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第四十九話

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 焦った院は、少しでも平静を取り戻すべくその建物内部に入り込む。少しでも東仙に近づくべく、とにかく足を動かしたのだ。
 しかし、その道中で、幻聴と思える声がそこかしこから聞こえてきたのだ。最初は敵襲かと感じた院は、その場で戦闘態勢を取るも、一向に敵はやってこない。若干の薄気味悪さを感じながらも、その建物内を下っていく。
 聞こえる声は、実に楽しそうな子供の声だったり、両親と思える人物の笑い声だったり。院にとって、幻聴に近い状態で聞こえてくる意味が理解できなかったのだ。
(――この世界の成り立ちと、何か関係があるのでしょうか)
 歩を早める院の前に現れる、数多くの写真風の絵画。通路や部屋中に、多くのそれが飾られていたのだ。
 それら一つ一つをじっくりと見ると、楽しさの中に悲しさを感じ取れたのだ。いつか、この平穏な生活が崩れ去っていくのか、という、未来が見えているかのような絵画のタッチ。油絵で描かれているその様子は、胸中をざわつかせる。
「――これって」
 院が言葉を失った、一枚の絵画。それは……今は無き埼玉郊外に存在していた、スラム街。それを高所から表した絵画であった。
「何で、スラム街が……?」
 その疑問を解消していく、残虐な絵画たち。そこには、多くのものに虐げられているスラムの住人達の絵画。女子供一切関係なく、抵抗する者も無抵抗の者も、一切の感情の乱れなく平等に殺戮していく。そこにその概念は存在しないはずなのに、そこから死臭が漂ってくると誤認してしまうほど、鮮明であったのだ。
「ここまで事細かに描かれているのは、なぜ……?」
 次第に、小窓から見える空は下層に近づいていた。ワイヤーガンでかなりの距離を上ったはずなのに、建物内から下層に向かう場合は、実に体感として早いもの。速度は圧倒的にワイヤーガンの方が早かったはずなのに、絵画に秘められた感情を読み取りながら歩いているだけで、スタート地点近辺まで下りていたのだ。
 これが、東仙がかなりの距離を落ちた院を、簡単に追跡できた理由だろう。
 細かく納得していきながら、徐々に歩を早めていく。その理由は、先ほどから目に映る絵画と幻聴が、その惨劇のもの由来ばかりであったのだ。
 肉を割かれ、爪を剥がれ。髪の毛など平気で毟り取り、犯してから見るも無残に惨殺。それが男女問わず、果てには子供である免罪符などあるはずもなく、等しく大人と同じ被害を受ける。ただただ気分が悪くなっていった。
 その渦中に叩き込まれたかのような、負の感情ばかりが溢れ出してきそうだったのだ。
 ただ生まれた場所が少し異なっていただけで、ここまで残酷になれる人間の醜さが、院の不快感を増幅させていた。
 あまりにもの、血肉のオンパレード。涙など流れ落ちる前に、それぞれの肉体から実に温かい『いのち』が濁流のごとく流れ落ちていく。
 そんな絵画や幻聴に苛まれながら歩を進めていくと、絵画や幻聴の雰囲気ががらりと変わっていった。それと同時にかなりの下層まで迫っていたのだ。遠くに感じていた東仙の魔力がそこまで距離を開けず、さらなる下層に、確かに存在しているのを感じるのだ。
 触れていく絵画群に描かれているのは、今まさに存在する埼玉支部。そして多くの埼玉支部所属の『教会』メンバーたち。それぞれ、作者紹介かのように略歴が記されていたのだ。
 しかし、その中で唯一、恨めしそうに。高尚な芸術作品をぶち壊すかのように、建物用の赤いペンキと巨大な刷毛|《ハケ》でバツ印を付けていたのは、他でもないグラトニー。自分の所属する支部の頂点を、ここまで恨めしそうに考える理由は、そう多くはない。
