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第3章~彼の幼馴染みと彼女が修羅場すぎる~第5話

ー/ー



 これまで、クラスの中での(数少ない)話し相手という認識だった塚口(つかぐち)まことと語り合った翌日、オレは、少し気持ちが楽になったことを感じながら登校する。

 理由としては、オレのことを心配して話しを聞いてくれた男子生徒のおかげで、自分のこれまでの考えや気持ちが整理できたことが大きい。
 そして、まことと話すことで、自分が幼い頃のことを思い出し、その頃に()()()()()()、親しく話していた同じクラスの女の子と交わした大切な約束を再認識したことも……。

 五月のさわやかな青空が広がるこの日は、定期テスト前の最後の授業日ということで、授業が行われたほとんどの科目で、試験範囲の確認とテスト対策の授業内容になっている。

 そんななか、古典の授業だけが、前の授業までに試験範囲を終えることができていなかったのか、授業の前半は、『古今和歌集』の和歌の解説が行われた。

「『五月(さつき)待つ花橘(はなたちばな)()をかげば 昔の人の袖の()ぞする』今日は、この歌の解説を行って、そのあとは、試験勉強の時間にします。それじゃ、タブレットを出して、イロイロノートにログインして」

 古典担当の女性教師の言葉に従い、学校から支給されているタブレットPCを開き、ログインする。

 オレが中学二年になった頃から、市内の学校では生徒一人一人にタブレットPCが支給され、科目(というか担当教師のICTスキル)によっては、毎時間のようにタブレットを使った授業が行われている。

 この時間の授業を受け持っている古典の大西(おおにし)先生も、年齢が若いため、タブレットを使う授業に抵抗が無いのか、あるいは提出物の確認が楽になるからなのか、黒板を使った板書よりも、『イロイロノート』という授業支援サービスを活用して、授業の解説を進めることが多い。

「この歌の現代語訳は、いま、みんなに送ったカードの二枚目に書いています」

 解説を行う先生の言葉にしたがって、画面上にあらわれた付箋のようなカードをスライドさせ、二枚目のカードを表示させる。カードには、こんな内容が書かれていた。

 現代語訳:五月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔親しくしていた人の袖にたいていたお香の香りがすることだ。

「ここで読まれている花橘(はなたちばな)というのは、日本に大昔から自生していた柑橘類、ミカンの一種だと言われています。それでは、この歌が詠まれた背景とされるエピソードを紹介しましょう」

 大西先生は、そう言ってから、和歌が詠まれた経緯(いきさつ)と伝えられている話しを語り始めた。

「宮中での仕事が忙しく、妻のことをあまりかまってやれなかった男の妻が、他の男についてよその国に行ってしまいました。月日が経ち、その国に元の夫が使者として出かけたところ、かつての妻は、使者を接待する役人の妻となっていることがわかりました。この歌は、元の夫が元妻に接待を受けているときに、酒の肴として出されていた(たちばな)を手に取ったそうです」

 (たちばな)の花、という言葉に、自分の名前が呼ばれたようで、思わずドキリとする。しかし、先生はオレの動揺とは関係なく、解説を続ける。

「元妻は、目の前にいる使者が自分の元夫だと気づくことはなかったので、彼は(たちばな)の花の枝を手に、『五月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔親しくしていた人の袖にたいていたお香の香りがすることだ』と歌を詠みました。そこには、()()()()()()()()()()()()()()? という意味が込められていると伝えられています。このあと、元妻は、この歌を聞いて元夫の心持ちを知り、自分を恥じたのか、その後、尼となり山にこもって暮らしたとか……。このエピソードが影響しているのか、(たちばな)の花には、『追憶』という花言葉がつけられています」

 大西先生は解説を終え、「それでは、この歌の品詞について確認しましょう」と、本来の古典の授業をはじめるが、オレの意識は、先生が語った歌の解釈に関するエピソードの方にとどまったままだった。

(たちばな)の木は、ミカンの一種だって言うけど……昔のことを思い出す(たちばな)の花の香りって、どんなニオイなんだろう?)

