「で?どっちと付き合うのよ。サクラ。」
「みおー、せかさないでください。」
「さっさと決めてあげなさいよ。あの二人なら千年たっても待ってるわよ。」
「瑠菜さんまで……。千年たったら死んでますよ。」
みおりと瑠菜からせかされてもなお、サクラはどちらかを選ぶことはできなかった。
自身もなければ、誰かと付き合う勇気もない。
ご飯を食べた後、事情を聴くために楓李は青龍と龍子を残らせた。
なので、二階へ行ったのはみおりと瑠菜、サクラだけだ。
「サクラはどっちが好きなの?」
「サクラ?」
「む……無理です!考えさせてください!」
「ちょっ……。」
「サクラ……。」
自分の部屋へと逃げて行ったサクラを瑠菜は追いかけた。
みおりもさすがに心配なようで、瑠菜の後ろからついて行く。
「……サクラ、大丈夫?」
「大丈夫です……。」
「モテてよかったじゃない。」
「こういうのは困るんです!」
じっと黙っている瑠菜のことを横目で気にしながらみおりはサクラに声をかける。
なんだかんだでみおりも心配らしい。
「サクラはどっちが好きなの?」
「ちょっ……瑠菜さんは口出ししないって……。」
「どっちと言われましても……。」
「青龍君?龍子君?」
「いや……。」
「じゃあ、どっちの告白が嬉しかった?」
やっと話し始めた瑠菜にみおりは少し戸惑ったが、サクラの答えを黙って聞いた。
サクラは本気で困っているようで泣きそうな顔をしている。
これには瑠菜もみおりもお手上げだ。
「……青龍君にしたらいいんじゃない?年上だし。」
「え?」
「あ、いいですね。しっかり愛情注いでくれそうですし。何より安全ですね。」
「そうそう、私としても安心だし。」
「……でも……私なんかと……。」
下を向くサクラを見て瑠菜とみおりは顔を見合わせた。
そしてため息をついた。
サクラが二人の中から誰か一人を選べない理由がはっきりしたからだ。
「サクラ、あんた自信ないとか言わないよね?」
「え、まさか私の弟子でいて自信ないとかありえないわよね?」
「……私は瑠菜さんのようにきれいでもかわいくもないです。みおのように自分の意見をしっかりいえるわけでもないです。」
「だから何?私とサクラは別の人であってそれは私の長所よ。あんたに取られたら困るの。」
「そうそう、それにサクラはかわいいわよ。私の弟子はみんなかわいいんだから。サクラにはサクラのいいところがあるから二人も好きになってくれたんでしょう?」
瑠菜とみおりは似たような性格だったらしく、みおりが弟子になってから瑠菜の辛口コメントは少なくなった。
瑠菜が言う前にみおりが言ってくれるからだ。
その代わり、口が瑠菜ほどよくないみおりが言うため相手に相当ダメージを与えることもあるが。
そんな二人の言葉を聞いてサクラはどうしようか本気で考えた。
「……どっちも振るっていう方法もあるわよ。」
「……そ、そうですよね。絶対にどちらかと付き合わなければいけないなんて決まってないですもんね。」
「あの……、龍子君と付き合ったら、青龍君は……。」
「ほかの人と付き合うんじゃない?あの子モテるでしょ?」
「いや……その、悲しみますかね……?」
「それなりにじゃない?」
みおりとサクラの会話を聞いていた瑠菜はふと言った。
サクラもみおりも瑠菜がそんな風に言うとは思わなかったようで驚いたような表情をして瑠菜を見ている。
「え?」
「それなりにって……。」
「うーん、あきを見てそんなに悲しんでると思う?」
「はい?」
「私は何年か前にあきと楓李から告られて楓李と付き合った。だから何となくサクラの気持ちもわかる。君らはあきの様子見てそんなに悲しんでる感じする?」
「いやぁ……。」
「……まったく……。」
「でしょう?」
瑠菜はからからと笑う。
その笑いは本気で笑っているというよりもわざと笑っているような感じだ。
「二人から告白されたんですか?」
「あはははは。うーん、2……3、4人かな。」
「多くないですか?」
「瑠菜さんならあり得ますね……。」
「さすがサクラ、長くいるだけあるわね。」
