第58話 トートロジー
ー/ー「まどろっこしいのはなしだ、ウツロ。最初から全力で行かせてもらうぜ?」
「アルトラを使う気か。好きにするがいい」
氷潟夕真の宣言を、ウツロは軽くいなした。
「吐いた唾、飲まないでよね?」
刀子朱利は不敵に笑う。
「それはおまえたちのほうになるかもな」
ウツロ・ボーグも不遜な態度で返した。
「では行くぞ、ウツロ」
氷潟夕真は姿勢を落とし、両腕を顔の前でクロスさせる。
「アルトラ、ライオン・ハート……!」
たちどころに毛並みが生えそろい、彼は獅子の姿をした戦士へと変貌を遂げた。
「かかってこい、氷潟。いまの俺の実力、ぞんぶんに試したい」
「ふん――っ!」
目にもとまらない速さで、氷潟夕真はウツロ・ボーグの間合いを取った。
矢継ぎ早に連撃が繰り出される。
しかし――
「なっ……」
刀子朱利はあぜんとした。
獅子の猛烈なラッシュが、まるでハエでも振り払うようにはじかれつづける。
「くっ……!」
氷潟夕真は焦った。
以前とはまるで比べものにならない。
これほどのパワーとスピードが通用しないとは……
「どうした氷潟? 退屈すぎて眠くなってきたぞ?」
ウツロ・ボーグはいたって余裕の表情だ。
「はっ――!」
獅子は一気に体勢を落とし、下段への回し蹴りを放つ。
足をすくうのが狙いだ。
「ふっ」
しかし甲殻の脚が、それを軽々と受け止める。
「うわっ――」
そのまま足首を引っかけ、くるりと回転させられた。
中空に浮き上がった獅子の戦士は、完全に無防備となってしまう。
「夕真っ!」
刀子朱利が叫んだ。
「ふん――っ!」
「がっ――」
みぞおちにかかとを落とされ、地面へと叩きつけられる。
「……」
白目をむいていた。
かつてウツロを敗北せしめた氷潟夕真も、魔堕ちしたウツロ・ボーグにかかり、このように完膚なきまでに叩きのめされてしまったのである。
「夕真! てめえ、ウツロ――!」
うしろのほうで南柾樹が吼える。
「――っ!?」
上空。
そこには刀子朱利が――
強烈が蹴りが上段から繰り出される。
だがウツロ・ボーグの腕が、その攻撃すらももらすことのなく受け止めた。
「氷潟の敵討ちか? 危ない危ない」
「くっ……」
「体術家としてはおまえのほうが上だと思っていたが、しょせんはこの程度だな」
「わっ――」
ウツロ・ボーグは刀子朱利の脚を外側へ弾く。
さきほどの氷潟夕真と同様、中空で無防備な体勢になってしまった。
「バカ丸出しだな、刀子!」
とどめの一撃、しかし。
「そりゃてめえのほうだろ?」
赤毛の少女はニヤリと笑う。
「なっ――」
口からヘドロのような液体が吐き出され、ウツロ・ボーグの全身に降り注ぐ。
アルトラ、デーモン・ペダルの能力を使ったのだ。
「これ、は……」
体から白い煙が上がる。
強酸性の成分が、彼の細胞を溶かしている。
「ははっ、ムカデの毒だよ。しかも、このときのために胃の中でとびっきり熟成しておいた、とっておきのね」
「ぐ……体、が……」
甲殻の表皮がどんどんとただれてくる。
「きゃははは、ウツロ! そのままドロドロに溶けちゃいなよ!」
「……」
落ち着いている、ウツロ・ボーグは。
全身が溶解している状況だというのに。
「刀子」
「は?」
「前々から思っていたが、おまえ、本当に頭が悪いよな?」
「な、に……」
ダメージを受けた部分が、まるでプラモデルのパーツでもはずすようにはじけ飛んだ。
「な……」
すぐさま新しい外皮が復元され、あっという間にもとの姿に再生される。
「俺に脱皮の能力があることを忘れたのか? それにそもそも、毒虫である俺に毒が効くとでも思ったのか? あまつさえ、ムカデの能力しか持たないおまえが。あらゆる虫を使役できる俺に、かなうとでも思ったのか?」
「くっ……」
「消え失せろ、一芸女!」
「がっ――!」
たかがパンチ一発で、うしろまで吹き飛ばされてしまった。
「朱利っ!」
星川雅がとっさに受け止める。
抱きかかえられた刀子朱利、彼女は気絶していた。
「ウツロ、あんたってやつは……!」
理性的な星川雅も、さすがにこの仕打ちには激高を禁じえない。
