ゲームと現実
ー/ー
王都への旅は、この世界に来た時に初めて降り立った丘から一番近くの町までの旅とは比べものにならないくらい大変で、まさに冒険だった。
狼に襲われた事も一度や二度じゃない。ハエトリグサのお化けみたいな怪物に食べられそうになった事もある。一つ目の巨人、最強の食人鬼サイクロプスとの戦いは危険なんてもんじゃなかった。
出会い頭に現れたサイクロプスはセッカの倍近い身長があった。サイクロプスは本能なのかトキの牽制攻撃には目もくれず、執拗にセッカに狙いを定めて追ってくる。セッカは剣を抜くことも出来ず逃げるしかない。全く無造作に横薙ぎに振り回された棍棒攻撃をまともに受け止めたセッカの盾はたった一撃で真っ二つに割れてしまい、セッカは三mくらい吹っ飛ばされた。戦っていた場所が沼地でなかったら、立てないくらいの大怪我になっていたかも知れない。とどめを刺しに来たサイクロプスの目をノスリが例の針の剣で突き刺してくれなければ、セッカは殺されていたかも知れない。暴れたサイクロプスの棍棒を握っていた左手に、トキがしびれ薬を塗った矢を命中させた。そのスキに立ち上がったセッカは短剣を力一杯振った。ちょうど野球のバットを振るみたいに振ったらサイクロプスのひざの皿を見事にヒットしたようで、サイクロプスがどうと倒れる。
三人はそのスキに走り出し、何とか逃げ切った。
肩でゼイゼイと大きく息をしながら、セッカはトキに質問した。
「どうして殺さなかったの?」
「え?」
トキは驚いたような顔でセッカを見つめ返す。
「だって、生かしたままだとまた誰かを襲うよ」
セッカは、遊んでいたゲームの中では出会った敵は完全に倒す。たいていの場合、全滅させなければ先に進めないからだった。けれどこの世界に来てからこれまでに出会った敵は、最初の食人鬼を初めとしてすべて追い払ってきたし、今回のサイクロプスとの戦いではこっちから逃げ出してきた。
「地球の人間は、どうしてそう野蛮なのかにぃ…」
オーバーなため息のしぐさとともにノスリは言う。トキも難しい顔をして、静かに言った。
「確かにサイクロプスは食人鬼だ。人を食べるから集落を襲うようなら退治もする。だけど創造主は、神様は不必要なものは創らない。食人鬼だって自然の一部だ。俺たちは、無駄な殺生をするべきじゃない。戦うことで自分がどうなるかは考えたことあるかい? セッカ、自分の体を見てごらん?」
言われてセッカは、両手を広げて全身を見る。
腕からおなかにかけて、まだ乾いていない赤黒い血がこびりついている。サイクロプスの返り血だ。そこからむせ返るような血の匂いが上ってくるので、それまでの興奮状態から一気に醒めた。すると、左腕に脈を打つ強い痛みが感じられる。見ると、棍棒に破壊されたのは盾だけではなかったようで盾を装着していた左腕の籠手もなく、前腕が強い衝撃でパックリと裂けてしまっていて鮮やかな赤い血が流れていた。セッカは顔から血の気が失せ、その場にペタンと座り込んでしまう。
「好んで命のやり取りをしようなんて考えない方がいい。左腕の傷、止血をしたら出発しよう」
そう言ってトキは消毒用の聖水を傷口に流しかけ、薬草で作ったとってもしみる傷薬を塗り込んで包帯を巻いてくれた。
その日の夜、久し振りに川のほとりで野営した三人は、これも久し振りで獲れたての川魚を焼いて食べた。
「この前の町から六日…次の町まであと何日くらいなの?」
だいぶん冒険の旅に慣れてきたセッカは、器用に組み上げた野営用のテントにかけたハンモックで食べかけの魚を持って、ぶらぶらと揺れていた。
「二日くらいだよ」
今日の片づけ当番になっているトキは、セッカの傷がうずかないようにと痛み止めの煎じ薬を作りながら答える。