みおりが驚いたような反応をすると、瑠菜はニコッと笑っていった。
サクラは街中で告られたりナンパされる瑠菜を見ているため難なく予想がつくが、みおりはうわさでモテると聞いたくらいしか知らなかったため信じられなかった。
瑠菜の性格をしっかり見ていたらこれでモテるとは思えなくて当然だろう。
「複数人から告られてサクラみたいに悩んだりした日もあったんだけどねぇ。」
「そうなんですか?」
「当たり前でしょう?あぁいうのってなんで一気に告ってくるのかしらねぇ。」
「取られたくないとでも思うのでしょうね。」
「迷惑でしかないわね。」
「迷惑です。」
いつもならサクラが瑠菜と意気投合することはない。
しかし、今のサクラにとってこの状況は迷惑だ。
どちらも振るということはあまりしたくないし、どちらかと付き合ってしまうともう片方のことが気になってしまう。
「まぁ好きなほうを選んで明日までに返事しなさいよ。」
「え?明日まで?」
「当たり前よ。あんまり長く返事しないと相手が勝手に勘違いしだしちゃうかもよ。」
「男って面倒ですね。」
「もたもたしてるほうが悪いわね。」
「わかりました……。」
瑠菜に言われてサクラは意思を固めたような反応をした。
瑠菜はそれを見て本当にかわいいなと思った。
龍子も青龍も返事を待つとなれば半年でも一年でも待つだろう。
そしてどんなに遅くなったとしても返事をもらうだけで喜ぶ。
瑠菜はそこまでしっかり想像できた。
だからこそ明日までにと言ったのだ。
振られた側が新しい恋に移るのを少しでも早くするために。
そんなことを考えている瑠菜の横で、みおりは尊敬のまなざしを瑠菜に向けていた。
うじうじとしていたサクラをここまでしっかり前を向かせている。
みおりにはどう頑張ってもそんなことはできない。
人を動かすことは何よりも難しいことをみおりは知っている。
それはいじめを止めることができなかったみおりだからだ。
「なんで告っただけでけんかになるんだよ。」
「ブハッ……お前が言うな。なんでかはよぉくわかってんだろ?」
龍子と青龍を正座させて楓李は何があったのか聞き出そうとした。
すると横にいた雪紀がニッコニコの笑顔でからかい、それを見ていたリナも笑いだした。
青龍と龍子がまた殴り合いのけんかになった時のためにいてもらったのだが少し後悔する。
「うるっせぇ……で?何があった?」
「見ていた通りです。」
「こいつがサクラに急に告るから。」
「それは別に個人の自由だろ。」
「自由なら何でも言っていいとはならねぇ。」
そんな会話を見ていた楓李と雪紀はため息をついた。
青龍の言っていることはもっともだ。
ただサクラに告ったら龍子がつかみかかってきた。
そう考えると龍子のわがままのようにも感じる。
しかし龍子から言わせると、青龍に先を越されてしまった。
なぜか急に告りだした。
龍子目線、青龍のほうがわがままで抜け駆けまでしたことになる。
楓李はそんな二人の状況をすぐに理解した。
「……なんで急に告った?」
ため息交じりの楓李の一言に青龍はびくりとした。
あきれられているのではないかと思うほどの低い声。
ジトッとしたような感じに細めている目。
「サクラちゃん……最近結構モテてるんです。外に出ることも多くなり、夏休み前ということもあって結構人気になっています。」
「それだけか?」
「……楓李さんと瑠菜さんがけんかしてたから……。」
「は?」
「もしこのままお二人の不仲が続くと、僕はサクラちゃんに会うことすらもできなくなってしまいます。龍子は瑠菜さんの手伝いもしているので会えますが、僕は楓李さんの手伝いしかしていないので会うことすらできなくなってしまいます。」
「そこまで考えてやったことなんだな?」
「もちろんです。」
青龍が訴えるように楓李に言うと楓李は申し訳なさそうに下を向いた。
青龍の言っていることは筋が通っている。
確かにここ数日間、瑠菜と楓李は喧嘩をしていてお互いに避けているところがあった。
別れてしまえばもっと会う機会は少なくなるだろう。
