第1話:〈エクリプトマギカ〉

ー/ー



 うだるような暑さ、セミの声が騒がしい日本の夏。

 カーテンを揺らした風に誘われるように少し見上げれば、短い飛行機雲が空を割るように伸びていた。

「――っ!!!」

 そんな暑さの中、熱中しすぎてろくに水分を摂っていなかったがために、声をあげようとしてもかすれて出ない。
 そんなことになった原因は僕が見ていた画面にある。そこには大きく、金色の文字で「探索度100%」と映し出されていた。

「あぁ……やっとだ……」

 水分を一口飲み、少し潤った口で言葉を紡ぐ。それは目の前の出来事が現実であると声を出すことで己に認識させるため。
 なぜなら、このゲーム――「エクリプトマギカ」において探索度を100%にするのには、途方も無い時間やゲームシステムへの理解が必要だからだ。

 広大なマップの全てにあるメイン・サブストーリー、挑戦、宝箱などを全てクリアしてこその100%なのだ。これを達成したのは全プレイヤーの中で俺以外にはいないだろう。まるで頂点に君臨した気分だった。

 しかし現実は変わり始める。

 ブチッ、という音と共に突然画面が真っ暗になった。

「あれっ……故障か?」

 炎天下の中、屋内とはいえずっと窓を開けていたのだから壊れるのも仕方ないかもしれない――そう自分を無理やり納得させる。

「最後に見せてくれたのが『探索度100%』で本当に良かったよ……お疲れ様」

 パンパン、と軽くモニターを2回叩き浅く溜め息をつく。それは壊れたモニターだけでなく、自分に対しての労いでもあった。

 しかしすぐに画面が白く煌々と輝き始めた。
 故障ではなかったか、そう思ったのも束の間。
 真っ白な画面には黒い文字と選択肢が表示されていた。

「新規ストーリー:〈転生(エクリプトマギカ)〉を始めますか……?」

 このゲームの全てを遊び尽くした自信がある――探索度がその証左だ――俺だが、こんな名前のストーリーは知らない。そもそも俺が知らないストーリーなどもはや存在しなかったはずだ。

 ――よろしい、ならば受けて立とう!
 
 そんな気持ちで「はい」を押す。
 次の瞬間、視界がグラグラと揺れ始めた。

「あっ……やばい。水分をもっと摂るべきだったか……?」

 言葉に出して気づく。これは水分不足などではない。きっとあの選択肢のせいだろう。

 そしてついに――視界が真っ暗になった。


 ◇


「――様! エディ様!」

 ここは……どこだ? セミの声も聞こえない。暑くもない。
 なぜだ、何が起こったんだ? あ、もしかして病院だったり――

「エディ様! 目を覚ましてくださいよぉ……!」

 ん? エディ? 

 流石に聞き覚えのある名前に思わず反応してしまう。

「今動いてっ……!?」

 しかしさっきから耳元で騒ぐ少女は誰だ……?
 それが気になり、ゆっくりとまぶたを開ける――

「エディ様が起きた……! エディさま~!!」

 ゆっくり少女の方を見ると、目をぱあっと輝かせ勢いよく俺に抱きついてきた――俺?

「ぐふっ……ちょっと待て……もしかしてお前、セラフィナって名前だったりしないか?」
「そうですよ、エディ様の専属メイドのセラフィナです! ……も、もしかして忘れちゃったんですか?」
「い、いや忘れてなんかないさ。覚えてるよ」
「そうですよねっ! 良かった~!」

 忘れられたかと思うと涙目に、覚えていると言われたら満面の笑み。その白い髪や顔立ちは美しくまるで天使のよう。
 そんな彼女が一喜一憂してコロコロと表情を変えているのが本当に可愛いくて仕方ない……じゃなくって。

 間違いない。俺は知っている。「エディとその専属メイドのセラフィナ」を。

「その……ところでセラ。俺はなんで圧迫死させられそうになってるの……っ」
「うわああ! ごめんなさい!」

 セラ――俺のエディと同じく愛称だ――は、はっとした顔になりベッドの上から離れ先程の位置へと戻った。

 全く、危なかったぁ……服を押し上げて大きく主張している双丘が肋骨の辺りを、腕が首を締めていきなり死にかけるなんてことになろうとは。全然息が吸えなかったぞ……。恐ろしや。

「まぁ、気を取り直してだな。セラ、俺がこんな風に寝かされるまでの経緯を教えてくれないか?」
「はい、もちろんです」

 彼女がそう答えると、今までずっと浮かべていた笑顔がスッと消え真面目な雰囲気を醸し出した。いわゆる仕事モードというやつだろう。

「まず、エディ様は昨晩密かに家を抜け出し、理由は不明ですが貧民街の方へ足を運びました。どの従者にも声をかけず、それに私にも声をかけず! こっそりと」

 セラが一瞬だけ声を荒げた刹那、俺には鬼のような形相が見えた。違う意味で息が止まったよ……!