 一つの仮説に辿り着こうとする院の目の前に、急にルール説明のホログラムが現れる。理路整然と説明画面の役割を果たしていたはずの画面が、唐突に乱れ始める。まるでバグでも起こったかのように、ルール画面をもてあそんでいくノイズ。いくつかの文字だけが残り、その後アナグラムとして組み変わっていく。やがて出来上がった文章は、『どちらか一人しか脱出は出来ない』。
(実に――趣味の悪い。まだ入学前丙良先輩に叩き込まれた、あのゲーム空間の方が数百倍マシですわよ)
 だんだんと、院はこの空間の正体に気付いていた。そして、この空間の持つ悪質性も。
 『誰か』の意思とは真逆に進み続ける、それ以外に生き残る道のない最悪の世界。
「――この空間に取り残された者は……死ぬ。体のいい、自殺のフィールドということですわ」
 階段を降り切ったその先には、当初の明るい雰囲気など微塵も感じさせない、陰鬱な表情の東仙であった。
「全て……俺が招いたこと。それに巻き込んだこと……非常に悪く思うよ」

 この別世界、通称『アマノジャクフィールド』。全て思ったことと真逆の事柄が起こりうる、実に何でもありの世界。
 それは、彼の内面を表現したものであるのだ。
 彼が公平な勝負を望めば望むほど、院に分の悪いものになる。
 彼が少しでも応援したくなるほど、その攻撃は苛烈なものに。
 彼が私情に巻き込みたくないと考えるほど、院はこの空間に飲み込まれていく。
 彼の真なる願いである「自死」を願えば願うほど、彼の思いとは裏腹に世界が院を攻め立てる。
 スラム生まれで親を早くに亡くし、天邪鬼となってしまった東仙の願いを阻むための、グラトニーの最悪の嫌がらせであった。
「――どう足掻いても、この世界の常識は覆らない。奴に逆らおうなんて考えたのが……俺の失敗だったんだ」
 本心から漏れ出る、東仙の悲痛な叫び。
 あの『ホロコースト事件』で多くの存在を失ってから、長年恨みをため込み、それをひた隠しにしながら生きてきた東仙。それがこの世界を生み出す要因となっている。グラトニーという性悪を叩き潰すためになら、いくらでも自分を殺して見せる、そう覚悟を決めたが故の『天邪鬼』であったのだ。
 自分を取るか、少しでも奴を討ち取れる存在を取るか。二つに一つしかない。
 それゆえに、ルール改変など……彼の望んだことではないのだろう。しかし、この世界の性質上、仕方のないこと。できるなら、二人でここを抜け出してグラトニーに一発でも拳を叩きこみたいのだろう。でも、それは不可能なのだ。
「――だから……どれだけ腕っぷしがなかろうと……立ち向かって死んだ方が――――君の罪悪感を軽減する助けになるかな」
「……それ以上は、やめなさい」
 正直、ここに至るまでの道のりで、院は戦闘意欲を失っていた。あの凄惨な絵画や幻聴……すなわち、東仙の見てきた世界や実際の幻聴が本人の意思とは真逆に現れた結果、牙を抜かれたのだ。そんな被害者同然の復讐者|《アヴェンジャー》に対し、殺してやろうとか、この世界から自分が一刻も早く出たいだとか、そういった気持ちは微塵も無かった。
「――貴方は、今まで信じられないほどの辛い経験をしてきたのだか。正直、他人の私には分かりきれない部分があります。だから……せめて、救いになりたいのです」
 礼安が、一切の濁りなきお人よしなら、院もまたそのお人よしになってしまう。礼安を一番大事に思う気持ちはあるが、それでいて困った存在を助けたいと思うのもまた本音。
 しかし、東仙はそれでいて戦意喪失状態にあった。自分だけにどうこうできるほど、この眼前に立つ存在は甘くない、と。東仙の向かう先には、この世界の出口の扉があった。しかし、その先に足を運ぶ意思がなかったのだ。
