13
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電車に乗っていると、次第に息苦しさを感じてくる。またこの症状が出てきたのか。愛茉と付き合い始めてからは、一度も出ていなかったのに。死ぬほど苦しいのは、もう御免だ。
目を閉じて愛茉の顔を思い浮かべる。次第に、胸の重みが消えて楽になってきた。ただ、頭に浮かんできたのは笑顔ではなく、不貞腐れた顔だ。オレにしか見せない表情だからかもしれない。
どうしようもないほど依存しているな。愛茉がいない生活なんて、もう考えられない。隣にいてくれないと眠れないし、食欲も湧かない。
ひとりで生きていけるほど強くないのは、もとより自覚している。だから早死にしてもよかったし、孤独と戦うことで、洗練された絵が描けるかもしれないと思っていた。
そんな考えが、愛茉と出会ってから少しずつ変わってきている。孤独だけが絵を洗練させる手段ではない。そう感じるようになった。
「おかえりなさーい!」
玄関を開けると、満開の花が咲く。まさかこれが自分の日常になるなんて、不思議なものだな。
父も決して孤独ではなかった。愛する人と出会い、家族を築いていく中で、絵の色が変化している。そして結婚前よりも、晩年の絵の評価が高かった。
いまのオレにも、心から愛する人がいる。それが絵に表れてるのは、スミレも感じたようだ。だからこそ、話を持ってきたのだろう。
「迷っているの?」
愛茉に個展のことを話すと、そう訊かれた。正直、自分の気持ちはよく分からない。
オレの絵が、浅尾瑛士の名作と共に展示される。そんなこと、あっていいのか。一介の学生の絵が巨匠と並ぶことなど、普通なら有り得ない。
百貨店での個展とはいっても、目の肥えた人間も多く訪れる。そして同じ場所に展示するのだから必ず比較されるだろう。下手な絵を描けば「親の七光りか」と言われるのは明白だ。
「桔平くんなら大丈夫。私は、そう思っているよ」
愛茉はオレの左手を、両手でしっかりと包み込んだ。どうして分かるんだろうな。オレがいま、なにを考えているのか。
「だけど一番大事なのは、桔平くんの気持ちだもんね。私が思うより簡単なことじゃないんだろうし。それに大学院に入っても、いろいろ忙しいんでしょ」
「そうだな」
「とりあえず1か月時間を貰ったなら、焦って答えを出す必要はないんじゃない?」
「……あぁ、ゆっくり考えるわ」
愛茉が両手に力を込めた。そして吸い込まれそうなほど大きな瞳を、さらに見開く。
「ひとりで悩まないでね。桔平くん、いつも自分だけで抱え込んじゃうし。私じゃ、なんの力にもなれないだろうけど……」
「そんなことねぇよ。ひとりだったら、また過呼吸で苦しんでいたし。オレ、軟弱だからさ」
「人一倍、繊細で敏感なだけでしょ」
これでもかというくらい、強く抱きしめられた。この小さな体の、どこにそんな力があるんだか。
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目を閉じて愛茉の顔を思い浮かべる。次第に、胸の重みが消えて楽になってきた。ただ、頭に浮かんできたのは笑顔ではなく、不貞腐れた顔だ。オレにしか見せない表情だからかもしれない。
どうしようもないほど依存しているな。愛茉がいない生活なんて、もう考えられない。隣にいてくれないと眠れないし、食欲も湧かない。
ひとりで生きていけるほど強くないのは、もとより自覚している。だから早死にしてもよかったし、孤独と戦うことで、洗練された絵が描けるかもしれないと思っていた。
そんな考えが、愛茉と出会ってから少しずつ変わってきている。孤独だけが絵を洗練させる手段ではない。そう感じるようになった。
「おかえりなさーい!」
玄関を開けると、満開の花が咲く。まさかこれが自分の日常になるなんて、不思議なものだな。
父も決して孤独ではなかった。愛する人と出会い、家族を築いていく中で、絵の色が変化している。そして結婚前よりも、晩年の絵の評価が高かった。
いまのオレにも、心から愛する人がいる。それが絵に表れてるのは、スミレも感じたようだ。だからこそ、話を持ってきたのだろう。
「迷っているの?」
愛茉に個展のことを話すと、そう訊かれた。正直、自分の気持ちはよく分からない。
オレの絵が、浅尾瑛士の名作と共に展示される。そんなこと、あっていいのか。一介の学生の絵が巨匠と並ぶことなど、普通なら有り得ない。
百貨店での個展とはいっても、目の肥えた人間も多く訪れる。そして同じ場所に展示するのだから必ず比較されるだろう。下手な絵を描けば「親の七光りか」と言われるのは明白だ。
「桔平くんなら大丈夫。私は、そう思っているよ」
愛茉はオレの左手を、両手でしっかりと包み込んだ。どうして分かるんだろうな。オレがいま、なにを考えているのか。
「だけど一番大事なのは、桔平くんの気持ちだもんね。私が思うより簡単なことじゃないんだろうし。それに大学院に入っても、いろいろ忙しいんでしょ」
「そうだな」
「とりあえず1か月時間を貰ったなら、焦って答えを出す必要はないんじゃない?」
「……あぁ、ゆっくり考えるわ」
愛茉が両手に力を込めた。そして吸い込まれそうなほど大きな瞳を、さらに見開く。
「ひとりで悩まないでね。桔平くん、いつも自分だけで抱え込んじゃうし。私じゃ、なんの力にもなれないだろうけど……」
「そんなことねぇよ。ひとりだったら、また過呼吸で苦しんでいたし。オレ、軟弱だからさ」
「人一倍、繊細で敏感なだけでしょ」
これでもかというくらい、強く抱きしめられた。この小さな体の、どこにそんな力があるんだか。