そうなると瑠菜とかかわりがほとんどない青龍は本当に瑠菜の弟子であるサクラと会う機会がなくなる。
へたしたらもう減ってきていたのではないか。
「そういうことなら、悪いのは楓李と瑠菜だな。」
「え?いや、そんなことは……。」
「あぁ、俺らが悪かったな。」
「楓李様、そ、そんなことは……。」
「俺らもそんな時期あったしな。」
「瑠菜さんの取り合いですか?」
「青龍、黙れ。」
「はーい。」
楓李はそう言って笑った。
懐かしい気がしたのだ。
瑠菜にあきが告っているのを見てこはくと二人して勢いで瑠菜に告ったあの日が。
あの時も雪紀に三人仲良く正座をさせられてこっぴどく怒られた。
瑠菜の驚いて泣きそうな顔はいまだに悪夢として出てくるほどだ。
そんな楓李を見て龍子は必死に楓李は悪くないと言いたかった。
だが、言葉がうまく出なかったのだ。
「龍子は……もういいぞ。」
「え?」
「なんでですか?」
「別にいいだろ。」
楓李はそう言ってさっさとリビングを出た。
龍子は少し助かったと思っているが、青龍は納得していないようだ。
自分だけ告白した理由を説明させられたらそうなってもおかしくはない。
「……。」
「負けない。お前にはサクラちゃんは譲らない。」
「それは……。」
「選ばれるのは俺だ。」
青龍はそう言って立ち上がった。
龍子は青龍に対して何も言えず、告白したことを少し後悔した。
青龍に勝つとか負けるとかよりもサクラの表情が気になって仕方がない。
「青龍、本当にこれでよかったのか?」
「……いいと思ってます。」
「確かに後悔はしないな。」
「後悔……どうでしょう。こうでもしないとあの二人は一生あのままです。」
「よくできた兄ちゃんだな。」
「本当ならば言いたくなかったですよ。」
青龍は入り口近くで立っていた楓李にも驚いたが、何よりも声をかけられたことにも驚いてしまった。
「どこ行くんだ?」
「サクラちゃんにもう一押ししてきます。」
にっこりと笑う青龍を見て楓李はふぅッと息を吐いた。
行くなとは言わない。
行っても行かなくてもいい。
「気をつけろよ?」
「はーい。」
楓李はとてもいい師匠だと青龍は思う。
弟子一人一人をしっかり見ているし、それぞれに合った対応もできている。
これは誰にでもできるようなことではない。
「龍子、お前はどうするんだ?」
雪紀もリナも寝てしまい誰もいなくなったリビングでさっきと全く変わらない位置と体勢のままの龍子に楓李は声をかける。
龍子はびくりとして泣きそうな顔で楓李を見上げた。
「う……楓李様。……どうするもなにも……。」
「サクラに告ってこれから仕事どうするんだ?」
「あ、仕事ですか……たしかに……どうしましょう……。」
「本当に何も考えてないのか。」
楓李は龍子を見て笑ってしまった。
龍子はまさかの反応にびっくりしてしまう。
「楓李様……瑠菜さんとは仲直りしたのですか?」
「あぁ、まぁ許されたかどうかは知らねぇけど。」
「そうですか……。」
「……少し、昔のことを話すか。」
「え?」
楓李はそう言ってコップ片手に龍子の横に座った。
「瑠菜と付き合う前、俺もお前みたいに勢いで告ったんだ。」
「勢いって……。」
「さっき雪紀兄さんが言ってた通りだな。あきが告ってんの見て焦った。そんでそのまま三人でけんかしてめっちゃ怒られた。」
「そうだったんですか……。」
珍しく自分のことを話す楓李に龍子はびっくりしながら相槌を打つ。
瑠菜は気を許した人には自分のことをよく話すが、楓李は気を許しているとか関係なく全く話さないタイプだ。
楓李のことを知ろうとして適当にはぐらかされていた龍子は真剣にその話を聞く。
「告白の順番とか関係なく、付き合えるか付き合えないかは相手次第だからな。」
「……でも……。」
「お前が自信持っていないとサクラだって自信なくしちまうぞ。」
「……サクラは関係な……。」
「サクラに胸張っていてもらいたいなら自信持っていろよ。振られても付き合っても。」
楓李はそう言って立ち上がった。
言いたいことは言い切ったらしい。
「あのっ……。」
「ん?」
