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第2章~運命の人があの人ならいいのに現実はうまくいかない~第13話

ー/ー



「ど、どう見えた……っていうのを説明するのは難しいが―――先週までとは雰囲気が変わったな、ってのは、ニブい男子のオレにもわかった……」

 なんとか、動揺を悟られないようにそれだけ答えると、上坂部葉月は、憂いを帯びていた表情を崩して、

「そっか……大成も、そう思ってくれていると良いんだけど……」

と、ポツリと幼なじみの名前を口にする。

 そうそう、これは、不特定多数の男子をトリコにするための作戦ではなく、彼女の幼なじみにして想い人であるクラスメートの心を掴むためのモノなのだ。
 5月半ばを迎えた、オレたち2年1組の教室では、新学期以来、いまだ席替えが実施されておらず、すなわち、名字の五十音順で決まっている席順において、上坂部葉月(かみさかべはづき)の後方には、久々知大成(くくちたいせい)の席がある。

 自分の目の前から、これまで嗅いだことのない甘い香りがただよってくれば、どれだけ鈍感な男子でも、前の席に座る女子生徒に、なんらかの変化があったことには気付き、彼女のことを意識する、ということは十分に考えられるだろう。

 ちょっと、女子っぽさを意識するだけで、ここまで、男子生徒を動揺させるとは、
 
(葉月、おそろしい子!)

と、思わず白目になって、その才能と執念に慄いてしまう。
 
 これなら、たとえ男子生徒に恋人がいたとしても、彼の交際相手が、ファミレスのサイ◯リアでバイトをする女子校の王子様や、席替えをして囲まれるS級美少女などでなければ、上坂部にも大いに勝機は見えてくるハズだ。

(ただ、相手は、()()名和リッカなんだよなぁ……)

 そのことをあらためて思い出しながら、ふと別のことが頭の中に思い浮かんだ。

 そういえば、つい最近も、室内をただよう心地よいフレグランスを感じた気がする。
 たしか、カラオケボックスで、その転校生と二人きりになったときのことだと思うのだが……。

 なぜ、オレはあの時に鼻腔をくすぐった、爽やかで明るいシトラスフローラルの香りを懐かしい匂いだ……などと感じたのだろう?

 そんなことを考えていると、目の前の女子生徒が、突然、オレの鼻筋に、スッと人差し指を当ててきた。

「どうしたの? ボーッとして……立花くん、大丈夫?」

 のわっ……!

 声に出して、大きく()()りそうになるのをこらえながら、

「わ、悪い……ちょっと、考えごとをしてた」

と謝罪して、息を整える。

 いきなりのスキンシップは、心臓に悪い……というか、ちょっと、男子との距離感がバグっていないか? と、この女子クラス委員のことが心配になる。
 それでなくても、久々知と名和リッカの交際が公になってから、上坂部には男子生徒からのアプローチが露骨に増えているのだ。

「四葉ちゃんは、『彼女持ちの男子を好きになったときのNG行動』ってのも教えてくれてただろう? そっちの方も気をつけないとな」

 やや強引に、話題を本題に戻そうとするが、目の前の恋に悩んでいるハズのクラスメートは、

「な〜んだ、立花くんが、私のあたらしい魅力にメロメロになっちゃったのかと思った……ざ〜んねん」

などと言って、テヘペロと可愛らしく舌を出している。

(上坂部、ホンマにそういうところやぞ!)

 オレは、声に出さずに心のなかでツッコミを入れる。

 このままでは、久々知大成の心を射止める前に、我が校の多くの男子生徒が、上坂部葉月の3次元の誘惑(リリサ)の前に撃沈してしまうことは火を見るより明らかだ。

 というか、いまのこのシチュエーションを幼なじみ相手に演じることができていれば、性格の悪い転校生に、想い人をかすめ取られることなどなかっただろう。
 ヒロインレースなら、気心が知れているという関係性を活かして、スンナリと好位置に付け、楽々と馬群から抜け出すことが可能だったハズだ。

 たとえ相手が、凱旋門賞2着のエルコンドルパサーでも、グランプリ3連覇のグラスワンダーでも、伝説の逃げ馬サイレンススズカのように余裕の逃げ切り勝ちを収めていたのではないだろうか(このレースは、YourTubeの動画でしか見ただけだけど……)?