 そんなことをボンヤリと考えていると、いつの間にか、本題の品詞の確認は終わっていた。

「それでは、ここからは自習時間です。この時間が終わるまで、イロイロノートの()()()()()のロックを外しておくので、各自で問題を出し合うなどして、テスト対策を行ってください」

 大西先生は、そう言って、生徒の自主性に任せる時間に入った。言葉づかいは丁寧だが、この先生の授業方針は、自由放任なのか、ただの手抜きなのか、わからないことがある。

 ちなみに、『生徒間通信のロック』というのは、この時間に使用しているイロイロノートに搭載されている機能の一つだ。イロイロノートは、通常、教師と教師、もしくは教師と生徒間でのみ、カードの送受信を行うことができるようになっている。これは、もちろん、授業中に生徒同士で勝手にカードの交換が出来ないようにするためだ。

 それでも、グループ学習などの場面では、この生徒間通信のロック機能を解除して、生徒同士で意見交換が出来るようになっているのだ。

 ―――と、まあ、そういうことなのだが、クラス内ぼっちのオレには、好き好んで自習時間にカードを送ってくるようなクラスメートはいない。

 ましてや、現在のオレは、前日の授業開始前に、インフルエンサーの四葉ちゃんに()()な内容の架空の相談を持ちかけたことを自ら暴露したキモオタ野郎という認識なのだ。

(ここは大人しく、試験対策をしているフリで残りの時間をやり過ごそう……)

 そう考えて、自習(のフリ)モードに入るために、タブレットで、過去の授業の内容を確認しようとこれまでのノート一覧を開こうとすると、付箋のようなカードが画面上に表示された。