「その後、エディ様に何らかの危険が及んだのか、貧民街の道端で気を失って倒れていました。近くには血まみれの子どもの遺体があったことから、この騒動に対して当家では箝口令(かんこうれい)が敷かれています」

 人の死についての話題だからか、セラを少し目を伏せ悲しげな表情を浮かべた。

「……エディ様がその子どもを殺したなど、私は全く考えておりません。しかしそう(いぶか)しむ者がいるだろうこともまた事実。エディ様には、一週間の外出禁止令がご主人様より下されております」

 俺の目を力強い眼差しで見ているセラ。そこには信頼している、という意志が宿っているように感じた。暗にそう言われたような気がした。

「ありがとうセラ。状況はわかったよ。ただ、一旦色々整理したいから下がってもらってもいいかな」
「えぇ、もちろんです。失礼します」

 セラは綺麗に一礼すると部屋を出た。

 数秒も経てば、途端に辺りを静寂が包み込む。

「はぁ……」

 溜め息をつきたくなるのも仕方ないだろう。目が覚めてからの情報量があまりにも多すぎる。
 しかし、そのおかげで俺はとあることについて確信することが出来た。

 この世界は――エクリプトマギカ(ゲーム)の中だ。

 今の俺の名であるエディとは、のちに世界を滅ぼす魔王、エブディケート・ジスティア公爵子息のことだろう。
 そしてセラ――セラフィム・ライツィア子爵令嬢は、魔王の道を歩み始めたエブディケートを止めようとして殺されてしまう。それがエブディケートにとって初めての殺人だったはずだ。

 あくまでエクリプトマギカ――通称「エクマギ」の主人公は別にいる。
 それなのになぜ俺がそこまで知っているか。それはサブストーリーなどからエブディケートについての様々な情報を得ることができたからだ。
 俺はストーリーの考察も好きだったため、制作側を除いて俺が一番エブディケート、いやエクマギのキャラに詳しいと自負している。

 長くなったが、つまりは「今はどの時期で、(エディ)が何をすべきかを理解している」ということだ。

「さてと。セラには悪いがここから脱出させてもらおう」

 ただのわがままや反抗期などではない。ここで俺が行動しないと、恐らく続くだろうこの先の人生(ストーリー)が苦しくなる。というか詰む(しぬ)

 俺が転生する前から(エディ)は魔術の訓練に励んでいた。その結果、今の俺は中級魔術師程度の実力を有しているため、魔術を使えば従者たちに見つからないように隠密行動することくらいは可能だ。

「……隠伏(スカルク)

