9 新月の夜
ー/ー 嘆き悲しむ執事のウツギがようやく部屋を出ていった後、エリィは肩で大きく息を吐いて椅子に座り直した。
「はあーあ、やれやれまったく……」
疲れた表情を見せるエリィに、ミチルは優しく声をかけた。
「偉かったね、エリィ」
「何が?」
「本当はエリィが一番ショックなのに、ウツギさんを気遣ってさ」
「……」
エリィは俯いて黙ってしまった。口をへの字に結んで少しだけ何かに耐えた後、強がって見せる
「ふん! きっと父上はたまたま虫の居所が悪かっただけさ! 明日もう一度お願いすればいいんだ!」
「そうだね、諦めないでやる方がいいよ。えらいえらい」
エリィが癇癪を起こさずに明日も頑張る態度を見せてくれたことで、ミチルは嬉しくなった。
早く城を出たいからだけではない。エリィのめげない態度をミチルは好ましく思ったのだ。
「あのさあ、ミチル……」
「うん?」
「僕を子ども扱いするなよ」
そんなに可愛く拗ねるのは子どもの特権じゃん、とミチルは思ったが口には出さなかった。
これくらいの年頃は大人扱いして欲しいのだ。自分もそうだったなあと懐かしくてミチルは笑って頷いた。
「うんうん、そうだね。わかった」
「……全然わかってない」
エリィが憮然としていると、控えめにドアをノックする音がした。
「うん? 誰だ?」
「あ、あの……王子様、お食事です」
扉を半分開けてこちらを覗くのはウツギではなかった。いかにも下っ端の若い男の使用人だった。
「ウツギはどうした?」
「そ、それが……ウツギ様は少し気分が悪くてふせっておいでで……」
まあ、あの落胆ぶりを見たらそうかも。ミチルは納得してしまった。高齢の体であんなに嘆くから。
エリィも苦笑しながら扉に近づいて使用人に言う。
「しょうがないな。いいぞ、それ置いて下がれ。後は適当にやる」
「し、しし、失礼いたします!」
エリィが夕食の乗ったワゴンを引き取ると、使用人の若い男は逃げるように去っていった。
ミチルは思わず目を細める。エリィが使用人にした悪行を思えばそうなるか、と。
「あーあ、なんか食べてばっかりだなあ」
エリィはワゴンの上のパンをそのまま齧って言った。
「まったく、これじゃ家畜と変わらないじゃないか。やっぱり一刻も早く自由に出られるようにならないとな!」
エリィの心境の変化にミチルはまた嬉しくなった。せっかくの思春期を部屋で過ごすなんてもったいない。
……ミチルも人のことは言えないけれど。
ミチルはワゴンの食事をテーブルになんとなく配膳した。
エリィはそれをニコニコ笑って見ていた。それから二人でおしゃべりしながらも全部食べた。
「あーあ、眠い……」
食べた後の食器を使用人はついに取りに来なかった。
ミチルはワゴンを扉の前に移動させながら欠伸まじりのエリィに言う。
「お風呂は?」
「今日はいい。ウツギがいないから支度も出来ないし」
「そっか」
ミチルはできれば風呂に入りたかったが、こんな王宮のお風呂事情などは知る由もない。
残念だがまたの機会と思うしかなかった。
部屋の明かりは蝋燭だけで、沢山点いているけれど夜になるとまあまあ暗い。
エリィは窓に近寄ってカーテンを開ける。窓の外も真っ暗だった。
「ああ、今日は月も出てないんだね」
ミチルがなんとなく言った言葉だったが、エリィは少し口端を上げた。
「そうだな……」
月明かりさえないのでは、蝋燭を消したらこの部屋は真っ暗になるだろう。
このエロガキと真っ暗な部屋で二人っきり!? ミチルは身の危険を感じ始めていた。
「ミチル! もう寝よう!」
とってもいい笑顔で言うエリィに、ミチルは疑心の眼差しをぶつける。
「……何もすんなよ」
「するなっていうのは、シテ欲しいってことか!?」
「絶対するなよ!!」
「絶対、って言った時はシテもいいんだよな!?」
「ああああ!!」
どう言えばわかるんだ、このクソガキはあああ!!ミチルは頭を抱えた。
「あはは、冗談だ。何もしない」
エリィはミチルが一人で騒ぐのを見てケタケタ笑っていた。それでミチルは少し安心する。
「先にベッドに上がっていいぞ。僕が灯りを消す」
おい、先にシャワー浴びてこいよ、みたいに言うな! などとつっこむのも疲れるので、ミチルは素直にベッドに向かった。
「何もしない……今はな」
ベッドがミチルの体重で軋んだ音に紛れて、エリィの呟きは聞こえなかった。
やがて部屋が暗くなる。ミチルは隣に軽い重みを感じた。
「おやすみ、ミチル」
エリィは昨晩のように腰に抱きつくこともせず、そう言っただけですうすうと寝息を立て始める。
やっぱりこの世界の人は寝つきがいいなあ、なんて昨晩と同じことを考えながらミチルも目を閉じた。
月は、出ていない。
