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 私も弟も夏休みをフルに使い、フロンティアを遊び尽くそうと思っている。だけどその前に、私の元気で健全な姿を両親に見せて安心させなければならない。今後の安定した仕送りのために。

「姉ちゃん、彼氏は?」
「いたら隼人とフロンティアの話なんてしてない。そういうあんたは絵美ちゃんとはどうなのよ」
「付かず離れず。ほど良い距離感。友達以上恋人未満」
「それでいいんだ」
「悪くない」
「取られて泣くなよ」

 絵美ちゃんは隼人と同級生の幼馴染。ふたりは中学で一度、高校で一度付き合い、二度別れている。喧嘩別れをしたわけではなく、互いに好きな人ができたからというのが理由だ。その後、他の子から何度か告白されたなんて話は聞いたけど現在はフリーらしい。そこそこのイケメンでコミュ力も低くないし、付き合えば誠実に対応する礼儀のある弟だ。

 ちなみに私にもほど良い距離感の人はいる。ただし、そのベクトルはこちらから一方通行なのが悲しいところ。

 帰宅したお母さんへの近況報告を終え、今後の融資の契約を取り付けた。これで心置きなく夏休みを過ごせるというものだ。となれば、フロンティアに明け暮れる日々に備えて、一緒に冒険するハヤトといろいろ話し合うべきだろう。私は部屋の扉を叩いた。

「おーい、入るよー」

 返事も聞かずに年頃の男子部屋に入るお姉ちゃんに、文句のひとつも言わない寛容な弟は、デスクに向かったまま振り向きもしない。パソコンのモニターも点いていないからゲームではないしスマホも充電中だ。

 ベッドに腰かけた私が漫画を一冊読み終えるあいだ、一心不乱に打ち込んでいる。隼人がこんなに集中することと言えば……。

「終わったぁ!」
「いつものことだけど早いね」
「姉ちゃんに教わったんじゃん。夏休みを気兼ねなく満喫する方法」

 そう、隼人が終わらせたのは夏休みの課題。これで夏休みを丸々自分の時間に費やせる。

「いつもより早いじゃない。やっぱりフロンティアをやり込むためか」
「そうだよ」
「んじゃ、課題も終わったっていうし、フロンティアのキャラの育成方針でも話し合おうじゃないの」

 夕飯までの時間、私たちはこんな話で盛り上がった。

「お仕事行ってくるわよ。明日の朝食は冷蔵庫のおかずを食べてね」
「うん、ありがと。行ってらっしゃい」

 夕飯を終え、家事を済ませたお母さんは出勤していく。

 私は足の伸ばせる実家のお風呂にゆっくり浸かったあと、部屋に戻ってベッドに横になった。久しぶりの自分のベッドは気持ちが良く、満たされた食欲と相まって、私の意識をマットレスの奥深くに引き込んでいった。

 夢の世界を堪能していた私を現実へと引き戻したのは、耳にうるさいスマホのバイブレーションだ。いつもなら寝る時間を知らせる二十三時のタイマーが、逆に私を目覚めさせた。

 スマホの画面には『フロンティアスペシャル企画』というタイトルのポップアップが出ている。私はまだゲームを始めていないので、ID登録しているアドレスに送られているのだろう。

 開いたメッセージには、『アナタは女神に選ばれました。冒険者に選ばれた人を女神の御業で助けることができます。女神になりますか?』

 メールには【YES】と【NO】のボタンが表示されている。

「何これ? キャンペーンとか新規プレイヤー特典?」

 まだまだ眠気が強かったので、寝惚けまなこで【YES】をタップしてから夢の世界に後戻りした。

 ***

 翌朝、目が覚めたのは七時三十分。身体に馴染んだマットレスは、私の意識をたっぷり八時間半、夢の世界へといざなった。それくらい夢を見た気がするのだけど、なんだったかな? 覚えていないのが夢というモノ。

 まだ眠いけれど、お母さんが帰宅する前には起きておきたい。娘は健康健全に生活していますというアピールをしておくにこしたことはないからだ。

 キッチンに下り、冷蔵庫に用意してあったハンバーグをレンジに入れて、サラダをテーブルに。食パンを焼きながらハムエッグを作ってカフェオレを用意すれば……あら不思議、それなりの朝ごはんのできあがりだ。

