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Guest2 創作に悩む女性小説家 ②

ー/ー



「――みなさん、おはようございます。本日、女性のお客様お一人から宿泊のご予約を頂いています。一週間ご滞在の予定です」

 翌朝のミーティングで、わたしはサプライズとしてマイカ先生からの宿泊予約についてスタッフのみんなに打ち明けた。ここで知っているのは、今日も早番でシフトに入っているコンシェルジュの陸さんだけだ。

「えっ、一週間も……。そんなロングステイのお客様は珍しいですね。ですが、ご予約名簿には載っておりませんが?」

 支配人の大森さんが首を傾げた。

「ごめんなさい。昨日、わたしの携帯に直接かかってきたもので。――お客様のお名前は柳井マイカ様。職業は小説家。わたしの同業者です」

「えっ、作家先生が一週間ご滞在って……。もしかしてカンヅメってやつですか?」

 二十代後半の男性ベルスタッフの津田(つだ)(みのる)さんが、驚いて大きな声を上げる。

「はい、そうです。当ホテルでそのような作家先生をお迎えするのは初めてですが、先生が心地よく滞在され、執筆を進められるよう、スタッフ一丸となって精一杯のおもてなしをしましょう」

「「「「「「はいっ」」」」」」

「チェックインは午後二時のご予定です。女性の一週間のロングステイですから、きっと荷物も多いと思います。そこで津田さん、彼女の担当ベルスタッフはあなたにお願いしたいんですけど。いいですか?」

 通常、女性のお客様には女性のベルスタッフがつくことが望ましいのだけれど。長期滞在の場合は荷物が多く、女性には重労働となるので、例外的に男性が担当することもあるのだ。

「はい! 僕でよければ任せて下さい!」

「頼もしいですね。じゃあ、よろしくお願いします。お部屋は二一〇号室が空いていますね。そこへお通しします」

「分かりました」

 というわけで、多分だけれど悩める女性作家・柳井マイカ先生をお迎えする体制は万全に整った。


   * * * *


 ――午後二時。肩からパンパンに荷物の詰まったボストンバッグをかけ、大きなスーツケースを引いてマイカ先生が当ホテルへ到着された。まあ、一週間も滞在されるんだから荷物もそれなりに多くなるだろう。
 フワリとしたシフォン素材のブルーのワンピース姿の彼女は、茶色に染めたセミロングの髪をなびかせ、整った顔立ちにはオレンジ系のメイクが施されている。……うん、やっぱり美人だ。子供っぽい顔立ちのわたしとは大違い。

「――マイカ先生、ようこそ、〈ホテルTEDDY〉へ!」

 あたしは他のお客様同様、とびっきりの笑顔で彼女をお迎えした。マイカ先生とはよく知った間柄なので、いつもの堅苦しい自己紹介や挨拶は端折(はしょ)る。

「こんにちは、ハルヒちゃん。今日から一週間お世話になります。わぁ、やっぱりハルヒちゃんはスーツ姿がよく似合ってる♪」

(……あれ? マイカ先生、元気だ)

 電話で聞いた、ちょっと元気のない声はどこへやら。今日はものすごく明るくはしゃいでいる。わたしも彼女に初めて見せるスーツ姿を褒められて、ちょっと照れくさいけど嬉しかった。

