形もそうだ。そして、1万年前の海水面から、数十メートル海面が上昇する未来も見て取れた。

 人類の歴史学者のほとんどは、地球物理学にも気候学にも地理学にもうとい。彼らは、古代の歴史を現代の海岸線、気候で考えがちである。あまり知性があるとは思えない。

 ベータは、将来のためにエジプトに指標となるモニュメントを残しておこうと思った。そのモニュメントの地下に容易に工業生産が開始できるスペースも確保しようと思った。もちろん、工業生産設備は数千年経過すると腐食して使い物にならないだろう。しかし、スペースさえあれば、先進的な生産が可能であることがわかっていた。

 ベータは、当時の人間のアニミズム信仰の対象の半神半獣を選んだ。大スフィンクスである。場所は、一体目はギザ台地にした。ナイルの大三角州が海面上昇で後退したとしても水没しない場所だ。さらに、もう一体を50キロ離れた場所に設置した。工事は、プローブで操られた古代エジプト人に行わせた。その技術はプローブを引き上げれば失われてしまうものだが、まだ人類に与えるのは早計だとベータは考えた。

 紀元前190年頃は、共和制ローマが地中海の覇権を握りつつあるときだった。もちろん、この時代だから、近代的な工業生産力はまったくない。しかし、クレオパトラ1世は、いちから始める必要はなかった。紀元前八千年前に、純粋知性体のベータは、エジプトに後世で役に立つように、工業生産の基盤を残していったからだ。

 彼女は、ベータが八千年前に残していってくれた、ギザ台地の大スフィンクスから50キロ離れた砂に埋れたもう一体のスフィンクスを探し、その地下にある工業生産のスペースを発見した。

 それでも、工業生産を始めるには、時間がかかった。1世の短い寿命では完成できない。ベータのプローブは、代々のクレオパトラを使い、少しずつ技術を進展させていった。原油を生成し、発電設備を設置し、金属やプラスチックを生産した。クレオパトラ5世の頃には、半導体も製造できるようになった。

