なぁんて…戦場に向かう戦士のように沙織里と千樹の元から離れたのはいいものの…この中に俺が飛び込むのは…ちょっと無理かなぁー…?
「ちょっとあなた?私に気安く触れるなんて…いい度胸じゃない…?」
珠ちゃん先生と対峙していたのは、巻物の状の書物をうねうねと自分の周りに浮かせて余裕そうな顔をしているちょび髭のオジサンの妖怪。
広げられた何本かの巻物が珠ちゃん先生を捕縛していた。けど、尻尾を力強く振るってビリビリに破り、相手を睨みつけたと思ったら、右手の爪を伸ばしてから空間を切り裂いた。そのまま5本分の刃となり、残りの巻物をバラバラにして…うん。
さすが常に人型を保って生活していて、親父と一緒に行動していただけある強い妖怪…俺が行っても邪魔になるだけだな。
「…鵺、わかってるね?」
「まかせるでござる!」
壱弥はいつも通り、鵺を操って3体の小さめの妖怪を追いかけていた。今日は酒吞童子は連れていないのか、あえて出していないのかわからないけど、控えめな戦いをしている。…ま、こっちは心配なさそうだ。
「いややー!なんで俺んとこにくるん?!この間っからくっさいのばっかやんけー!いややややややぁーーー!!」
…んで、俺の使役妖怪の東雲は、逃げてるなぁ。
紫色の液体が漏れている古いツボを持って東雲を追いかける妖怪のような老婆…違う、老婆の妖怪か。ひどい毒気をばら撒いて…それが臭いんだ。どうも東雲は臭いのあるものに縁ができてしまったらしい。とりあえず糸を通して無事を祈っておいた。「薄情者ぉ!」って聞こえた気がしたけど、東雲ならなんとかできるだろ。
「怖い顔してんじゃん」
「そうですねぇ…でも、やりがいはありましょう…」
一番気になってたちーとみーの方は…かなりガチな雰囲気だ。
いくつもの獣が混ざったような姿で、ガタガタの牙が生えた口の端から粘度の強いよだれのような液体を滴り落とし、ちーとにらみ合う獣の妖怪と、ただただでっかいネズミの妖怪。俺、これは知ってる、鉄鼠とかいうやつだ。厳つい前歯でみーを食い殺そうと目を離さない。
「…邪魔。主、そいつは任せる。」
「げばっ!!」
ちらりと横目に、俺が近づいたのが見えたのか、縄でぐるぐる巻きにされた絢峰瑠鬼を蹴飛ばして俺に寄こした。巻き添えにして処分しても良かったんだろうけど、ちーとみーも、俺がどんな奴かわかっているから、そうならないように…俺も、それに応えなきゃな。
「よう、絢峰瑠鬼。俺に…会いたかったんだろ?」
「げほげっほ…真砂秋緋か?ふ…はは!いいのか…そんなに堂々とオレの前に姿を現して…。」
「…コソコソ汚い手を使うよりは何倍もいいだろうがっ!」
まるで勝ち誇ったかのような顔をする絢峰瑠鬼の胸倉をつかんで、俺ご自慢の怖い顔と目で、鼻と鼻が付くくらい顔を近づけて威嚇してやった。久しぶりにこんなに怒りを面に出したな、と我ながら思う。
「は、はは…オレの…オレがこの先、西の一族として一番に…なって…すべてを手に入れるために…」
「…それで?千樹に秘術をかけたって?」
私欲のため…こういうことをする奴は大体こんな理由だ。夜兄も言ってたし、俺もそうなんだろうってわかってたさ。本人から直接それを聞くっていうのは…本当に…はらわたが煮えくり返るくらいにムカムカする。
なにかで見返したいとか、自分が強くなるために、とか。それは誰でも思う時がある。でも、その手段として、家族…身内の命を使うことが、俺は許せない。
「あ、あいつは強い力を持っているくせに、本家に媚び売って…平和に、一般人の振りをして暮らしてやがって…オ、オレが邪魔しても簡単に破ってバカにして…だから…寝込みを襲って…」
千樹が強いのは俺だってわかった。なのに寝込み襲うとかすごい度胸だな…寝返りで蹴りでも食らったらクシャクシャになりそうだが…。
「あ…あぁ…その血だ…よこせぇぇっ!」
「おっとぉ?!…よくそんな芋虫みたいになっても動けるな…」
俺の頭からでてた血が額を伝っていたらしい。それを目にした絢峰瑠鬼はバインッと、器用に足を跳ねらせて血を舐めとろうとしてきた…きちゃないのでやめていただきたい。
「はぁ…そんなに『血の力』ってのがほしいのか?」
「あぁ。欲しい。欲しい…ほしいほしいほしいほしい―」
まさに血眼ってか?狂ったように同じ言葉を繰り返す…あぁ、千樹の叔父さんはずっとずっと、このためだけに生きて、憑りつかれて…壊れちゃったんだな。
「…じゃあ、くれてやるよ?」
「ほん、とうか?ほんとうか?!」
【秘術ななつぼし】。
こいつを千樹から解放するのもついでにできることがある。保健室を出る時に、一応、補足として言われていた事があった。「こういう術は大体、術をかけた本人の力を殺いでも、解放されることがある。」って。
暗闇の中にいた時、中から見えた絢峰瑠鬼を確認した時、俺は決めていた。
「あぁいいぜ?俺の大事な『真砂の血の力』をな!」
「あぇ?」
この間まで、絶対使えないって思って、夜兄にも見透かされてたくらいに、奥底にしまっていた。防呪の力を使うために、俺の中にある血の力を探ったことで、どういう風に引き出せばいいのか、っていうのがわかったんだ。兄ちゃん姉ちゃん様様だし、防呪を教えてやるって声を上げてくれた親父にも、今なら感謝できる。いらないなんてことないぜ、親父!
「気合い入れなおしてやっから、千樹のいうことちゃんと聞いて、これからはおとなしーーく生きろよ」
バッチィン!!
「んぎゃっ!!ひゃ…な…!?」
喝を入れる、思いっきり平手で。絢峰瑠鬼の頬が赤く腫れあがった。それと同時に、もう一つ打ち込んでやったもんがある。
「……んに。」
俺の目の前にあるのは、黒いレインコートと、それに巻き付いていた、解けた縄。もそもそとレインコートの下で何かが動く。
「意外とかわいくなったな…見た目ヒジキみたいだったけど。」
俺は手を入れ、外に出ようとしているのを手伝ってやった。