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28.治療という言い訳

ー/ー



 医務室のベッドに横たえられたわたくしは、耳ばかりは無事でしたので、医師と会話をするレーヴェさまのお声に耳を傾けておりました。

「すまないが、教師への連絡をしては貰えないか? 彼女に陽光液をかけたのは、ガウス伯爵家子息——その身柄を捕らえるようにと」
「ええ、勿論です。私が出ている間、フェリシア王女の様子を見守って頂けますか?」
「元よりそうするつもりだ。それでは、頼んだぞ」

 目を開けることが出来ませんから、あくまで推測ですけれども、レーヴェさまのお声からしてかなり険しいお顔をされているようです。

 自国の貴族の娘が、他国の王女へ危害を加えたのですから、当たり前でしょうけれど。

 わたくしもまさかガウスさまがあのような凶行に出るとは思いませんでした——そして何より、何故吸血種が陽光液を苦手としていることを知っていたのでしょう。

 あの方、あまり頭の出来が良いようには見えませんでしたし……吸血種についても詳しくはなさそうでしたのに。

 わたくしに害を与えるために調べたのだとしたら、それはそれで恐ろしい。

「フェリ、上半身を起こすから驚かないでくれ。……さあ、早く血を飲もう」
「レーヴェさま……?」

 あら、何かお声が……恍惚混じりではありませんこと?

 体を起こしてくださる腕は優しく暖かで——わたくしの唇が、温かな肌に直接触れる感覚が薄らとありました。

「……!」

 目が見えなくとも分かります、レーヴェさま、あなた今、わたくしの唇を首筋に宛てていらっしゃいますわね。

 おやめください、血を欲してやまない今のわたくしは、そんな、そんな……強い誘惑に抗えないのです。

 唇を震わせたとて、声として発することがどうにも出来ず、わたくしは彼の腕の中で身を震わせるばかり。

 ああ、温かい。あの血の味を思い出してしまう——。

「フェリ。これは治療行為——だから、仕方のないことだ。一国の王女が顔に傷など作れないだろう?」

 レーヴェさまの声が、耳の奥へと吹き込まれます。

 ——これは治療行為。わたくしを助けようとしてくださっている、レーヴェさまのご好意……。ああ、待って、そんなのってありません。

 理由を与えられてしまえば、我慢が出来なくなってしまう。太い血管に牙を突き立てて、溢れる血を啜りたくなってしまうのです。

 我慢しなければ、寮に帰ってからでも血を飲むのは間に合う——頭の中では理性がそう告げるのに、わたくしは我慢が出来なくて……レーヴェさまの首筋に、舌を這わせてしまいました。

 吸血種の唾液は二種類ございます。通常の人間種と変わらぬものと、麻酔効果と傷口を塞ぐ効果を持つもの。

 確りと舐ってから、牙を、ずぷ、と——その肌に、突き立ててしまいました。

「……っ、ふ」

 痛みはなくとも、その衝撃はあったのでしょう、息を詰めたレーヴェさまに、しかし気を遣うことも出来ず。わたくしは、彼の温かな血を無心で啜ります。

 ああ、直接血を飲むなんてはしたない行為——分かっていても、止められない。

 爛れた肌が、体の損傷が血を求めて止まないのです。ゆっくり、少しずつ、牙が空けた穴から溢れ出る血液を飲んで。

「はあ……、おいしい」

 つい、言葉がこぼれてしまいました。甘くて、濃厚で、香り高く——わたくしを愛していると告げる血の味。

 そこに喜びが混じって、更に複雑なお味になっていて、ああ、堪りません。

 血を飲んで即時に回復、となるわけではありませんけれど、レーヴェさまのお陰で一晩眠れば翌朝は元通りとなっていることでしょう。

 ああ、もっと飲んでいたい——もっと味わいたい。

 ですが、人間種は血を失い過ぎると体に不調が現れます。

 名残惜しく思いますが、傷口に唾液を塗り込んで、穴を塞いでしまわねば。

「レーヴェ、さま……」
「ん……、フェリ。俺の血は、美味かったか?」
「は、……はい。以前より、ずっと」

 それは、彼の心がよりわたくしに傾いているという証。

 その事実を血という嘘を吐かないものを通して伝えられたことに、爛れを免れた耳が赤く染ってしまっているのを感じます。

 いえ、これは治療。レーヴェさまのご好意で、治療していただいただけ——ああ、今目が見えなくて良かった。

 そうでなければ、きっとお優しいお顔をしている彼を直視出来なかったでしょうから。

「あの、ありがとう存じます。お陰さまでかなり楽になりましたわ」
「そうか、良かった……。フェリ、此度は我が国の民がとんでもないことをしてしまった。体が治ってから改めて、正式に謝罪をさせてくれ」
「ええ、はい。本国にもこのことは伝えさせて頂きます——勿論、レーヴェさまがわたくしに血を提供くださったことも含めて」