「ウツロ、どうやら、本当に越えちゃあならねえところを越えちまったみてえだな」
南柾樹も静かに憤っている。
「先鋒はまず、やっつけたというところか。だが正直、肩慣らし程度にもならなかった。ふふ、それほどに俺が強くなったということなんだろうがな」
ウツロ・ボーグは首をコキコキと鳴らしている。
「さ、次はおまえたちが戦うんだろ? 俺の目を覚ましたいって言ってたよな? ま、覚ますのはおまえたちのほうになるわけだが。無理やりにでもな」
彼の肩口に数匹の毒虫が這っている。
ダンゴムシが数倍になったような見てくれだ。
「こいつらをおまえたちの頭の中へ埋めこめば、ふふ……おまえたちはそう、俺の意のままに動く傀儡人形となる」
「――!?」
「最高だぞ? 頭がからっぽになるというのは。何も考えなくてもいい、何も苦しまなくてもいい。それこそ理想の世界だ。みんなは俺の人間論に服従し、俺を神として崇め奉る。ふふ、そして世界は平和になるんだ」
ウツロ・ボーグは自分の「スピーチ」に陶酔している。
狂っている……
本当にウツロなのか?
どこへ行ってしまったんだ。
あの愚直な、しかし高潔な精神の持ち主だったウツロは……
トートロジー。
そんな単語が脳裏をよぎった。
人間論を構築し、アップデートしつづける彼が、その思想自体に取りこまれてしまったというか。
いずれにせよ、とんだ論理崩壊だ。
そんなふうに一見どうでもよいことを、放心した仲間たちは考えてしまった。
「ウツロ、おまえ……」
南柾樹のほほを滴が裂いた。
ほかのみんなも同様だ。
これで心を折るなというほうが無理である。
苦しみも喜びも、みんなでわかちあったのに。
それをすべて否定するとは。
あの楽しい日々は、全部嘘だったのか?
そんなふうに頭がぐちゃぐちゃになった。
「どうしたの、みんな? 感動して言葉を失って――」
「ウツロおおおおおおおおおおっ――!」
一番うしろで、真田龍子が絶叫した。
「わたしが相手だ――!」
「アルトラを使う気か。好きにするがいい」
氷潟夕真の宣言を、ウツロは軽くいなした。
「吐いた唾、飲まないでよね?」
刀子朱利は不敵に笑う。
「それはおまえたちのほうになるかもな」
ウツロ・ボーグも不遜な態度で返した。
「では行くぞ、ウツロ」
氷潟夕真は姿勢を落とし、両腕を顔の前でクロスさせる。
「アルトラ、ライオン・ハート……!」
たちどころに毛並みが生えそろい、彼は獅子の姿をした戦士へと変貌を遂げた。
「かかってこい、氷潟。いまの俺の実力、ぞんぶんに試したい」
「ふん――っ!」
目にもとまらない速さで、氷潟夕真はウツロ・ボーグの間合いを取った。
矢継ぎ早に連撃が繰り出される。
しかし――
「なっ……」
刀子朱利はあぜんとした。
獅子の猛烈なラッシュが、まるでハエでも振り払うようにはじかれつづける。
「くっ……!」
氷潟夕真は焦った。
以前とはまるで比べものにならない。
これほどのパワーとスピードが通用しないとは……
「どうした氷潟? 退屈すぎて眠くなってきたぞ?」
ウツロ・ボーグはいたって余裕の表情だ。
「はっ――!」
獅子は一気に体勢を落とし、下段への回し蹴りを放つ。
足をすくうのが狙いだ。
「ふっ」
しかし甲殻の脚が、それを軽々と受け止める。
「うわっ――」
そのまま足首を引っかけ、くるりと回転させられた。
中空に浮き上がった獅子の戦士は、完全に無防備となってしまう。
「夕真っ!」
刀子朱利が叫んだ。
「ふん――っ!」
「がっ――」
みぞおちにかかとを落とされ、地面へと叩きつけられる。
「……」
白目をむいていた。
かつてウツロを敗北せしめた氷潟夕真も、魔堕ちしたウツロ・ボーグにかかり、このように完膚なきまでに叩きのめされてしまったのである。
「夕真! てめえ、ウツロ――!」
うしろのほうで南柾樹が吼える。
「――っ!?」
上空。
そこには刀子朱利が――
強烈が蹴りが上段から繰り出される。
だがウツロ・ボーグの腕が、その攻撃すらももらすことのなく受け止めた。
「氷潟の敵討ちか? 危ない危ない」
「くっ……」
