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 愛茉はオレの手を握って、終始泣きながら話を聞いていた。

 愛茉と翔流は似ているのかもしれない。オレなんかのために、ぐちゃぐちゃになりながら涙を流してくれるところは、ふたりともまったく同じだ。そしてそばにいると居心地がよくて、温かいものが体に流れ込んでくる。

 だから、ひとめ見ただけで好きになったんだろうな。恋愛なんて二度と御免だと思っていたのに。あの合コンで少し緊張しながら自己紹介する愛茉を見た瞬間、ずっと死んでいた自分の心が息を吹き返したのを感じた。

 顔の美しさだけじゃない。ほかの女とは、なにもかも違う、真っ白な色。誰にも踏み荒らされていない、新雪が降り積もった雪原のようだと思った。

 オレなんかが土足で踏み込んでいい場所じゃない。だから柄にもなく、ホテルではなくラーメンに誘ってしまった。

 警戒して精一杯虚勢を張る。それでも時折に見せる素直な表情に、どうしようもないくらい心がかき乱されるのを感じた。

 愛茉と出会って、3度目の春がくる。このタイミングでスミレと再会したのにも、なにか意味があるのだろう。思ったより動揺しなかったのは、愛茉と過ごした日々があるからだ。

「スミレは、去年のグループ展に来ていたんだよ。オレは会わなかったんだけど、長岡が名刺を預かっていてさ。あいついま、新聞社の文化事業部にいるらしい」
「文化事業部?」
「美術展とかコンサートの企画運営をする部署」
「あー、スミレさんってアートに詳しいんだもんね。やっぱり今日も、桔平くんの卒業制作を観に来ていたのかな」
「そうだろうな。絵に対する執着はかなりのものだったし……オレの描きたい絵が、どんなものなのか見てやろうって思っているのかもしれねぇな」
 
 わざわざ名刺を置いていった。それはつまり「自分は見ている」というオレへのサインだ。
 スミレと別れて3年経っているし、感情が再燃することはない。ただ、どうしてもあの絵を思い出してしまうのが苦しかった。

「オレは別に、スミレへの気持ちが吹っ切れていないわけじゃねぇからな」
「うん、分かってる」
「あのときに描いた絵が、頭から離れなくて……自分の感情を直視できなくなったんだよ。どす黒くて醜くて吐き気がするような、きたねぇ感情を。これが本当のオレなんだって思うと、怖くてさ」
「そんなことないよ。桔平くん、私に言ってくれたじゃない。美醜あわせ持つのは自然なことだって」

 愛茉が手に力を込めた。小さい手から伝わる熱が、とても心地いい。


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 愛茉はオレの手を握って、終始泣きながら話を聞いていた。
 愛茉と翔流は似ているのかもしれない。オレなんかのために、ぐちゃぐちゃになりながら涙を流してくれるところは、ふたりともまったく同じだ。そしてそばにいると居心地がよくて、温かいものが体に流れ込んでくる。
 だから、ひとめ見ただけで好きになったんだろうな。恋愛なんて二度と御免だと思っていたのに。あの合コンで少し緊張しながら自己紹介する愛茉を見た瞬間、ずっと死んでいた自分の心が息を吹き返したのを感じた。
 顔の美しさだけじゃない。ほかの女とは、なにもかも違う、真っ白な色。誰にも踏み荒らされていない、新雪が降り積もった雪原のようだと思った。
 オレなんかが土足で踏み込んでいい場所じゃない。だから柄にもなく、ホテルではなくラーメンに誘ってしまった。
 警戒して精一杯虚勢を張る。それでも時折に見せる素直な表情に、どうしようもないくらい心がかき乱されるのを感じた。
 愛茉と出会って、3度目の春がくる。このタイミングでスミレと再会したのにも、なにか意味があるのだろう。思ったより動揺しなかったのは、愛茉と過ごした日々があるからだ。
「スミレは、去年のグループ展に来ていたんだよ。オレは会わなかったんだけど、長岡が名刺を預かっていてさ。あいついま、新聞社の文化事業部にいるらしい」
「文化事業部?」
「美術展とかコンサートの企画運営をする部署」
「あー、スミレさんってアートに詳しいんだもんね。やっぱり今日も、桔平くんの卒業制作を観に来ていたのかな」
「そうだろうな。絵に対する執着はかなりのものだったし……オレの描きたい絵が、どんなものなのか見てやろうって思っているのかもしれねぇな」
 わざわざ名刺を置いていった。それはつまり「自分は見ている」というオレへのサインだ。
 スミレと別れて3年経っているし、感情が再燃することはない。ただ、どうしてもあの絵を思い出してしまうのが苦しかった。
「オレは別に、スミレへの気持ちが吹っ切れていないわけじゃねぇからな」
「うん、分かってる」
「あのときに描いた絵が、頭から離れなくて……自分の感情を直視できなくなったんだよ。どす黒くて醜くて吐き気がするような、きたねぇ感情を。これが本当のオレなんだって思うと、怖くてさ」
「そんなことないよ。桔平くん、私に言ってくれたじゃない。美醜あわせ持つのは自然なことだって」
 愛茉が手に力を込めた。小さい手から伝わる熱が、とても心地いい。