『鬼』は茨木、雷神、結緋さん。『おに』は俺。逃げ切る『子』は夜兄。『鬼』は『おに』を追いかけて、『おに』は『子』を捕まえる。簡単に言うとこんな感じ。
「俺が一番しんどいポジじゃないのこれ。」
追いかけて、追いかけられる、逃げながら、捕まえなくてはならない。のに、『鬼』の中に本物の鬼おるのヤバすぎない?
「夜くん、俺はどないしたらええのん?」
「ちょっと申し訳ないことをするけど、東雲にはこの入れ物に入ってもらうね。」
夜兄が取り出したのは古めかしく、ちょっと嫌な気を感じる薬瓶。キュポンッと蓋を開けると、少し離れた場所でも感じるほどの異臭がする。
「くっさ…」
思わず口に出してしまった。
「夜くん…あんな…いくら夜くんのお願い言うても、さすがの俺もこれはちょっ…あーーーれーーーー」
「『薬縛暗園』」
左手に持った薬瓶の口を東雲に向けた夜兄は、右手の人差し指と中指を立て、印?っていうやつを薬瓶に向けてそっと結んで…東雲は抵抗むなしく、臭い薬瓶に吸い込まれていってしまった。
「今回のおに鬼ごっこは特別ルールでもあるのじゃ。秋緋よ、制限時間内に夜を捕まえないと、その薬瓶の封印の呪いによって邪気がキツネもおぬしも、体と精神を脅かすようになっておる。」
えぇ?
「本当に封殺してしまう場合は無味無臭のものを使うんだけどね。初めてなのもあるし、都合もよさそうだったから追跡用の少し弱めの呪いの方にしてみたよ。」
ちょっと優しくしました、みたいな言い方ですけどやってることはまったく優しくないですよ先生方。
「夜がちょうどいいものを持っておってよかったのう!」
「ふふ。絢のところに行くってなると、なにが起こるかわからなかったからね。防衛と追跡もできそうな物も用意しておいたんだよ。」
さすが慎重な夜兄先生。しかしそれが俺には仇となって降りかかっていることは理解しているんだろうか。
封印されてしまった東雲の心配もそうだけど、俺の方にも影響でるってことは―。
「疑似的だけれど、似てると思わないかい?」
そうだ。今の俺が置かれている状況に似ている。呪いの元があって、それが俺に害をなそうとしている、っていうところ。
疑似的っていうだけあって、転校生が放っている呪いの力の代わり結緋さんが言うところの邪気ことこのくっさい『臭い』。確実に俺に迫っている、時間が無い環境は『東雲を封印』することで再現。それをどうにかするための、これから始める『おに鬼ごっこ』は俺自身で呪いの力を防ぐ術を身に着ける為に追い詰める…追い詰める必要とは。
「じゃあ、秋緋。よーいどん、で始めるよ?」
理解できたようで理解できていないが、そんなことはお構いなしにみんな位置について…
「ちゃんと避けんと、怪我するかもしれねぇからなぁ…きいつけろよ?」
「秋緋様、私も秋緋様の為に、全力で!お手伝いさせていただきますので、よろしくお願いしますね。」
「うんうん、秋緋もがんばるのじゃから、私もがんばって走るぞ!」
好き放題言ってるなぁ。雷神はなにするかわからないから本当に警戒しなきゃいけないし、茨木のそれは8割私情はいってるだろうし、結緋さんもどうでるかわからなすぎる。
『秋くん聞こえるぅ~?』
頭の中に東雲の声が聞こえた。弱い封印のおかげなのか、直接繋がっているおかげなのか。
『ここなぁほんまくっさいからはよだしてほしいんねんけど、夜くんの胸に抱かれてるんも幸せやねんよ。俺どないしたらええ?』
「んなこと知るかい!!」
人が身構えて緊張してる時になにを意味わからないことを言ってるんだこいつは。助ける気が失せるじゃないかまったく。まぁ、でも、一応元気そうだし東雲のことは少し置いといてよさそうかもしれないな。
『そない冷たいこと言わんといてやぁ。俺の身立てやねんけど、一応制限時間の目安くらい教えとこ思ってん。』
それを早く言いなさい。ちょっとでも分かればがむしゃらに逃げ回るだけになることは避けられそうだ。ただでさえ、さっきも激しい運動をしたんだ。先生方はこの様子だと計画性はちょっと乏しそうだし、結緋さんと夜兄はともかく、茨木と雷神は地の果て…空の果てまで追いかけてきそう。
『ざっとやけど45分から1時間っちゅう感じやけど、追跡用とか言うとったやろ?もしかしたらなにか仕掛けがあるかもしれへん。』
「そうなると…30分以内に俺が防呪を得て、東雲を薬瓶から出す。ってのがベストか。」
『なんや秋くん。だいぶこっちよりの考えできるようになってるやんか!将来は夜くんと一緒に―』
正直、東雲の言ってることにちょっとだけ心は揺らぐ。が、その答えの正解は、さっさと面倒事を終わらせて、平穏な日常に戻るためだ!