「そうですかねー? ありがとうございます。ちゃんとオーナーに見えますか?」

「うん、見える見えるー♪ あたしもスーツ着て会社に通勤してるけど、ハルヒちゃんはバリバリのキャリアウーマンに見えるよー」

「ホントですか? 嬉しいなぁ。ありがとうございます!」

 普段のわたしのファッションはけっこうカジュアルなので、スーツを着ることによって〝作家・熊谷ハルヒ〟と〝ホテルオーナー・熊谷春陽〟のスイッチを切り替えているのだ。

「……えーと、柳井様? そろそろよろしいでしょうか? 作家仲間同士の楽しいお話のおジャマをするのは非常に心苦しいのですが――」

 ゴホンと咳ばらいをして、コンシェルジュの制服をビシッと着た陸さんが割り込んできた。

「ああ、ごめんなさい! オーナーさんのスーツ姿があまりにも新鮮だったものだから」

 マイカさんがまず彼にお詫びし、わたしも「陸さん、ゴメンなさい!」と小さく謝った。

「――出過ぎたマネをしてしまい、失礼いたしました。ようこそ、当ホテルへ。僕がコンシェルジュの高良陸と申します」

「高良さん……って、ああ、あなたが! 昨日予約の電話をした時に、予約状況を教えてくれたの、あなただったのね」

「はい。このたびは、執筆のために一週間ご滞在とのことでございますね。我々スタッフ一同、柳井様が安心して寛ぎ執筆に(いそし)しんで頂けるよう、心を込めておもてなしさせて頂きます。何かご要望やお困りごとなどございましたら、僕や他のスタッフに何なりとおっしゃって下さい」

「あ、わたしに言って下さってもいいですよ。わたしからスタッフのみなさんに伝えて対処してもらいますから。お部屋は二一〇号室です」

 そう言って、わたしからルームキーを津田さんにに手渡す。

「ありがとう、ハルヒちゃん。あとで部屋に来てよ。まだまだ話し足りないからさ」

「ええ、ぜひ」

「お荷物は僕がお運びいたします。柳井様のお部屋を担当させて頂きます、ベルスタッフの津田です。――では、お部屋へご案内しますね」 

 力持ちの津田さんが荷物を預かり、マイカ先生は二階のお部屋へと上がって行った。


   * * * *


 今日チェックインのお客様は本当にマイカ先生一人だけだったので、飛び込みの宿泊客がいなければしばらくヒマになる。コンシェルジュの陸さんは、相変わらず宿泊客からの要望や苦情の対応に追われて大変そうだけれど。
 わたしはいつでも陸さんのサポートをしなければならないというわけでもないので、こういうポコッと空いた時間にはわりと自由に動き回れる。

「――陸さん、わたしちょっとマイカ先生のお部屋に行ってくるね」

「分かった。ゆっくり作家トークでもしといで。ここは大森さんもいるし、何とでもなるから」

「ありがと。じゃあ行ってきます」

 陸さんの許可を得て、わたしはマイカ先生がお泊まりになっておる二一〇号室のドアチャイムを押した。

「――はい」

「マイカ先生、わたし、ハルヒです。さっそく遊びに来ました」

「どうぞー。あ、ちょっと待ってね。ロック開けるから」

 中からドアを開けてもらい、わたしは入室した。
 この部屋はシングルルームで、東様の問題により撤去したこの部屋のテディベアたちはルームメイキングの時に戻ってきた。
 ライティングデスクの上にはノートパソコンが一台置かれていて、その周りには資料となる本やパンフレットが何十冊も積み上げられている。女性のロングステイは荷物が多くなるというけれど、彼女の場合はたくさんの資料も持ち込んでいたので余計に荷物が多かったのだ。