 だが、院は変身を解除し、東仙の頬を平手打ちする。
「――生きることを、諦めないでくださいまし。いくら自分に自信がなかろうとも、私がその復讐する対象でなくとも。少しくらいは、形だけでも敵対しているのなら、泥臭くしがみ付きなさい!! 打ち負かしてやる、って……少しくらいは復讐心をばねに、私たち英雄に立ち向かって見せなさい!!」
 力が弱いから、素質がないから。それは戦わない理由にはならない。どれだけ差があろうとも、誰かを守るために戦う存在こそ、英雄。東仙はそうでなくとも、素養は確かなもの。魔力性質とその扱い方は並より圧倒的に上。だからこそ、戦わずに命を擲とうとする消極的な姿勢が、院の癪に障ったのだ。
 東仙は、チーティングドライバーを手にするも、未だ表情は暗いままであった。
「――俺は、君を傷つけたくはない。君たち英雄サイドがこの先の世界で、うちのトップを蹴落としてくれた方が……正直確実だ。俺は復讐心ばかりで……きっとアイツを殺せない。スラムの人たちの願いも――果たせない」
 口にしているのは、間違いなく本心。しかし、世界はそんな東仙の意思を感じ取り、東仙の思考を、脳内を汚染していく。本心から傷つけたくないのなら、無理やり傷つけさせる心持にさせる。
 激痛を伴った洗脳は、苦悶の叫びを上げさせるには充分であった。しかし、駆け寄って気にかけようとした院を、「来るな」と苦しそうではあったが制止する東仙。
「――だから、俺を倒せ英雄|《ヒーロー》!! スラム上がりの俺の意思を、『ホロコースト事件』で犠牲になったスラムの人々の意志を、無駄にしないでくれ!!」
 チーティングドライバーから延びる複数の管。それが東仙の下腹部に取り付き、強制的に変身。東仙は激痛を負いながら体が異形化していくのであった。
『Crunch The Story――――Game Start』
 変身しきった東仙は、叫び声一つ上げない、静かな武士となった。腕が刀の刃となっており、体の各所に触れるものすべて傷つけてしまいそうなほどの、鋭利な棘を生やしていた。彼の精神性が伺える、周りの教会関係者全てを敵対視してきた敵意が現れていたのだ。
「何てこと……それほどにこの世界の強制力は強かった、と」
 襲い掛かる、意思なき傀儡と化した東仙の攻撃を避けつつ、一瞬の思考の後ドライバーを再起動。院もまた、東仙のために彼と戦う覚悟を決めたのだ。
「――――変身!!」
 焔が院を覆い、やがて攻撃を受け止めながら生まれるは新装装甲。
 元々の炎の意匠が施された装甲から、さらにグレードアップ。あの時はあくまで仮契約のまま戦場に飛び込んだものの、さらに防御力や各部出力が向上。それぞれのカラーリングも明暗のメリハリがつき、戦士としての鎧として磨きがかかった。
「――どれほどに戦うこと自体が辛くとも。立ち向かってくる以上は容赦しません。まだ……私の願いは果たされないままなのですから!!」
 脳裏に浮かぶ、優しい笑顔の礼安。どれだけの窮地ですら、あの子のためだったら限界を超えて戦い続けられる。それこそが、彼女の誇りであり、限界を越えられる存在であった。
「――王の御前よ、道を開けなさい!!」



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 焦った院は、少しでも平静を取り戻すべくその建物内部に入り込む。少しでも東仙に近づくべく、とにかく足を動かしたのだ。
 しかし、その道中で、幻聴と思える声がそこかしこから聞こえてきたのだ。最初は敵襲かと感じた院は、その場で戦闘態勢を取るも、一向に敵はやってこない。若干の薄気味悪さを感じながらも、その建物内を下っていく。
