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良子、小学校6年生

ー/ー



 私は体育館のマットレスの後片付けを終えて、教室に戻って、さて、家に帰ろうとトタン屋根の体育館から校舎への渡り廊下を歩いていた。花壇の向こうの校舎の角でなにかもめている子たちがいるのに気づいた。いじめっ子の男の子と女の子が気の弱そうな女の子の髪をつかんで引っ張っている。それを止めようとしている同じクラスの学級委員長の女の子が見えた。

 普通なら、面倒くさいので見て見ぬふりをするが、イジメている方が台湾系の帰化人の家の子たちだった。あいつらは気に入らない。帰化人の家の子が日本人をいじめるのは、私たちの方も目立つんだ。私たちまで白い目で見られちゃかなわない。私は仲裁することに決めた。

 渡り廊下からスタスタ彼らの方に歩いていく。私が近づいてくるのに彼らが気づいた。気の弱そうな女の子は、地面にお尻をついて、しゃがみ込んでいた。スカートが捲れてパンツが見えてる。いじめっ子の女の子がその子を蹴っている。学級委員長は胸ぐらを男の子に掴まれて体を揺さぶられていた。まったく、何が面白くて弱っちい日本人の子をいじめるんだろう。まあ、日本人の子も帰化人の家の子とはお付き合い、一線を引いているけど。

 私はヤツラに標準語(プートンファ)(北京語)で、イジメは止めろよ!中国人が日本人に白い目で見られんだろう?弱っちいのをイジメて何が面白いのさ?と怒鳴った。いじめっ子は台湾系。私は、大陸系。同じ中華系の帰化した家の日本人だが、台湾系と大陸系は仲がよろしくないのだ。いじめられている子と学級委員長は私の標準語(プートンファ)にポカンとしている。こいつら、日本語しか喋れないからな。

 いじめっ子が私を突き飛ばそうとした。いつも私を憎々しげに見ている子だ。家同士も仲は悪い。中国語で、この吊り目女!と叫んで、私の胸を押して脚をかけて転ばそうとした。吊り目はお互い様じゃないか?

 ま、甘いよ、お坊ちゃん。私は半身を引いて、彼が突き出してきた腕を引く。ほいよ、と後ろに放り投げた。いじめっ子の女の子が私を引っ掻こうとして近寄ってくる。その子の指をつかんでひねる。体が中に浮いて地面に叩きつけられた。弱いのにイジメなんかすんなよ、と中国語で言った。二人は、地面をあとずさって、覚えてろ、と捨て台詞を言って校舎の方に逃げていった。

 いじめられていた弱っちい子の腕を引いて起き上がらせてやる。学級委員長のブラウスは、胸ぐらを掴まれた時、ボタンがとれちゃったみたいだ。落ちていたのを拾って彼女に渡した。「ハイ、委員長、ボタン、とれちゃったね。ママにつけ直してもらわないとね」

「・・・あ、ありがとう、張本さん・・・あの、あなた、強いわね?」と学級委員長の高橋良子が言う。丘の上の子だ。お嬢様。どの学年でも学級委員長で、羨ましいぐらいの美少女。少女漫画に出てくる手合いだ。普段、私と話をすることはなかった。教室の掃除の当番で、そこまだ掃いてないわ、とか声をかけるくらい。こっちも帰化人の家の子だから、友だちになんてなれないよね?と最初から決めつけているので、会話しなかった。

「いじめる方が弱すぎるのよ」と弱っちい子のスカートのお尻の泥を落としてやった。「私、教室戻るけど、あなたたちも一緒に行こうよ。あいつらがいるかもしれないじゃん?」言ったら二人ともコクコクと頷いた。

 幸い、教室にもどこにもいじめっ子はいなかった。弱っちい子が「張本さん、助けてくれてありがとう」と手を握ってくる。「私、帰らなくちゃ。塾があるの。張本さん、またね」と言う。「帰り道、周りを見ながら帰りなよ。あいつらにバッタリ会わないようにね」と注意した。彼女も委員長と同じ丘の上の子だ。