「体術家としてはおまえのほうが上だと思っていたが、しょせんはこの程度だな」
「わっ――」
ウツロ・ボーグは刀子朱利の脚を外側へ弾く。
さきほどの氷潟夕真と同様、中空で無防備な体勢になってしまった。
「バカ丸出しだな、刀子!」
とどめの一撃、しかし。
「そりゃてめえのほうだろ?」
赤毛の少女はニヤリと笑う。
「なっ――」
口からヘドロのような液体が吐き出され、ウツロ・ボーグの全身に降り注ぐ。
アルトラ、デーモン・ペダルの能力を使ったのだ。
「これ、は……」
体から白い煙が上がる。
強酸性の成分が、彼の細胞を溶かしている。
「ははっ、ムカデの毒だよ。しかも、このときのために胃の中でとびっきり熟成しておいた、とっておきのね」
「ぐ……体、が……」
甲殻の表皮がどんどんとただれてくる。
「きゃははは、ウツロ! そのままドロドロに溶けちゃいなよ!」
「……」
落ち着いている、ウツロ・ボーグは。
全身が溶解している状況だというのに。
「刀子」
「は?」
「前々から思っていたが、おまえ、本当に頭が悪いよな?」
「な、に……」
ダメージを受けた部分が、まるでプラモデルのパーツでもはずすようにはじけ飛んだ。
「な……」
すぐさま新しい外皮が復元され、あっという間にもとの姿に再生される。
「俺に脱皮の能力があることを忘れたのか? それにそもそも、毒虫である俺に毒が効くとでも思ったのか? あまつさえ、ムカデの能力しか持たないおまえが。あらゆる虫を使役できる俺に、かなうとでも思ったのか?」
「くっ……」
「消え失せろ、一芸女!」
「がっ――!」
たかがパンチ一発で、うしろまで吹き飛ばされてしまった。
「朱利っ!」
星川雅がとっさに受け止める。
抱きかかえられた刀子朱利、彼女は気絶していた。
「ウツロ、あんたってやつは……!」
理性的な星川雅も、さすがにこの仕打ちには激高を禁じえない。
「ウツロ、どうやら、本当に越えちゃあならねえところを越えちまったみてえだな」
南柾樹も静かに憤っている。
「先鋒はまず、やっつけたというところか。だが正直、肩慣らし程度にもならなかった。ふふ、それほどに俺が強くなったということなんだろうがな」
ウツロ・ボーグは首をコキコキと鳴らしている。
「さ、次はおまえたちが戦うんだろ? 俺の目を覚ましたいって言ってたよな? ま、覚ますのはおまえたちのほうになるわけだが。無理やりにでもな」
彼の肩口に数匹の毒虫が這っている。
ダンゴムシが数倍になったような見てくれだ。
「こいつらをおまえたちの頭の中へ埋めこめば、ふふ……おまえたちはそう、俺の意のままに動く傀儡人形となる」
「――!?」
「最高だぞ? 頭がからっぽになるというのは。何も考えなくてもいい、何も苦しまなくてもいい。それこそ理想の世界だ。みんなは俺の人間論に服従し、俺を神として崇め奉る。ふふ、そして世界は平和になるんだ」
ウツロ・ボーグは自分の「スピーチ」に陶酔している。
狂っている……
本当にウツロなのか?
どこへ行ってしまったんだ。
あの愚直な、しかし高潔な精神の持ち主だったウツロは……
トートロジー。
そんな単語が脳裏をよぎった。
人間論を構築し、アップデートしつづける彼が、その思想自体に取りこまれてしまったというか。
いずれにせよ、とんだ論理崩壊だ。
そんなふうに一見どうでもよいことを、放心した仲間たちは考えてしまった。
「ウツロ、おまえ……」
南柾樹のほほを滴が裂いた。
ほかのみんなも同様だ。
これで心を折るなというほうが無理である。
苦しみも喜びも、みんなでわかちあったのに。
それをすべて否定するとは。
あの楽しい日々は、全部嘘だったのか?
そんなふうに頭がぐちゃぐちゃになった。
「どうしたの、みんな? 感動して言葉を失って――」
「ウツロおおおおおおおおおおっ――!」
一番うしろで、真田龍子が絶叫した。
「わたしが相手だ――!」
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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