「失礼しまーす。どうですか、このお部屋は? 気に入って頂けました?」

「うん。ベッドの寝心地もよさそうだし、室温もちょうどいいし、すごく快適だよー。この可愛いクマさんたちにも癒されるしね」

 彼女は抱きかかえたテディベアの頭を「いい子いい子」と撫でながら、楽しそうにそう言ってくれた。

「よかった。実は昨日、この部屋でお客様とトラブルになったんですよ。男性のお客様だったんですけど、このテディベアがお気に召さなかったみたいで」

「そうなの? それは災難だったねー。あなたたち、こんなに可愛いのにねぇ。この良さを分かってくれないなんてヒドいわよねぇ」

 テディベアに話しかける彼女はものすごく可愛い。女性なら誰しも、子供の頃にぬいぐるみやお人形で遊んだ記憶があるもの。ただ、男性だとそうもいかないのだけれど……。

「――ところでハルヒちゃん。あなたってテディベアに詳しい?」

「……ええ、まぁ。コレクターだった父ほどじゃないですけど、多少の知識ならありますよ」

「じゃあ、一つ質問ね。テディベアに著作権ってある?」

 マイカ先生からの思いがけない質問に、わたしは目を丸くした。答えは持ち合わせているけれど、彼女の質問の意図が分からなかったのだ。



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「――みなさん、おはようございます。本日、女性のお客様お一人から宿泊のご予約を頂いています。一週間ご滞在の予定です」
 翌朝のミーティングで、わたしはサプライズとしてマイカ先生からの宿泊予約についてスタッフのみんなに打ち明けた。ここで知っているのは、今日も早番でシフトに入っているコンシェルジュの陸さんだけだ。
「えっ、一週間も……。そんなロングステイのお客様は珍しいですね。ですが、ご予約名簿には載っておりませんが?」
 支配人の大森さんが首を傾げた。
「ごめんなさい。昨日、わたしの携帯に直接かかってきたもので。――お客様のお名前は柳井マイカ様。職業は小説家。わたしの同業者です」
「えっ、作家先生が一週間ご滞在って……。もしかしてカンヅメってやつですか?」
 二十代後半の男性ベルスタッフの|津田《つだ》|実《みのる》さんが、驚いて大きな声を上げる。
「はい、そうです。当ホテルでそのような作家先生をお迎えするのは初めてですが、先生が心地よく滞在され、執筆を進められるよう、スタッフ一丸となって精一杯のおもてなしをしましょう」
「「「「「「はいっ」」」」」」
「チェックインは午後二時のご予定です。女性の一週間のロングステイですから、きっと荷物も多いと思います。そこで津田さん、彼女の担当ベルスタッフはあなたにお願いしたいんですけど。いいですか?」
 通常、女性のお客様には女性のベルスタッフがつくことが望ましいのだけれど。長期滞在の場合は荷物が多く、女性には重労働となるので、例外的に男性が担当することもあるのだ。
「はい! 僕でよければ任せて下さい!」
「頼もしいですね。じゃあ、よろしくお願いします。お部屋は二一〇号室が空いていますね。そこへお通しします」
「分かりました」
 というわけで、多分だけれど悩める女性作家・柳井マイカ先生をお迎えする体制は万全に整った。
   * * * *
 ――午後二時。肩からパンパンに荷物の詰まったボストンバッグをかけ、大きなスーツケースを引いてマイカ先生が当ホテルへ到着された。まあ、一週間も滞在されるんだから荷物もそれなりに多くなるだろう。
 フワリとしたシフォン素材のブルーのワンピース姿の彼女は、茶色に染めたセミロングの髪をなびかせ、整った顔立ちにはオレンジ系のメイクが施されている。……うん、やっぱり美人だ。子供っぽい顔立ちのわたしとは大違い。
「――マイカ先生、ようこそ、〈ホテルTEDDY〉へ!」
 あたしは他のお客様同様、とびっきりの笑顔で彼女をお迎えした。マイカ先生とはよく知った間柄なので、いつもの堅苦しい自己紹介や挨拶は|端折《はしょ》る。
「こんにちは、ハルヒちゃん。今日から一週間お世話になります。わぁ、やっぱりハルヒちゃんはスーツ姿がよく似合ってる♪」
(……あれ? マイカ先生、元気だ)
 電話で聞いた、ちょっと元気のない声はどこへやら。今日はものすごく明るくはしゃいでいる。わたしも彼女に初めて見せるスーツ姿を褒められて、ちょっと照れくさいけど嬉しかった。
「そうですかねー? ありがとうございます。ちゃんとオーナーに見えますか?」
「うん、見える見えるー♪ あたしもスーツ着て会社に通勤してるけど、ハルヒちゃんはバリバリのキャリアウーマンに見えるよー」
