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第37話 決戦前夜 破

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静香(しずか)さま、よろしいのですか? 見届け人であるあなたさまが、明日立ち会う二人のうちひとりと、事前にあいまみえるなどなさって」

壱騎(いっき)くんの不利になることなど、まかり間違ってもいたしません。そのうえで、あなたとお話する機会を設けたかったのですよ、(もり)さん」

 朽木(くちき)市内の芸術劇場、通称・スーパーエッグ。

 卵型の外観からこのように名づけられた大型施設の大ホールで、二人の中年男性が会話をしている。

 三千院静香(さんぜんいん いずか)森花炉之介(もり かろのすけ)が、ちょうど中ほどの位置で、数席あけて座っていた。

 舞台上では公演を控えたオーケストラがゲネプロに励んでいる。

 曲目はやはりというか、グスタフ・マーラーの「大地の歌」。

 終楽章にさしかかり、アルト歌手がか細い声で歌っている。

「わたしはあなたさまの盟友である姫神龍聖(ひめがみ りゅうせい)氏を殺害した。立ち合いでのこととはいえ、アルトラの力まで使ってね。ご覧のとおり、いまではすっかり天下の大罪人です」

 森花炉之介はうつむきながら、消えそうなロウソクの炎のように言った。

 三千院静香は少し間を置いてから、そのゆらぎによりそって返答する。

「森さん、あなたのお気持ち、いまのわたしには、どこかわかる部分があるのです」

 意外な答えに、森花炉之介は少し顔を動かした。

「お気づきなのでしょう? そう、わたしはもう、それほど長くはないのです」

「静香さま……」

 三千院静香は胸もとにそっと手を当てた。

「欲がね、わたしの心を蝕むのです。死にたくないという欲求が。はは、剣神などと呼ばれ、うぬぼれていたバチが当たったのかもしれません」

「そのような、静香さま」

「ですから森さん、あなたがまなこに光が欲しいと事におよんだお気持ち、皮肉にもといっては失礼ですが、いまのわたしには、わかる気がするのですよ」

「……」

 重い空気に、森花炉之介は押し黙ってしまった。

 三千院静香が配慮して先に語りかける。

「あの男を倒すまでは、死んでも死にきれない……」

「静香さま……」

「いや、言うまい。申し訳ない、私事がすぎました」

「いえ、そのようなことは」

 再び沈黙が支配する。

 いや、前方で音楽は流れているわけだが。

「しかるに森さん、明日の御前試合、ゆめゆめくもりを払って臨まれますよう。わたしが申し上げたいのは、それだけになります」

「は。この森花炉之介、立ち合いに際しては一個の剣士として出向く所存でございます。もしこの誓いをたがうことなどありましたら、たとえ試合の最中にあっても、容赦なくわたしをご処断ください」

「うむ。その心意気、この三千院静香、確かに承りました」

「では明日、人首山(しとかべやま)にて」

「くれぐれもご武運を」

 こうして森花之介はホールから退席した。

 残された三千院静香は、もう少しでこの曲も終わるからと、物思いにふけりながら耳をかたむけている。

 音楽は次第に小さくなっていく。

「生は暗く、死もまた暗い、か」

 自分はどこへと向かっているのだろうか?

 そんなことを思索しながら、剣神とたたえられた男は、思考の深淵をのぞいていた。


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「|静香《しずか》さま、よろしいのですか? 見届け人であるあなたさまが、明日立ち会う二人のうちひとりと、事前にあいまみえるなどなさって」
「|壱騎《いっき》くんの不利になることなど、まかり間違ってもいたしません。そのうえで、あなたとお話する機会を設けたかったのですよ、|森《もり》さん」
 |朽木《くちき》市内の芸術劇場、通称・スーパーエッグ。
 卵型の外観からこのように名づけられた大型施設の大ホールで、二人の中年男性が会話をしている。
 |三千院静香《さんぜんいん いずか》と|森花炉之介《もり かろのすけ》が、ちょうど中ほどの位置で、数席あけて座っていた。
 舞台上では公演を控えたオーケストラがゲネプロに励んでいる。
 曲目はやはりというか、グスタフ・マーラーの「大地の歌」。
 終楽章にさしかかり、アルト歌手がか細い声で歌っている。
「わたしはあなたさまの盟友である|姫神龍聖《ひめがみ りゅうせい》氏を殺害した。立ち合いでのこととはいえ、アルトラの力まで使ってね。ご覧のとおり、いまではすっかり天下の大罪人です」
 森花炉之介はうつむきながら、消えそうなロウソクの炎のように言った。
 三千院静香は少し間を置いてから、そのゆらぎによりそって返答する。
「森さん、あなたのお気持ち、いまのわたしには、どこかわかる部分があるのです」
 意外な答えに、森花炉之介は少し顔を動かした。
「お気づきなのでしょう? そう、わたしはもう、それほど長くはないのです」
「静香さま……」
 三千院静香は胸もとにそっと手を当てた。
「欲がね、わたしの心を蝕むのです。死にたくないという欲求が。はは、剣神などと呼ばれ、うぬぼれていたバチが当たったのかもしれません」
「そのような、静香さま」
「ですから森さん、あなたがまなこに光が欲しいと事におよんだお気持ち、皮肉にもといっては失礼ですが、いまのわたしには、わかる気がするのですよ」
「……」
 重い空気に、森花炉之介は押し黙ってしまった。
 三千院静香が配慮して先に語りかける。
「あの男を倒すまでは、死んでも死にきれない……」
「静香さま……」
「いや、言うまい。申し訳ない、私事がすぎました」
「いえ、そのようなことは」
 再び沈黙が支配する。
 いや、前方で音楽は流れているわけだが。
「しかるに森さん、明日の御前試合、ゆめゆめくもりを払って臨まれますよう。わたしが申し上げたいのは、それだけになります」
「は。この森花炉之介、立ち合いに際しては一個の剣士として出向く所存でございます。もしこの誓いをたがうことなどありましたら、たとえ試合の最中にあっても、容赦なくわたしをご処断ください」
「うむ。その心意気、この三千院静香、確かに承りました」
「では明日、|人首山《しとかべやま》にて」
「くれぐれもご武運を」
 こうして森花之介はホールから退席した。
 残された三千院静香は、もう少しでこの曲も終わるからと、物思いにふけりながら耳をかたむけている。
 音楽は次第に小さくなっていく。
「生は暗く、死もまた暗い、か」
 自分はどこへと向かっているのだろうか?
 そんなことを思索しながら、剣神とたたえられた男は、思考の深淵をのぞいていた。