「勝手に言ってろ。…なんにしろ、さっさと終わらすぜ。」
秘密の相談もここまで。最中に会話ができるかはわからないが、時間の使い方がわかっただけでも儲けもんだ。『おに鬼ごっこ』をどう乗り切るか、ちょっと燃えてきたな。
「わたしは少し離れるね。その後、合図を出すからよく聞くんだよ。」
そう夜兄が言うと、なんとも楽しそうに駆け出していく。やっぱり教えると称して兄弟で遊べると楽しんでるだけなのかも…その遊び方が常人からしたらかけ離れてるのがなんとも真砂家らしい。
よーい、どん!
なんて苦笑いをしていたら夜兄からの合図が響く。
さぁ、空の上の夜中の大運動会のはじま―
ピッシャーーン!!
と、けたたましい音と共に走り出した俺の背後に黒い雷が落ち、横からは緑色の炎、空からはふわふわと赤い紙切れが舞い降りて足元に落ち、じんわりと雲が溶けて下界を露出させた。
「なんじゃこりゃあああ!!」
ここは神域なんだろう?なんでこんな一瞬で地獄みたいな世界になっとるんじゃ!!
「言い忘れておったが『鬼』の妨害は呪いの力を込めたものになっておるぞー!己の力を引き出し、万が一当たっても大丈夫なよう守りに集中するのじゃぞー!」
先に言ってください先生!夜兄追いかけるどうこうじゃなくなる!いや、たしかに目的は俺の防呪で合ってはいるんだけどいきなり本気すぎない?
「追いかけっこなぞ、ガキの遊びと思ってたが…こいつぁおもしろい!」
「そうでしょうそうでしょう!秋緋様はそこそこ丈夫ですので結構な本気を出しても問題は無いですよ!あーはっははは!」
口調こそいつもの茨木だが、笑い方は鬼そのものだ。雷神も茨木の言うこと真に受けて連撃の雷で俺を追いかけてくる。
「あれ、こっちになかなか来ないね。まだ座って待っていても大丈夫そうかな。」
夜兄が座るのを横目で発見。…天国と地獄みたいな温度差で風邪ひきそう。
俺は必死で、右に左に全速力。足元も確認しながら、とりあえず逃げる、逃げるしかない。これでは埒が明かないのはわかっちゃいるが―。
ピシャン…!ピシャン!
「はぁはぁ…のわっ!いきなりハードモードすぎだろっ…!」
ゴォォォッ…!
開始からおよそ5分―。
雷神と茨木の妨害は直接的で真っ直ぐな為案外わかりやすく、もちろん本気で当てに来ているわけではない(たぶん)ので、ギリギリ避けることは一応できてはいるのだが…厄介なのが結緋さんだ。
おそらく茨木の妨害は俺の進行方向を、先回りしている結緋さんの近くに向かわせるように誘導している。気付いたら俺の周辺に赤い紙切れが舞い落ちているからだ。
「これ、秋緋よ。逃げてばかりではだめじゃぞ!当たりに行くんじゃ!ごーごー!」
努力はしてます、でもさすがに1対3はきびしいって!泣