15 全ての黒幕

ー/ー



 エリィの言葉を王様に伝えていたとされる人物。
 王様の言葉をエリィに伝えていたとされる人物。

 つまり、エリィと王様との間に立って伝言していた人物が、故意にその言葉を捻じ曲げていたとしたら?
 そしてそれができる人物なんて、エリィ側にも王様側にも一人しかいない。

 執事の、ウツギだ。

「ウツギ……が?」

 あり得ない事実を打ち消すように、エリオットは即座に首を振った。

「まさか! ウツギはおれが赤ん坊の頃からの執事だぞ!? そんなことするはず……」

 ない、と出かかった言葉をエリオットは飲み込んで黙ってしまった。

「私もお前と同じ気持ちだ。だが、王族とはあらゆるものを疑わなければならない因果な身分」

 オルレア王は長いマントから右手をサッと出して、閉まっている礼拝堂の入口の扉に掌をかざす。

「真相は本人から直接聞くことにしよう」

 その言葉とともに、礼拝堂の扉がバタンと開いた。

「ええっ! 今のナニ、魔法!?」

 ミチルには扉が自然と開いたように見えた。何故ならアニメやゲームなどで見るような、光とかビーム的なものが王様の手からは出なかったからだ。
 これがリアル……などと変なところで感心している場合ではない。

「ふああっ!」

 開いた扉のすぐ側に、渦中の人物──ウツギが立っていたからだ。


 
「ウツギ! 来てたのか?」

 エリオットが言うと、ウツギは青白く驚いた表情をすぐに取り繕って額の汗を拭きながら言った。

「は、はい! スノードロップ様の様子を確かめに人を遣りましたので、その報告に……」

「スノードロップ?」

 ミチルが聞くと、エリオットが短く答える。

「例のクソ魔ジジイの名前だよ」

「名前、かわい!」

 エリオットの口が悪いので、恐ろしげなお爺さんを想像していたミチルだったが、急に印象が変わった。今では二頭身の小人みたいな風貌を思い浮かべる。

「ウツギよ、何故入って来なかった? そんな用事ならばすぐにエリオットに報告する必要があるのでは?」

 オルレア王が問いただすと、ウツギは視線を泳がせながら答える。

「いいえ。私は今到着したところでございます。いよいよ扉をノックしようとした時! 扉が開いたのでございます!」

「そうか……随分と汗ばんでいるが急いで走ってきたのか?」

「それはもう! 坊っちゃま……いいえ、王子様に早くお知らせしなければとあちこちお探しして、やっとこちらに──」

「足音も立てずに?」

「!!」

 オルレア王の厳しい問いに、ウツギはとうとうギクリと肩を震わせた。今の問答が矛盾しているのはミチルでも気づく。
 何しろ、ウツギのやってくる足音はとびきり「煩い」のだから。初日に聞いたあの足音が、今は何も聞こえなかった。

「ウツギ。答えろ。父上はおれが謝りたいと言ったことなど聞いていないと仰せになった。お前は何を父上に伝えていたんだ?」

 エリオットは一歩踏み出してウツギを睨んだ。しかしウツギはまだ焦ったままの態度で答える。

「私はきちんとお伝えしました! 陛下はきっとお忙しくて覚えておられないのです!」

「お前、父上を愚弄するのか? おれが謝りたいと伝言を頼んだのは昨日だけじゃない。過去に頼んだ全てを父上が蔑ろにしたと言うのか!?」

「いえ、いえ! そのような意味では……!」

 エリオットの責めにウツギはどんどん汗ばんでいき、顔色も青白くなっていた。それでもウツギは首を振っている。

「おれが伝言を頼む度に、お前は父上はまだお怒りだと言っていたよな!? 忙しくて伝言すら聞かないのなら、何故お怒りなのかがわかるんだ!?」

「で、ですからそれは……」

 ウツギが返答に困っていると、オルレア王からも厳しい言葉が飛んでくる。

「ウツギよ。確かに私は公務で忙しい日々を送っている。お前の言うような事態もあったかもしれん。だが、昨日はお前には会っていない。いくら忙しくて記憶が散漫になったとしても、昨日のことぐらい覚えているぞ」

「へ、陛下……」

 オルレア王とエリオット、二人から矢継ぎ早に責め立てられたウツギはとうとう顔色を土気色にし、瞳孔を開き、首がガクっと天井を向いたと思ったら膝をついた。その様はまるで魂を抜かれた不死者(アンデッド)のようだ。

