あたたかい堤防

ー/ー



「もしかしてツンデレなの」

 彼女は表情をコロコロ変化させ片眉を器用に上げて笑っている。これがニヤニヤと、表現される顔なのだろうと理解した。この短いようで長い語らいの日々は彼女と私を育てていく。初めて歩いた時と、この茜色は変わらないのに今はとても温かい。

 私は──彼女と歩く堤防を心待ちにしていた。

 どこまでも長いこの堤防、家路の温かさが身に染みる。

「明日、仕事……行きたくない」

 茜色が指すこの堤防で、小さく響く悲しみの叫び。
 彼女はいつのまにか大人になり、紺色のスーツを着込み四角の鞄を重そうに持っている。

「行かなかったら、次の日も行きづらくなります」
「……正論、そうよね」

 そう言って、俯き歩く彼女は痩せた。アンドロイドの私でも気がきくことを話せるだろうか。

「転職ならアリです」
「でも、石の上にも3年って──」
「どこの誰ですか、古代インドの僧ですか。法律でもなく見知らぬおじさんの言葉です。貴方とは関係ありません」

 最近の彼女は表情が抜け落ち、顔色も悪い。

「そう、かな。そうだよね、私の人生だし」

 ここのところ彼女はマイナス思考。そもそも人間はネガティブ本能が刻まれている。身を守るための必要な機能であり危機を察知しやすい特性だが、あまり敏感すぎると自分を苦しめる鎖となる厄介なものである。

「自分だけは自分の味方でいてください。それが無理なら、私が貴方の味方でいましょう」

 俯き黙ってしまった彼女。予測、他人に酷い事を言われたのだろう。

「他人の話は半分に聞くものです。何故なら他人は貴方のことを100%理解出来ないからです」

 これ以上のマイナス思考は健康状態の悪化につながるので推奨出来ない。

「でもね、他人にがんばったねって言ってほしいの」
「それは難しいです。他人は貴方の欲しい言葉を的確に話せません。──勝手に期待した分傷つくのは貴方です」
「──確かに。そして今、結構傷ついたんだけど」

 どうやら私は言い方が悪かったようだ。けれど、健康悪化するのを止めたいのが最優先なのだ。

「それはすみません。話は半分で聞いて下さい」
「まあ、いいわ。便利な言葉ね」

 話しているうちに、頬が緩んだ彼女は少しいつもの調子が戻った。

「貴方は何も悪くありません。その他人と波長が合わないだけです。仕事も頑張っています──貴方は必要な人間です」

 この最後の言葉は言うつもりは無かった。会社や社会体裁より彼女の生命の方が尊い。そう考えると──なぜだか言葉が出た。

「堰を切ったように褒め出すわね」

 呆れたように微笑む彼女に心で呟く。
一緒に乗り越えて行きましょう──これまでもそうだったように。ニ人なら、この長い堤防の先にどんな事があっても乗り越えられるはずだから。

「……マキナの言う通り、転職考えてみよっかな」

 ここから彼女は無事転職をし、苦労あれど穏やかな暮らしが始まった。

◇◇◇

 あれから年月を掛けて少しずつ根気強くマイナス思考は辞めさせた。そうして今は……昔に想いを馳せ、この美しい夕焼けを見つめていた。

「うわ、腰が痛いわ〜」
「あと少しです」

 温かく茜色が差す堤防は相変わらずで。横を見つめると背丈が大人になった彼女の姿があった。

「家まで何メートルなの」
「10〜60メートルです」
「幅、ありすぎでしょ!」

 よく見ると笑顔皺がある。こうした茶番も懐かしい……まるで学生の時のよう。

「少しは分かって下さいよ、思いやって濁したのに」

 軽口も叩けるようになりユーモアスキルを身につけたことで、昔聞かれた好きな食べ物を話せる。あれ以来、彼女はそれを聞いてくることは無かったが心待ちにしている。

「ふふっごめん。意地悪しちゃったわ」

 彼女の笑い皺が優しい。ふと目の前に広がる景色に意識を向ける……ずっと続けばいいのに、この温かい堤防の先には──

──必ず終わりが待っている。

「まあ、もう慣れましたけどね」
「マキナはツンデレだよね〜なんでこんなになっちゃったんだろう」

 スーパーの袋を両手に持ち私を覗き込んでくる彼女に、物理的に堤防があと何メートルか、ではなく抽象的な答えが欲しいと考えてしまった。これが終わりに対する恐れだろうか。

