第4話 森花炉之介
ー/ー
昼下がりの摩天楼の足もとを、ひとりの中年男性が歩いていた。
藍色の着流しに茶色の羽織り姿で、細長い杖をついている。
灰色がかった髪の毛は歩みに合わせてひらひらと揺れていた。
「はあ、今日は暑いですねぇ」
浅黒い肌に汗がにじむ。
アスファルトを杖で弾きながら、しかし確かに進んでいく。
瞳孔は動かず、錆びたパイプの断面のような輪郭をしていた。
「鏡月、後生ですよ? 君のご子息を手にかけなければならないかもしれません」
男は着物の襟を少し崩した。
彼の名は森花炉之介、先天性の全盲ながら居合の手練れである殺し屋である。
ウツロの父・似嵐鏡月とはかつて、「雪月花」というトリオでフリーランスの傭兵をやっていた。
もうひとりは君島雪人という体術家で、現在はテロリストとして国際指名手配を受けている。
「まだ信じられませんよ、君がもうこの世にはいないなんてね」
ときおりひとりごとを唱えながら、森は歩みを進めた。
かねてから暗殺の仕事を斡旋している組織・龍影会の総帥・刀隠影司に謁見するため。
そもそも彼を育て、剣術の手ほどきを指南するよう仕向けたのは、組織の先々代総帥・刀隠影光である。
実際の指導は似嵐鏡月の父・似嵐暗月が行った。
「ああ、暗月さま、あなたさまにも合わす顔がございません……」
こんなふうにてくてくと歩いていると、うしろから忍び足で近づく者がある。
パーカーにジーンズ、ひどくくたびれている。
この世が面白くなくて仕方がないというタイプの中年男である。
彼はそっと森の横まで近づくと、追い抜きざまに杖に足を引っかけた。
「いづっ――!」
しかし次の瞬間、むこうずねをその先端で鋭く打ちすえられる。
「おや、どなたかそこに、いらっしゃるのですか?」
知らぬ顔で語りかける森に、大きく拳を振りあげた。
「ひっ……」
なくなっていた、二の腕から先が。
血は出ない。
傷口はからからに干からび、どんどん砂のように崩れていく。
「アルトラ、エンジェル・ダスト……」
アスファルトの地面から塵が舞いあがり、たちどころに下手人を包みこんだ。
「う、あ……」
男の体はミイラのようになり、そして土へと返っていく。
土から砂へ、砂から塵へ。
そして風に乗り、それはどこかへと消えていった。
「あの魔女が来日しているらしい。ディオティマめ、いったい何をたくらんでいるのやら」
森は杖を持ち直し、再び歩きはじめた。
春の暑い昼下がり、なんでもないような街の光景。
そこからひとつの存在が消え去ったことに、行きかう人々の誰も気がつくよしもなかった。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
昼下がりの摩天楼の足もとを、ひとりの中年男性が歩いていた。
藍色の着流しに茶色の羽織り姿で、細長い杖をついている。
灰色がかった髪の毛は歩みに合わせてひらひらと揺れていた。
「はあ、今日は暑いですねぇ」
浅黒い肌に汗がにじむ。
アスファルトを杖で弾きながら、しかし確かに進んでいく。
瞳孔は動かず、錆びたパイプの断面のような輪郭をしていた。
「|鏡月《きょうげつ》、後生ですよ? 君のご子息を手にかけなければならないかもしれません」
男は着物の襟を少し崩した。
彼の名は|森花炉之介《もり かろのすけ》、先天性の全盲ながら居合の手練れである殺し屋である。
ウツロの父・|似嵐鏡月《にがらし きょうげつ》とはかつて、「|雪月花《せつげつか》」というトリオでフリーランスの傭兵をやっていた。
もうひとりは|君島雪人《きみじま ゆきんど》という体術家で、現在はテロリストとして国際指名手配を受けている。
「まだ信じられませんよ、君がもうこの世にはいないなんてね」
ときおりひとりごとを唱えながら、森は歩みを進めた。
かねてから暗殺の仕事を斡旋している組織・|龍影会《りゅうえいかい》の総帥・|刀隠影司《とがくし えいじ》に謁見するため。
そもそも彼を育て、剣術の手ほどきを指南するよう仕向けたのは、組織の先々代総帥・|刀隠影光《とがくし えいこう》である。
実際の指導は似嵐鏡月の父・|似嵐暗月《にがらし あんげつ》が行った。
「ああ、暗月さま、あなたさまにも合わす顔がございません……」
こんなふうにてくてくと歩いていると、うしろから忍び足で近づく者がある。
パーカーにジーンズ、ひどくくたびれている。
この世が面白くなくて仕方がないというタイプの中年男である。
彼はそっと森の横まで近づくと、追い抜きざまに杖に足を引っかけた。
「いづっ――!」
しかし次の瞬間、むこうずねをその先端で鋭く打ちすえられる。
「おや、どなたかそこに、いらっしゃるのですか?」
知らぬ顔で語りかける森に、大きく拳を振りあげた。
「ひっ……」
なくなっていた、二の腕から先が。
血は出ない。
傷口はからからに干からび、どんどん砂のように崩れていく。
「アルトラ、エンジェル・ダスト……」
アスファルトの地面から塵が舞いあがり、たちどころに下手人を包みこんだ。
「う、あ……」
男の体はミイラのようになり、そして土へと返っていく。
土から砂へ、砂から塵へ。
そして風に乗り、それはどこかへと消えていった。
「あの魔女が来日しているらしい。ディオティマめ、いったい何をたくらんでいるのやら」
森は杖を持ち直し、再び歩きはじめた。
春の暑い昼下がり、なんでもないような街の光景。
そこからひとつの存在が消え去ったことに、行きかう人々の誰も気がつくよしもなかった。