「ヒイッ!」

 ミチルは恐ろしさのあまりエリオットにしがみついた。エリオットは緊張を高めたままミチルの肩を強く抱く。そして二人を庇うように、オルレア王がその前に立った。


 
「ああ……陛下、そうです、陛下がお悪いのですよ……」

 ウツギは天井を仰いだままブツブツと呟いていた。

「最愛の側室を亡くしても……その息子が悪行を重ねても……貴方は一向に壊れなかった」

「何?」

 オルレア王が短く問うと、ウツギは首をギュンと元に戻して前を向いた。だが、その瞳はすでに真っ黒で闇そのものであった。

「私はァ! オマエの最愛の息子を手中におさメ、ウマく洗脳シ、放蕩の限りをツくさせたッ! 息子に魔法でノロイをかけざるを得なくなっタと言うのに、オマエは全然壊れない!」

「ウ、ウツギ……?」

 土色の肌で、古木の節穴のような目で、涎を垂らしながら叫ぶウツギの姿を、エリオットは震えながら見ていた。ミチルももちろんその姿が恐ろしかったけれども、エリオットが自分の肩だけは強く抱いてくれていたのでなんとか耐えられている。ミチルはその肩におかれた手に自分の手を重ねた。

「ミチル……」

「大丈夫、大丈夫だよ、エリオット……」

 二人が強く頷き合った時、ウツギはまた怒りを爆発させるように叫んだ。

「オルレアぁあ! お前はどうやったらコワれてくれるんだァアア!??」

 するとウツギの体から黒い靄が勢いよく立った。忽ちにそれはウツギを飲み込んで黒い雲になっていく。

 ぼんぼろぼーん

 不気味な音が礼拝堂に鳴り響く。それからウツギを覆っていた黒い雲が形を成していた。
 それはもう人の形ではなかった。四つ足の体に大きな嘴と大きな羽根を携えながらも、全てが黒い獣。