 相変わらず、チカラの入れどころを微妙に間違っている上坂部葉月のダメヒロインぶりに、内心でため息を漏らしつつ、オレはアドバイスを続ける。

「そういうことは、ホントに好きな相手に言うほうが効果的だと思うぞ?」

 そう、結局のところ、ファミレスでバイトする女子校の王子様にしても、席替えをして主人公を囲むS級美少女にしても、さらに、クラスで二番目にかわいい女子生徒にしても、男子の心の掴むのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってヤツだ。

 WEB小説やライトノベルで学べる知識に隙は無い。

「あと、さっきも言ったけど、『彼女持ちの男子を好きになったときのNG行動』にも気をつけような」

 オレが、そう付け足すと、上坂部は、「は〜い」と、軽い感じで返事をしたあと、真剣な顔つきに戻って確認するようにたずねてくる。

「四葉ちゃんの言ってたNG行動って、『いまの彼女の悪口を言う』『セカンド彼女になってしまう』『ベタベタとボディタッチする』の3つだったっけ」

 メモアプリに、要点を記録していたオレも、スマホに目を落として、項目をチェックしながら、彼女の言葉にうなずいた。
 そして、オレの反応を確認した、上坂部は、弾むような声で答える。
 
「だね! 大成の前では、リッカのことを悪く言わないように注意する! セカンド彼女ってのは、大成に限って二股をかけるようなことは無いと思うけど、気に留めておく! 最後のボディタッチについては、私は無意識にしちゃってる場合もあるみたいだから……特に気をつけようと思う」

 彼女の自己認識が、自分の考えと大きく離れていなかったことに、まずは、安心する。

 特に、最後のボディタッチの項目に関しては、久々知だけでなく、他の男子に対しても、十分に気をつけてもらいたい。そうすれば、余計な修羅場を発生させる可能性の減らすことにつながると思うので、三つ目の禁則事項は、ぜひ、守ってもらおうと感じた。


