「なんで追いつけねぇんだああああ!!!」
「さぁ、がんばって秋緋~こっちだよ~ふふ。」
現役の高校生である俺だ。修行もしてるんだ、見た目からしてインドア派な夜兄には走りでは負けないだろうと思っていたんだ。なのに、追い付けない。どんどん俺に降りかかる雨の激しさが増してくるし、それとともに防ぐ力の範囲も広がっていく。追い詰められてきている、実感してきた。
臭いもきつくなってきたからな…!
「結緋はあの性格だから、「自分の成長のために私のことなどお構いなしに…強くなったのう」とか言ってると思うけど、さすがにやりすぎだよ、反省してる?」
う、これはちょっとお怒りモードの夜兄かも。もちろん反省してるし、夜兄が言ってることと逆で、結緋さんを泣かせてしまっているとしたら、ちゃんとお叱りも受ける。
「本気でやってくれてるなら、俺も本気で応えないと失礼だとおもったんだって!ちゃんと反省してる!」
ちょっと考えたような顔をする夜兄。
「わかったよ秋緋。それじゃあ、わたしを捕まえた後にやるべきことを教えるから、よく聞いてね。」
許された、というよりは今から言うことを失敗したらどうなるかわかってるよね?ってことだろう。
もー!なんで防呪を学ぶだけのはずだったのに心身ともにダメージうけにゃならんのだ!全然守られてないからこんなの!
もしかして親父に教わっていた方がよかった…?
「防呪の基礎として、全身に霊力を纏う。それは正解。でも、転校生を助けるならその状態で呪いを解放しなきゃいけない。今でいうところの東雲の解放だね。」
つまり、呪いの力を弾きつつ、呪いの力を破壊しなきゃいけないってことか。…なんかこのまま取り込まれて【筒師】の仕事させられそうな勢いなんだけど。
「同じ力を使うんだけど、解放することだけに集中すると自分の守りが消えてしまう。そうならないようにうまくコントロールするんだよ?」
あぁ、そうだ。
俺の、自分の心配なんて、明日明後日で死んじまうようなことじゃない。わけわからない内に自分の命がなくなって、これからやりたかったこと、目指していることが、何一つできないままになるようなことじゃない。
やってやろうじゃないの…!
軽い足取りで、追いかける俺から離れたり近づいたり。気合を入れなおして、全力で捕まえようとする俺を遊んでいる。徐々に、時間が迫る。そのおかげで分かったことがある。
「夜兄、ちょっと、卑怯じゃない?!」
覚えているだろうか、さっき、夜兄が俺の部屋で何をしたのかを。こんなにすぐ伏線を回収してくれるとは思わなかったぜ。
「あらら?感覚も鋭くなったのかな?」
勘違いをしているようだが、俺の何かが覚醒しているとかそういうことではない。ただ単にあのくっさい臭いが、追いかけている夜兄から強くしなかった、ってだけなんだけど。そうじゃなくても動きが軽やかすぎるし、息も上がっていないので不信には思ってた。やはり見た目通りのインドア派で体力のない兄と姉だったな。
「んじゃあ、サクッと、先に進ませてもらうぜ!」
と、俺は目の前の夜兄の偽物を追いかけるのをピタッとやめ、左の方向へ猛ダッシュ。夜兄の頭がちらりとみえたがもう遅い、現役高校生の体力と瞬発力を舐めるなよ!
ハッとして逃げようとしたが、一歩遅く、着物の後ろの襟を俺につかまれて転んだ夜兄。地面…というか雲なので柔らかいしそこまで痛くは無いだろう。
そのままの体制で胸の着物の合わせの部分に手を突っ込み、薬瓶を探る。
「あっ、ははっ!くすぐったいって、秋緋!あははは!こ、こっち。こっちだから!」
夜兄はくすぐったがりなのが判明した。少しまさぐっただけで息ができないほど笑って転がってしまうほどに。しっかり覚えておこう。
羽織っている着物の裾から薬瓶を取り出し、俺はそれを受け取る。あまりにも臭い。よくこの臭いを気にせずに普通にしていられたなと尊敬する。
さて、ここまでだいぶ体力を消費してしまった俺ではあるが…夜兄がいってた難しい調整まで脳みそが回るのだろうかと。何度も言うけど、加えてずっと鼻につくこの臭いだ。口呼吸をも拒否したくなるような、鼻の奥に残る発酵した魚の独特な異臭というか…生ごみというか…。
グダグダしてる場合じゃないな、切り替えろ、俺っ!