「緑黄色が一品あるだけで違うわね」

 母の心遣いに感謝しつつ、気持ちと胃袋を満足させた。

 モーニングコーヒーを飲みながらスマホで動画を見ていたところ、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。

「ただいまぁ」
「おかえり、お疲れさま」

 今年で四十四歳を迎えるお母さんは健康美人で私の目標。ゲーム廃人にならなければきっとなれる。外的要因と遺伝子の戦いだ。

「隼人は朝ごはん食べた?」
「まだ起きてきてないよ」
「お母さんはシャワー浴びたら仮眠取るから、あなたのところに行くならちゃんと食べさせてよ」
「は~い」

 睡眠も大事、食事も大事。睡眠をむさぼっている弟に食の大切さを説くため、私は二階に上がった。

「入るよ~」

 ノックを三回、声掛けもしたのだから、隼人がどんな状態でも情状酌量の余地はある。そう言い聞かせ、返事が返ってこない部屋に私は入った。

「あれ?」

 ベッドにはいない。デスクで寝落ちもしてない。部屋の隅に転がってもいない。一階に下りたとしてもお母さんがトイレを使ったし、今はシャワーを浴びている。

「コンビニにでも行ったのかな?」

 私は自分の部屋に戻り、ひとり人暮らしの部屋に帰る準備を始めた。

 十五分ほどして隼人の部屋に行ってみたけど、まだ戻ってはいない。まさか友達の家に遊びに行ったなんてことはあるまいかと、電話をしようと思ったら、スマホはキーボードの横に置かれている。

「おいおい、スマホ命の現代人がこれを忘れていくのかい」

 手に取ったスマホはとうぜんロックがかかっているけど、私はパスコードを知っている。隼人の誕生日を入力するとスマホのロックは解除された。

「セキュリティー管理がなってないねぇ。って、ん?」

 映し出されているメールのメッセージには見覚えがある。『フロンティアスペシャル企画』のメールだ。

 『アナタは女神の祝福を受けた特別な冒険者に選ばれました。フロンティアの人々を救うために戦いますか?』

 私もスマホを開いて昨夜届いたメールを確認してみると、一部の文面以外はだいたい同じだった。

「祝福? 特別な? ハヤトは冒険者なのに私は女神ってか」

 どういうこと?

 帰る前にフロンティアの話でもと待ってみたけれど、昼を過ぎても隼人は帰ってこない。

「どこぞのラノベの主人公みたいにトラックに引かれたなんてことないよねぇ?」

 さすがに少し心配になってきたけれど、私も早くフロンティアをプレイしたい。なんとも言えないモヤっとしたモノを感じながら、私は実家をあとにした。

 ***

 一時間半の電車の旅を経て戻ってきた我がアジト。ここで最初にやることと言えば……そう、エアコンのスイッチを入れること。その次がゲーム機の起動とフロンティアのログインだ。

 フロンティアをプレイするにあたって、ゲーム機本体とVRマスクとゲームソフトを購入した。おかげで残高が寂しいことになっている。セット価格十二万と八千円はプチ苦学生には大きな出費だった。

 実家のゲーム機は私の高校入学のお祝いに買ってもらったものだけど、隼人のために置いていったというのが半分の理由。もう半分は勉学に励むため。せめて大学生の一人暮らしという軌道に乗るまではと、みずからを戒めた私は偉い。誰か褒めて!

 そんな努力の子が弟のためにゲーム機を実家に置いていってやったのに、その弟は私とゲームを放置してどこかへ出かけてしまった。

 タイトル画面でIDとパスワードを入力していざログイン! と思ったのだけど、モニターにはおかしなメッセージが表示された。

 『アナタは冒険者を助ける女神です。通常ログインはできません。女神としてフロンティアの世界に干渉しますか?』【YES】【NO】

「なんですと?」

 『通常ログインできない』、『女神として』という妙なワードが私を混乱させた。そういえば、昨夜のメールで『アナタは女神に選ばれました』などと書かれていて、私はそれにYESと答えた。それが関係している?