「二日かぁ…遠いね」
「だね」
セッカと一緒にハンモックに揺られていたノスリもうなずいて見せた。そこに出来上がった薬を持ってトキがやって来る。
「ただし、町に着くのは三日後にする」
「どうして?」
トキは、そばに置いてあった矢筒の中の矢の本数を確認しながらこういった。
「矢に余裕があるからさ。明日は狩りをしようと思っているんだ」
「殺生はよくないんじゃなかったの?」
「無駄な殺生はね。今、君が食べている魚は、君が生きるために殺した。違うかい?」
セッカは思わず、食べかけの焼き魚を見つめた。
「町に住む人たちは、自分で狩りをしたり作物を採ったりする訳じゃない。でも、人は食べなきゃ生きていけない。そのために職業として作物を育てる百姓がいる。魚を捕る漁師がいる。そして、獣を狩る俺たち猟師がいるんだ」
「………」
「で? それと明日の狩りはどんな関係があるんだ? トキ」
ノスリが、小骨をつまようじ代わりにゲップをする。
「ハハ、俺も生きなきゃいけないからね。この辺は人に荒らされていないみたいで動物が多そうだから、ここで仕事をしようと思ってるんだ。捕った獲物を売って、必要な物を買うんだよ。セッカに新しい盾と剣が必要だしね」
「剣?」
セッカはハンモックを降り、鞘に戻してあった短剣を抜いてみた。するとどうだ。真ん中から少し下の方で大きく欠けてしまっている。しかも、その欠けた所からはっきりとした亀裂が走っている。今度堅い物を叩いたらポッキリ折れてしまいそうだ。
「うっわぁ」
「トキ、よく気付いたねぇ」
そう言いながら、ノスリも針の剣を調べる。
「最後の攻撃の時に変な音がしたんだ。剣の振り方が悪かったんだろう。本当ならしっかりとした師匠に基礎から稽古してもらうべきなんだろうけど…」
「トキが教えてくれればいいのに」
鞘に剣を収めたセッカは、残っていた魚を飲み下してちょっと苦そうな匂いのする飲み薬を受け取る。
「俺の剣も我流だからね。獲物にとどめを刺す時くらいしか使わないし…それに、最低限の事は教えたはずだよ、セッカ」
「え!?」
トキは含み笑いを浮かべて言う。
「二度とは教えない…って、言ったからね」
「うー、意地悪」
翌日の狩りはずいぶん楽しいものだった。
トキが優秀な狩人だという事は聞いていたけど、こんなに面白いように獲物が捕れるのかと思えるほどよく捕れた。セッカやノスリには全然判らない生き物たちの気配が、トキには判るらしい。愛用の弓につがえた矢をひょうと放つと、ウサギが捕れる。イノシシに命中する。一矢では倒せないイノシシも、怒って突進してくる所を短剣を使って急所にひと突き。セッカは途中で魚釣りをする事にしたのだが、トキがその日仕留めた獲物は野ウサギ十二羽イノシシ二頭。セッカの方は、ノスリと協力して夕食に食べても残る程度に捕れたくらいだった。
「トキ、このイノシシはどうやって運ぶんだ? 担いで行くのか?」
ノスリが、内蔵を処理していたトキの周りを飛びながら聞く。
「二頭も仕留められるとは思ってなかったんだ。きっちりさばいて売れない部位は捨てて行く。そのために日が沈む前にキャンプしたんだよ」
セッカは、獲物の処理に忙しいトキの変わりに焚き火を始めとした野営の準備を一人でする。
手慣れたものだ。
テキパキと準備を済ませると、剣の素振りを稽古をすることにした。トキが教えてくれたはずの剣の振り方をまったく思い出せないので、いろんな振り方を試しているのだ。剣を振ると怪我をした左腕が痛かったけれど、我慢できないほどじゃない。
トキは、穏やかな微笑みでそれを見守っていた。