 これは、教師か生徒がオレの画面上のノートにカードを送ってきたことをあらわしている。

 送り主が表示されるカードの左下には、()()()()という名前が記されていた。


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 これまで、クラスの中での(数少ない)話し相手という認識だった|塚口《つかぐち》まことと語り合った翌日、オレは、少し気持ちが楽になったことを感じながら登校する。
 理由としては、オレのことを心配して話しを聞いてくれた男子生徒のおかげで、自分のこれまでの考えや気持ちが整理できたことが大きい。
 そして、まことと話すことで、自分が幼い頃のことを思い出し、その頃に|少《・》|し《・》|の《・》|間《・》|だ《・》|け《・》、親しく話していた同じクラスの女の子と交わした大切な約束を再認識したことも……。
 五月のさわやかな青空が広がるこの日は、定期テスト前の最後の授業日ということで、授業が行われたほとんどの科目で、試験範囲の確認とテスト対策の授業内容になっている。
 そんななか、古典の授業だけが、前の授業までに試験範囲を終えることができていなかったのか、授業の前半は、『古今和歌集』の和歌の解説が行われた。
「『|五月《さつき》待つ|花橘《はなたちばな》の|香《か》をかげば 昔の人の袖の|香《か》ぞする』今日は、この歌の解説を行って、そのあとは、試験勉強の時間にします。それじゃ、タブレットを出して、イロイロノートにログインして」
 古典担当の女性教師の言葉に従い、学校から支給されているタブレットPCを開き、ログインする。
 オレが中学二年になった頃から、市内の学校では生徒一人一人にタブレットPCが支給され、科目(というか担当教師のICTスキル)によっては、毎時間のようにタブレットを使った授業が行われている。
 この時間の授業を受け持っている古典の|大西《おおにし》先生も、年齢が若いため、タブレットを使う授業に抵抗が無いのか、あるいは提出物の確認が楽になるからなのか、黒板を使った板書よりも、『イロイロノート』という授業支援サービスを活用して、授業の解説を進めることが多い。
「この歌の現代語訳は、いま、みんなに送ったカードの二枚目に書いています」
 解説を行う先生の言葉にしたがって、画面上にあらわれた付箋のようなカードをスライドさせ、二枚目のカードを表示させる。カードには、こんな内容が書かれていた。
 現代語訳:五月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔親しくしていた人の袖にたいていたお香の香りがすることだ。
「ここで読まれている|花橘《はなたちばな》というのは、日本に大昔から自生していた柑橘類、ミカンの一種だと言われています。それでは、この歌が詠まれた背景とされるエピソードを紹介しましょう」
 大西先生は、そう言ってから、和歌が詠まれた|経緯《いきさつ》と伝えられている話しを語り始めた。
「宮中での仕事が忙しく、妻のことをあまりかまってやれなかった男の妻が、他の男についてよその国に行ってしまいました。月日が経ち、その国に元の夫が使者として出かけたところ、かつての妻は、使者を接待する役人の妻となっていることがわかりました。この歌は、元の夫が元妻に接待を受けているときに、酒の肴として出されていた|橘《たちばな》を手に取ったそうです」
 |橘《たちばな》の花、という言葉に、自分の名前が呼ばれたようで、思わずドキリとする。しかし、先生はオレの動揺とは関係なく、解説を続ける。
「元妻は、目の前にいる使者が自分の元夫だと気づくことはなかったので、彼は|橘《たちばな》の花の枝を手に、『五月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔親しくしていた人の袖にたいていたお香の香りがすることだ』と歌を詠みました。そこには、|あ《・》|な《・》|た《・》|は《・》|懐《・》|か《・》|し《・》|く《・》|思《・》|い《・》|ま《・》|せ《・》|ん《・》|か《・》? という意味が込められていると伝えられています。このあと、元妻は、この歌を聞いて元夫の心持ちを知り、自分を恥じたのか、その後、尼となり山にこもって暮らしたとか……。このエピソードが影響しているのか、|橘《たちばな》の花には、『追憶』という花言葉がつけられています」
 大西先生は解説を終え、「それでは、この歌の品詞について確認しましょう」と、本来の古典の授業をはじめるが、オレの意識は、先生が語った歌の解釈に関するエピソードの方にとどまったままだった。
(|橘《たちばな》の木は、ミカンの一種だって言うけど……昔のことを思い出す|橘《たちばな》の花の香りって、どんなニオイなんだろう?)
 そんなことをボンヤリと考えていると、いつの間にか、本題の品詞の確認は終わっていた。
「それでは、ここからは自習時間です。この時間が終わるまで、イロイロノートの|生《・》|徒《・》|間《・》|通《・》|信《・》のロックを外しておくので、各自で問題を出し合うなどして、テスト対策を行ってください」
 大西先生は、そう言って、生徒の自主性に任せる時間に入った。言葉づかいは丁寧だが、この先生の授業方針は、自由放任なのか、ただの手抜きなのか、わからないことがある。
 ちなみに、『生徒間通信のロック』というのは、この時間に使用しているイロイロノートに搭載されている機能の一つだ。イロイロノートは、通常、教師と教師、もしくは教師と生徒間でのみ、カードの送受信を行うことができるようになっている。これは、もちろん、授業中に生徒同士で勝手にカードの交換が出来ないようにするためだ。
 それでも、グループ学習などの場面では、この生徒間通信のロック機能を解除して、生徒同士で意見交換が出来るようになっているのだ。
 ―――と、まあ、そういうことなのだが、クラス内ぼっちのオレには、好き好んで自習時間にカードを送ってくるようなクラスメートはいない。
 ましてや、現在のオレは、前日の授業開始前に、インフルエンサーの四葉ちゃんに|ア《・》|レ《・》な内容の架空の相談を持ちかけたことを自ら暴露したキモオタ野郎という認識なのだ。
(ここは大人しく、試験対策をしているフリで残りの時間をやり過ごそう……)
 そう考えて、自習(のフリ)モードに入るために、タブレットで、過去の授業の内容を確認しようとこれまでのノート一覧を開こうとすると、付箋のようなカードが画面上に表示された。
 これは、教師か生徒がオレの画面上のノートにカードを送ってきたことをあらわしている。
 送り主が表示されるカードの左下には、|名《・》|和《・》|立《・》|花《・》という名前が記されていた。