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第33話 告別

ー/ー



(地獄の渡守カロンもずいぶんと丸くなったもんだな)

「言ってくれるな雪人(ゆきんど)、人とはそんなものだ」

 朽木市(くちきし)某所。

 みすぼらしい廃屋の一室で、森花炉之介(もり かろのすけ)がモニター越しに会話をしている。

 ノートPCは点字式、相手はかつての盟友・君島雪人(きみじま ゆきんど)だ。

 手練れの体術家ながら、現在は国際指名手配を受けているテロリストである。

 ウツロの父・似嵐鏡月(にがらし きょうげつ)と合わせ、三人で「雪月花(せつげつか)」というトリオを組んで傭兵活動をしていた仲だ。

 森花炉之介は仕込み杖に身を預け、うなだれるようにしている。

(鏡月が死んだのが、そんなにショックか?)

「おまえは違うのか?」

(おいおい、見そこなわないでくれよ。仮にも死線をくぐりぬけてきた仲だろ? 俺だっていまだに信じられんさ。しかし、手にかけたのがあのときの赤ん坊とはな。人間の人生なんて、わからねえもんだぜ)

 雪月花として活動しているとき、ウツロと兄・アクタはまだ生まれたばかりだった。

 地獄のような状況にあって、二人の存在は彼らにとり、小さな癒やしとなっていたのである。

 しかしまさか、その子に鏡月が取り除かれるとは……

「間接的にとはいえ、な。しかし彼と、ウツロくんと相対してわかったことがある。目視こそかなわない身だが、あの子がまとう気は鏡月のそれとは違っていた。魔道へと落ちた父親に向き合い、乗り越えてみせたのだ。邪心をもってでは断じてなくてね。そんなオーラが、いやおうなく伝わってきたのだよ」

(へっ、そうかい。けっこうなことじゃあねえか。それなら鏡月も報われるってもんだ。だろ?)

「まるで人ごとだな。それに、おまえが言うと皮肉にしか聞こえない」

(悪かったな)

 君島雪人はモニターの奥で、タバコをぷかぷかとふかしている。

(で、今度はその姫神壱騎(ひめがみ いっき)に、わざわざ討たれにいくと)

「わからない……そのときその場で、わたし自身がどうふるまうのか……ただ何か、猛烈に嫌な予感がするのだ」

龍影会(りゅうえいかい)か? それとも、ディオティマのほうか?)

「その両方、いや、あるいはほかの何かかもしれない。果たして生還できるのか、そのイメージがまったくもってぼやけているのだよ」

(死期を悟りましたってか? らしくもねえな。あれだけの修羅場をくぐりぬけたおまえがよ?)

「そんなものだよ、くどいがな」

(そうかいそうかい)

 君島雪人はぼさぼさ頭をぼりぼりとかいた。

「そういえば来日の話はどうなった? まあそのとき、わたしは躯になっているかもしれないわけだが」

(おいおい、頼むぜえ。鏡月のところへ行くんじゃあねえぞ? いまのところは予定どおりだ。しかしおまえの話を聴いてたら、俺もウツロに合ってみたくなってきたぜ。あの地獄の中にあって、やつとアクタの存在は俺らの慰みになってたしな)

「おまえのことだ雪人、どうせ彼を自分の都合のよいように利用するつもりなんだろう?」

(さあな、それはウツロ次第と言ったところか)

「ふん、おまえらしい。だが、鏡月の墓前に唾を吐くようなことだけはやめておけよ?」

(真面目だねえ、カロン。負けるぜ? そんなんじゃな)

「わからんさ、そのときになってみなければね」

(言ってろよ)

 しばらく会話にふけったのち、ビデオチャットアプリの接続が切られた。

 森花炉之介は手探りをして、業務用テーブルの上に用意しておいた湯飲みをつかむ。

 白湯を少しばかりすすり、小さくため息を漏らした。

「生は暗く、死もまた暗い、か……」

 漢詩をつぶやきながら、もう一度白湯をすする。

「エクセルシア、いつものをかけてください」

(かしこまりました)

 音楽アプリが起動し、ホルンの咆哮がこだまする。

 グスタフ・マーラー作曲「大地の歌」だ。

 ヨーロッパにおいて東洋文化への憧憬が募っていた時代、李白や孟浩然など唐代の詩をドイツ語に翻訳したものから編まれた作品だ。

「今日はカラヤンですか」

(クレンペラーは飽きたでしょう?)

「はは、優秀だ、人間よりね」

(ありがとうございます)

 人工知能と会話をする。

 先天性の全盲として生を受け、物心がつくころにはすでに、人間を殺傷するための訓練を受けさせられていた。

 自分は何のために生まれてきたのか?

 そんなふうに懐疑しつづけてきた。

 閉ざされているのはまなこだけではない、心のほうもなのだ。

 天はわたしに光を与えはしないのか?

 光を当てることをも拒むほどの存在なのか?

 ウツロや姫神壱騎に接したとき、確かに感じた。

 ほのかな温かさ、あれはいったい?

 そう、もしかしたらあれこそが、光というものではないのか?

 あの少年たちは宿している、光を。

 なぜわたしにはよこさない?