 ネモ帝国の貴族の娘に害を加えられたことも、皇太子殿下が助けてくださったことも、全て。

 そうすれば、一貴族の暴走としてお母さま——女王陛下もネモ帝国側でも不本意な事態であったとご理解頂けるでしょう。

 ただ、……このまま留学を続けられるかは、女王陛下の判断によることになります。

 恐らくわたくしにも意見を聞く、くらいはなさるでしょうけれども。

 留学を続けたいのならば、それ相応の理由がなくばなりません。では、その理由とは何か——もう、答えは出ております。

 でもまだ、その時までこの暖かな時間の中で過ごしたいと思ってしまうのは、ふふ、悪女の思考なのでしょうか。

 何れにせよ、もうすぐわたくしも答えを出さねばなりませんわね。

「レーヴェさま。お手数、おかけ致しました」
「いいや。すまなかった、俺がもっと早く駆けつけていれば……」
「この事態は、誰も予想出来るものではございませんから」

 ガウスさまの暴走がここまで至るとは、わたくしも全く思いつきませんでした。

 ただ、不可解なところもあるのですよね。魅了魔術という発想がどこから来たのか、そして陽光液を吸血種の弱点だとどこで知って、そして手に入れたのか。

 陽光液は一般的に出回っているものではございません。錬金術で扱う素材の中でも、中々に難しいものですから……手に入れるためには、手順を踏まねばならないのです。

 それを、錬金術の授業さえ選択していないガウスさまが、どこで存在を知って手に入れたのでしょう?

