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 目を開けるとシーリングライトの白さにやられ体勢を横にするが、スマートフォンで日付と時間を確認すると慌てて起き上がった。大学へ行かなければ行けない時間になっていた。最初の講義に間に合わないことは確定したから、諦めてゆっくりと支度をし始める。私自身、いつサプリメントを飲んで、いつからの記憶が失くなっているのか曖昧になっている。

 他にも気がかりなことがある。数件の不在着信と留守電が残されていたのだ。知らない番号からだったため、ネットで番号を検索するとバイト先からだった。そこでようやく、昨日行くはずだった飲食店のバイトを無断欠勤してしまった。リセット・サプリメントの副作用の影響ですっかり寝過ごしてしまったのだと理解した。

 私は大きく溜息をつく。ひたすら謝って許してもらうか、このまま飛んでしまうか考えた。

 前々から辞めたいと思っていたし、許してもらえるとは限らない。やっぱり、無断欠勤を貫いて飛んでしまうのが楽だ。だけど、今の私には記憶をリセットできる手段がある。

 そうだった。リセット・サプリメントさえ飲めば、どれだけ叱責されても平気だ。次の日には記憶がリセットされるのだから。

 私はバッグの中からリセット・サプリメントを探した。しかし、出てきたのは銀色の包装シートから全てのカプセルがくり抜かれた、ただのゴミだった。

「どういうこと……?」

 バッグをひっくり返し、全ての荷物を出した。ポーチ、財布、ポケットの中も全て確認した。なのに、一つも残っていない。リセット・サプリメントがどこにもない。

 盗まれた――?

 冷や汗が背骨に沿って流れる。盗まれたとしか考えられない。十錠あったサプリメントの内、半分くらいしか使っていないはずだ。おかしい、絶対におかしい。

 ミサだ。私は誰にも口外していない。リセット・サプリメントの存在を知っている人がいるとしたら、ミサしかいない。彼女が私に製薬会社の人を紹介した。名前は……確か……。

「痛い……」

 ズキン、ズキンと頭が割れそうなほどの痛みだ。もう一度横になるも治まる気配がない。今日は諦めようかと思っていたが、どうしてもはっきりさせたい。

 鎮痛薬を飲みどうにか痛みを抑え、大学へと到着した。講義室へ入ると、ミサは周りの生徒達と談笑していた。盗みを働いておきながら、なぜ笑ってられるんだ。込み上げてきた怒りを彼女にぶつける。

「ミサ。ちょっといい?」
「エマ。どうしたの、そんな怖い顔して?」
「私の薬、盗んだでしょ?」
「は?」
「だから、リセット・サプリメント! 盗んだでしょって」
「え、ちょっと、何言ってるの?」

 彼女は私を不審者だと思っているのか、次第に迷惑そうな顔をしだす。私はバッグから空になった包装シートを取り出し、机の上に叩きつける。

「これ! このサプリメントの存在を知ってるのはミサだけでしょ!」
「えっと……。ごめん、エマ。どうしちゃったの? 私は盗みなんてしてないよ」

 何度追求してもミサは罪を認めようとしない。それが悔しくて、腹立たしくて声を荒らげた。

 ミサは立ち上がり廊下へ逃げ出した。後追うため廊下に出るも、突如羽交い締めにされ両足が空回った。

「君、落ち着きなさい!」
「離してください!」

 男性の声でひたすら「落ち着いて」と繰り返される。体を左右に振るがびくともしない。

 どうして私が拘束されなければいけないのだ。どうして私がこんな目に遭わなけば…。どうして私は、何も思い出せないのだろう……。

  *

「エマ、今日はどこか遊びにいかない? どこか行きたいところある?」

 目の前の女性は私に話しかけた。温かみのある顔で、私とはとても親しい間柄のようだった。

「えっと……ごめんなさい。今日は家にいたくて……」

 その瞬間、彼女の表情に寂寥(せきりょう)感が陰を作った。私は焦ってさっきの言葉を訂正する。

「す、少しだけなら。あなたの行きたい所にでも……」
「あなた、じゃなくて"お母さん"って呼んでいいから。それから、敬語もなし。正真正銘の親子なんだもの」
「そうで……、そうだった。ごめん、お母さん」