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狼に襲われた事も一度や二度じゃない。ハエトリグサのお化けみたいな怪物に食べられそうになった事もある。一つ目の巨人、最強の食人鬼サイクロプスとの戦いは危険なんてもんじゃなかった。
出会い頭に現れたサイクロプスはセッカの倍近い身長があった。サイクロプスは本能なのかトキの牽制《けんせい》攻撃には目もくれず、執拗《しつよう》にセッカに狙《ねら》いを定めて追ってくる。セッカは剣を抜くことも出来ず逃げるしかない。全く無造作に横薙《よこな》ぎに振り回された棍棒《こんぼう》攻撃をまともに受け止めたセッカの盾はたった一撃で真っ二つに割れてしまい、セッカは三mくらい吹っ飛ばされた。戦っていた場所が沼地でなかったら、立てないくらいの大怪我になっていたかも知れない。とどめを刺しに来たサイクロプスの目をノスリが例の針の剣で突き刺してくれなければ、セッカは殺されていたかも知れない。暴れたサイクロプスの棍棒を握っていた左手に、トキがしびれ薬を塗った矢を命中させた。そのスキに立ち上がったセッカは短剣を力一杯振った。ちょうど野球のバットを振るみたいに振ったらサイクロプスのひざの皿を見事にヒットしたようで、サイクロプスがどうと倒れる。
三人はそのスキに走り出し、何とか逃げ切った。
肩でゼイゼイと大きく息をしながら、セッカはトキに質問した。
「どうして殺さなかったの?」
「え?」
トキは驚いたような顔でセッカを見つめ返す。
「だって、生かしたままだとまた誰かを襲うよ」
セッカは、遊んでいたゲームの中では出会った敵は完全に倒す。たいていの場合、全滅させなければ先に進めないからだった。けれどこの世界に来てからこれまでに出会った敵は、最初の食人鬼を初めとしてすべて追い払ってきたし、今回のサイクロプスとの戦いではこっちから逃げ出してきた。
「地球の人間は、どうしてそう野蛮《やばん》なのかにぃ…」
オーバーなため息のしぐさとともにノスリは言う。トキも難しい顔をして、静かに言った。
「確かにサイクロプスは食人鬼だ。人を食べるから集落を襲うようなら退治もする。だけど創造主は、神様は不必要なものは創らない。食人鬼だって自然の一部だ。俺たちは、無駄な殺生《せっしょう》をするべきじゃない。戦うことで自分がどうなるかは考えたことあるかい? セッカ、自分の体を見てごらん?」
言われてセッカは、両手を広げて全身を見る。
腕からおなかにかけて、まだ乾いていない赤黒い血がこびりついている。サイクロプスの返り血だ。そこからむせ返るような血の匂いが上ってくるので、それまでの興奮状態から一気に醒《さ》めた。すると、左腕に脈を打つ強い痛みが感じられる。見ると、棍棒に破壊されたのは盾だけではなかったようで盾を装着していた左腕の籠手《こて》もなく、前腕《ぜんわん》が強い衝撃でパックリと裂《さ》けてしまっていて鮮やかな赤い血が流れていた。セッカは顔から血の気が失せ、その場にペタンと座り込んでしまう。
「好んで命のやり取りをしようなんて考えない方がいい。左腕の傷、止血をしたら出発しよう」
そう言ってトキは消毒用の聖水を傷口に流しかけ、薬草で作ったとってもしみる傷薬を塗り込んで包帯を巻いてくれた。
その日の夜、久し振りに川のほとりで野営した三人は、これも久し振りで獲《と》れたての川魚を焼いて食べた。
「この前の町から六日…次の町まであと何日くらいなの?」
だいぶん冒険の旅に慣れてきたセッカは、器用に組み上げた野営用のテントにかけたハンモックで食べかけの魚を持って、ぶらぶらと揺れていた。
「二日くらいだよ」
今日の片づけ当番になっているトキは、セッカの傷がうずかないようにと痛み止めの煎《せん》じ薬を作りながら答える。
