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第九十五話

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「……やっぱりね。正直、精神汚染を食らっているとは思えないほどに、君は戦い方が純粋だ。かつて、手合わせした時と何ら変わりないほどに」
 精神汚染の影響を受けた者は、全て卑怯者、あるいは狂人の思考に転換される。どれほど自分が血を流しても構わない、それでいて統一意志の直線上に存在するのは、『教会』の教祖たる存在が偶像として存在している。徹底的に尽くす戦い方をする傾向があるのだ。
 しかし、御門は。未だに自分本位な、自分が主役のミュージカルを演じているようだったのだ。倒すにも倒されるにも、自分と丙良にスポットライトが当たっているのだ。偶像は存在せず、何なら自分自身こそが完璧な偶像|《アイドル》なのだ。
 紅の大剣をその場に突き刺し、完全に戦闘を止めた。御門はチーティングドライバーからライセンスを排莢、後にデバイスを取り出して、証拠と言わんばかりに画面を見せる。そこには、信一郎自身から合同演習会開始当初に、メールを貰っていた物的証拠がそこにあった。
「――最初から、裏切りも作戦に織り込み済みか。あの人の考えることは……やっぱり常軌を逸している」
「ボクは主役以外の役所なんてやりたくはなかったけれど……それでも裏切りの中のドラマ、というものは、大衆劇の中でも特に惹かれるだろう。だから請け負ったんだ、裏切り者たちに引導を渡すべく、『裏切り者』の汚名を被ったのさ」
 御門はデバイスを懐にしまうものの、その表情にはほんの少しの憂いが見られた。
「――真に裏切ったら、それは大層な力が簡単に得られるんだろう? でも……ボクにこんな歪なものは似合わない……」
「それでも、足りないピースを補える可能性を考えた。僕たちに少しでも追いつきたいがために」
「……君には、大体がお見通しだね」
 裏切った面子の中には、御門が入学当初から仲良くしていた友人が何人も、何十人も存在する。今もなお、精神を完全に掌握させられ、英雄たちに牙を剥いている。皆、仲良くしていたものの、結局はそれ以上の力を求め続ける、さながら狂信的な求道者であった。
 怪人化したら簡単に、今まで努力していた分を嘲笑うかのような、爆発的なパワーアップが見込める。どんどん格落ちしていく中で、焦った英雄の卵はこぞって力を求める。
 インスタントであれ、今まで苦汁を味わってきた中、格上の相手を一泡吹かせるチャンスが生まれる。そんなチャンスがあったら、どれほどのデメリットを背負おうと手を出すもの。結局は心の弱い者が、夜の明かりに群がる羽虫の如く集い、そこで焼死する――そんな状況こそ、弱者とチーティングドライバーの関係性であった。
 英雄サイドに戻ったとしても、友人は二度と戻らない。内通者として英雄のために戦いこそすれど、失うものの方が圧倒的に多くなる。そんな得られるものが少なすぎる戦いだからこそ、御門は未だに思い悩んでいたのだ。
 もし、頭を殺して友達と共に逝けたら。こんな辛い現実とも面向かうことは無いだろう。恵まれなかった中で、来世に期待……なんて。そんな可能性の少ない部分にかけてしまいそうなほどに、参っていたのだ。
「――かつて、かの皇帝ネロは、多くの兵に追われ自死を選ぶ際。三度ほど逡巡したそうだ。その後自分では死にきることが出来ずに、一人の奴隷に切らせたそうだが……その時に『なんと惜しい芸術家が、私の死によって失われることか』と語ったらしい。逝くことは嫌だが……そんなロマンチックな死に方には憧れてしまう」
「――何を考えているんだい、御門さん」
 御門の手に顕現させたるは、古代ローマの兵士が用いたとされるプギオ。長さが十八センチから二十八センチほどの長さの短剣で、護身用のほか軽作業にも用いられた。
 そのプギオを、喉笛を突き刺さんと構えた。
「――どれほど、高尚な立ち居振る舞いをしようと……失うものが多すぎる、そんな中で平静を保っていられるのはごく一部。ボクは年相応に、少しでも同じ時を生きた友を……英雄としては情けないが、見捨てたくはない……。しかしその先を生きて、少しでも可能性に賭けたい……そんな気持ちもある。ボクはどうしたらいいんだろうな……」