 教室に私と委員長だけが残った。「委員長、家に帰らないの?」と聞く。「ちょっと、張本さんとお話したいの。彼らに何を言ったの?あれ、中国語?」と聞かれた。

「うん、北京語って言って、中国の標準語。いじめっ子たち、台湾系じゃん?だから、私みたいな華南の大陸系の言葉はわからないから、北京語を使ったの」と言ったら目を丸くして、
「それじゃあ、張本さんは、日本語の他に北京語も華南の大陸系の言葉も話せるの?三ヶ国語?」
「うん、まあ、そういうことになるかな。華南の大陸系の言葉って広東語って言うんだけど、おじいちゃんとかおばあちゃんとは、日本語で話すとあんまり通じないんで、家では広東語で話すのよ」
「へぇ~、すごい!ねえ、それと彼らをぶん投げたのは、中国拳法なの?」
「中国拳法?中華系だからって、中国拳法を習うわけじゃないよ、委員長」
「委員長は止めて。私、良子」
「良い子の良子」
「それも止めて。良子だけにして!それで、私はあなたをなんと呼べばいいの?」
「・・・芳(ファン)って呼んで」
(ファン)?」

 私は委員長の手を引いて教壇に歩いた。黒板のチョークで、私の名前を書いた。

「ほら、張本芳子(よしこ)が私の名前でしょ?でもね・・・中国名は、張芳芳(チャンファンファン)で・・・」と黒板に書いた。同じ漢字でも発音が違うからね。

 私の名字は張本。もともとの祖父の中国姓が『張』だったので、祖父が帰化した時に張本姓を選択したって話。中国名は張芳芳(チャン・ファンファン)で、日本名は張本芳子(はりもとよしこ)。芳(ファン)という漢字は、素晴らしい、美しいという意味。

「なるほど。(ファン)って語尾が上がるのね?フワッとしていい名前。でも、名前、芳芳(ファンファン)でしょ?(ファン)って呼んでいいの?」と委員長、じゃない、良子。
「委員長・・・じゃない、良子には(ファン)と呼んで欲しいな」
「『良子には』ってどういう意味よ?」
「家族しか私を(ファン)と呼ばないの」
「ふ~ん、私は家族しか呼ばない名前であなたを呼んでいいのね?私を家族扱いしてくれるのね?」
「私が良子と呼ぶのと交換だ。あなただって、みんな、高橋さんか委員長としか呼ばないじゃじゃん?」

「わかったわ、(ファン)!」と良子が言う。なんか、うれしい。
「丘の上の子にしては話せるじゃん!」と言う。
「丘の上の子?よくわかんないけど・・・ねえ、ファン、今まであまり話したことがなかったね。お友だちになってくれる?」と聞かれた。美少女が向こうからお友だちとか言ってくれる。うれしい。私、面食いだからなあ。美少女、好みなんだ。少女漫画の美少女の委員長の親友みたいで良いね。

「私がお友だち?うれしいね。私、良子のお友だち?良いね・・・あれ?でもさ、良子、小学校卒業したら、丘の上のガッコに進学するんでしょ?」
「そうだね。ねえ、ファンはどこの中学に進学するの?」
「私は公立でいいって言ったのに、両親が私立の女学校って言うから、受けてみたのよ。でも、良子みたいに頭が良くないから。実は、良子の学校の真後ろの学校なんだ。共学の方が良かったんだけど。ボーイフレンド、欲しいじゃん?」

「そっか。あそこか。ご近所さんだ。じゃあ、たまに会えるね?一緒に遊ぼうよ。ボーイフレンドじゃなくて残念かもしれないけど」
「良子みたいな美人の友だちって、気後れしちゃうな。でも、少女漫画の美少女の世界で、いいね」
「少女漫画?美少女?私が?」
「うん、女の子、千人集めたら、良子が一番だと思う」
「そうかなあ。気にしたことがなかったな」
「生まれついての委員長だから、自覚がないのよ」

「う~ん、そんなものなのかな?あ!ところで、あの子たちを投げ飛ばした、あれ!」
「ああ、あれ。あれは合気道。道場に通って習ってるの。おじいちゃんは、中華系なら中国拳法だろ?いい道場がある!って言われたけど、私、中華系だけど、日本人でしょ?だから、日本の武道が良いって言ったら、合気道の道場に入門させてくれたの」
「へぇ~、あれ、合気道って言うんだ。柔道とか空手と違うんだね」
「良子は背が高いじゃん?私はチビだから、柔道とか空手みたいに体を鍛えて相手を倒すのは向かない、っておじいちゃんが言って、合気道なら、攻撃してくる相手の力を利用するから、ファンには向いてるって勧められたのよ」