「二日かぁ…遠いね」
「だね」
セッカと一緒にハンモックに揺られていたノスリもうなずいて見せた。そこに出来上がった薬を持ってトキがやって来る。
「ただし、町に着くのは三日後にする」
「どうして?」
トキは、そばに置いてあった矢筒の中の矢の本数を確認しながらこういった。
「矢に余裕があるからさ。明日は狩りをしようと思っているんだ」
「殺生はよくないんじゃなかったの?」
「《《無駄》》な殺生はね。今、君が食べている魚は、君が生きるために殺した。違うかい?」
セッカは思わず、食べかけの焼き魚を見つめた。
「町に住む人たちは、自分で狩りをしたり作物を採《と》ったりする訳じゃない。でも、人は食べなきゃ生きていけない。そのために職業として作物を育てる百姓がいる。魚を捕《と》る漁師がいる。そして、獣を狩る俺たち猟師がいるんだ」
「………」
「で? それと明日の狩りはどんな関係があるんだ? トキ」
ノスリが、小骨をつまようじ代わりにゲップをする。
「ハハ、俺も生きなきゃいけないからね。この辺は人に荒らされていないみたいで動物が多そうだから、ここで仕事をしようと思ってるんだ。捕った獲物を売って、必要な物を買うんだよ。セッカに新しい盾と剣が必要だしね」
「剣?」
セッカはハンモックを降り、鞘《さや》に戻してあった短剣を抜いてみた。するとどうだ。真ん中から少し下の方で大きく欠けてしまっている。しかも、その欠けた所からはっきりとした亀裂が走っている。今度堅い物を叩いたらポッキリ折れてしまいそうだ。
「うっわぁ」
「トキ、よく気付いたねぇ」
そう言いながら、ノスリも針の剣を調べる。
「最後の攻撃の時に変な音がしたんだ。剣の振り方が悪かったんだろう。本当ならしっかりとした師匠に基礎から稽古してもらうべきなんだろうけど…」
「トキが教えてくれればいいのに」
鞘に剣を収めたセッカは、残っていた魚を飲み下してちょっと苦そうな匂いのする飲み薬を受け取る。
「俺の剣も我流だからね。獲物にとどめを刺す時くらいしか使わないし…それに、最低限の事は教えたはずだよ、セッカ」
「え!?」
トキは含み笑いを浮かべて言う。
「二度とは教えない…って、言ったからね」
「うー、意地悪」
翌日の狩りはずいぶん楽しいものだった。
トキが優秀な狩人だという事は聞いていたけど、こんなに面白いように獲物が捕れるのかと思えるほどよく捕れた。セッカやノスリには全然判らない生き物たちの気配が、トキには判るらしい。愛用の弓につがえた矢をひょうと放つと、ウサギが捕れる。イノシシに命中する。一矢《いっし》では倒せないイノシシも、怒って突進してくる所を短剣を使って急所にひと突き。セッカは途中で魚釣りをする事にしたのだが、トキがその日仕留めた獲物は野ウサギ十二羽イノシシ二頭。セッカの方は、ノスリと協力して夕食に食べても残る程度に捕れたくらいだった。
「トキ、このイノシシはどうやって運ぶんだ? 担《かつ》いで行くのか?」
ノスリが、内蔵を処理していたトキの周りを飛びながら聞く。
「二頭も仕留められるとは思ってなかったんだ。きっちりさばいて売れない部位は捨てて行く。そのために日が沈む前にキャンプしたんだよ」
セッカは、獲物の処理に忙しいトキの変わりに焚き火を始めとした野営の準備を一人でする。
手慣れたものだ。
テキパキと準備を済ませると、剣の素振りを稽古をすることにした。トキが教えてくれたはずの剣の振り方をまったく思い出せないので、いろんな振り方を試しているのだ。剣を振ると怪我をした左腕が痛かったけれど、我慢できないほどじゃない。
トキは、穏やかな微笑みでそれを見守っていた。