 ぼろぼろと零れ落ちる、大粒の涙。今まで内通者として多くの情報を信一郎に流してきたものの、それによるちゃんとしたリターンは用意されている、との文言が記されてはいたものの。そのリターンは、友を見捨ててまで選びたい未来なのか。御門自身にも、分かりかねていたのだ。
「――その友人のことを否定はしない。しかし……その友人は魅惑に打ち負けるほどの、脆弱な精神性を持っていた。自分の中に存在する、英雄の因子が泣いているよ」
 元々、因子持ち自体が希少な存在。日本全人口の一割いるかいないか、それほどに希少な存在であることが英雄学園の中にいると、少々感覚がおかしくなってしまいそうではあるが。
 どんなに知名度のない英雄の因子だろうと、努力は裏切らずそれなりの戦果を生んでくれる。結局は、自分次第であるのだ。
「その子は、英雄の卵として、自分を高めるために向き合ったのかな。それとも……『因子』を持ったからと言って、その地位に甘んじたのかな」
 生半可な気持ちでは、英雄としてプロデビューは出来ない。いたずらによってデビューしたとしても、いずれぼろが出る。今の地位に不満足であり続けなければならない、究極のハングリー精神こそ、英雄には欠かせないものであった。
 そうでなければ、『純粋な欲』を力の根源とはしない。いつだって、その底なしの欲を満たすべく、邁進し戦い続けるのだ。どれほど力が劣っていようと、その欲を満たすことはできるだろう。強いことだけが、英雄の最たる条件ではないのだ。
「――かつて、自分の弟に成功の道を譲ろうと、一度は英雄の道を諦めようとした男がいた。結局は、弟の不器用な叱咤激励で、その道を真っすぐ行った……そして、その男は今もなお戦い続ける。どれほどの痛みを背負おうと、弟の分まで戦い続ける、って」
 話に出したのは、言わなくてもわかるほどの人物。今もなお、この混沌の合同演習会で英雄陣営の一人として、戦い続ける男。
「失うことは……必要なのかな。ボクにとって……必要な犠牲なのかな」
 丙良は、決して肯定はしない。しかし否定もしない。ただ、慈愛の目で見つめるのみ。
 何も失わずに成長できるのなら、それが最良の選択。しかし、それはそれぞれの尊厳を尊重した結果にまつわるものなのか。
 しかしいつだって、何か大切なものを失いながら、英雄は強くなる。これまでの歴史上も、大切な人に裏切られた英雄や、多くの苦難を経験した英雄の物語ばかり。失わず強くなれるならそれに越したことはないが、結局は両の掌からすり抜けて、零れ落ちていくばかり。
 失っていくものばかり数えるのは、いつだって心が磨り減る原因であるのだ。
「――僕は、結果的に多くのものを失って、この最強格の面子に存在する。もちろん、これが正解とは限らないけれど……失ったとしても、新たに始まる物語もあるんだよ、御門さん」
 プギオが、彼女の手から零れ落ち、御門自身が膝から崩れ落ちる。それは暗に、友達『だった存在』を見捨てる決断を選んだ瞬間であったのだ。
「辛いよね、分かる。だから……本当に辛かったら、僕たちを頼ってくれ。その痛みを――少しでも和らげることができるかもしれないから」
 静かに御門を抱きしめる丙良。男の腕に抱かれた経験のない御門は、ほんの少しこそ朱色に染まったものの、その優しき抱擁を受け入れるのみであった。そうでないと、凛々しくも優雅な『御門王歌』という女の彫刻像が崩れ去ってしまいそうで。
 しかし、丙良はどこまでも底抜けに優しかったのだ。そんな強固な意志を融解させてしまいそうなほどに。御門の頭が、年齢にしては無骨な掌で撫でられたのだ。まるで子供をあやすような、優しい手つきで。
「――英雄に、心の底から泣いちゃあいけない、なんてルールは無いよ。僕たちは、英雄である以前に……ただの人間なんだから」
 そんな丙良の声に、御門は声を上げ泣いた。異性だから、なんてことはなく。そこに特別な感情が生まれるかどうかは、当の本人たちにしか分からないだろう。しかし、重大な選択をした彼女にとって、今正に誰かの支えは必要不可欠であった。なかったときのことを考えたくないほどに、丙良の存在は不可欠であったのだ。