 どういうことかわからないけど、女神に選ばれたから初期ステータスが高いとか、特別なアイテムがプレゼントされるとか、ユニークシナリオに参加できるとか、そんな特典があるのかもしれない。私は再び【YES】のボタンを押した。



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 私も弟も夏休みをフルに使い、フロンティアを遊び尽くそうと思っている。だけどその前に、私の元気で健全な姿を両親に見せて安心させなければならない。今後の安定した仕送りのために。
「姉ちゃん、彼氏は?」
「いたら隼人とフロンティアの話なんてしてない。そういうあんたは絵美ちゃんとはどうなのよ」
「付かず離れず。ほど良い距離感。友達以上恋人未満」
「それでいいんだ」
「悪くない」
「取られて泣くなよ」
 絵美ちゃんは隼人と同級生の幼馴染。ふたりは中学で一度、高校で一度付き合い、二度別れている。喧嘩別れをしたわけではなく、互いに好きな人ができたからというのが理由だ。その後、他の子から何度か告白されたなんて話は聞いたけど現在はフリーらしい。そこそこのイケメンでコミュ力も低くないし、付き合えば誠実に対応する礼儀のある弟だ。
 ちなみに私にもほど良い距離感の人はいる。ただし、そのベクトルはこちらから一方通行なのが悲しいところ。
 帰宅したお母さんへの近況報告を終え、今後の融資の契約を取り付けた。これで心置きなく夏休みを過ごせるというものだ。となれば、フロンティアに明け暮れる日々に備えて、一緒に冒険するハヤトといろいろ話し合うべきだろう。私は部屋の扉を叩いた。
「おーい、入るよー」
 返事も聞かずに年頃の男子部屋に入るお姉ちゃんに、文句のひとつも言わない寛容な弟は、デスクに向かったまま振り向きもしない。パソコンのモニターも点いていないからゲームではないしスマホも充電中だ。
 ベッドに腰かけた私が漫画を一冊読み終えるあいだ、一心不乱に打ち込んでいる。隼人がこんなに集中することと言えば……。
「終わったぁ!」
「いつものことだけど早いね」
「姉ちゃんに教わったんじゃん。夏休みを気兼ねなく満喫する方法」
 そう、隼人が終わらせたのは夏休みの課題。これで夏休みを丸々自分の時間に費やせる。
「いつもより早いじゃない。やっぱりフロンティアをやり込むためか」
「そうだよ」
「んじゃ、課題も終わったっていうし、フロンティアのキャラの育成方針でも話し合おうじゃないの」
 夕飯までの時間、私たちはこんな話で盛り上がった。
「お仕事行ってくるわよ。明日の朝食は冷蔵庫のおかずを食べてね」
「うん、ありがと。行ってらっしゃい」
 夕飯を終え、家事を済ませたお母さんは出勤していく。
 私は足の伸ばせる実家のお風呂にゆっくり浸かったあと、部屋に戻ってベッドに横になった。久しぶりの自分のベッドは気持ちが良く、満たされた食欲と相まって、私の意識をマットレスの奥深くに引き込んでいった。
 夢の世界を堪能していた私を現実へと引き戻したのは、耳にうるさいスマホのバイブレーションだ。いつもなら寝る時間を知らせる二十三時のタイマーが、逆に私を目覚めさせた。
 スマホの画面には『フロンティアスペシャル企画』というタイトルのポップアップが出ている。私はまだゲームを始めていないので、ID登録しているアドレスに送られているのだろう。
 開いたメッセージには、『アナタは女神に選ばれました。冒険者に選ばれた人を女神の御業で助けることができます。女神になりますか?』
 メールには【YES】と【NO】のボタンが表示されている。
「何これ? キャンペーンとか新規プレイヤー特典?」
 まだまだ眠気が強かったので、寝惚けまなこで【YES】をタップしてから夢の世界に後戻りした。
 ***
 翌朝、目が覚めたのは七時三十分。身体に馴染んだマットレスは、私の意識をたっぷり八時間半、夢の世界へといざなった。それくらい夢を見た気がするのだけど、なんだったかな? 覚えていないのが夢というモノ。
 まだ眠いけれど、お母さんが帰宅する前には起きておきたい。娘は健康健全に生活していますというアピールをしておくにこしたことはないからだ。
 キッチンに下り、冷蔵庫に用意してあったハンバーグをレンジに入れて、サラダをテーブルに。食パンを焼きながらハムエッグを作ってカフェオレを用意すれば……あら不思議、それなりの朝ごはんのできあがりだ。