「相方が貴方だからでしょう」
「私のせい!?」
「何年一緒だと思うんですか。これからもですからね──先に死んではいけませんよ」
「いや、無茶じゃん」

 この軽口がいつまでも続いてほしい。そう考えながら堤防を歩く人影が随分様変わりしていることに気づく。仲良く歩いていた老夫婦は堤防で見ることはなくなって、他の記憶にある人も年を重ねていた。

 茜色の景色と共に歩み、あっという間に家に辿り着く。

「本当に、大きくなられましたね」

 立ち止まり声をかけた。夕暮れは人間にとって不思議な気持ちにさせるらしい。最初は言葉の意味が溢れていて私には理解出来なかった。それが今、その気持ちを分かった気がする。

 彼女は歳を取り最期がある──分かっているのに感慨深い。

「貴方もね。これからも一緒におばあちゃんになってね」

 振り返った彼女はそう言って微笑んだ。

 私はそれが叶わないことを知っている……おばあちゃん姿のアンドロイドは居ないのは需要が無いからだ。けれどもし造られたら? そう願うことは出来る。願いだけは自由だから。

「──喜んで」

 最期までこの姿でも良い。見守ろう、貴方が忘れてしまっても私は貴方のことをずっと覚えていよう。それまでに、人生のような堤防の先に相応しい抽象的な言葉を見つけよう。

「あっお母さんとマキナちゃん帰ってきた! おかえりー」

 そう言って玄関から飛び出したのは彼女の子ども。顔立ちは父親に似ているが内面は彼女にとても似ている、私の自慢の家族。

 私と彼女は笑い合うと、息ぴったりに答えた。

「「ただいまー」」と。





【完】



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む あとがき


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「もしかしてツンデレなの」
 彼女は表情をコロコロ変化させ片眉を器用に上げて笑っている。これがニヤニヤと、表現される顔なのだろうと理解した。この短いようで長い語らいの日々は彼女と私を育てていく。初めて歩いた時と、この茜色は変わらないのに今はとても温かい。
 私は──彼女と歩く堤防を心待ちにしていた。
 どこまでも長いこの堤防、家路の温かさが身に染みる。
「明日、仕事……行きたくない」
 茜色が指すこの堤防で、小さく響く悲しみの叫び。
 彼女はいつのまにか大人になり、紺色のスーツを着込み四角の鞄を重そうに持っている。
「行かなかったら、次の日も行きづらくなります」
「……正論、そうよね」
 そう言って、俯き歩く彼女は痩せた。アンドロイドの私でも気がきくことを話せるだろうか。
「転職ならアリです」
「でも、石の上にも3年って──」
「どこの誰ですか、古代インドの僧ですか。法律でもなく見知らぬおじさんの言葉です。貴方とは関係ありません」
 最近の彼女は表情が抜け落ち、顔色も悪い。
「そう、かな。そうだよね、私の人生だし」
 ここのところ彼女はマイナス思考。そもそも人間はネガティブ本能が刻まれている。身を守るための必要な機能であり危機を察知しやすい特性だが、あまり敏感すぎると自分を苦しめる鎖となる厄介なものである。
「自分だけは自分の味方でいてください。それが無理なら、私が貴方の味方でいましょう」
 俯き黙ってしまった彼女。予測、他人に酷い事を言われたのだろう。
「他人の話は半分に聞くものです。何故なら他人は貴方のことを100%理解出来ないからです」
 これ以上のマイナス思考は健康状態の悪化につながるので推奨出来ない。
「でもね、他人にがんばったねって言ってほしいの」
「それは難しいです。他人は貴方の欲しい言葉を的確に話せません。──勝手に期待した分傷つくのは貴方です」