 お母さんと呼ばれると、彼女は一気に明るさを取り戻した。


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 目を開けるとシーリングライトの白さにやられ体勢を横にするが、スマートフォンで日付と時間を確認すると慌てて起き上がった。大学へ行かなければ行けない時間になっていた。最初の講義に間に合わないことは確定したから、諦めてゆっくりと支度をし始める。私自身、いつサプリメントを飲んで、いつからの記憶が失くなっているのか曖昧になっている。
 他にも気がかりなことがある。数件の不在着信と留守電が残されていたのだ。知らない番号からだったため、ネットで番号を検索するとバイト先からだった。そこでようやく、昨日行くはずだった飲食店のバイトを無断欠勤してしまった。リセット・サプリメントの副作用の影響ですっかり寝過ごしてしまったのだと理解した。
 私は大きく溜息をつく。ひたすら謝って許してもらうか、このまま飛んでしまうか考えた。
 前々から辞めたいと思っていたし、許してもらえるとは限らない。やっぱり、無断欠勤を貫いて飛んでしまうのが楽だ。だけど、今の私には記憶をリセットできる手段がある。
 そうだった。リセット・サプリメントさえ飲めば、どれだけ叱責されても平気だ。次の日には記憶がリセットされるのだから。
 私はバッグの中からリセット・サプリメントを探した。しかし、出てきたのは銀色の包装シートから全てのカプセルがくり抜かれた、ただのゴミだった。
「どういうこと……?」
 バッグをひっくり返し、全ての荷物を出した。ポーチ、財布、ポケットの中も全て確認した。なのに、一つも残っていない。リセット・サプリメントがどこにもない。
 盗まれた――?
 冷や汗が背骨に沿って流れる。盗まれたとしか考えられない。十錠あったサプリメントの内、半分くらいしか使っていないはずだ。おかしい、絶対におかしい。
 ミサだ。私は誰にも口外していない。リセット・サプリメントの存在を知っている人がいるとしたら、ミサしかいない。彼女が私に製薬会社の人を紹介した。名前は……確か……。
「痛い……」
 ズキン、ズキンと頭が割れそうなほどの痛みだ。もう一度横になるも治まる気配がない。今日は諦めようかと思っていたが、どうしてもはっきりさせたい。
 鎮痛薬を飲みどうにか痛みを抑え、大学へと到着した。講義室へ入ると、ミサは周りの生徒達と談笑していた。盗みを働いておきながら、なぜ笑ってられるんだ。込み上げてきた怒りを彼女にぶつける。
「ミサ。ちょっといい?」
「エマ。どうしたの、そんな怖い顔して?」
「私の薬、盗んだでしょ?」
「は?」
「だから、リセット・サプリメント! 盗んだでしょって」
「え、ちょっと、何言ってるの?」
 彼女は私を不審者だと思っているのか、次第に迷惑そうな顔をしだす。私はバッグから空になった包装シートを取り出し、机の上に叩きつける。
「これ! このサプリメントの存在を知ってるのはミサだけでしょ!」
「えっと……。ごめん、エマ。どうしちゃったの? 私は盗みなんてしてないよ」
 何度追求してもミサは罪を認めようとしない。それが悔しくて、腹立たしくて声を荒らげた。
 ミサは立ち上がり廊下へ逃げ出した。後追うため廊下に出るも、突如羽交い締めにされ両足が空回った。
「君、落ち着きなさい!」
「離してください!」
 男性の声でひたすら「落ち着いて」と繰り返される。体を左右に振るがびくともしない。
 どうして私が拘束されなければいけないのだ。どうして私がこんな目に遭わなけば…。どうして私は、何も思い出せないのだろう……。
  *
「エマ、今日はどこか遊びにいかない? どこか行きたいところある?」
 目の前の女性は私に話しかけた。温かみのある顔で、私とはとても親しい間柄のようだった。
「えっと……ごめんなさい。今日は家にいたくて……」
 その瞬間、彼女の表情に|寂寥《せきりょう》感が陰を作った。私は焦ってさっきの言葉を訂正する。
「す、少しだけなら。あなたの行きたい所にでも……」
「あなた、じゃなくて"お母さん"って呼んでいいから。それから、敬語もなし。正真正銘の親子なんだもの」
「そうで……、そうだった。ごめん、お母さん」
 お母さんと呼ばれると、彼女は一気に明るさを取り戻した。