「あ、ああ……」

 ミチルはそれを見て震える。何度も対峙してきた最悪の化物。
 黒い影の獣──ベスティアだった。


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 エリィの言葉を王様に伝えていたとされる人物。
 王様の言葉をエリィに伝えていたとされる人物。
 つまり、エリィと王様との間に立って伝言していた人物が、故意にその言葉を捻じ曲げていたとしたら?
 そしてそれができる人物なんて、エリィ側にも王様側にも一人しかいない。
 執事の、ウツギだ。
「ウツギ……が?」
 あり得ない事実を打ち消すように、エリオットは即座に首を振った。
「まさか! ウツギはおれが赤ん坊の頃からの執事だぞ!? そんなことするはず……」
 ない、と出かかった言葉をエリオットは飲み込んで黙ってしまった。
「私もお前と同じ気持ちだ。だが、王族とはあらゆるものを疑わなければならない因果な身分」
 オルレア王は長いマントから右手をサッと出して、閉まっている礼拝堂の入口の扉に掌をかざす。
「真相は本人から直接聞くことにしよう」
 その言葉とともに、礼拝堂の扉がバタンと開いた。
「ええっ! 今のナニ、魔法!?」
 ミチルには扉が自然と開いたように見えた。何故ならアニメやゲームなどで見るような、光とかビーム的なものが王様の手からは出なかったからだ。
 これがリアル……などと変なところで感心している場合ではない。
「ふああっ!」
 開いた扉のすぐ側に、渦中の人物──ウツギが立っていたからだ。
「ウツギ! 来てたのか?」
 エリオットが言うと、ウツギは青白く驚いた表情をすぐに取り繕って額の汗を拭きながら言った。
「は、はい! スノードロップ様の様子を確かめに人を遣りましたので、その報告に……」
「スノードロップ?」
 ミチルが聞くと、エリオットが短く答える。
「例のクソ魔ジジイの名前だよ」
「名前、かわい!」
 エリオットの口が悪いので、恐ろしげなお爺さんを想像していたミチルだったが、急に印象が変わった。今では二頭身の小人みたいな風貌を思い浮かべる。
「ウツギよ、何故入って来なかった? そんな用事ならばすぐにエリオットに報告する必要があるのでは?」
 オルレア王が問いただすと、ウツギは視線を泳がせながら答える。
「いいえ。私は今到着したところでございます。いよいよ扉をノックしようとした時! 扉が開いたのでございます!」
「そうか……随分と汗ばんでいるが急いで走ってきたのか?」
「それはもう! 坊っちゃま……いいえ、王子様に早くお知らせしなければとあちこちお探しして、やっとこちらに──」
「足音も立てずに?」
「!!」
 オルレア王の厳しい問いに、ウツギはとうとうギクリと肩を震わせた。今の問答が矛盾しているのはミチルでも気づく。
 何しろ、ウツギのやってくる足音はとびきり「煩い」のだから。初日に聞いたあの足音が、今は何も聞こえなかった。
「ウツギ。答えろ。父上はおれが謝りたいと言ったことなど聞いていないと仰せになった。お前は何を父上に伝えていたんだ?」
 エリオットは一歩踏み出してウツギを睨んだ。しかしウツギはまだ焦ったままの態度で答える。
「私はきちんとお伝えしました! 陛下はきっとお忙しくて覚えておられないのです!」
「お前、父上を愚弄するのか? おれが謝りたいと伝言を頼んだのは昨日だけじゃない。過去に頼んだ全てを父上が蔑ろにしたと言うのか!?」
「いえ、いえ! そのような意味では……!」
 エリオットの責めにウツギはどんどん汗ばんでいき、顔色も青白くなっていた。それでもウツギは首を振っている。
「おれが伝言を頼む度に、お前は父上はまだお怒りだと言っていたよな!? 忙しくて伝言すら聞かないのなら、何故お怒りなのかがわかるんだ!?」
「で、ですからそれは……」
 ウツギが返答に困っていると、オルレア王からも厳しい言葉が飛んでくる。
「ウツギよ。確かに私は公務で忙しい日々を送っている。お前の言うような事態もあったかもしれん。だが、昨日はお前には会っていない。いくら忙しくて記憶が散漫になったとしても、昨日のことぐらい覚えているぞ」
「へ、陛下……」
 オルレア王とエリオット、二人から矢継ぎ早に責め立てられたウツギはとうとう顔色を土気色にし、瞳孔を開き、首がガクっと天井を向いたと思ったら膝をついた。その様はまるで魂を抜かれた|不死者《アンデッド》のようだ。
「ヒイッ!」
 ミチルは恐ろしさのあまりエリオットにしがみついた。エリオットは緊張を高めたままミチルの肩を強く抱く。そして二人を庇うように、オルレア王がその前に立った。
「ああ……陛下、そうです、陛下がお悪いのですよ……」
 ウツギは天井を仰いだままブツブツと呟いていた。
「最愛の側室を亡くしても……その息子が悪行を重ねても……貴方は一向に壊れなかった」
「何?」
 オルレア王が短く問うと、ウツギは首をギュンと元に戻して前を向いた。だが、その瞳はすでに真っ黒で闇そのものであった。
「私はァ! オマエの最愛の息子を手中におさメ、ウマく洗脳シ、放蕩の限りをツくさせたッ! 息子に魔法でノロイをかけざるを得なくなっタと言うのに、オマエは全然壊れない!」
「ウ、ウツギ……?」
 土色の肌で、古木の節穴のような目で、涎を垂らしながら叫ぶウツギの姿を、エリオットは震えながら見ていた。ミチルももちろんその姿が恐ろしかったけれども、エリオットが自分の肩だけは強く抱いてくれていたのでなんとか耐えられている。ミチルはその肩におかれた手に自分の手を重ねた。
「ミチル……」
「大丈夫、大丈夫だよ、エリオット……」
 二人が強く頷き合った時、ウツギはまた怒りを爆発させるように叫んだ。
「オルレアぁあ! お前はどうやったらコワれてくれるんだァアア!??」
 するとウツギの体から黒い靄が勢いよく立った。忽ちにそれはウツギを飲み込んで黒い雲になっていく。
 ぼんぼろぼーん
 不気味な音が礼拝堂に鳴り響く。それからウツギを覆っていた黒い雲が形を成していた。
 それはもう人の形ではなかった。四つ足の体に大きな嘴と大きな羽根を携えながらも、全てが黒い獣。
「あ、ああ……」
 ミチルはそれを見て震える。何度も対峙してきた最悪の化物。
 黒い影の獣──ベスティアだった。