 聞こえる声は、実に楽しそうな子供の声だったり、両親と思える人物の笑い声だったり。院にとって、幻聴に近い状態で聞こえてくる意味が理解できなかったのだ。
(――この世界の成り立ちと、何か関係があるのでしょうか)
 歩を早める院の前に現れる、数多くの写真風の絵画。通路や部屋中に、多くのそれが飾られていたのだ。
 それら一つ一つをじっくりと見ると、楽しさの中に悲しさを感じ取れたのだ。いつか、この平穏な生活が崩れ去っていくのか、という、未来が見えているかのような絵画のタッチ。油絵で描かれているその様子は、胸中をざわつかせる。
「――これって」
 院が言葉を失った、一枚の絵画。それは……今は無き埼玉郊外に存在していた、スラム街。それを高所から表した絵画であった。
「何で、スラム街が……?」
 その疑問を解消していく、残虐な絵画たち。そこには、多くのものに虐げられているスラムの住人達の絵画。女子供一切関係なく、抵抗する者も無抵抗の者も、一切の感情の乱れなく平等に殺戮していく。そこにその概念は存在しないはずなのに、そこから死臭が漂ってくると誤認してしまうほど、鮮明であったのだ。
「ここまで事細かに描かれているのは、なぜ……?」
 次第に、小窓から見える空は下層に近づいていた。ワイヤーガンでかなりの距離を上ったはずなのに、建物内から下層に向かう場合は、実に体感として早いもの。速度は圧倒的にワイヤーガンの方が早かったはずなのに、絵画に秘められた感情を読み取りながら歩いているだけで、スタート地点近辺まで下りていたのだ。
 これが、東仙がかなりの距離を落ちた院を、簡単に追跡できた理由だろう。
 細かく納得していきながら、徐々に歩を早めていく。その理由は、先ほどから目に映る絵画と幻聴が、その惨劇のもの由来ばかりであったのだ。
 肉を割かれ、爪を剥がれ。髪の毛など平気で毟り取り、犯してから見るも無残に惨殺。それが男女問わず、果てには子供である免罪符などあるはずもなく、等しく大人と同じ被害を受ける。ただただ気分が悪くなっていった。
 その渦中に叩き込まれたかのような、負の感情ばかりが溢れ出してきそうだったのだ。 ただ生まれた場所が少し異なっていただけで、ここまで残酷になれる人間の醜さが、院の不快感を増幅させていた。
 あまりにもの、血肉のオンパレード。涙など流れ落ちる前に、それぞれの肉体から実に温かい『いのち』が濁流のごとく流れ落ちていく。
 そんな絵画や幻聴に苛まれながら歩を進めていくと、絵画や幻聴の雰囲気ががらりと変わっていった。それと同時にかなりの下層まで迫っていたのだ。遠くに感じていた東仙の魔力がそこまで距離を開けず、さらなる下層に、確かに存在しているのを感じるのだ。
 触れていく絵画群に描かれているのは、今まさに存在する埼玉支部。そして多くの埼玉支部所属の『教会』メンバーたち。それぞれ、作者紹介かのように略歴が記されていたのだ。
 しかし、その中で唯一、恨めしそうに。高尚な芸術作品をぶち壊すかのように、建物用の赤いペンキと巨大な刷毛|《ハケ》でバツ印を付けていたのは、他でもないグラトニー。自分の所属する支部の頂点を、ここまで恨めしそうに考える理由は、そう多くはない。
 一つの仮説に辿り着こうとする院の目の前に、急にルール説明のホログラムが現れる。理路整然と説明画面の役割を果たしていたはずの画面が、唐突に乱れ始める。まるでバグでも起こったかのように、ルール画面をもてあそんでいくノイズ。いくつかの文字だけが残り、その後アナグラムとして組み変わっていく。やがて出来上がった文章は、『どちらか一人しか脱出は出来ない』。
