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26.フロレンツィアと恋話

ー/ー



 本日分の授業への出席も全て終えて、私は一人サークル室におりました。

 レーヴェさま方が本棚に入れてくださった本を一冊抜き取って、ソファに腰を下ろしページを捲ります。

 そうしていると、暫くしてから扉が開かれる音がしましたので顔を上げました。

「フロレンツィアさま。ごきげんよう」
「ごきげんよう、フェリシア姫。……あら、わたしたちだけですの? 珍しいですわね」
「ええ、本当に。お茶の用意をさせましょうか」
「ありがとう存じます。折角ですから、レオンハルトさまとのお話、お聞かせねがえませんこと?」
「レーヴェさまとのお話ですか……」

 そう瞳を輝かせて言われてしまいますと、わたくしも彼女を無下には扱えません。

 しかし、あの方とのお話でございますか、それは何とも言い難いと言いましょうか……。

 ああ、フロレンツィアさま、そう楽しそうな表情をしないでくださいまし。

 あなたが望まれるような展開にはなっていないと思いますけれども、それでもよろしいのでしょうか。

「勿論深いところへ踏み込むなど致しませんわ。ただ、レオンハルトさまのことをどのように思われているのか、お友達として聞いてみたいだけですの」

 ええ、そうでしょうね、何か裏があるような様子ではありませんし。

 彼女がそういった方ではないことは、この短い交流の間でわたくしも存じ上げておりましてよ。

 ですから、つまり、フロレンツィアさまが仰りたいのは——恋バナ、というものなのでしょう。

 わたくしも噂にだけ聞くそれは、お互いの恋愛事情について赤裸々に語り合うというものですから、もしやフロレンツィアさまもどなたかに想いを寄せていらっしゃるのでしょうか。

「フェリシア姫、率直にレオンハルトさまのことをどのように思われておりますの? ご様子を伺う限り、悪く思ってはいらっしゃらないようですが」
「それは……ええ、悪く思うことなどございません。ただ、戸惑ってはおります。わたくしたち吸血種とレーヴェさま方人間種では、寿命も物事に対する考え方も異なりますから——どこかで不破が生まれやしないかと」
「まあ、そうでしたの。吸血種の方々は愛情深く、一途でいらっしゃると聞きますわ。そして寿命ですか、それは……中々に難しい問題ですわね」

 ティーカップの中の、紅茶の水面へ視線を落としながらお答え致します。

 そう、かの方からのご好意を嬉しく思うのはまた事実。ですが、共に生きるにはわたくしたちの間に障害が多いのですよ。

 例えば、生活時間の違い。人間種は昼間に動き、夜に眠ります。

 ですが、吸血種にとっては夜こそが本領発揮出来る時間帯。昼間の活動はより多くの体力を使ってしまいましてよ。

「わたくしとレーヴェさまは、確かに地位だけを見れば釣り合っておりましょう。けれども、それ以外は……。皇帝として即位なされたら、複数の妃を娶ることも必要でしょう? 吸血種にとって、それは裏切りでございます」
「吸血種はたった一人の伴侶以外、傍に置くことはない——確かにそう聞きますわね。確かにそれは、大きな壁ですわ」