「はあーあ、やれやれまったく……」
疲れた表情を見せるエリィに、ミチルは優しく声をかけた。
「偉かったね、エリィ」
「何が?」
「本当はエリィが一番ショックなのに、ウツギさんを気遣ってさ」
「……」
エリィは俯いて黙ってしまった。口をへの字に結んで少しだけ何かに耐えた後、強がって見せる
「ふん! きっと父上はたまたま虫の居所が悪かっただけさ! 明日もう一度お願いすればいいんだ!」
「そうだね、諦めないでやる方がいいよ。えらいえらい」
エリィが癇癪を起こさずに明日も頑張る態度を見せてくれたことで、ミチルは嬉しくなった。
早く城を出たいからだけではない。エリィのめげない態度をミチルは好ましく思ったのだ。
「あのさあ、ミチル……」
「うん?」
「僕を子ども扱いするなよ」
そんなに可愛く拗ねるのは子どもの特権じゃん、とミチルは思ったが口には出さなかった。
これくらいの年頃は大人扱いして欲しいのだ。自分もそうだったなあと懐かしくてミチルは笑って頷いた。
「うんうん、そうだね。わかった」
「……全然わかってない」
エリィが憮然としていると、控えめにドアをノックする音がした。
「うん? 誰だ?」
「あ、あの……王子様、お食事です」
扉を半分開けてこちらを覗くのはウツギではなかった。いかにも下っ端の若い男の使用人だった。
「ウツギはどうした?」
「そ、それが……ウツギ様は少し気分が悪くてふせっておいでで……」
まあ、あの落胆ぶりを見たらそうかも。ミチルは納得してしまった。高齢の体であんなに嘆くから。
エリィも苦笑しながら扉に近づいて使用人に言う。
「しょうがないな。いいぞ、それ置いて下がれ。後は適当にやる」
「し、しし、失礼いたします!」
エリィが夕食の乗ったワゴンを引き取ると、使用人の若い男は逃げるように去っていった。
ミチルは思わず目を細める。エリィが使用人にした悪行を思えばそうなるか、と。
「あーあ、なんか食べてばっかりだなあ」
エリィはワゴンの上のパンをそのまま齧って言った。
「まったく、これじゃ家畜と変わらないじゃないか。やっぱり一刻も早く自由に出られるようにならないとな!」
エリィの心境の変化にミチルはまた嬉しくなった。せっかくの思春期を部屋で過ごすなんてもったいない。
……ミチルも人のことは言えないけれど。
ミチルはワゴンの食事をテーブルになんとなく配膳した。
エリィはそれをニコニコ笑って見ていた。それから二人でおしゃべりしながらも全部食べた。
「あーあ、眠い……」
食べた後の食器を使用人はついに取りに来なかった。
ミチルはワゴンを扉の前に移動させながら欠伸まじりのエリィに言う。
「お風呂は?」
「今日はいい。ウツギがいないから支度も出来ないし」
「そっか」
ミチルはできれば風呂に入りたかったが、こんな王宮のお風呂事情などは知る由もない。
残念だがまたの機会と思うしかなかった。
部屋の明かりは蝋燭だけで、沢山点いているけれど夜になるとまあまあ暗い。
エリィは窓に近寄ってカーテンを開ける。窓の外も真っ暗だった。
「ああ、今日は月も出てないんだね」
ミチルがなんとなく言った言葉だったが、エリィは少し口端を上げた。
「そうだな……」
月明かりさえないのでは、蝋燭を消したらこの部屋は真っ暗になるだろう。
このエロガキと真っ暗な部屋で二人っきり!? ミチルは身の危険を感じ始めていた。
「ミチル! もう寝よう!」
とってもいい笑顔で言うエリィに、ミチルは疑心の眼差しをぶつける。
「……何もすんなよ」
「するなっていうのは、シテ欲しいってことか!?」
「絶対するなよ!!」
「絶対、って言った時はシテもいいんだよな!?」
「ああああ!!」
どう言えばわかるんだ、このクソガキはあああ!!ミチルは頭を抱えた。
「あはは、冗談だ。何もしない」
エリィはミチルが一人で騒ぐのを見てケタケタ笑っていた。それでミチルは少し安心する。
「先にベッドに上がっていいぞ。僕が灯りを消す」
おい、先にシャワー浴びてこいよ、みたいに言うな! などとつっこむのも疲れるので、ミチルは素直にベッドに向かった。
「何もしない……今はな」
ベッドがミチルの体重で軋んだ音に紛れて、エリィの呟きは聞こえなかった。
やがて部屋が暗くなる。ミチルは隣に軽い重みを感じた。
「おやすみ、ミチル」
エリィは昨晩のように腰に抱きつくこともせず、そう言っただけですうすうと寝息を立て始める。
やっぱりこの世界の人は寝つきがいいなあ、なんて昨晩と同じことを考えながらミチルも目を閉じた。
月は、出ていない。
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