 これにより、英雄学園英雄科二年二組所属兼『教会』茨城支部内通者、御門王歌と、英雄学園英雄科二年一組所属、丙良慎介の戦いは、丙良の勝利で幕を閉じた。この戦いをきっかけに『失う』ものに思い悩んだ御門が、丙良の優しさに説かされる形で終幕となった。



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 精神汚染の影響を受けた者は、全て卑怯者、あるいは狂人の思考に転換される。どれほど自分が血を流しても構わない、それでいて統一意志の直線上に存在するのは、『教会』の教祖たる存在が偶像として存在している。徹底的に尽くす戦い方をする傾向があるのだ。
 しかし、御門は。未だに自分本位な、自分が主役のミュージカルを演じているようだったのだ。倒すにも倒されるにも、自分と丙良にスポットライトが当たっているのだ。偶像は存在せず、何なら自分自身こそが完璧な偶像|《アイドル》なのだ。
 紅の大剣をその場に突き刺し、完全に戦闘を止めた。御門はチーティングドライバーからライセンスを排莢、後にデバイスを取り出して、証拠と言わんばかりに画面を見せる。そこには、信一郎自身から合同演習会開始当初に、メールを貰っていた物的証拠がそこにあった。
「――最初から、裏切りも作戦に織り込み済みか。あの人の考えることは……やっぱり常軌を逸している」
「ボクは主役以外の役所なんてやりたくはなかったけれど……それでも裏切りの中のドラマ、というものは、大衆劇の中でも特に惹かれるだろう。だから請け負ったんだ、裏切り者たちに引導を渡すべく、『裏切り者』の汚名を被ったのさ」
 御門はデバイスを懐にしまうものの、その表情にはほんの少しの憂いが見られた。
「――真に裏切ったら、それは大層な力が簡単に得られるんだろう? でも……ボクにこんな歪なものは似合わない……」
「それでも、足りないピースを補える可能性を考えた。僕たちに少しでも追いつきたいがために」
「……君には、大体がお見通しだね」
 裏切った面子の中には、御門が入学当初から仲良くしていた友人が何人も、何十人も存在する。今もなお、精神を完全に掌握させられ、英雄たちに牙を剥いている。皆、仲良くしていたものの、結局はそれ以上の力を求め続ける、さながら狂信的な求道者であった。
 怪人化したら簡単に、今まで努力していた分を嘲笑うかのような、爆発的なパワーアップが見込める。どんどん格落ちしていく中で、焦った英雄の卵はこぞって力を求める。
 インスタントであれ、今まで苦汁を味わってきた中、格上の相手を一泡吹かせるチャンスが生まれる。そんなチャンスがあったら、どれほどのデメリットを背負おうと手を出すもの。結局は心の弱い者が、夜の明かりに群がる羽虫の如く集い、そこで焼死する――そんな状況こそ、弱者とチーティングドライバーの関係性であった。
 英雄サイドに戻ったとしても、友人は二度と戻らない。内通者として英雄のために戦いこそすれど、失うものの方が圧倒的に多くなる。そんな得られるものが少なすぎる戦いだからこそ、御門は未だに思い悩んでいたのだ。
 もし、頭を殺して友達と共に逝けたら。こんな辛い現実とも面向かうことは無いだろう。恵まれなかった中で、来世に期待……なんて。そんな可能性の少ない部分にかけてしまいそうなほどに、参っていたのだ。
「――かつて、かの皇帝ネロは、多くの兵に追われ自死を選ぶ際。三度ほど逡巡したそうだ。その後自分では死にきることが出来ずに、一人の奴隷に切らせたそうだが……その時に『なんと惜しい芸術家が、私の死によって失われることか』と語ったらしい。逝くことは嫌だが……そんなロマンチックな死に方には憧れてしまう」
「――何を考えているんだい、御門さん」
 御門の手に顕現させたるは、古代ローマの兵士が用いたとされるプギオ。長さが十八センチから二十八センチほどの長さの短剣で、護身用のほか軽作業にも用いられた。
 そのプギオを、喉笛を突き刺さんと構えた。
「――どれほど、高尚な立ち居振る舞いをしようと……失うものが多すぎる、そんな中で平静を保っていられるのはごく一部。ボクは年相応に、少しでも同じ時を生きた友を……英雄としては情けないが、見捨てたくはない……。しかしその先を生きて、少しでも可能性に賭けたい……そんな気持ちもある。ボクはどうしたらいいんだろうな……」