 わたくしの言葉に納得を示してくださるフロレンツィアさまに、薄く微笑みを向けました。

 そうなのですわ、仮にあの方を良いと思っても、そこに立ちはだかる壁は高く、多いのです。

 ……本当は、自分の気持ちなどとうに理解しております。

 だからこそきっぱりとお断りすることも出来ず、レーヴェさまの言葉の優しさとお心の甘さに付け入って現状を維持しているのですわ。

「レオンハルトさまは、これまで誰に対しても平等——言い方を変えれば、興味を持っていらっしゃいませんでしたの。ただ、フェリシア姫ただ一人を除いて、ですのよ」

 黙り込んでしまったわたくしに、フロレンツィアさまは優しく語りかけてくださいます。

 そこには慰めも同情もなく、ただわたくしを——妹を見るお姉さまたちのような眼差しがそこにありました。

「あの方に秋波を送る方々は数多あれど、そのどれにも靡くことはございませんでした。しかし、フェリシア姫にだけは、あのように甘く優しく接していらっしゃる」

 ふふ、と笑いをこぼすフロレンツィアさま。

 彼女にとって、レーヴェさまは弟のような存在であるのだと、いつかの日に聞いたのを思い出します。成程、弟の恋路を楽しむ姉、確かにそのようですわ。

「レオンハルトさまならば、寿命差さえも何とかしてしまいそうな気が致しますの。だって、これほどまでにフェリシア姫へ執着されているのですもの。ですから、姫。あなたさまは、ただそのお心をよく見つめてくださいまし」
「自分の心を見つめる、ですか?」
「ええ。わたしも何度もしましたのよ。己の心に問いかけて、今抱いている想いは何か——そうして、遂に認めることが出来ました。ふふ、ここだけのお話にしてくださいましね? わたし、エトヴィンさまに焦がれておりますのよ」
「まあ……!」

 頬をほんのりと染めて仰るフロレンツィアさまは、本当に愛らしくいらっしゃいます。それにしても、エトヴィンさまを想っていらっしゃったなんて。

 ですが、思い返せば確かに……フロレンツィアさまはよくエトヴィンさまと会話をされていらっしゃいましたわね。

「既に想いをお伝えして、同じ心をお返し頂きました。ですが、婚約はもう少ししてからにしようとお約束をしておりますの。勿論、両家共に許可を頂いておりましてよ」
「そうでしたのね! まあ、素敵です! フロレンツィアさまは、エトヴィンさまのどこに想いを寄せられたのですか?」
「うふふ、まだ秘密ですわ。フェリシア姫がそのお心に問いかけ、答えを得た時にまたお話を致しましょう。楽しみがあった方が、やる気も出るでしょう?」
「フロレンツィアさま……ええ、そうですわね。わたくしも、きちんと己の胸に問いかけてみましょう。いつまでもレーヴェさまに甘えて、不誠実ではいられませんもの」

