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第72話 月がきれいですね

ー/ー



「あ、があああああっ――!」

 ディオティマが羽柴雛多(はしば ひなた)へとどめをさそうとした瞬間、地下シェルター内におぞましい絶叫がこだました。

 声の主は――

「わたしの体がっ、燃える……!」

 ディオティマのほうだった。

 彼女は地獄のような業火に身をいだかれ、その熱さにもだえ苦しんでいる。

「俺はね、肉体そのものを太陽に変えることもできるんです。文字どおり、命の炎なわけですが」

 外側からではない、古代ギリシャの巫女は内側から(・・・・)その身を焼かれているのだ。

「あなたの能力が俺の手足をどこへ送ったのかはわからない。しかし、だいたいの位置(・・・・・・・)はわかった。それを太陽に変換し、呼び寄せて着火したというわけです」

 汎用性の高い能力であることを示唆する。

 だが当のディオティマは、猛烈な火炎の勢いにそれどころではなかった。

 彼女が開きかけていた「帯」の中から、羽柴雛多の「手足」がぬうっと顔を出した。

 それらは吸い寄せられるように「本体」へとくっついていく。

「こっちも痛いんだから、ディオティマさんにも味わってもらいますよ?」

 巫女は激痛にありながらも必死に考えた。

 どうやってこの窮地を脱するのかを。

 そして思いついた。

「ふぁっ、ファントム・デバイス……!」

「へぇ」

 炎が「帯」の中へ吸い寄せられていく。

 それも巫女の生皮ごとだ。

 先ほどの荒療治のさらに上をいく荒療治。

 しかし耐えがたい苦しみこそあれど、これが一番合理的である。

「すげぇ根性。そのへんのへなちょこなんかよりもディオティマさん、あなたのほうあがよっぽど(おとこ)ですよ?」

「光栄、ですよ……ミスター、羽柴……」

 幹部へ帯がシュルシュルと伸び、包帯のように火傷のあとをふさいだ。

 なるほど、これなら暫定的にでも一命はとりとめられるかもしれない。

「かっこいい、さっきの言葉、訂正したくなってきたかもです。あなたは素敵だ、ディオティマさん」

「モテる女は、ふふっ、つらいですねぇ」

 炎はだいぶ収まってきた。

 だが二人とも負傷は甚大であり、満身創痍もここに極まれりといったところである。

「どうしますか? まだやりますか?」

 羽柴雛多がたずねる。

「いや、とりあえずここは痛み分けってことでいかがでしょう? お互いもう戦える状態ではありませんし」

「いいですよ。俺も久しぶりに楽しめましたし。ご自分でお帰りになれますか?」

「ははっ、この状況でわたしを気づかってくれるとは。ほんと、つくづく漢ですね、ミスター羽柴? あなたこそわたしをみすみす逃がしてしまったとあっては、それこそ組織からおとがめを受けてしまうのでは?」