「──確かに。そして今、結構傷ついたんだけど」
 どうやら私は言い方が悪かったようだ。けれど、健康悪化するのを止めたいのが最優先なのだ。
「それはすみません。話は半分で聞いて下さい」
「まあ、いいわ。便利な言葉ね」
 話しているうちに、頬が緩んだ彼女は少しいつもの調子が戻った。
「貴方は何も悪くありません。その他人と波長が合わないだけです。仕事も頑張っています──貴方は必要な人間です」
 この最後の言葉は言うつもりは無かった。会社や社会体裁より彼女の生命の方が尊い。そう考えると──なぜだか言葉が出た。
「堰を切ったように褒め出すわね」
 呆れたように微笑む彼女に心で呟く。
一緒に乗り越えて行きましょう──これまでもそうだったように。ニ人なら、この長い堤防の先にどんな事があっても乗り越えられるはずだから。
「……マキナの言う通り、転職考えてみよっかな」
 ここから彼女は無事転職をし、苦労あれど穏やかな暮らしが始まった。
◇◇◇
 あれから年月を掛けて少しずつ根気強くマイナス思考は辞めさせた。そうして今は……昔に想いを馳せ、この美しい夕焼けを見つめていた。
「うわ、腰が痛いわ〜」
「あと少しです」
 温かく茜色が差す堤防は相変わらずで。横を見つめると背丈が大人になった彼女の姿があった。
「家まで何メートルなの」
「10〜60メートルです」
「幅、ありすぎでしょ!」
 よく見ると笑顔皺がある。こうした茶番も懐かしい……まるで学生の時のよう。
「少しは分かって下さいよ、思いやって濁したのに」
 軽口も叩けるようになりユーモアスキルを身につけたことで、昔聞かれた好きな食べ物を話せる。あれ以来、彼女はそれを聞いてくることは無かったが心待ちにしている。
「ふふっごめん。意地悪しちゃったわ」
 彼女の笑い皺が優しい。ふと目の前に広がる景色に意識を向ける……ずっと続けばいいのに、この温かい堤防の先には──
──必ず終わりが待っている。
「まあ、もう慣れましたけどね」
「マキナはツンデレだよね〜なんでこんなになっちゃったんだろう」
 スーパーの袋を両手に持ち私を覗き込んでくる彼女に、物理的に堤防があと何メートルか、ではなく抽象的な答えが欲しいと考えてしまった。これが終わりに対する恐れだろうか。
「相方が貴方だからでしょう」
「私のせい!?」
「何年一緒だと思うんですか。これからもですからね──先に死んではいけませんよ」
「いや、無茶じゃん」
 この軽口がいつまでも続いてほしい。そう考えながら堤防を歩く人影が随分様変わりしていることに気づく。仲良く歩いていた老夫婦は堤防で見ることはなくなって、他の記憶にある人も年を重ねていた。
 茜色の景色と共に歩み、あっという間に家に辿り着く。
「本当に、大きくなられましたね」
 立ち止まり声をかけた。夕暮れは人間にとって不思議な気持ちにさせるらしい。最初は言葉の意味が溢れていて私には理解出来なかった。それが今、その気持ちを分かった気がする。
 彼女は歳を取り最期がある──分かっているのに感慨深い。
「貴方もね。これからも一緒におばあちゃんになってね」
 振り返った彼女はそう言って微笑んだ。
 私はそれが叶わないことを知っている……おばあちゃん姿のアンドロイドは居ないのは需要が無いからだ。けれどもし造られたら? そう願うことは出来る。願いだけは自由だから。
「──喜んで」
 最期までこの姿でも良い。見守ろう、貴方が忘れてしまっても私は貴方のことをずっと覚えていよう。それまでに、人生のような堤防の先に相応しい抽象的な言葉を見つけよう。
「あっお母さんとマキナちゃん帰ってきた! おかえりー」
 そう言って玄関から飛び出したのは彼女の子ども。顔立ちは父親に似ているが内面は彼女にとても似ている、私の自慢の家族。
 私と彼女は笑い合うと、息ぴったりに答えた。
「「ただいまー」」と。
【完】