 わたくしの答えに満足されたのでしょう、頷かれるフロレンツィアさまに緩く口許を綻ばせました。

 彼女のお話を聞きたいという思いも勿論ありますけれど、一番にあるのはレーヴェさまへ何かしらの答えを出さねばならぬという思いでございます。

 これは、わたくしが逃げて来たことなのですから、きちんと向き合わねばなりませんわね。


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 本日分の授業への出席も全て終えて、私は一人サークル室におりました。
 レーヴェさま方が本棚に入れてくださった本を一冊抜き取って、ソファに腰を下ろしページを捲ります。
 そうしていると、暫くしてから扉が開かれる音がしましたので顔を上げました。
「フロレンツィアさま。ごきげんよう」
「ごきげんよう、フェリシア姫。……あら、わたしたちだけですの? 珍しいですわね」
「ええ、本当に。お茶の用意をさせましょうか」
「ありがとう存じます。折角ですから、レオンハルトさまとのお話、お聞かせねがえませんこと?」
「レーヴェさまとのお話ですか……」
 そう瞳を輝かせて言われてしまいますと、わたくしも彼女を無下には扱えません。
 しかし、あの方とのお話でございますか、それは何とも言い難いと言いましょうか……。
 ああ、フロレンツィアさま、そう楽しそうな表情をしないでくださいまし。
 あなたが望まれるような展開にはなっていないと思いますけれども、それでもよろしいのでしょうか。
「勿論深いところへ踏み込むなど致しませんわ。ただ、レオンハルトさまのことをどのように思われているのか、お友達として聞いてみたいだけですの」
 ええ、そうでしょうね、何か裏があるような様子ではありませんし。
 彼女がそういった方ではないことは、この短い交流の間でわたくしも存じ上げておりましてよ。
 ですから、つまり、フロレンツィアさまが仰りたいのは——恋バナ、というものなのでしょう。
 わたくしも噂にだけ聞くそれは、お互いの恋愛事情について赤裸々に語り合うというものですから、もしやフロレンツィアさまもどなたかに想いを寄せていらっしゃるのでしょうか。
「フェリシア姫、率直にレオンハルトさまのことをどのように思われておりますの? ご様子を伺う限り、悪く思ってはいらっしゃらないようですが」
「それは……ええ、悪く思うことなどございません。ただ、戸惑ってはおります。わたくしたち吸血種とレーヴェさま方人間種では、寿命も物事に対する考え方も異なりますから——どこかで不破が生まれやしないかと」
「まあ、そうでしたの。吸血種の方々は愛情深く、一途でいらっしゃると聞きますわ。そして寿命ですか、それは……中々に難しい問題ですわね」
 ティーカップの中の、紅茶の水面へ視線を落としながらお答え致します。
 そう、かの方からのご好意を嬉しく思うのはまた事実。ですが、共に生きるにはわたくしたちの間に障害が多いのですよ。
 例えば、生活時間の違い。人間種は昼間に動き、夜に眠ります。
 ですが、吸血種にとっては夜こそが本領発揮出来る時間帯。昼間の活動はより多くの体力を使ってしまいましてよ。
「わたくしとレーヴェさまは、確かに地位だけを見れば釣り合っておりましょう。けれども、それ以外は……。皇帝として即位なされたら、複数の妃を娶ることも必要でしょう? 吸血種にとって、それは裏切りでございます」
「吸血種はたった一人の伴侶以外、傍に置くことはない——確かにそう聞きますわね。確かにそれは、大きな壁ですわ」
 わたくしの言葉に納得を示してくださるフロレンツィアさまに、薄く微笑みを向けました。
 そうなのですわ、仮にあの方を良いと思っても、そこに立ちはだかる壁は高く、多いのです。
 ……本当は、自分の気持ちなどとうに理解しております。
 だからこそきっぱりとお断りすることも出来ず、レーヴェさまの言葉の優しさとお心の甘さに付け入って現状を維持しているのですわ。
「レオンハルトさまは、これまで誰に対しても平等——言い方を変えれば、興味を持っていらっしゃいませんでしたの。ただ、フェリシア姫ただ一人を除いて、ですのよ」
 黙り込んでしまったわたくしに、フロレンツィアさまは優しく語りかけてくださいます。
 そこには慰めも同情もなく、ただわたくしを——妹を見るお姉さまたちのような眼差しがそこにありました。
「あの方に秋波を送る方々は数多あれど、そのどれにも靡くことはございませんでした。しかし、フェリシア姫にだけは、あのように甘く優しく接していらっしゃる」
 ふふ、と笑いをこぼすフロレンツィアさま。
 彼女にとって、レーヴェさまは弟のような存在であるのだと、いつかの日に聞いたのを思い出します。成程、弟の恋路を楽しむ姉、確かにそのようですわ。
「レオンハルトさまならば、寿命差さえも何とかしてしまいそうな気が致しますの。だって、これほどまでにフェリシア姫へ執着されているのですもの。ですから、姫。あなたさまは、ただそのお心をよく見つめてくださいまし」
「自分の心を見つめる、ですか?」
「ええ。わたしも何度もしましたのよ。己の心に問いかけて、今抱いている想いは何か——そうして、遂に認めることが出来ました。ふふ、ここだけのお話にしてくださいましね? わたし、エトヴィンさまに焦がれておりますのよ」
「まあ……!」
 頬をほんのりと染めて仰るフロレンツィアさまは、本当に愛らしくいらっしゃいます。それにしても、エトヴィンさまを想っていらっしゃったなんて。
 ですが、思い返せば確かに……フロレンツィアさまはよくエトヴィンさまと会話をされていらっしゃいましたわね。
「既に想いをお伝えして、同じ心をお返し頂きました。ですが、婚約はもう少ししてからにしようとお約束をしておりますの。勿論、両家共に許可を頂いておりましてよ」
「そうでしたのね! まあ、素敵です! フロレンツィアさまは、エトヴィンさまのどこに想いを寄せられたのですか?」
「うふふ、まだ秘密ですわ。フェリシア姫がそのお心に問いかけ、答えを得た時にまたお話を致しましょう。楽しみがあった方が、やる気も出るでしょう?」
「フロレンツィアさま……ええ、そうですわね。わたくしも、きちんと己の胸に問いかけてみましょう。いつまでもレーヴェさまに甘えて、不誠実ではいられませんもの」
 わたくしの答えに満足されたのでしょう、頷かれるフロレンツィアさまに緩く口許を綻ばせました。
 彼女のお話を聞きたいという思いも勿論ありますけれど、一番にあるのはレーヴェさまへ何かしらの答えを出さねばならぬという思いでございます。
 これは、わたくしが逃げて来たことなのですから、きちんと向き合わねばなりませんわね。