「ぷっ、俺の心配をしてくれるんですか? そちらこそやさしいですね、ディオティマさん? 安心してください、俺はそんな、やわじゃない」

「ははっ、最高だ! あなたは本当に最高です、ミスター羽柴!」

「あなたもね、ディオティマさん? ただのマッドサイエンティストにすぎないとばかり思ってましたが、理念や矜持、なによりも覚悟をお持ちのようだ」

「モテる男は言うことが違いますねぇ」

「おかげさまで」

 二人は盛大に笑いあった。

 奇妙ではあるが、ここに友情とも恋愛とも違う、なんらかの強いシンパシーを互いに感じ取ったのである。

「ちょうど新しいボディを探していたところなのです。ミスター羽柴、わたしのパートナーにいかがですか?」

「プロポーズですか?」

「さあ」

「そうやって何千年も旅をしてこられたのですね。どうせなら俺も、永遠の存在にしてくださいよ」

「あなたの息の根をとめてですか?」

「ぷっ」

 再び笑いあう。

「またお会いしたいですね、ミスター羽柴。そのときゆっくり、今後について話しあいましょう」

「遠距離ですか、それもまた、いいでしょう」

「ふはっ! つくづくいい男だ、あなたは」

 ディオティマが「帯」の中へ消えていく。

「月が、きれいですね」

 最後にそう言い残した。

 羽柴日向はズタボロになった体を、焼けただれたコンクリートの地面へ預ける。

「月ねぇ」

 腕を組んで高い天井を見上げる。

 ぶきっちょな告白なのか、それともあえてそう見せかけたのか。

 いまの彼にはどうでもよかった。

 ただ、いまはとても気分がいい。

 それだけは、確かなようだった。


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「あ、があああああっ――!」
 ディオティマが|羽柴雛多《はしば ひなた》へとどめをさそうとした瞬間、地下シェルター内におぞましい絶叫がこだました。
 声の主は――
「わたしの体がっ、燃える……!」
 ディオティマのほうだった。
 彼女は地獄のような業火に身をいだかれ、その熱さにもだえ苦しんでいる。
「俺はね、肉体そのものを太陽に変えることもできるんです。文字どおり、命の炎なわけですが」
 外側からではない、古代ギリシャの巫女は|内側から《・・・・》その身を焼かれているのだ。
「あなたの能力が俺の手足をどこへ送ったのかはわからない。しかし、|だいたいの位置《・・・・・・・》はわかった。それを太陽に変換し、呼び寄せて着火したというわけです」
 汎用性の高い能力であることを示唆する。
 だが当のディオティマは、猛烈な火炎の勢いにそれどころではなかった。
 彼女が開きかけていた「帯」の中から、羽柴雛多の「手足」がぬうっと顔を出した。
 それらは吸い寄せられるように「本体」へとくっついていく。
「こっちも痛いんだから、ディオティマさんにも味わってもらいますよ?」
 巫女は激痛にありながらも必死に考えた。
 どうやってこの窮地を脱するのかを。
 そして思いついた。
「ふぁっ、ファントム・デバイス……!」
「へぇ」
 炎が「帯」の中へ吸い寄せられていく。
 それも巫女の生皮ごとだ。
 先ほどの荒療治のさらに上をいく荒療治。
 しかし耐えがたい苦しみこそあれど、これが一番合理的である。
「すげぇ根性。そのへんのへなちょこなんかよりもディオティマさん、あなたのほうあがよっぽど|漢《おとこ》ですよ?」
「光栄、ですよ……ミスター、羽柴……」
 幹部へ帯がシュルシュルと伸び、包帯のように火傷のあとをふさいだ。
 なるほど、これなら暫定的にでも一命はとりとめられるかもしれない。
「かっこいい、さっきの言葉、訂正したくなってきたかもです。あなたは素敵だ、ディオティマさん」
「モテる女は、ふふっ、つらいですねぇ」
 炎はだいぶ収まってきた。
 だが二人とも負傷は甚大であり、満身創痍もここに極まれりといったところである。
「どうしますか? まだやりますか?」
 羽柴雛多がたずねる。
「いや、とりあえずここは痛み分けってことでいかがでしょう? お互いもう戦える状態ではありませんし」
「いいですよ。俺も久しぶりに楽しめましたし。ご自分でお帰りになれますか?」
「ははっ、この状況でわたしを気づかってくれるとは。ほんと、つくづく漢ですね、ミスター羽柴? あなたこそわたしをみすみす逃がしてしまったとあっては、それこそ組織からおとがめを受けてしまうのでは?」
「ぷっ、俺の心配をしてくれるんですか? そちらこそやさしいですね、ディオティマさん? 安心してください、俺はそんな、やわじゃない」
「ははっ、最高だ! あなたは本当に最高です、ミスター羽柴!」
「あなたもね、ディオティマさん? ただのマッドサイエンティストにすぎないとばかり思ってましたが、理念や矜持、なによりも覚悟をお持ちのようだ」
「モテる男は言うことが違いますねぇ」
「おかげさまで」
 二人は盛大に笑いあった。
 奇妙ではあるが、ここに友情とも恋愛とも違う、なんらかの強いシンパシーを互いに感じ取ったのである。
「ちょうど新しいボディを探していたところなのです。ミスター羽柴、わたしのパートナーにいかがですか?」
「プロポーズですか?」
「さあ」
「そうやって何千年も旅をしてこられたのですね。どうせなら俺も、永遠の存在にしてくださいよ」
「あなたの息の根をとめてですか?」
「ぷっ」
 再び笑いあう。
「またお会いしたいですね、ミスター羽柴。そのときゆっくり、今後について話しあいましょう」
「遠距離ですか、それもまた、いいでしょう」
「ふはっ! つくづくいい男だ、あなたは」
 ディオティマが「帯」の中へ消えていく。
「月が、きれいですね」
 最後にそう言い残した。
 羽柴日向はズタボロになった体を、焼けただれたコンクリートの地面へ預ける。
「月ねぇ」
 腕を組んで高い天井を見上げる。
 ぶきっちょな告白なのか、それともあえてそう見せかけたのか。
 いまの彼にはどうでもよかった。
 ただ、いまはとても気分がいい。
 それだけは、確かなようだった。