 ぼろぼろと零れ落ちる、大粒の涙。今まで内通者として多くの情報を信一郎に流してきたものの、それによるちゃんとしたリターンは用意されている、との文言が記されてはいたものの。そのリターンは、友を見捨ててまで選びたい未来なのか。御門自身にも、分かりかねていたのだ。
「――その友人のことを否定はしない。しかし……その友人は魅惑に打ち負けるほどの、脆弱な精神性を持っていた。自分の中に存在する、英雄の因子が泣いているよ」
 元々、因子持ち自体が希少な存在。日本全人口の一割いるかいないか、それほどに希少な存在であることが英雄学園の中にいると、少々感覚がおかしくなってしまいそうではあるが。
 どんなに知名度のない英雄の因子だろうと、努力は裏切らずそれなりの戦果を生んでくれる。結局は、自分次第であるのだ。
「その子は、英雄の卵として、自分を高めるために向き合ったのかな。それとも……『因子』を持ったからと言って、その地位に甘んじたのかな」
 生半可な気持ちでは、英雄としてプロデビューは出来ない。いたずらによってデビューしたとしても、いずれぼろが出る。今の地位に不満足であり続けなければならない、究極のハングリー精神こそ、英雄には欠かせないものであった。
 そうでなければ、『純粋な欲』を力の根源とはしない。いつだって、その底なしの欲を満たすべく、邁進し戦い続けるのだ。どれほど力が劣っていようと、その欲を満たすことはできるだろう。強いことだけが、英雄の最たる条件ではないのだ。
「――かつて、自分の弟に成功の道を譲ろうと、一度は英雄の道を諦めようとした男がいた。結局は、弟の不器用な叱咤激励で、その道を真っすぐ行った……そして、その男は今もなお戦い続ける。どれほどの痛みを背負おうと、弟の分まで戦い続ける、って」
 話に出したのは、言わなくてもわかるほどの人物。今もなお、この混沌の合同演習会で英雄陣営の一人として、戦い続ける男。
「失うことは……必要なのかな。ボクにとって……必要な犠牲なのかな」
 丙良は、決して肯定はしない。しかし否定もしない。ただ、慈愛の目で見つめるのみ。
 何も失わずに成長できるのなら、それが最良の選択。しかし、それはそれぞれの尊厳を尊重した結果にまつわるものなのか。
 しかしいつだって、何か大切なものを失いながら、英雄は強くなる。これまでの歴史上も、大切な人に裏切られた英雄や、多くの苦難を経験した英雄の物語ばかり。失わず強くなれるならそれに越したことはないが、結局は両の掌からすり抜けて、零れ落ちていくばかり。
 失っていくものばかり数えるのは、いつだって心が磨り減る原因であるのだ。
「――僕は、結果的に多くのものを失って、この最強格の面子に存在する。もちろん、これが正解とは限らないけれど……失ったとしても、新たに始まる物語もあるんだよ、御門さん」
 プギオが、彼女の手から零れ落ち、御門自身が膝から崩れ落ちる。それは暗に、友達『だった存在』を見捨てる決断を選んだ瞬間であったのだ。
「辛いよね、分かる。だから……本当に辛かったら、僕たちを頼ってくれ。その痛みを――少しでも和らげることができるかもしれないから」
 静かに御門を抱きしめる丙良。男の腕に抱かれた経験のない御門は、ほんの少しこそ朱色に染まったものの、その優しき抱擁を受け入れるのみであった。そうでないと、凛々しくも優雅な『御門王歌』という女の彫刻像が崩れ去ってしまいそうで。
 しかし、丙良はどこまでも底抜けに優しかったのだ。そんな強固な意志を融解させてしまいそうなほどに。御門の頭が、年齢にしては無骨な掌で撫でられたのだ。まるで子供をあやすような、優しい手つきで。
「――英雄に、心の底から泣いちゃあいけない、なんてルールは無いよ。僕たちは、英雄である以前に……ただの人間なんだから」
 そんな丙良の声に、御門は声を上げ泣いた。異性だから、なんてことはなく。そこに特別な感情が生まれるかどうかは、当の本人たちにしか分からないだろう。しかし、重大な選択をした彼女にとって、今正に誰かの支えは必要不可欠であった。なかったときのことを考えたくないほどに、丙良の存在は不可欠であったのだ。
 これにより、英雄学園英雄科二年二組所属兼『教会』茨城支部内通者、御門王歌と、英雄学園英雄科二年一組所属、丙良慎介の戦いは、丙良の勝利で幕を閉じた。この戦いをきっかけに『失う』ものに思い悩んだ御門が、丙良の優しさに説かされる形で終幕となった。