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第九十話

ー/ー



「アハハハハハハハハハハッ!」
「ハハハハハハハハハハハッ!」
 どれほどのいざこざが過去にあろうと、拳を交えることで言葉もなく語り合う。ただそれだけ。
 頭部装甲を外しはしたものの、それ以外はそのまま。各種装甲で守られた部分はちゃんとサポート付きで守られているものの、顔面はその限りではない。もろにダメージを負い、一切のリジェネ機能が働かない。怪人の馬鹿力により骨が折れようが肉が裂けようが、痛みも傷もダイレクトに伝わる。
 それぞれ、お構いなしに顔面を殴り合う、さながらヤンキー同士タイマンの決闘。互いに賭けたものなど存在せず、あるのは誇りの示し合い。
 しかし、二人はどれだけ血を流そうと笑い続けた。純粋に、心の底から。
 決して、気が触れた訳ではない。兄弟同士、初めての語りあい。それが楽しくて、許されるならこのままでありたかったのだ。
 多くの殺人。多くの裏切り。そう言ったマイナスの事象を乗り越え。どちらかが上を示す、ただそれだけのための、殴り合いの喧嘩であった。
 空港に置かれたオブジェクトを特段利用などせず。ただ純粋な殴り合い。第二ラウンドが個人で宣言されてから、はや十数分。それぞれのスタミナの許すままにこの状態が続いていたのだ。
 命の危機など知ったことか、合同演習会の勝敗など知ったことか。
 そこには絵面とは正反対の、年相応の楽しげな雰囲気に包まれていたのだ。
(信玄、それに信之君。心の底から、この時を待っていたんだな)
 傍観していた丙良は、ほんの少し妬いていた。今までいがみ合っていた二人が、数年越しにこうして楽しく殴り合っているこの状況。今まで、こんなに楽しそうな信玄を見るのは一年ぶり。コンビを組んで無我夢中で暴れていた、『ダブル・シン』のたった一回。その時しか、あの表情を見ることは出来なかったのだ。
 しかし、丙良にとってそれはマイナスの嫉妬ではなかった。嫉妬というよりも、憧れに近い。家族などの近しい人間であれば、あの表情を見ることは容易い。そんな存在に、自分もなりたかったのだ。
(――本当、男ってバカな生き物なんだよ。いつだって、こういったベタベタな殴り合いに弱い。心が喜んでしまうんだろうね……僕も、ある意味そうだったから)
 信玄と中学時代以来、まともな喧嘩をしたことのない丙良。しかし、いつだかのタイミングで手合わせをしたことがある。他生徒よりも、圧倒的な力を持つ丙良に、信玄は心躍っていた。その逆もしかり。二人の手合わせは、お互い満たされるものであった。それもそのはず、信玄は丙良を目標に英雄を目指していたのだから。
 丙良自身、信玄が英雄の道を真に志すようになったきっかけは知らないまま。きっと信玄は、一生そのことを口外しない。互いに高め合う好敵手、そのままなのだろう。恥ずかしがって伝えることすらできないのだろう。
 互いに、ふらつきながらも空港屋上で殴り合い続ける。辺りに血が飛び散りながらも、ただひたすらに楽しんでいた。
 しかし信之は、右拳の震えが収まらずにいた。当人の意志とは正反対で、体の限界を迎えていたのだ。
 それを察した信玄は、黙ったまま目線のみで語り、左拳を握りしめる。それを察した信之は、微笑しながら同じように左拳を力強く握りしめた。
(――思えば、お互い利き手が一緒だった)
(二人とも、珍しく左利きだった)
 右利きが優遇されるように、世の中のものは多く作られているため、お互い等しく苦労した。しかし、それも今となっては良い思い出。
「名残惜しいが、これが最後だ――信之」
「まげ、ねェぞ――あァにぎィ」
 傍から見て、信之は既に限界を超えて動いていた。口や足は震え、右目は血で完全に潰れ。出血量も信之の方が多く、勝負はついている。
 しかし、それでも丙良は止めなかった。信之の心が、一切折れていなかったのだ。どれほどの逆境に立たされようと、信玄を超えようと食らいついていた。それを止められるほど、丙良は分からず屋ではなかった。
 握りしめた拳の強さもまた、信玄の方が上。信之の拳は握りしめてはいるものの、ヒットした瞬間、力が呆気なく解けていってしまいそうなほどに、弱弱しかった。
 互いに、それぞれの頬目掛けフルパワーで振りぬく。構えや型などのへったくれも無い、無法の拳同士。
 それぞれクリーンヒットするも、信玄の拳の方が深く、強く突き刺さる。意識を消し去る、鋭く重い一撃。
 どれほどダメージを受けようと、ド根性を胸に一定ラインで耐え続けた信玄。
 そして嫉妬心を胸に、今日この時を迎えた信之。怪人と英雄の力、二足の草鞋で戦い抜くも。その場に膝をつき、お互いの血で生じた血だまりの中に、力なく仰向けになって倒れた。
「――信之。俺の……初めての勝利だ」
 そうとだけ言い残すと、信玄もまた膝をつき、崩れ落ちるように同じように隣り合うよう倒れた。
 長く続いた兄弟間の因縁は、今日この時を以って完全に決着。
 兄を超える力のために、そして世の中や兄への嫉妬心を胸に、今日まで『教会』茨城支部支部長として生きてきた信之と、弟の無念と丙良への憧れを胸に、今日まで英雄学園で多くの英雄としてのノウハウを学んできた信玄。勝者は、信玄。二人とも疲れ果て語り合うことなどしなかったが、そこに言葉はいらなかったのだ。
(……全く、僕の労力が増えるなあ)
 そう心中でぼやく丙良であったが、その表情は状況とは裏腹に穏やかであった。