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「ど、どう見えた……っていうのを説明するのは難しいが―――先週までとは雰囲気が変わったな、ってのは、ニブい男子のオレにもわかった……」
 なんとか、動揺を悟られないようにそれだけ答えると、上坂部葉月は、憂いを帯びていた表情を崩して、
「そっか……大成も、そう思ってくれていると良いんだけど……」
と、ポツリと幼なじみの名前を口にする。
 そうそう、これは、不特定多数の男子をトリコにするための作戦ではなく、彼女の幼なじみにして想い人であるクラスメートの心を掴むためのモノなのだ。
 5月半ばを迎えた、オレたち2年1組の教室では、新学期以来、いまだ席替えが実施されておらず、すなわち、名字の五十音順で決まっている席順において、|上坂部葉月《かみさかべはづき》の後方には、|久々知大成《くくちたいせい》の席がある。
 自分の目の前から、これまで嗅いだことのない甘い香りがただよってくれば、どれだけ鈍感な男子でも、前の席に座る女子生徒に、なんらかの変化があったことには気付き、彼女のことを意識する、ということは十分に考えられるだろう。
 ちょっと、女子っぽさを意識するだけで、ここまで、男子生徒を動揺させるとは、
(葉月、おそろしい子!)
と、思わず白目になって、その才能と執念に慄いてしまう。
 これなら、たとえ男子生徒に恋人がいたとしても、彼の交際相手が、ファミレスのサイ◯リアでバイトをする女子校の王子様や、席替えをして囲まれるS級美少女などでなければ、上坂部にも大いに勝機は見えてくるハズだ。
(ただ、相手は、|あ《・》|の《・》名和リッカなんだよなぁ……)
 そのことをあらためて思い出しながら、ふと別のことが頭の中に思い浮かんだ。
 そういえば、つい最近も、室内をただよう心地よいフレグランスを感じた気がする。
 たしか、カラオケボックスで、その転校生と二人きりになったときのことだと思うのだが……。
 なぜ、オレはあの時に鼻腔をくすぐった、爽やかで明るいシトラスフローラルの香りを懐かしい匂いだ……などと感じたのだろう?
 そんなことを考えていると、目の前の女子生徒が、突然、オレの鼻筋に、スッと人差し指を当ててきた。
「どうしたの? ボーッとして……立花くん、大丈夫?」
 のわっ……!
 声に出して、大きく|仰《の》け|反《ぞ》りそうになるのをこらえながら、
「わ、悪い……ちょっと、考えごとをしてた」
と謝罪して、息を整える。
 いきなりのスキンシップは、心臓に悪い……というか、ちょっと、男子との距離感がバグっていないか? と、この女子クラス委員のことが心配になる。
 それでなくても、久々知と名和リッカの交際が公になってから、上坂部には男子生徒からのアプローチが露骨に増えているのだ。
「四葉ちゃんは、『彼女持ちの男子を好きになったときのNG行動』ってのも教えてくれてただろう? そっちの方も気をつけないとな」
 やや強引に、話題を本題に戻そうとするが、目の前の恋に悩んでいるハズのクラスメートは、
「な〜んだ、立花くんが、私のあたらしい魅力にメロメロになっちゃったのかと思った……ざ〜んねん」
などと言って、テヘペロと可愛らしく舌を出している。
(上坂部、ホンマにそういうところやぞ!)
 オレは、声に出さずに心のなかでツッコミを入れる。
 このままでは、久々知大成の心を射止める前に、我が校の多くの男子生徒が、上坂部葉月の3次元の|誘惑《リリサ》の前に撃沈してしまうことは火を見るより明らかだ。
 というか、いまのこのシチュエーションを幼なじみ相手に演じることができていれば、性格の悪い転校生に、想い人をかすめ取られることなどなかっただろう。
 ヒロインレースなら、気心が知れているという関係性を活かして、スンナリと好位置に付け、楽々と馬群から抜け出すことが可能だったハズだ。
 たとえ相手が、凱旋門賞2着のエルコンドルパサーでも、グランプリ3連覇のグラスワンダーでも、伝説の逃げ馬サイレンススズカのように余裕の逃げ切り勝ちを収めていたのではないだろうか(このレースは、YourTubeの動画でしか見ただけだけど……)?
 相変わらず、チカラの入れどころを微妙に間違っている上坂部葉月のダメヒロインぶりに、内心でため息を漏らしつつ、オレはアドバイスを続ける。
「そういうことは、ホントに好きな相手に言うほうが効果的だと思うぞ?」
 そう、結局のところ、ファミレスでバイトする女子校の王子様にしても、席替えをして主人公を囲むS級美少女にしても、さらに、クラスで二番目にかわいい女子生徒にしても、男子の心の掴むのは、|相《・》|手《・》|が《・》|自《・》|分《・》|に《・》|だ《・》|け《・》|見《・》|せ《・》|て《・》|く《・》|れ《・》|る《・》|意《・》|外《・》|な《・》|素《・》|顔《・》ってヤツだ。
 WEB小説やライトノベルで学べる知識に隙は無い。
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 オレが、そう付け足すと、上坂部は、「は〜い」と、軽い感じで返事をしたあと、真剣な顔つきに戻って確認するようにたずねてくる。
「四葉ちゃんの言ってたNG行動って、『いまの彼女の悪口を言う』『セカンド彼女になってしまう』『ベタベタとボディタッチする』の3つだったっけ」
 メモアプリに、要点を記録していたオレも、スマホに目を落として、項目をチェックしながら、彼女の言葉にうなずいた。
 そして、オレの反応を確認した、上坂部は、弾むような声で答える。
「だね! 大成の前では、リッカのことを悪く言わないように注意する! セカンド彼女ってのは、大成に限って二股をかけるようなことは無いと思うけど、気に留めておく! 最後のボディタッチについては、私は無意識にしちゃってる場合もあるみたいだから……特に気をつけようと思う」
 彼女の自己認識が、自分の考えと大きく離れていなかったことに、まずは、安心する。
 特に、最後のボディタッチの項目に関しては、久々知だけでなく、他の男子に対しても、十分に気をつけてもらいたい。そうすれば、余計な修羅場を発生させる可能性の減らすことにつながると思うので、三つ目の禁則事項は、ぜひ、守ってもらおうと感じた。