「攻撃してくる相手の力を利用する?ああ、だから、いじめっ子がファンを押す手をさっと引いたら、あいつが吹っ飛んだし、女の子の指を捻っただけで、彼女がクルッと体が回って投げ飛ばされたんだ!へぇ~、私も習えるかしら?」
「お嬢様の良子が?」
「お嬢様って、止めてよ、ファン。同じ女の子じゃないの!」
「・・・まあ、良子にも向いているかな?筋肉ムキムキになるわけじゃないから」
「ファンと同じ道場に私、通う!紹介して!」
「いいけど・・・」
「うれしい!いつ行く?今日?遠いの?」
「良子は気が早いねえ。いいよ、今日でも。この小学校のすぐ近くにあるの。ほら、 横浜雙葉高校の隣のサンモール・インターナショナルスクールの脇」
「うん、行こうよ、ファン、すぐ行こう!あ!でも、月謝、どうしよう?お金、持ってないな」
「後で払ってもいいと思うよ。おじいちゃんの知り合いが師範代だから」

 私たちはランドセルをしょって、すぐ近くの道場まで歩いた。

「ねえ、ファン、ところで、『丘の上の子』って何?」
「う~ん、私なんか、中華系だし、『丘の下の子』じゃない?丘の上から見下ろすと中華街が広がっているし。そういう意味で、『丘の上』と『丘の下』」
「標高差で何かが決まるの?」と良子、理屈っぽい。
「あるのよ、丘の上は良い子、丘の下は悪い子とかの区分けがあるの、良子」と答えた。
「フン、くだらない。だったら、日本で一番良い子は富士山頂の測候所に住んでいる子なのね?」
「富士山頂?測候所?良子、発想がおかしい!」

 そんなことが小学校6年生の時にあった。それ以来、中学高校と良子とは学校が違うが、道場でも顔を合わせるし(良子は自分が合気道を習っているなんて誰にも言っていないようだ)、たまに横浜駅でお茶したりした。でも、良子には、近所じゃ私に会っちゃダメ。離れたところでデートしようと注意した。なぜ?なんで?と良子が聞く。

「だって、良子、?良子みたいなカタギの家の子が、私なんかと友だちだなんて、良子に迷惑かけるじゃん!」
「私、気にしないよ」
「そう言わない。良子が気にしないのはわかるけどさ、まあ、念のため」
「納得行かないけど、ファンが言うなら・・・」
「ありがと。そうしておきましょ。私たちの付き合いは内緒ね、内緒」