「……サクラに……謝るのはありですか?」
「それは……いいんじゃねぇの?俺も謝ったし。」
「……行ってきます。」
「がんばれよ。」
楓李は笑って言った。
龍子を見ていると昔の自分を見ているような気がしてかわいいと思ってしまう。
サクラに告白したのを見たときは本当に驚きあきれてしまったが、その後に見た青龍と龍子の表情を見ているとまだ子供なのだなぁと思ってしまうのだ。
「瑠菜さん、サクラちゃんいるんですよね?」
「寝てるからまた今度にして。うるっさい、寝せろ。」
「瑠菜さん、口悪いです。女の子がそんな言葉使ったら怒られますよ。」
青龍は中に入りたいのに瑠菜は入れない。
この会話が十分ほど続いていることにも驚く。
瑠菜の部屋の前で青龍が門前払いを受けているのを見て、龍子は帰ろうと思った。
「さっさと寝ろ。オス猿。」
「はいっ。すみません……。」
瑠菜はさっさと寝たいのだろう。
きっと青龍をにらみつけて追い返した。
「あの……瑠菜さん。」
「あんたもか。」
「サクラいるんですか?」
「寝てる。私も寝たいからもう帰ってちょうだい。」
「瑠菜さん?龍子君……。」
サクラはそっと起きてきて瑠菜の横に立った。
起きていたのだろう。
龍子を丸い目でじっと見ている。
「サクラ、話したいことがあって……。」
「明日にしたら?」
「聞く。……瑠菜さん、だめですか?」
「……わかった。みおは寝てるんだから静かにね。」
瑠菜は仕方なしと思いながら部屋を出て行った。
入れ違いで龍子が瑠菜の部屋に入っていく。
「かえ、まだ起きてるの?」
「……瑠菜。まぁな。お前こそ寝なくていいのか?」
「みおは寝ちゃったんだけど。サクラと話してたら龍子君来たから。」
「そうか……。」
瑠菜は長いスカートをひらひらとさせながら楓李の横まで来てしゃがみこんだ。
楓李は逃げるように、持っていたコップをキッチンまでもっていく。
「ねぇ、部屋貸してよ。」
「なんでだよ。」
「楓李と寝たいから?」
「は?」
「あ……怒った?ごめんごめん、じょーだん。」
「……別にいいけど。」
楓李はすごく小声で言った。
瑠菜はバカっぽく笑って謝ってはいるが、本気で謝っている様子は一切ない。
みおりが瑠菜のベッドで寝てしまい、サクラも瑠菜と一緒に寝たいと言っていたため一緒に話していたが、龍子が来たので逃げてきたのだ。
あのベッドに三人はどう考えてもきつい。
次の日に体中が痛くなってしまう未来が見える。
楓李もそういうことならと仕方なし承諾した。
決して、一緒に寝たいと思っていたということは……少ししかない。
「ねぇ、かえ。なんか懐かしくない?」
「なにが?」
「初めて一緒に寝た時もこんなだったなぁって。」
楓李はそれを聞いて瑠菜から目をそらした。
お互いに恥ずかしくて、悪いことをしているような気がした初めて一緒に寝た日。
瑠菜から誘ったにもかかわらず、瑠菜も楓李もまともにしゃべられなかったことはいい思い出だ。
「覚えてるか?付き合った日。」
「サクラとおんなじでみんな一斉に来たんだよね。」
「なんで俺を選んだ?」
「え?うーん、あきはすぐに浮気しそうだったし、かえのほうが普通に好きだったんだよね。」
「うん。」
「だからかなぁ。」
瑠菜はそう言って笑って楓李の部屋へと入って行こうとする。
それを楓李が瑠菜の手首をつかんで止める。
「こはくに振られただろ?だから……。」
「あ、知ってたんだ。」
「まぁな。お前が選んだのはこはくだった。」
「うーん。でも、かえと付き合ったことと、こはくから振られたのは関係ないよ。まぁ、最初に選んだのは確かにこはくだったけど。一途でいるなら他の人とは付き合わないし。」
「……それでいいのか?」
「別にいいんじゃない?今楽しければなんでも。」
瑠菜はそう言ってやっぱり笑っていた。
こはくから告られて返事をしたら振られた。
瑠菜はそれに腹が立ったし、もう彼氏はいらないとも考えた。
しかし、楓李だけ告った後に瑠菜の所へ来て謝った。
瑠菜はその姿を見て楓李が好きになったのだろう。
