18 親心

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 テンの使者。そう聞いた途端に、甘ったるい笑顔だったアニーの顔が凍りついた。
 
 天の使者って何!? 天使?
 それとも天の死者で死神!?
 
 どちらも現実味のない言葉なので、ミチルはもっと別の意味があるのかと思っていた。
 だがまて、ここは異世界だ。ファンタジーの世界なら天使も死神も身近なものかも知れないとミチルは思い直す。

「そうか……それでアニキは俺に詳しく説明してくれなかったんだな……」

 アニーは険しい顔のまま眉を潜ませて、苦虫を噛み潰したように一人呟いた。

「ねえ、待って! 大きな取引ってまさか人間の魂とかそっち系なの!? しに、死神なの!?」

「え?」

 ミチルが焦ってまくしたてると、アニーはキョトンとして顔を上げた。

「──え?」

 おいおいおい、不意をつかれた顔もイケメンじゃないの。ずるいよなあ、世間って不公平だなあ。
 などと思いながらミチルもつられて首を傾げる。

「そうだね、死神って言うのはあたってるかも」

「ひいい! ヘルからデスサイズ!?」

「うん? よくわかんないけど、多分違うよ。比喩的に言えば、テンはまさに死神だ。俺にとっての、ね」

「どゆこと?」

 ミチルが聞くとアニーは深く溜息を吐いてから口を開く。

「俺の両親の命を奪ったクソ商人。そいつの名前がテン・イー。今夜ボスと取引する相手だ」

「ああ……!」

 ミチルは思考と状況が繋がってスッキリした。それから死神ではないことに安堵する。
 でも、それってもっとヤバい因縁の相手なんじゃない!?

「くそッ、それで俺は周辺警備なんてつまんねえ役目だったのか!」

 アニーは口汚くなって窓枠を力任せに叩いた。
 そんなアニーもミチルは初めて見る。

「アニー……? だいじょぶ?」

「ミチル、ごめん。ちょっとアニキの所に行ってくる!」

 アニーは大きな足音をさせながら、部屋を出ようとドアを開けた。


 
「まあ落ち着け、兄弟」

「──うわあ!」

 ドアを開けてすぐ、神妙な顔をしたヒグマ……マリーゴールドがそこに立っていた。
 アニーは思わず一歩後ずさる。それから心臓を押さえながら聞いた。

「い、いつからいたんだ、アンタ!?」

「いやー、ほらぁ、もし盛り上がっちゃったら仕事前なのにマズイかもなーって」

「ずっと聞いてたの!?」

 さすがの、アニーも赤面が止まらない。

「えへへ」

 恥じらうおじさんの笑顔が気持ち悪かった。ミチルも開いた口が塞がらない。
 真っ赤に染まったアニーは更にマリーゴールドを罵った。

「エッチ! デバガメ!!」

「まあまあまあ、君達が節度ある若者でおじさんは嬉しいぞぉ!」

「黙れ! むっつりヒゲダルマ!」

「それはそうと、落ち着くんだ。アニー」

 急にキリッとした顔でアニーを制するマリーゴールドの胆力よ。
 ミチルは二人のやり取りにずっこける。しかしヒグマおじさんはどこ吹く風で冷静に言った。

「ボスはな、お前のことを心配しているんだ。今日の取引をセッティングしたのもお前のためなんだぞ?」

「へえ……じゃあ、ボスが囮になって俺にテンの奴を仕留めさせてくれるんだ?」

 そう言うアニーの顔は冷たく暗い。ミチルはそんな闇堕ちイケメンは見たくなかった。思わず身が竦んでしまう。

「そうじゃねえ。アニーよ、ボスはな、テンから例の……お袋さんの形見か? そいつを買ったんだ」

「ええっ!?」

「あいつ、とんでもねえ額吹っかけやがったらしいぜ。でもよ、ボスはそれでお前の中の憎しみが消えるなら何でもねえって、そう仰った」

 ええ……
 何その話。無茶苦茶エモいんですけど……

 ミチルはマリーゴールドの話を聞きながらキュンキュンしていた。

「ボスが……」

 アニーが少し落ち着いたのを見て、マリーゴールドはその両肩をがっしと掴んで言った。

「なあ、アニー。ここらで手打ちにしねえか? ボスがお袋さんの形見は取り返してくれる。それを墓前に供えて終わりにしようや」

「……じゃあ、俺もその場に同席させてくれよ」

「ダメだ。ボスに任せろ」

「アニキ!」

「お前は後方支援の持ち場を離れるな。これが最後の仕事になるんだから、言うことを聞け」

「最後……?」

 訝しむアニーにマリーゴールドはにっかりと笑いかける。

「お前はこれからはあの子のために生きろ。お前がここを離れても一人じゃねえことがわかったらボスはお喜びになるぞ」

「勝手に……大人だけで決めんなよ……ッ!」

大人()の自己満足に付き合うのもな、子どもの役目だぞ。ほんの一回きりじゃねえか」

 そう笑ってマリーゴールドは今度こそ部屋を出て行った。

 気がつけば、とうに夜の帳は降りている。
 取引時刻の午前0時まで、あと30分。


次のエピソードへ進む 19 弾丸でかませ!