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次のエピソードへ進む 林田達夫1


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 私は体育館のマットレスの後片付けを終えて、教室に戻って、さて、家に帰ろうとトタン屋根の体育館から校舎への渡り廊下を歩いていた。花壇の向こうの校舎の角でなにかもめている子たちがいるのに気づいた。いじめっ子の男の子と女の子が気の弱そうな女の子の髪をつかんで引っ張っている。それを止めようとしている同じクラスの学級委員長の女の子が見えた。
 普通なら、面倒くさいので見て見ぬふりをするが、イジメている方が台湾系の帰化人の家の子たちだった。あいつらは気に入らない。帰化人の家の子が日本人をいじめるのは、私たちの方も目立つんだ。私たちまで白い目で見られちゃかなわない。私は仲裁することに決めた。
 渡り廊下からスタスタ彼らの方に歩いていく。私が近づいてくるのに彼らが気づいた。気の弱そうな女の子は、地面にお尻をついて、しゃがみ込んでいた。スカートが捲れてパンツが見えてる。いじめっ子の女の子がその子を蹴っている。学級委員長は胸ぐらを男の子に掴まれて体を揺さぶられていた。まったく、何が面白くて弱っちい日本人の子をいじめるんだろう。まあ、日本人の子も帰化人の家の子とはお付き合い、一線を引いているけど。
 私はヤツラに|標準語《プートンファ》(北京語)で、イジメは止めろよ!中国人が日本人に白い目で見られんだろう?弱っちいのをイジメて何が面白いのさ?と怒鳴った。いじめっ子は台湾系。私は、大陸系。同じ中華系の帰化した家の日本人だが、台湾系と大陸系は仲がよろしくないのだ。いじめられている子と学級委員長は私の|標準語《プートンファ》にポカンとしている。こいつら、日本語しか喋れないからな。
 いじめっ子が私を突き飛ばそうとした。いつも私を憎々しげに見ている子だ。家同士も仲は悪い。中国語で、この吊り目女!と叫んで、私の胸を押して脚をかけて転ばそうとした。吊り目はお互い様じゃないか?
 ま、甘いよ、お坊ちゃん。私は半身を引いて、彼が突き出してきた腕を引く。ほいよ、と後ろに放り投げた。いじめっ子の女の子が私を引っ掻こうとして近寄ってくる。その子の指をつかんでひねる。体が中に浮いて地面に叩きつけられた。弱いのにイジメなんかすんなよ、と中国語で言った。二人は、地面をあとずさって、覚えてろ、と捨て台詞を言って校舎の方に逃げていった。
 いじめられていた弱っちい子の腕を引いて起き上がらせてやる。学級委員長のブラウスは、胸ぐらを掴まれた時、ボタンがとれちゃったみたいだ。落ちていたのを拾って彼女に渡した。「ハイ、委員長、ボタン、とれちゃったね。ママにつけ直してもらわないとね」
「・・・あ、ありがとう、張本さん・・・あの、あなた、強いわね?」と学級委員長の高橋良子が言う。丘の上の子だ。お嬢様。どの学年でも学級委員長で、羨ましいぐらいの美少女。少女漫画に出てくる手合いだ。普段、私と話をすることはなかった。教室の掃除の当番で、そこまだ掃いてないわ、とか声をかけるくらい。こっちも帰化人の家の子だから、友だちになんてなれないよね?と最初から決めつけているので、会話しなかった。
「いじめる方が弱すぎるのよ」と弱っちい子のスカートのお尻の泥を落としてやった。「私、教室戻るけど、あなたたちも一緒に行こうよ。あいつらがいるかもしれないじゃん?」言ったら二人ともコクコクと頷いた。
 幸い、教室にもどこにもいじめっ子はいなかった。弱っちい子が「張本さん、助けてくれてありがとう」と手を握ってくる。「私、帰らなくちゃ。塾があるの。張本さん、またね」と言う。「帰り道、周りを見ながら帰りなよ。あいつらにバッタリ会わないようにね」と注意した。彼女も委員長と同じ丘の上の子だ。
 教室に私と委員長だけが残った。「委員長、家に帰らないの?」と聞く。「ちょっと、張本さんとお話したいの。彼らに何を言ったの?あれ、中国語?」と聞かれた。
「うん、北京語って言って、中国の標準語。いじめっ子たち、台湾系じゃん?だから、私みたいな華南の大陸系の言葉はわからないから、北京語を使ったの」と言ったら目を丸くして、
「それじゃあ、張本さんは、日本語の他に北京語も華南の大陸系の言葉も話せるの?三ヶ国語?」
「うん、まあ、そういうことになるかな。華南の大陸系の言葉って広東語って言うんだけど、おじいちゃんとかおばあちゃんとは、日本語で話すとあんまり通じないんで、家では広東語で話すのよ」
「へぇ~、すごい!ねえ、それと彼らをぶん投げたのは、中国拳法なの?」
「中国拳法?中華系だからって、中国拳法を習うわけじゃないよ、委員長」
「委員長は止めて。私、良子」
「良い子の良子」
「それも止めて。良子だけにして!それで、私はあなたをなんと呼べばいいの?」
「・・・芳(ファン)って呼んで」
「|芳《ファン》?」
 私は委員長の手を引いて教壇に歩いた。黒板のチョークで、私の名前を書いた。
「ほら、張本|芳子《よしこ》が私の名前でしょ?でもね・・・中国名は、|張芳芳《チャンファンファン》で・・・」と黒板に書いた。同じ漢字でも発音が違うからね。