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「アハハハハハハハハハハッ!」
「ハハハハハハハハハハハッ!」
 どれほどのいざこざが過去にあろうと、拳を交えることで言葉もなく語り合う。ただそれだけ。
 頭部装甲を外しはしたものの、それ以外はそのまま。各種装甲で守られた部分はちゃんとサポート付きで守られているものの、顔面はその限りではない。もろにダメージを負い、一切のリジェネ機能が働かない。怪人の馬鹿力により骨が折れようが肉が裂けようが、痛みも傷もダイレクトに伝わる。
 それぞれ、お構いなしに顔面を殴り合う、さながらヤンキー同士タイマンの決闘。互いに賭けたものなど存在せず、あるのは誇りの示し合い。
 しかし、二人はどれだけ血を流そうと笑い続けた。純粋に、心の底から。
 決して、気が触れた訳ではない。兄弟同士、初めての語りあい。それが楽しくて、許されるならこのままでありたかったのだ。
 多くの殺人。多くの裏切り。そう言ったマイナスの事象を乗り越え。どちらかが上を示す、ただそれだけのための、殴り合いの喧嘩であった。
 空港に置かれたオブジェクトを特段利用などせず。ただ純粋な殴り合い。第二ラウンドが個人で宣言されてから、はや十数分。それぞれのスタミナの許すままにこの状態が続いていたのだ。
 命の危機など知ったことか、合同演習会の勝敗など知ったことか。
 そこには絵面とは正反対の、年相応の楽しげな雰囲気に包まれていたのだ。
(信玄、それに信之君。心の底から、この時を待っていたんだな)
 傍観していた丙良は、ほんの少し妬いていた。今までいがみ合っていた二人が、数年越しにこうして楽しく殴り合っているこの状況。今まで、こんなに楽しそうな信玄を見るのは一年ぶり。コンビを組んで無我夢中で暴れていた、『ダブル・シン』のたった一回。その時しか、あの表情を見ることは出来なかったのだ。
 しかし、丙良にとってそれはマイナスの嫉妬ではなかった。嫉妬というよりも、憧れに近い。家族などの近しい人間であれば、あの表情を見ることは容易い。そんな存在に、自分もなりたかったのだ。
(――本当、男ってバカな生き物なんだよ。いつだって、こういったベタベタな殴り合いに弱い。心が喜んでしまうんだろうね……僕も、ある意味そうだったから)
 信玄と中学時代以来、まともな喧嘩をしたことのない丙良。しかし、いつだかのタイミングで手合わせをしたことがある。他生徒よりも、圧倒的な力を持つ丙良に、信玄は心躍っていた。その逆もしかり。二人の手合わせは、お互い満たされるものであった。それもそのはず、信玄は丙良を目標に英雄を目指していたのだから。
 丙良自身、信玄が英雄の道を真に志すようになったきっかけは知らないまま。きっと信玄は、一生そのことを口外しない。互いに高め合う好敵手、そのままなのだろう。恥ずかしがって伝えることすらできないのだろう。
 互いに、ふらつきながらも空港屋上で殴り合い続ける。辺りに血が飛び散りながらも、ただひたすらに楽しんでいた。
 しかし信之は、右拳の震えが収まらずにいた。当人の意志とは正反対で、体の限界を迎えていたのだ。
 それを察した信玄は、黙ったまま目線のみで語り、左拳を握りしめる。それを察した信之は、微笑しながら同じように左拳を力強く握りしめた。
(――思えば、お互い利き手が一緒だった)
(二人とも、珍しく左利きだった)
 右利きが優遇されるように、世の中のものは多く作られているため、お互い等しく苦労した。しかし、それも今となっては良い思い出。
「名残惜しいが、これが最後だ――信之」
「まげ、ねェぞ――あァにぎィ」
 傍から見て、信之は既に限界を超えて動いていた。口や足は震え、右目は血で完全に潰れ。出血量も信之の方が多く、勝負はついている。
 しかし、それでも丙良は止めなかった。信之の心が、一切折れていなかったのだ。どれほどの逆境に立たされようと、信玄を超えようと食らいついていた。それを止められるほど、丙良は分からず屋ではなかった。
 握りしめた拳の強さもまた、信玄の方が上。信之の拳は握りしめてはいるものの、ヒットした瞬間、力が呆気なく解けていってしまいそうなほどに、弱弱しかった。
 互いに、それぞれの頬目掛けフルパワーで振りぬく。構えや型などのへったくれも無い、無法の拳同士。
 それぞれクリーンヒットするも、信玄の拳の方が深く、強く突き刺さる。意識を消し去る、鋭く重い一撃。
 どれほどダメージを受けようと、ド根性を胸に一定ラインで耐え続けた信玄。
 そして嫉妬心を胸に、今日この時を迎えた信之。怪人と英雄の力、二足の草鞋で戦い抜くも。その場に膝をつき、お互いの血で生じた血だまりの中に、力なく仰向けになって倒れた。
「――信之。俺の……初めての勝利だ」
 そうとだけ言い残すと、信玄もまた膝をつき、崩れ落ちるように同じように隣り合うよう倒れた。
 長く続いた兄弟間の因縁は、今日この時を以って完全に決着。
 兄を超える力のために、そして世の中や兄への嫉妬心を胸に、今日まで『教会』茨城支部支部長として生きてきた信之と、弟の無念と丙良への憧れを胸に、今日まで英雄学園で多くの英雄としてのノウハウを学んできた信玄。勝者は、信玄。二人とも疲れ果て語り合うことなどしなかったが、そこに言葉はいらなかったのだ。
(……全く、僕の労力が増えるなあ)
 そう心中でぼやく丙良であったが、その表情は状況とは裏腹に穏やかであった。