「緑黄色が一品あるだけで違うわね」
 母の心遣いに感謝しつつ、気持ちと胃袋を満足させた。
 モーニングコーヒーを飲みながらスマホで動画を見ていたところ、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。
「ただいまぁ」
「おかえり、お疲れさま」
 今年で四十四歳を迎えるお母さんは健康美人で私の目標。ゲーム廃人にならなければきっとなれる。外的要因と遺伝子の戦いだ。
「隼人は朝ごはん食べた?」
「まだ起きてきてないよ」
「お母さんはシャワー浴びたら仮眠取るから、あなたのところに行くならちゃんと食べさせてよ」
「は~い」
 睡眠も大事、食事も大事。睡眠をむさぼっている弟に食の大切さを説くため、私は二階に上がった。
「入るよ~」
 ノックを三回、声掛けもしたのだから、隼人がどんな状態でも情状酌量の余地はある。そう言い聞かせ、返事が返ってこない部屋に私は入った。
「あれ?」
 ベッドにはいない。デスクで寝落ちもしてない。部屋の隅に転がってもいない。一階に下りたとしてもお母さんがトイレを使ったし、今はシャワーを浴びている。
「コンビニにでも行ったのかな?」
 私は自分の部屋に戻り、ひとり人暮らしの部屋に帰る準備を始めた。
 十五分ほどして隼人の部屋に行ってみたけど、まだ戻ってはいない。まさか友達の家に遊びに行ったなんてことはあるまいかと、電話をしようと思ったら、スマホはキーボードの横に置かれている。
「おいおい、スマホ命の現代人がこれを忘れていくのかい」
 手に取ったスマホはとうぜんロックがかかっているけど、私はパスコードを知っている。隼人の誕生日を入力するとスマホのロックは解除された。
「セキュリティー管理がなってないねぇ。って、ん?」
 映し出されているメールのメッセージには見覚えがある。『フロンティアスペシャル企画』のメールだ。
 『アナタは女神の祝福を受けた特別な冒険者に選ばれました。フロンティアの人々を救うために戦いますか?』
 私もスマホを開いて昨夜届いたメールを確認してみると、一部の文面以外はだいたい同じだった。
「祝福? 特別な? ハヤトは冒険者なのに私は女神ってか」
 どういうこと?
 帰る前にフロンティアの話でもと待ってみたけれど、昼を過ぎても隼人は帰ってこない。
「どこぞのラノベの主人公みたいにトラックに引かれたなんてことないよねぇ?」
 さすがに少し心配になってきたけれど、私も早くフロンティアをプレイしたい。なんとも言えないモヤっとしたモノを感じながら、私は実家をあとにした。
 ***
 一時間半の電車の旅を経て戻ってきた我がアジト。ここで最初にやることと言えば……そう、エアコンのスイッチを入れること。その次がゲーム機の起動とフロンティアのログインだ。
 フロンティアをプレイするにあたって、ゲーム機本体とVRマスクとゲームソフトを購入した。おかげで残高が寂しいことになっている。セット価格十二万と八千円はプチ苦学生には大きな出費だった。
 実家のゲーム機は私の高校入学のお祝いに買ってもらったものだけど、隼人のために置いていったというのが半分の理由。もう半分は勉学に励むため。せめて大学生の一人暮らしという軌道に乗るまではと、みずからを戒めた私は偉い。誰か褒めて!
 そんな努力の子が弟のためにゲーム機を実家に置いていってやったのに、その弟は私とゲームを放置してどこかへ出かけてしまった。
 タイトル画面でIDとパスワードを入力していざログイン! と思ったのだけど、モニターにはおかしなメッセージが表示された。
 『アナタは冒険者を助ける女神です。通常ログインはできません。女神としてフロンティアの世界に干渉しますか?』【YES】【NO】
「なんですと?」
 『通常ログインできない』、『女神として』という妙なワードが私を混乱させた。そういえば、昨夜のメールで『アナタは女神に選ばれました』などと書かれていて、私はそれにYESと答えた。それが関係している?
 どういうことかわからないけど、女神に選ばれたから初期ステータスが高いとか、特別なアイテムがプレゼントされるとか、ユニークシナリオに参加できるとか、そんな特典があるのかもしれない。私は再び【YES】のボタンを押した。