 私の名字は張本。もともとの祖父の中国姓が『張』だったので、祖父が帰化した時に張本姓を選択したって話。中国名は張芳芳(チャン・ファンファン)で、日本名は張本芳子(はりもとよしこ)。芳(ファン)という漢字は、素晴らしい、美しいという意味。
「なるほど。|芳《ファン》って語尾が上がるのね?フワッとしていい名前。でも、名前、|芳芳《ファンファン》でしょ?|芳《ファン》って呼んでいいの?」と委員長、じゃない、良子。
「委員長・・・じゃない、良子には|芳《ファン》と呼んで欲しいな」
「『良子には』ってどういう意味よ?」
「家族しか私を|芳《ファン》と呼ばないの」
「ふ~ん、私は家族しか呼ばない名前であなたを呼んでいいのね?私を家族扱いしてくれるのね?」
「私が良子と呼ぶのと交換だ。あなただって、みんな、高橋さんか委員長としか呼ばないじゃじゃん?」
「わかったわ、|芳《ファン》!」と良子が言う。なんか、うれしい。
「丘の上の子にしては話せるじゃん!」と言う。
「丘の上の子?よくわかんないけど・・・ねえ、ファン、今まであまり話したことがなかったね。お友だちになってくれる?」と聞かれた。美少女が向こうからお友だちとか言ってくれる。うれしい。私、面食いだからなあ。美少女、好みなんだ。少女漫画の美少女の委員長の親友みたいで良いね。
「私がお友だち?うれしいね。私、良子のお友だち?良いね・・・あれ?でもさ、良子、小学校卒業したら、丘の上のガッコに進学するんでしょ?」
「そうだね。ねえ、ファンはどこの中学に進学するの?」
「私は公立でいいって言ったのに、両親が私立の女学校って言うから、受けてみたのよ。でも、良子みたいに頭が良くないから。実は、良子の学校の真後ろの学校なんだ。共学の方が良かったんだけど。ボーイフレンド、欲しいじゃん?」
「そっか。あそこか。ご近所さんだ。じゃあ、たまに会えるね?一緒に遊ぼうよ。ボーイフレンドじゃなくて残念かもしれないけど」
「良子みたいな美人の友だちって、気後れしちゃうな。でも、少女漫画の美少女の世界で、いいね」
「少女漫画?美少女?私が?」
「うん、女の子、千人集めたら、良子が一番だと思う」
「そうかなあ。気にしたことがなかったな」
「生まれついての委員長だから、自覚がないのよ」
「う~ん、そんなものなのかな?あ!ところで、あの子たちを投げ飛ばした、あれ!」
「ああ、あれ。あれは合気道。道場に通って習ってるの。おじいちゃんは、中華系なら中国拳法だろ?いい道場がある!って言われたけど、私、中華系だけど、日本人でしょ?だから、日本の武道が良いって言ったら、合気道の道場に入門させてくれたの」
「へぇ~、あれ、合気道って言うんだ。柔道とか空手と違うんだね」
「良子は背が高いじゃん?私はチビだから、柔道とか空手みたいに体を鍛えて相手を倒すのは向かない、っておじいちゃんが言って、合気道なら、攻撃してくる相手の力を利用するから、ファンには向いてるって勧められたのよ」
「攻撃してくる相手の力を利用する?ああ、だから、いじめっ子がファンを押す手をさっと引いたら、あいつが吹っ飛んだし、女の子の指を捻っただけで、彼女がクルッと体が回って投げ飛ばされたんだ!へぇ~、私も習えるかしら?」
「お嬢様の良子が?」
「お嬢様って、止めてよ、ファン。同じ女の子じゃないの!」
「・・・まあ、良子にも向いているかな?筋肉ムキムキになるわけじゃないから」
「ファンと同じ道場に私、通う!紹介して!」
「いいけど・・・」
「うれしい!いつ行く?今日?遠いの?」
「良子は気が早いねえ。いいよ、今日でも。この小学校のすぐ近くにあるの。ほら、 横浜雙葉高校の隣のサンモール・インターナショナルスクールの脇」
「うん、行こうよ、ファン、すぐ行こう!あ!でも、月謝、どうしよう?お金、持ってないな」
「後で払ってもいいと思うよ。おじいちゃんの知り合いが師範代だから」
 私たちはランドセルをしょって、すぐ近くの道場まで歩いた。
「ねえ、ファン、ところで、『丘の上の子』って何?」
「う~ん、私なんか、中華系だし、『丘の下の子』じゃない?丘の上から見下ろすと中華街が広がっているし。そういう意味で、『丘の上』と『丘の下』」
「標高差で何かが決まるの?」と良子、理屈っぽい。
「あるのよ、丘の上は良い子、丘の下は悪い子とかの区分けがあるの、良子」と答えた。
「フン、くだらない。だったら、日本で一番良い子は富士山頂の測候所に住んでいる子なのね?」
「富士山頂?測候所?良子、発想がおかしい!」
 そんなことが小学校6年生の時にあった。それ以来、中学高校と良子とは学校が違うが、道場でも顔を合わせるし(良子は自分が合気道を習っているなんて誰にも言っていないようだ)、たまに横浜駅でお茶したりした。でも、良子には、近所じゃ私に会っちゃダメ。離れたところでデートしようと注意した。なぜ?なんで?と良子が聞く。
「だって、良子、《《私の家は、中華マフィアじゃん》》?良子みたいなカタギの家の子が、私なんかと友だちだなんて、良子に迷惑かけるじゃん!」
「私、気にしないよ」
「そう言わない。良子が気にしないのはわかるけどさ、まあ、念のため」
「納得行かないけど、ファンが言うなら・・・」
「ありがと。そうしておきましょ。私たちの付き合いは内緒ね、内緒」