「ホントですか? 嬉しいなぁ。ありがとうございます!」
 普段のわたしのファッションはけっこうカジュアルなので、スーツを着ることによって〝作家・熊谷ハルヒ〟と〝ホテルオーナー・熊谷春陽〟のスイッチを切り替えているのだ。
「……えーと、柳井様? そろそろよろしいでしょうか? 作家仲間同士の楽しいお話のおジャマをするのは非常に心苦しいのですが――」
 ゴホンと咳ばらいをして、コンシェルジュの制服をビシッと着た陸さんが割り込んできた。
「ああ、ごめんなさい! オーナーさんのスーツ姿があまりにも新鮮だったものだから」
 マイカさんがまず彼にお詫びし、わたしも「陸さん、ゴメンなさい!」と小さく謝った。
「――出過ぎたマネをしてしまい、失礼いたしました。ようこそ、当ホテルへ。僕がコンシェルジュの高良陸と申します」
「高良さん……って、ああ、あなたが! 昨日予約の電話をした時に、予約状況を教えてくれたの、あなただったのね」
「はい。このたびは、執筆のために一週間ご滞在とのことでございますね。我々スタッフ一同、柳井様が安心して寛ぎ執筆に|勤《いそし》しんで頂けるよう、心を込めておもてなしさせて頂きます。何かご要望やお困りごとなどございましたら、僕や他のスタッフに何なりとおっしゃって下さい」
「あ、わたしに言って下さってもいいですよ。わたしからスタッフのみなさんに伝えて対処してもらいますから。お部屋は二一〇号室です」
 そう言って、わたしからルームキーを津田さんにに手渡す。
「ありがとう、ハルヒちゃん。あとで部屋に来てよ。まだまだ話し足りないからさ」
「ええ、ぜひ」
「お荷物は僕がお運びいたします。柳井様のお部屋を担当させて頂きます、ベルスタッフの津田です。――では、お部屋へご案内しますね」 
 力持ちの津田さんが荷物を預かり、マイカ先生は二階のお部屋へと上がって行った。
   * * * *
 今日チェックインのお客様は本当にマイカ先生一人だけだったので、飛び込みの宿泊客がいなければしばらくヒマになる。コンシェルジュの陸さんは、相変わらず宿泊客からの要望や苦情の対応に追われて大変そうだけれど。
 わたしはいつでも陸さんのサポートをしなければならないというわけでもないので、こういうポコッと空いた時間にはわりと自由に動き回れる。
「――陸さん、わたしちょっとマイカ先生のお部屋に行ってくるね」
「分かった。ゆっくり作家トークでもしといで。ここは大森さんもいるし、何とでもなるから」
「ありがと。じゃあ行ってきます」
 陸さんの許可を得て、わたしはマイカ先生がお泊まりになっておる二一〇号室のドアチャイムを押した。
「――はい」
「マイカ先生、わたし、ハルヒです。さっそく遊びに来ました」
「どうぞー。あ、ちょっと待ってね。ロック開けるから」
 中からドアを開けてもらい、わたしは入室した。
 この部屋はシングルルームで、東様の問題により撤去したこの部屋のテディベアたちはルームメイキングの時に戻ってきた。
 ライティングデスクの上にはノートパソコンが一台置かれていて、その周りには資料となる本やパンフレットが何十冊も積み上げられている。女性のロングステイは荷物が多くなるというけれど、彼女の場合はたくさんの資料も持ち込んでいたので余計に荷物が多かったのだ。
「失礼しまーす。どうですか、このお部屋は? 気に入って頂けました?」
「うん。ベッドの寝心地もよさそうだし、室温もちょうどいいし、すごく快適だよー。この可愛いクマさんたちにも癒されるしね」
 彼女は抱きかかえたテディベアの頭を「いい子いい子」と撫でながら、楽しそうにそう言ってくれた。
「よかった。実は昨日、この部屋でお客様とトラブルになったんですよ。男性のお客様だったんですけど、このテディベアがお気に召さなかったみたいで」
「そうなの? それは災難だったねー。あなたたち、こんなに可愛いのにねぇ。この良さを分かってくれないなんてヒドいわよねぇ」
 テディベアに話しかける彼女はものすごく可愛い。女性なら誰しも、子供の頃にぬいぐるみやお人形で遊んだ記憶があるもの。ただ、男性だとそうもいかないのだけれど……。
「――ところでハルヒちゃん。あなたってテディベアに詳しい?」
「……ええ、まぁ。コレクターだった父ほどじゃないですけど、多少の知識ならありますよ」
「じゃあ、一つ質問ね。テディベアに著作権ってある?」
 マイカ先生からの思いがけない質問に、わたしは目を丸くした。答えは持ち合わせているけれど、彼女の質問の意図が分からなかったのだ。