こんな早朝から活動していないことを祈るばかりだが……それでも僕はティアの元へ急ぐ。
みんなが排除をしてくれるまで港に向かわせることなく、屋敷に戻るようにと伝えなければ……と。
屋敷へ向かう坂の入口に入ったところでティアを見つけた……珍しくベンも後ろからついてきている。
「あ……おはようございますユーステッド様……」
「お、おはよう、ティア……ベン……」
「おはようございますユーステッド様!今日はこっちで作るから屋敷じゃなにも食べられないからなぁ!ははは!」
元気いっぱいのベンに圧倒されつつも……明るい所で初めてティアのティアとしての姿をみた僕は……緊急事態だというのに見惚れてしまった。
ゆっくりとこちらに歩み寄ってきてくれる……朝日に照らされた女神のような彼女に。
だけど、すぐに目を伏せてしまった……まだ――。
「先に広場へ行かれたのですか……?」
「あ……うん。僕も昨日現場にいたから心配だったんだ。それと――」
バンッ!と乱暴な音をたてて僕の背後にある建物の扉が開いた。
それと同時に、驚いて顔を上げたティアの目に僕の背後にいる人物が映ってしまったんだろう。
「……な、んで」
あぁ……なんていう表情をするんだ……そんな顔なんて、見たくなかった。
「ふぁぁ……眠いな……さて……」
振り返ると……頭をぼりぼりと掻きながらあくびをしている細身で高身長の男がいる。
整った顔立ちをしているのに、どこか醜悪さが漂ってくる。
たぶんそれは……相手と少し距離があるにもかかわらず、酒の匂いがしたせいもあっただろう。
「おんやぁ~?そこにいるのはレシュノルティアじゃないかぁ~?私に目覚めのキスでもしにきてくれたのかい?」
獲物を見つけた!と、喜んでいるように……いやらしく舌なめずりをしながらニヤッと笑みを浮かべて笑う男。
男の僕でも、こんな奴に迫られたくないと寒気がするくらいだ。
ティアの隣に立っていたベンも、持っていた荷物を地面に置いて奴を警戒している。
その態度で確信した。
あの日、こいつがティアに乱暴した男なんだということを。
こんなやつが早起きなんてするわけない……朝まで飲み明かしていたに違いないだろう。
恐らく……ティアが朝ここを通ることをどこかで知って待ち伏せでもしようと思ったんだろう。
そうでなければ……あんなセリフで声をかけるわけがない。
「お、おひさしぶりです……伯爵様……」
「おやおや?緊張でもしているのかな?前みたいにフート様ぁって呼んでくれていいんだよ?さぁ……顔をあげたまえ……」
ティアをみつけた彼は上機嫌に鼻歌をうたいながら僕の存在を無視して通り過ぎ、ティアに近づいていく。
「さぁ……私にもう一度ほほえみと……抱擁を……っ!」
バシッ!!
「って……なんだお前!無礼だぞ!」
「無礼なのは貴殿だろう?私の妻に……その汚い手で触れないでいただきたい」
ティアに触れようと手を伸ばしたフート?まぁ名前なんてどうでもいい。
少し身じろいだティアを確認した僕はティアに向かって伸びる奴の手を力いっぱい叩き落とした。
「はぁ?妻だと?そんな話は聞いて……あぁ……?僕があまりにも格好いいからそんな嘘をついて牽制をしているのかね?」
「言葉より先に手が出てしまったことは謝罪しよう。だが……そんなことで嘘をつくわけがないだろ。事実だ。」
目を逸らさず、睨み合いながら僕はティアの前に立ち、ティアの視界に奴が入らないようにする。
「そんなこと……?ふんっ……ここの連中はやはり私の魅力がわからないと見える。だからあの時も……躾のなっていない使用人に?やかましく泣きわめくガキに?……私のことをそのいやらしい体と瞳で誘惑したにもかかわらず恥をかかせた女辺境伯……どいつもこいつも――んぐっお?!」
頭のどこからか……ブチっという音がして奴の胸倉を掴んでいた。
「その発言は撤回していただこうか伯爵殿」
「は、はは……なんだその目は?私に手を上げるつもりか……?そんなことをしたら――」
「御託はいい!!撤回しろと言っているんだ!!」
僕の怒声にビクっと奴は体を震わせた。
「我が領民に対して敬いの欠片も無い発言!!勇気を出し家族を守ろうと自分にできることを必死に遂げた息子を!家族と領民の為に自分の身を投げうって貴様のような奴を受け入れようと耐えた私の妻に対しての発言と行動……すべて撤回し……侮辱したことを謝罪していただこう!!」
「は、はぁ?じ、事実だろう?そのせいで私がどれだけ辱めをうけ――」
「辱められたのはティアの方だろうがあっ!!!!!」
奴の胸倉を力いっぱい押して突き飛ばしてやった。
酒が残っていたのもあったのだろう、ふらふらと体制を崩して尻もちをついた。
いつの間にか人だかりができており、ジュリーやカーター、シーナさんも心配そうに僕を見ていた。
「謝罪をする気はないのだな……?」
「だからなんで私が……」
「そうか……「申し訳なかった」のひと言も教えてもらえなかったことを後悔していただくとしようか?」
「後悔だと……?」
尻もちをついたまま立ち上がれない奴の前に立ち、僕は大きく息を吸い込む。
ただ単に……感情のまま罵倒することなど簡単だ。
だが、僕はここに来て人の温かさを知って、僕がどんな人間なのかを学ばせてもらった。
まだまだ見つけきれていないところはたくさんあるけど、それでもデルフィヌスの為に生きたいと思わせてくれたみんなのためにならなければ……だから、こんな言葉遣いと態度……『故郷で得た振る舞い』をするのはこれで最後だ。
息を吸い込み、できる限り冷静に、礼を示しつつ、僕は告げる。
「入領禁止の処罰を無視しての不法入領に関しては……貴殿の生家と国へ直ちに対応してもらうよう報告をさせていただく。自国の法令に従って処分を受けるといい」
「ふざけるなよお前!何様だ!そんなことしたら私はもう……そうだ!金ならある!いくらでも!こんな辺境の島なんかじゃ一生暮らすのも苦労するだろう?援助してやるよ!だから――」
「なにをどう捉えたらそうなる?なにを聞いていた?はぁ……さっきの処分だけじゃ足りないのか?金で解決できる問題だとおも――あぁそうか……そうだな……その『金』で解決するのも悪くないな」
「な、なんだ、意外と話がわかるやつじゃないか……よかっ――」
この後の僕の発言を聞いた奴の顔は引きつった変な顔で笑えたな。
「貴殿の国との交易は今後一切しないこととしよう」
「は……?はあぁぁぁっ?」
周りに集まっていた領民たちもさすがにざわついている。
勝手なことを言っているのもわかる。
けど、こうした方が今後の為だと僕は判断したんだ。
でも、さすがに決定権はティアにある……振り返らず、ティアに声だけをかけた。
「ティア……構わないかな?」
「…………はい」
とても小さな声だった。
震えた声だった。
泣きそうな声だった。
ごめんねティア。
僕が声をかけてしまったから……こいつに会わせてしまった。
待っててティア。
僕がこいつを……ティアと皆の為に……断罪するから。