薬瓶をまじまじと見る(くさい)。瓶自体は、特にここに何かすれば開きますよ、という感じではなく、簡単に蓋をしてあるだけ。
ん…?防ぐ力でどうやって『解放』に持っていくのだ?
「夜に…はまだダウン中か。感覚でいけってか…?ふ、ふふ…ふはは…」
変な笑いが出る。そんなやり過ぎてないはずなのにまたまた自分を追い詰める結果になっていることに。
俺ならできる…なんか糸出した時のように、なんとかなる!できる!!
「出てこいよ東雲ぇっ!!」
薬瓶を掴んでいる両手から光が溢れ、瓶にヒビが入る。次の瞬間、ばりっと、卵の殻が内側から弾けるかの如く、なにかが勢いよく飛び出し、光も広がって、俺の頭上の雨雲を蹴散らして吹き抜けていった。
「ただいまぁ秋くん、ありがと♡ちゅっちゅ♡」
「やめろ!気色悪い!抱きつくな!!」
くるくるっと華麗に俺を飛び越して空中で回転し、ふわっと優しく雲の上に着地してすぐにバク転しながら戻ってきたかと思えば、いつもなら夜兄に向くだろう抱擁を俺にしてきやがった。
「はぁはぁ…うまくやれたみたいで、よかったよ秋緋、ふう」
ふらふらと笑い疲れた夜兄は立ち上がると俺に近づいて成功したことを喜んでくれた。夜兄の言うとおり『うまくやれた』、この感覚。自分の中の霊力を正しく使えたという感覚ではない、ほぼ偶然に近い。けど、力の巡り方が変わったのはしっかりと分かった…あれか、やはり天才肌なのか俺は。
「なにをにやけているんです?」
ゾワゾワとしたオーラと視線が背中に刺さるのを感じる。振り返ろうがなかろうがきっとただでは済まないだろう気がしている。ので、あきらめて振り返って挨拶をする。
「や、やあ茨木。しっかり結緋さんを助けてくれたようでよかった、ありがとうな?」
そこにいらっしゃったのは姫子様こと結緋さんをお姫様抱っこしてにこやかに微笑み、立っている茨木。結緋さんは茨木の腕の中で、しょんぼりと沈んだ顔で俺を見ていた。
「あ…結緋さん、その、ごめ―」
「秋緋…なんということをしたのじゃ…」
あ、やっぱり、怒っている方だった?
「そうです、姫子様の言う通りですよ秋緋様?作戦としてはなかなか良いものだったのかもしれませんが、身内…しかも実の姉君をあのような目に合わせるとは人間の風上にも置けません。私がいたからよかっ―」
「感服じゃ!秋緋!ギリギリの状態に追い込むことが私達の役目ではあったがまさか私を排除する方法をとるとはなかなかの覚悟!見直した!さすが我が弟じゃ!」
泣いて喜んでいらっしゃる。俺に罵倒してやろうとどや顔になりかけていた茨木の顔が、まさかの結緋さんの発言でひくついていた。
「はっはっは!灯慈、あきらめろ。また、よきところで雨雲を貸してやるからな。今回は真砂の者どものイカれた思考の勝ちだなぁ!はっはっは!」
優雅に雲に乗って近寄ってきた雷神が大きな笑い声を響かせながら、とんでもないことをサラッという。なんかちょっと言い返せないのが…申し訳ない。
「せやでぇ?秋くんもとんでもないことしてもうたぁっー!て、ちゃぁんと反省もしとるんやし、俺も同じことされたら同じように怒ってまうやろけど、今回はかんにんしたってぇな?」
「…貴方方にまでそんな風に言われるのは心外です。が…わかりました。姫子様も喜んでおいでですので…いまは!大人しく引き下がりましょう。」
茨木の鋭く刺さる視線が今までより痛さがましているけど、防呪ができるようになったことの成果の方が大きいのだろう、俺がやった非道な行いも今はお咎め無しということになった。
ひとつ、気になることがあるとすれば、
「東雲さ」
「ん?なぁに秋くん?つかれとるんなら俺も抱っこしたるで?」
「お前夜兄に抱きつかなかったのは、この臭いをつけたくないからで…あと、俺も臭いの巻き添えにしようと思ったからだろ。」
「…なんのことやろなぁ?」
口笛を吹いてとぼける東雲を、俺は睨んだ。