表示設定
表示設定
目次 目次




5

ー/ー



「サングラスをかけているし、余計に怪しい人だったのかもよ」
「夏はサングラスがねぇと、目が死ぬ」
「でも別に、グリーンじゃなくてもいいのに」
「今日はそういう気分だったんだよ。それにサングラスは4本しか持ってきてねぇから、選択肢が少ない」
「4本しか、ね」

 愛茉は相変わらず、ほとんど体ごと運転席のほうを向いている。そして大きな目で、オレの顔を覗き込むように見つめてきた。好きなものや興味のあるものを凝視するオレの癖が、愛茉にもうつってきたのかもしれない。そう思うと無性に嬉しかった。

 自ら底なし沼に嵌って沈んでいくのを楽しんでいるオレは、やはり頭がおかしいのだろう。それでも、愛茉に対する愛情が日に日に深く濃くなっていくのに、歯止めなどかけられるわけがなかった。

 もう一生、沼に沈んだままでいい。感情のタガが外れて一段とワガママになってきた愛茉を見て、心からそう思った。

 帰宅すると、愛茉がさっそくカレーの仕込みに取りかかる。その間、オレはこれまでに撮った写真を整理することにした。

 小樽に来て10日。カメラのデータ残量は減っていく一方なのに、スケッチブックの空白ページはまったく減らない。

 小樽の美しい大自然や歴史的建造物には、十分に心を動かされる。ただ、その振り幅がもっと大きくならなければ、絵は描けない。それにはまだ、なにか足りないような気がしている。

 いままでなら、この状態でも描き始めていただろう。とにかく、作品を生み出し続けることを求められていたからだ。そうやって「浅尾瑛士の息子」の絵が量産されてきた。

 なぜ自分の絵を描けないのか。その理由は、とっくに分かっている。ただ理由が分かっているからと言って、なにをどうすればいいのか、答えが見つかるわけでもない。

 このままだと、宝を見つける前に溺れ死んでしまう気もする。休息できる陸地も見つからずに、ほとんど溺れながら、ひたすら藻掻いているだけ。近づいているのか遠ざかっているのか、それすらも分からなかった。

 泥のような感情が渦巻く中でカメラの撮影データを確認していると、愛茉を撮った写真が出てきた。すべて小樽に来てからのものだが、もう何十枚もある。暗い場所へ沈みかけていた心が、ふと浮かび上がった。

 ヒマワリ畑の中で浮かべる満面の笑みも、帰りの車内で見せた無防備な寝顔も、出会ったころとはまるで別人だ。
 当時の愛茉は常に周りに目を泳がせて、真意を探るような表情で他人を見ていた。オレが何度好きだと言っても、本気なのかと言わんばかりの視線を向けられる。猜疑心の塊だった。

 それが変わったと感じたのは、いつごろだろう。同棲の準備をしはじめたぐらいか。オレへ向ける瞳が、完全に信頼一色になった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 6


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「サングラスをかけているし、余計に怪しい人だったのかもよ」
「夏はサングラスがねぇと、目が死ぬ」
「でも別に、グリーンじゃなくてもいいのに」
「今日はそういう気分だったんだよ。それにサングラスは4本しか持ってきてねぇから、選択肢が少ない」
「4本しか、ね」
 愛茉は相変わらず、ほとんど体ごと運転席のほうを向いている。そして大きな目で、オレの顔を覗き込むように見つめてきた。好きなものや興味のあるものを凝視するオレの癖が、愛茉にもうつってきたのかもしれない。そう思うと無性に嬉しかった。
 自ら底なし沼に嵌って沈んでいくのを楽しんでいるオレは、やはり頭がおかしいのだろう。それでも、愛茉に対する愛情が日に日に深く濃くなっていくのに、歯止めなどかけられるわけがなかった。
 もう一生、沼に沈んだままでいい。感情のタガが外れて一段とワガママになってきた愛茉を見て、心からそう思った。
 帰宅すると、愛茉がさっそくカレーの仕込みに取りかかる。その間、オレはこれまでに撮った写真を整理することにした。
 小樽に来て10日。カメラのデータ残量は減っていく一方なのに、スケッチブックの空白ページはまったく減らない。
 小樽の美しい大自然や歴史的建造物には、十分に心を動かされる。ただ、その振り幅がもっと大きくならなければ、絵は描けない。それにはまだ、なにか足りないような気がしている。
 いままでなら、この状態でも描き始めていただろう。とにかく、作品を生み出し続けることを求められていたからだ。そうやって「浅尾瑛士の息子」の絵が量産されてきた。
 なぜ自分の絵を描けないのか。その理由は、とっくに分かっている。ただ理由が分かっているからと言って、なにをどうすればいいのか、答えが見つかるわけでもない。
 このままだと、宝を見つける前に溺れ死んでしまう気もする。休息できる陸地も見つからずに、ほとんど溺れながら、ひたすら藻掻いているだけ。近づいているのか遠ざかっているのか、それすらも分からなかった。
 泥のような感情が渦巻く中でカメラの撮影データを確認していると、愛茉を撮った写真が出てきた。すべて小樽に来てからのものだが、もう何十枚もある。暗い場所へ沈みかけていた心が、ふと浮かび上がった。
 ヒマワリ畑の中で浮かべる満面の笑みも、帰りの車内で見せた無防備な寝顔も、出会ったころとはまるで別人だ。
 当時の愛茉は常に周りに目を泳がせて、真意を探るような表情で他人を見ていた。オレが何度好きだと言っても、本気なのかと言わんばかりの視線を向けられる。猜疑心の塊だった。
 それが変わったと感じたのは、いつごろだろう。同棲の準備をしはじめたぐらいか。オレへ向ける瞳が、完全に信頼一色になった。