 はっきり言って、彼女は全く賢くありません。……まだ、面倒ごとが残っていそうですわね。


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 医務室のベッドに横たえられたわたくしは、耳ばかりは無事でしたので、医師と会話をするレーヴェさまのお声に耳を傾けておりました。
「すまないが、教師への連絡をしては貰えないか? 彼女に陽光液をかけたのは、ガウス伯爵家子息——その身柄を捕らえるようにと」
「ええ、勿論です。私が出ている間、フェリシア王女の様子を見守って頂けますか?」
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 目を開けることが出来ませんから、あくまで推測ですけれども、レーヴェさまのお声からしてかなり険しいお顔をされているようです。
 自国の貴族の娘が、他国の王女へ危害を加えたのですから、当たり前でしょうけれど。
 わたくしもまさかガウスさまがあのような凶行に出るとは思いませんでした——そして何より、何故吸血種が陽光液を苦手としていることを知っていたのでしょう。
 あの方、あまり頭の出来が良いようには見えませんでしたし……吸血種についても詳しくはなさそうでしたのに。
 わたくしに害を与えるために調べたのだとしたら、それはそれで恐ろしい。
「フェリ、上半身を起こすから驚かないでくれ。……さあ、早く血を飲もう」
「レーヴェさま……?」
 あら、何かお声が……恍惚混じりではありませんこと?
 体を起こしてくださる腕は優しく暖かで——わたくしの唇が、温かな肌に直接触れる感覚が薄らとありました。
「……!」
 目が見えなくとも分かります、レーヴェさま、あなた今、わたくしの唇を首筋に宛てていらっしゃいますわね。
 おやめください、血を欲してやまない今のわたくしは、そんな、そんな……強い誘惑に抗えないのです。
 唇を震わせたとて、声として発することがどうにも出来ず、わたくしは彼の腕の中で身を震わせるばかり。
 ああ、温かい。あの血の味を思い出してしまう——。
「フェリ。これは治療行為——だから、仕方のないことだ。一国の王女が顔に傷など作れないだろう?」
 レーヴェさまの声が、耳の奥へと吹き込まれます。
 ——これは治療行為。わたくしを助けようとしてくださっている、レーヴェさまのご好意……。ああ、待って、そんなのってありません。
 理由を与えられてしまえば、我慢が出来なくなってしまう。太い血管に牙を突き立てて、溢れる血を啜りたくなってしまうのです。
 我慢しなければ、寮に帰ってからでも血を飲むのは間に合う——頭の中では理性がそう告げるのに、わたくしは我慢が出来なくて……レーヴェさまの首筋に、舌を這わせてしまいました。
 吸血種の唾液は二種類ございます。通常の人間種と変わらぬものと、麻酔効果と傷口を塞ぐ効果を持つもの。
 確りと舐ってから、牙を、ずぷ、と——その肌に、突き立ててしまいました。
「……っ、ふ」
 痛みはなくとも、その衝撃はあったのでしょう、息を詰めたレーヴェさまに、しかし気を遣うことも出来ず。わたくしは、彼の温かな血を無心で啜ります。
 ああ、直接血を飲むなんてはしたない行為——分かっていても、止められない。
 爛れた肌が、体の損傷が血を求めて止まないのです。ゆっくり、少しずつ、牙が空けた穴から溢れ出る血液を飲んで。
「はあ……、おいしい」
 つい、言葉がこぼれてしまいました。甘くて、濃厚で、香り高く——わたくしを愛していると告げる血の味。
 そこに喜びが混じって、更に複雑なお味になっていて、ああ、堪りません。
 血を飲んで即時に回復、となるわけではありませんけれど、レーヴェさまのお陰で一晩眠れば翌朝は元通りとなっていることでしょう。
 ああ、もっと飲んでいたい——もっと味わいたい。
 ですが、人間種は血を失い過ぎると体に不調が現れます。
 名残惜しく思いますが、傷口に唾液を塗り込んで、穴を塞いでしまわねば。
「レーヴェ、さま……」
「ん……、フェリ。俺の血は、美味かったか?」
「は、……はい。以前より、ずっと」
 それは、彼の心がよりわたくしに傾いているという証。
 その事実を血という嘘を吐かないものを通して伝えられたことに、爛れを免れた耳が赤く染ってしまっているのを感じます。
 いえ、これは治療。レーヴェさまのご好意で、治療していただいただけ——ああ、今目が見えなくて良かった。
 そうでなければ、きっとお優しいお顔をしている彼を直視出来なかったでしょうから。
「あの、ありがとう存じます。お陰さまでかなり楽になりましたわ」
「そうか、良かった……。フェリ、此度は我が国の民がとんでもないことをしてしまった。体が治ってから改めて、正式に謝罪をさせてくれ」
「ええ、はい。本国にもこのことは伝えさせて頂きます——勿論、レーヴェさまがわたくしに血を提供くださったことも含めて」
 ネモ帝国の貴族の娘に害を加えられたことも、皇太子殿下が助けてくださったことも、全て。
 そうすれば、一貴族の暴走としてお母さま——女王陛下もネモ帝国側でも不本意な事態であったとご理解頂けるでしょう。
 ただ、……このまま留学を続けられるかは、女王陛下の判断によることになります。
 恐らくわたくしにも意見を聞く、くらいはなさるでしょうけれども。
 留学を続けたいのならば、それ相応の理由がなくばなりません。では、その理由とは何か——もう、答えは出ております。
 でもまだ、その時までこの暖かな時間の中で過ごしたいと思ってしまうのは、ふふ、悪女の思考なのでしょうか。
 何れにせよ、もうすぐわたくしも答えを出さねばなりませんわね。
「レーヴェさま。お手数、おかけ致しました」
「いいや。すまなかった、俺がもっと早く駆けつけていれば……」
「この事態は、誰も予想出来るものではございませんから」
 ガウスさまの暴走がここまで至るとは、わたくしも全く思いつきませんでした。
 ただ、不可解なところもあるのですよね。魅了魔術という発想がどこから来たのか、そして陽光液を吸血種の弱点だとどこで知って、そして手に入れたのか。
 陽光液は一般的に出回っているものではございません。錬金術で扱う素材の中でも、中々に難しいものですから……手に入れるためには、手順を踏まねばならないのです。
 それを、錬金術の授業さえ選択していないガウスさまが、どこで存在を知って手に入れたのでしょう?
 はっきり言って、彼女は全く賢くありません。……まだ、面倒ごとが残っていそうですわね。