 そして、クレオパトラ7世の治世の時、3Dプリンターが作れるようになって、大ローマ帝国をも侵略できる人造生物の半神半獣が製造できるようになった。


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《《ギザ、紀元前八千年》》
 ヴュルム氷期が終わりかけ、地球が温暖化していくと思われた時、21世紀から12,785年前のある日、巨大な火球がはるか北方を西から東に動いていた。轟音を発して彗星の尾のような噴煙を残して、火球は北の空に消えていく。
 現代クローヴィス彗星と呼ばれるこの火球は直径が4キロほどもあったろう。6600万年前、恐竜を絶滅させた小惑星の直径が16キロ程もあったと言われるので、それよりも遥かに小さい彗星であったが、十分に地球の生命の大部分を絶滅に追いやる大きさだった。ただし、進入角度が異なったので、大量絶滅は起こらなかった。
 中生代に衝突した小惑星は考え得る最悪の角度(鋭角)で地球に突入したため、大気圏の摩擦で分裂もせず、ひと塊で地球に激突したが、このクローヴィス彗星は北極上空で浅い角度(鈍角)で大気圏に突入した。その突入の入射角は、12度ほどで、大気圏上層部をバウンドしながら進み、その摩擦熱と圧力により数多くの直径数百メートルほどの小片となって、地球に降り注いだ。
 そのため、中生代に衝突した小惑星がユカタン半島一箇所に爆心を持ったのに較べ、爆心は数十箇所に及び、北米、グリーンランド、ヨーロッパ、北アフリカという広範囲に広がったが、一つ一つの破壊規模は小さくなった。
 ある小片、小片と言っても1キロくらいの直径の彗星の破片は、現代のアメリカの五大湖周辺に衝突した。その頃の五大湖は、一つの巨大な氷湖を形成していて、氷河の重みと地殻との摩擦で、底部は数兆トンの真水になっていた。それが氷河によって押し止められていたのだが、彗星の衝突で真水の地底湖が決壊し、数兆トンの湖水が大西洋に一気に流れ込んだ。
 巨大な津波が大西洋を渡り、ヨーロッパ、北アフリカを襲った。塩分濃度の非常に低い津波は、数百メートルの高さで地中海に流れ込んだ。
 もしも、古代ギリシアの哲学者プラトンが著書『ティマイオス』と『クリティアス』の中で記述した伝説上の島、そこに繁栄したとされる帝国であるアトランティスがあったとしたら、北米大陸の氷湖の決壊によって一瞬の内に海底に沈んだであろう。
 北米には、彗星の破片が広範囲に衝突し、ブリヤート人を祖先に持つアメリカ先住民の部族が形作った石器文化をも壊滅させた。
 衝突により巻き起こった粉塵は大気をおおい、その頃、現代よりも8℃ほど低かった地球平均気温をさらに7.7℃低下させた。最終氷期のヴュルム氷期と同じ気候が起こったのである。
 地球が粉塵で覆われる暗い状態は十数年続いた。12,785年前から11,600年前まで1,200年間続くヤンガードリアス期の始まりであった。
 地球の寒冷化は、彗星の衝突範囲から考えると大西洋沿岸の方が太平洋沿岸よりもひどかった。しかし、太平洋沿岸も少なからず急激に寒冷化した。
 やがて、1,200年間続いたヤンガードリアス期が終わり、クローヴィス彗星の影響を脱した地球は、間氷期の温暖化に移っていった。そして、1万年前に純粋知性体たちが再び地球に飛来した。
 ベータの優れた演算能力は、1万年前のその時点だけではなく、1万年後もその先も地球環境をシミュレートできた。エジプトの地形もそうだ。そして、1万年前の海水面から、数十メートル海面が上昇する未来も見て取れた。
 人類の歴史学者のほとんどは、地球物理学にも気候学にも地理学にもうとい。彼らは、古代の歴史を現代の海岸線、気候で考えがちである。あまり知性があるとは思えない。
 ベータは、将来のためにエジプトに指標となるモニュメントを残しておこうと思った。そのモニュメントの地下に容易に工業生産が開始できるスペースも確保しようと思った。もちろん、工業生産設備は数千年経過すると腐食して使い物にならないだろう。しかし、スペースさえあれば、先進的な生産が可能であることがわかっていた。
 ベータは、当時の人間のアニミズム信仰の対象の半神半獣を選んだ。大スフィンクスである。場所は、一体目はギザ台地にした。ナイルの大三角州が海面上昇で後退したとしても水没しない場所だ。さらに、もう一体を50キロ離れた場所に設置した。工事は、プローブで操られた古代エジプト人に行わせた。その技術はプローブを引き上げれば失われてしまうものだが、まだ人類に与えるのは早計だとベータは考えた。
 紀元前190年頃は、共和制ローマが地中海の覇権を握りつつあるときだった。もちろん、この時代だから、近代的な工業生産力はまったくない。しかし、クレオパトラ1世は、いちから始める必要はなかった。紀元前八千年前に、純粋知性体のベータは、エジプトに後世で役に立つように、工業生産の基盤を残していったからだ。
 彼女は、ベータが八千年前に残していってくれた、ギザ台地の大スフィンクスから50キロ離れた砂に埋れたもう一体のスフィンクスを探し、その地下にある工業生産のスペースを発見した。
 それでも、工業生産を始めるには、時間がかかった。1世の短い寿命では完成できない。ベータのプローブは、代々のクレオパトラを使い、少しずつ技術を進展させていった。原油を生成し、発電設備を設置し、金属やプラスチックを生産した。クレオパトラ5世の頃には、半導体も製造できるようになった。
 そして、クレオパトラ7世の治世の時、3Dプリンターが作れるようになって、大ローマ帝国をも侵略できる人造生物の半神半獣が製造できるようになった。