最初はそこまで思っていなくても一緒にいるのが楽しくて、ずっと一緒にいたいと思ってしまった。
今のサクラと同じだった中学生の瑠菜には恋も愛もわからなかったが、彼氏という存在に憧れがあったのも確かだ。
三人からの告白は瑠菜にとってうれしかった。
そして、こはくに振られたことも。
「……どう思う?あの三人。」
「どうも思わない……っとは言えないね。関係にひびが入らなければいいけど。」
「まぁ、俺らもひびは入ってねぇし。」
「それはかえと別れてあきと付き合った期間が一回あったからかな。」
「よく別れた相手と話せるな。」
「そういうのを感じさせないからねぇ。あきもお兄も。」
楓李は瑠菜と部屋に入ってからもそんな会話をした。
瑠菜に告白した時、あきともう話すことはできなくなると思っていた楓李は寂しさを感じた。
見て見ぬふりをするべきだったと後悔した。
その経験から龍子や青龍のことはもちろん、サクラのことも気になってしまう。
「……ならよかったな。」
「ねぇ、かえ。そんなことよりも、私はまだ怒ってるんだけど?」
「まじで?」
「マジ。」
瑠菜はニッコニコの笑顔のまま楓李に言った。
その顔すらもかわいいと感じてしまう楓李は瑠菜に侵された後なのかもしれない。
「何がお望みだ?」
「なんだと思う?」
瑠菜は笑ったままベッドの上にドカッと座った。
長いスカートがふわりと浮いて瑠菜の膝を覆い隠す。
まぁ、それのなんときれいなことか。
「瑠菜、本当にごめ……。」
「女の子の体触って鼻の下伸ばしてたくせに!」
「してない……。いや……うん。」
「ほら何も言えないじゃん!」
瑠菜はそう言ってそっぽを向いてしまった。
いつもならすねるとすぐにポカポカ楓李の胸をたたいていた瑠菜だが、今回ばかりはいつもとは違うらしい。
「瑠菜……っ!」
楓李は少し心配になり瑠菜の肩に手を置いて瑠菜を呼んだ。
すると、瑠菜は少しだけ楓李のほうを振り向いた。
その頬には大きな涙のしずくをつけている。
「ごめん、なしゃい……。」
「え?……ちょ、…………瑠菜。」
「ごめんなさい。信用してなさ過ぎ……て、疑って……。」
「いや、それは……俺が悪くて……。」
「もっと、信用してたら……よかったのに。」
楓李は謝る瑠菜を見てどうしてよいかわからなかった。
お酒を飲み、大人の中に入って会社を手伝い、知識だけ大人以上にあるからよく勘違いする人が多いが、楓李だって高校生だ。
普通に生活していたら、学校に行って五教科を学んでいるような年頃だ。
「……あたりまえだろ。」
「え?」
「信用できなくて当たり前だろ。逆に信用されてたら怖いわ。」
「……ひど……。」
「ひどくねぇよ。定期的に記憶失くしてるんだから、信用もくそもねぇんだよ。」
「……そうだけど。」
楓李に言われて瑠菜は何も言えなくなった。
瑠菜の中に楓李と付き合ってデートした記憶はない。
自分が書いた日記を読んで得た情報しかなく、サクラやリナ、みおりのことすらも覚えていないときもあるのだ。
「逆にお前すげぇよ。朝のたった数分で人の名前や性格、顔まで覚えて。多少の専門知識も頭の中に詰め込んで。俺だったら諦める。」
「だって……それは。」
「お前がそうやって頑張ってるのに俺だけさぼるとかありえねぇだろ。」
「え?」
「お前が熱を出せば手を差し伸べるし、お前が困ってたら助けるから。忘れて、どうすればいいかわからないときも、お前が泣きたいときもそばにいる。」
「そ、そんなこと言われたって……次いつか記憶がなくなるかもわからないし。後世の私はその言葉すら……。」
「何度でも言う。何度でも信用してもらえるようにする。」
瑠菜は楓李のまっすぐさに少し戸惑った。
楓李に抱きしめられて安心した。
しかし、こんなにいい人を自分が独り占めしてしまってよいのか不安で仕方がないのだ。
「……ごめんなさい。」
「もう謝らんでくれ。つーか、泣くな。」
楓李に言われて瑠菜はぎゅっと手に力を込めた。
(これから、そして今まで楓李を好きになった皆さん。本当にごめんなさい。)
瑠菜は楓李の性格の良さを感じながら目を閉じた。