 憎い……

 天が、ウツロが、姫神壱騎が……

 いや、光そのものが。

 この音楽くらいのものだ、わたしのことを慰めてくれるのは。

 楽曲はいつしか、最終楽章「告別」に達していた。

 永遠に、永遠に……

 かすれるような声で、アルトがそう歌いあげる。

「生は暗く、死もまた暗い……」

 最後の持続音が聞こえなくなり、端末がシャットダウンする。

「光が、欲しい……」

 錆びた鉄パイプの断面から、いくばくかの水滴がこぼれ落ちた。


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「言ってくれるな|雪人《ゆきんど》、人とはそんなものだ」
 |朽木市《くちきし》某所。
 みすぼらしい廃屋の一室で、|森花炉之介《もり かろのすけ》がモニター越しに会話をしている。
 ノートPCは点字式、相手はかつての盟友・|君島雪人《きみじま ゆきんど》だ。
 手練れの体術家ながら、現在は国際指名手配を受けているテロリストである。
 ウツロの父・|似嵐鏡月《にがらし きょうげつ》と合わせ、三人で「|雪月花《せつげつか》」というトリオを組んで傭兵活動をしていた仲だ。
 森花炉之介は仕込み杖に身を預け、うなだれるようにしている。
(鏡月が死んだのが、そんなにショックか?)
「おまえは違うのか?」
(おいおい、見そこなわないでくれよ。仮にも死線をくぐりぬけてきた仲だろ? 俺だっていまだに信じられんさ。しかし、手にかけたのがあのときの赤ん坊とはな。人間の人生なんて、わからねえもんだぜ)
 雪月花として活動しているとき、ウツロと兄・アクタはまだ生まれたばかりだった。
 地獄のような状況にあって、二人の存在は彼らにとり、小さな癒やしとなっていたのである。
 しかしまさか、その子に鏡月が取り除かれるとは……
「間接的にとはいえ、な。しかし彼と、ウツロくんと相対してわかったことがある。目視こそかなわない身だが、あの子がまとう気は鏡月のそれとは違っていた。魔道へと落ちた父親に向き合い、乗り越えてみせたのだ。邪心をもってでは断じてなくてね。そんなオーラが、いやおうなく伝わってきたのだよ」
(へっ、そうかい。けっこうなことじゃあねえか。それなら鏡月も報われるってもんだ。だろ?)
「まるで人ごとだな。それに、おまえが言うと皮肉にしか聞こえない」
(悪かったな)
 君島雪人はモニターの奥で、タバコをぷかぷかとふかしている。
(で、今度はその|姫神壱騎《ひめがみ いっき》に、わざわざ討たれにいくと)
「わからない……そのときその場で、わたし自身がどうふるまうのか……ただ何か、猛烈に嫌な予感がするのだ」
(|龍影会《りゅうえいかい》か? それとも、ディオティマのほうか?)
「その両方、いや、あるいはほかの何かかもしれない。果たして生還できるのか、そのイメージがまったくもってぼやけているのだよ」
(死期を悟りましたってか? らしくもねえな。あれだけの修羅場をくぐりぬけたおまえがよ?)
「そんなものだよ、くどいがな」
(そうかいそうかい)
 君島雪人はぼさぼさ頭をぼりぼりとかいた。
「そういえば来日の話はどうなった? まあそのとき、わたしは躯になっているかもしれないわけだが」
(おいおい、頼むぜえ。鏡月のところへ行くんじゃあねえぞ? いまのところは予定どおりだ。しかしおまえの話を聴いてたら、俺もウツロに合ってみたくなってきたぜ。あの地獄の中にあって、やつとアクタの存在は俺らの慰みになってたしな)
「おまえのことだ雪人、どうせ彼を自分の都合のよいように利用するつもりなんだろう?」
(さあな、それはウツロ次第と言ったところか)
「ふん、おまえらしい。だが、鏡月の墓前に唾を吐くようなことだけはやめておけよ?」
(真面目だねえ、カロン。負けるぜ? そんなんじゃな)
「わからんさ、そのときになってみなければね」
(言ってろよ)
 しばらく会話にふけったのち、ビデオチャットアプリの接続が切られた。
 森花炉之介は手探りをして、業務用テーブルの上に用意しておいた湯飲みをつかむ。
 白湯を少しばかりすすり、小さくため息を漏らした。
「生は暗く、死もまた暗い、か……」
 漢詩をつぶやきながら、もう一度白湯をすする。
「エクセルシア、いつものをかけてください」
(かしこまりました)
 音楽アプリが起動し、ホルンの咆哮がこだまする。
 グスタフ・マーラー作曲「大地の歌」だ。
 ヨーロッパにおいて東洋文化への憧憬が募っていた時代、李白や孟浩然など唐代の詩をドイツ語に翻訳したものから編まれた作品だ。
「今日はカラヤンですか」
(クレンペラーは飽きたでしょう?)
「はは、優秀だ、人間よりね」
(ありがとうございます)
 人工知能と会話をする。
 先天性の全盲として生を受け、物心がつくころにはすでに、人間を殺傷するための訓練を受けさせられていた。
 自分は何のために生まれてきたのか?
 そんなふうに懐疑しつづけてきた。
 閉ざされているのはまなこだけではない、心のほうもなのだ。
 天はわたしに光を与えはしないのか?
 光を当てることをも拒むほどの存在なのか?
 ウツロや姫神壱騎に接したとき、確かに感じた。
 ほのかな温かさ、あれはいったい?
 そう、もしかしたらあれこそが、光というものではないのか?
 あの少年たちは宿している、光を。
 なぜわたしにはよこさない?
 憎い……
 天が、ウツロが、姫神壱騎が……
 いや、光そのものが。
 この音楽くらいのものだ、わたしのことを慰めてくれるのは。
 楽曲はいつしか、最終楽章「告別」に達していた。
 永遠に、永遠に……
 かすれるような声で、アルトがそう歌いあげる。
「生は暗く、死もまた暗い……」
 最後の持続音が聞こえなくなり、端末がシャットダウンする。
「光が、欲しい……」
 錆びた鉄パイプの断面から、いくばくかの水滴がこぼれ落ちた。