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 テンの使者。そう聞いた途端に、甘ったるい笑顔だったアニーの顔が凍りついた。
 天の使者って何!? 天使?
 それとも天の死者で死神!?
 どちらも現実味のない言葉なので、ミチルはもっと別の意味があるのかと思っていた。
 だがまて、ここは異世界だ。ファンタジーの世界なら天使も死神も身近なものかも知れないとミチルは思い直す。
「そうか……それでアニキは俺に詳しく説明してくれなかったんだな……」
 アニーは険しい顔のまま眉を潜ませて、苦虫を噛み潰したように一人呟いた。
「ねえ、待って! 大きな取引ってまさか人間の魂とかそっち系なの!? しに、死神なの!?」
「え?」
 ミチルが焦ってまくしたてると、アニーはキョトンとして顔を上げた。
「──え?」
 おいおいおい、不意をつかれた顔もイケメンじゃないの。ずるいよなあ、世間って不公平だなあ。
 などと思いながらミチルもつられて首を傾げる。
「そうだね、死神って言うのはあたってるかも」
「ひいい! ヘルからデスサイズ!?」
「うん? よくわかんないけど、多分違うよ。比喩的に言えば、テンはまさに死神だ。俺にとっての、ね」
「どゆこと?」
 ミチルが聞くとアニーは深く溜息を吐いてから口を開く。
「俺の両親の命を奪ったクソ商人。そいつの名前がテン・イー。今夜ボスと取引する相手だ」
「ああ……!」
 ミチルは思考と状況が繋がってスッキリした。それから死神ではないことに安堵する。
 でも、それってもっとヤバい因縁の相手なんじゃない!?
「くそッ、それで俺は周辺警備なんてつまんねえ役目だったのか!」
 アニーは口汚くなって窓枠を力任せに叩いた。
 そんなアニーもミチルは初めて見る。
「アニー……? だいじょぶ?」
「ミチル、ごめん。ちょっとアニキの所に行ってくる!」
 アニーは大きな足音をさせながら、部屋を出ようとドアを開けた。
「まあ落ち着け、兄弟」
「──うわあ!」
 ドアを開けてすぐ、神妙な顔をしたヒグマ……マリーゴールドがそこに立っていた。
 アニーは思わず一歩後ずさる。それから心臓を押さえながら聞いた。
「い、いつからいたんだ、アンタ!?」
「いやー、ほらぁ、もし盛り上がっちゃったら仕事前なのにマズイかもなーって」
「ずっと聞いてたの!?」
 さすがの、アニーも赤面が止まらない。
「えへへ」
 恥じらうおじさんの笑顔が気持ち悪かった。ミチルも開いた口が塞がらない。
 真っ赤に染まったアニーは更にマリーゴールドを罵った。
「エッチ! デバガメ!!」
「まあまあまあ、君達が節度ある若者でおじさんは嬉しいぞぉ!」
「黙れ! むっつりヒゲダルマ!」
「それはそうと、落ち着くんだ。アニー」
 急にキリッとした顔でアニーを制するマリーゴールドの胆力よ。
 ミチルは二人のやり取りにずっこける。しかしヒグマおじさんはどこ吹く風で冷静に言った。
「ボスはな、お前のことを心配しているんだ。今日の取引をセッティングしたのもお前のためなんだぞ?」
「へえ……じゃあ、ボスが囮になって俺にテンの奴を仕留めさせてくれるんだ?」
 そう言うアニーの顔は冷たく暗い。ミチルはそんな闇堕ちイケメンは見たくなかった。思わず身が竦んでしまう。
「そうじゃねえ。アニーよ、ボスはな、テンから例の……お袋さんの形見か? そいつを買ったんだ」
「ええっ!?」
「あいつ、とんでもねえ額吹っかけやがったらしいぜ。でもよ、ボスはそれでお前の中の憎しみが消えるなら何でもねえって、そう仰った」
 ええ……
 何その話。無茶苦茶エモいんですけど……
 ミチルはマリーゴールドの話を聞きながらキュンキュンしていた。
「ボスが……」
 アニーが少し落ち着いたのを見て、マリーゴールドはその両肩をがっしと掴んで言った。
「なあ、アニー。ここらで手打ちにしねえか? ボスがお袋さんの形見は取り返してくれる。それを墓前に供えて終わりにしようや」
「……じゃあ、俺もその場に同席させてくれよ」
「ダメだ。ボスに任せろ」
「アニキ!」
「お前は後方支援の持ち場を離れるな。これが最後の仕事になるんだから、言うことを聞け」
「最後……?」
 訝しむアニーにマリーゴールドはにっかりと笑いかける。
「お前はこれからはあの子のために生きろ。お前がここを離れても一人じゃねえことがわかったらボスはお喜びになるぞ」
「勝手に……大人だけで決めんなよ……ッ!」
「|大人《親》の自己満足に付き合うのもな、子どもの役目だぞ。ほんの一回きりじゃねえか」
 そう笑ってマリーゴールドは今度こそ部屋を出て行った。
 気がつけば、とうに夜の帳は降りている。
 取引時刻の午前0時まで、あと30分。