 もし俺を見ている人がいたならば、突然姿が見えにくくなり存在感が薄まったと感じるはずだ。
 
 準備は万端。慎重に窓を開け、目的地へ向かって動き出す。

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 うだるような暑さ、セミの声が騒がしい日本の夏。
 カーテンを揺らした風に誘われるように少し見上げれば、短い飛行機雲が空を割るように伸びていた。
「――っ!!!」
 そんな暑さの中、熱中しすぎてろくに水分を摂っていなかったがために、声をあげようとしてもかすれて出ない。
 そんなことになった原因は僕が見ていた画面にある。そこには大きく、金色の文字で「探索度100%」と映し出されていた。
「あぁ……やっとだ……」
 水分を一口飲み、少し潤った口で言葉を紡ぐ。それは目の前の出来事が現実であると声を出すことで己に認識させるため。
 なぜなら、このゲーム――「エクリプトマギカ」において探索度を100%にするのには、途方も無い時間やゲームシステムへの理解が必要だからだ。
 広大なマップの全てにあるメイン・サブストーリー、挑戦、宝箱などを全てクリアしてこその100%なのだ。これを達成したのは全プレイヤーの中で俺以外にはいないだろう。まるで頂点に君臨した気分だった。
 しかし現実は変わり始める。
 ブチッ、という音と共に突然画面が真っ暗になった。
「あれっ……故障か?」
 炎天下の中、屋内とはいえずっと窓を開けていたのだから壊れるのも仕方ないかもしれない――そう自分を無理やり納得させる。
「最後に見せてくれたのが『探索度100%』で本当に良かったよ……お疲れ様」
 パンパン、と軽くモニターを2回叩き浅く溜め息をつく。それは壊れたモニターだけでなく、自分に対しての労いでもあった。
 しかしすぐに画面が白く煌々と輝き始めた。
 故障ではなかったか、そう思ったのも束の間。
 真っ白な画面には黒い文字と選択肢が表示されていた。
「新規ストーリー:〈|転生《エクリプトマギカ》〉を始めますか……?」
 このゲームの全てを遊び尽くした自信がある――探索度がその証左だ――俺だが、こんな名前のストーリーは知らない。そもそも俺が知らないストーリーなどもはや存在しなかったはずだ。
 ――よろしい、ならば受けて立とう!
 そんな気持ちで「はい」を押す。
 次の瞬間、視界がグラグラと揺れ始めた。
「あっ……やばい。水分をもっと摂るべきだったか……?」
 言葉に出して気づく。これは水分不足などではない。きっとあの選択肢のせいだろう。
 そしてついに――視界が真っ暗になった。
 ◇
「――様! エディ様!」
 ここは……どこだ? セミの声も聞こえない。暑くもない。
 なぜだ、何が起こったんだ? あ、もしかして病院だったり――
「エディ様! 目を覚ましてくださいよぉ……!」
 ん? エディ? 
 流石に聞き覚えのある名前に思わず反応してしまう。
「今動いてっ……!?」
 しかしさっきから耳元で騒ぐ少女は誰だ……?
 それが気になり、ゆっくりとまぶたを開ける――
「エディ様が起きた……! エディさま~!!」
 ゆっくり少女の方を見ると、目をぱあっと輝かせ勢いよく俺に抱きついてきた――俺?
「ぐふっ……ちょっと待て……もしかしてお前、セラフィナって名前だったりしないか?」
「そうですよ、エディ様の専属メイドのセラフィナです! ……も、もしかして忘れちゃったんですか?」
「い、いや忘れてなんかないさ。覚えてるよ」
「そうですよねっ! 良かった~!」
 忘れられたかと思うと涙目に、覚えていると言われたら満面の笑み。その白い髪や顔立ちは美しくまるで天使のよう。
 そんな彼女が一喜一憂してコロコロと表情を変えているのが本当に可愛いくて仕方ない……じゃなくって。
 間違いない。俺は知っている。「エディとその専属メイドのセラフィナ」を。
「その……ところでセラ。俺はなんで圧迫死させられそうになってるの……っ」
「うわああ! ごめんなさい!」
 セラ――俺のエディと同じく愛称だ――は、はっとした顔になりベッドの上から離れ先程の位置へと戻った。
 全く、危なかったぁ……服を押し上げて大きく主張している双丘が肋骨の辺りを、腕が首を締めていきなり死にかけるなんてことになろうとは。全然息が吸えなかったぞ……。恐ろしや。
「まぁ、気を取り直してだな。セラ、俺がこんな風に寝かされるまでの経緯を教えてくれないか?」
「はい、もちろんです」
 彼女がそう答えると、今までずっと浮かべていた笑顔がスッと消え真面目な雰囲気を醸し出した。いわゆる仕事モードというやつだろう。
「まず、エディ様は昨晩密かに家を抜け出し、理由は不明ですが貧民街の方へ足を運びました。どの従者にも声をかけず、それに私にも声をかけず! こっそりと」
 セラが一瞬だけ声を荒げた刹那、俺には鬼のような形相が見えた。違う意味で息が止まったよ……!
「その後、エディ様に何らかの危険が及んだのか、貧民街の道端で気を失って倒れていました。近くには血まみれの子どもの遺体があったことから、この騒動に対して当家では|箝口令《かんこうれい》が敷かれています」
 人の死についての話題だからか、セラを少し目を伏せ悲しげな表情を浮かべた。
「……エディ様がその子どもを殺したなど、私は全く考えておりません。しかしそう|訝《いぶか》しむ者がいるだろうこともまた事実。エディ様には、一週間の外出禁止令がご主人様より下されております」
 俺の目を力強い眼差しで見ているセラ。そこには信頼している、という意志が宿っているように感じた。暗にそう言われたような気がした。
「ありがとうセラ。状況はわかったよ。ただ、一旦色々整理したいから下がってもらってもいいかな」
「えぇ、もちろんです。失礼します」
 セラは綺麗に一礼すると部屋を出た。
 数秒も経てば、途端に辺りを静寂が包み込む。
「はぁ……」
 溜め息をつきたくなるのも仕方ないだろう。目が覚めてからの情報量があまりにも多すぎる。
 しかし、そのおかげで俺はとあることについて確信することが出来た。
 この世界は――|エクリプトマギカ《ゲーム》の中だ。
 今の俺の名であるエディとは、のちに世界を滅ぼす魔王、エブディケート・ジスティア公爵子息のことだろう。
 そしてセラ――セラフィム・ライツィア子爵令嬢は、魔王の道を歩み始めたエブディケートを止めようとして殺されてしまう。それがエブディケートにとって初めての殺人だったはずだ。
 あくまでエクリプトマギカ――通称「エクマギ」の主人公は別にいる。
 それなのになぜ俺がそこまで知っているか。それはサブストーリーなどからエブディケートについての様々な情報を得ることができたからだ。
 俺はストーリーの考察も好きだったため、制作側を除いて俺が一番エブディケート、いやエクマギのキャラに詳しいと自負している。
 長くなったが、つまりは「今はどの時期で、|俺《エディ》が何をすべきかを理解している」ということだ。
「さてと。セラには悪いがここから脱出させてもらおう」
 ただのわがままや反抗期などではない。ここで俺が行動しないと、恐らく続くだろうこの先の|人生《ストーリー》が苦しくなる。というか|詰む《しぬ》。
 俺が転生する前から|俺《エディ》は魔術の訓練に励んでいた。その結果、今の俺は中級魔術師程度の実力を有しているため、魔術を使えば従者たちに見つからないように隠密行動することくらいは可能だ。
「……|隠伏《スカルク》」
 もし俺を見ている人がいたならば、突然姿が見えにくくなり存在感が薄まったと感じるはずだ。
 準備は万端。慎重に窓を開け、目的地へ向かって動き出す。
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