(実に――趣味の悪い。まだ入学前丙良先輩に叩き込まれた、あのゲーム空間の方が数百倍マシですわよ)
 だんだんと、院はこの空間の正体に気付いていた。そして、この空間の持つ悪質性も。
 『誰か』の意思とは真逆に進み続ける、それ以外に生き残る道のない最悪の世界。
「――この空間に取り残された者は……死ぬ。体のいい、自殺のフィールドということですわ」
 階段を降り切ったその先には、当初の明るい雰囲気など微塵も感じさせない、陰鬱な表情の東仙であった。
「全て……俺が招いたこと。それに巻き込んだこと……非常に悪く思うよ」
 この別世界、通称『アマノジャクフィールド』。全て思ったことと真逆の事柄が起こりうる、実に何でもありの世界。
 それは、彼の内面を表現したものであるのだ。
 彼が公平な勝負を望めば望むほど、院に分の悪いものになる。
 彼が少しでも応援したくなるほど、その攻撃は苛烈なものに。
 彼が私情に巻き込みたくないと考えるほど、院はこの空間に飲み込まれていく。
 彼の真なる願いである「自死」を願えば願うほど、彼の思いとは裏腹に世界が院を攻め立てる。
 スラム生まれで親を早くに亡くし、天邪鬼となってしまった東仙の願いを阻むための、グラトニーの最悪の嫌がらせであった。
「――どう足掻いても、この世界の常識は覆らない。奴に逆らおうなんて考えたのが……俺の失敗だったんだ」
 本心から漏れ出る、東仙の悲痛な叫び。
 あの『ホロコースト事件』で多くの存在を失ってから、長年恨みをため込み、それをひた隠しにしながら生きてきた東仙。それがこの世界を生み出す要因となっている。グラトニーという性悪を叩き潰すためになら、いくらでも自分を殺して見せる、そう覚悟を決めたが故の『天邪鬼』であったのだ。
 自分を取るか、少しでも奴を討ち取れる存在を取るか。二つに一つしかない。
 それゆえに、ルール改変など……彼の望んだことではないのだろう。しかし、この世界の性質上、仕方のないこと。できるなら、二人でここを抜け出してグラトニーに一発でも拳を叩きこみたいのだろう。でも、それは不可能なのだ。
「――だから……どれだけ腕っぷしがなかろうと……立ち向かって死んだ方が――――君の罪悪感を軽減する助けになるかな」
「……それ以上は、やめなさい」
 正直、ここに至るまでの道のりで、院は戦闘意欲を失っていた。あの凄惨な絵画や幻聴……すなわち、東仙の見てきた世界や実際の幻聴が本人の意思とは真逆に現れた結果、牙を抜かれたのだ。そんな被害者同然の復讐者|《アヴェンジャー》に対し、殺してやろうとか、この世界から自分が一刻も早く出たいだとか、そういった気持ちは微塵も無かった。
「――貴方は、今まで信じられないほどの辛い経験をしてきたのだか。正直、他人の私には分かりきれない部分があります。だから……せめて、救いになりたいのです」
 礼安が、一切の濁りなきお人よしなら、院もまたそのお人よしになってしまう。礼安を一番大事に思う気持ちはあるが、それでいて困った存在を助けたいと思うのもまた本音。
 しかし、東仙はそれでいて戦意喪失状態にあった。自分だけにどうこうできるほど、この眼前に立つ存在は甘くない、と。東仙の向かう先には、この世界の出口の扉があった。しかし、その先に足を運ぶ意思がなかったのだ。
 だが、院は変身を解除し、東仙の頬を平手打ちする。
「――生きることを、諦めないでくださいまし。いくら自分に自信がなかろうとも、私がその復讐する対象でなくとも。少しくらいは、形だけでも敵対しているのなら、泥臭くしがみ付きなさい!! 打ち負かしてやる、って……少しくらいは復讐心をばねに、私たち英雄に立ち向かって見せなさい!!」
 力が弱いから、素質がないから。それは戦わない理由にはならない。どれだけ差があろうとも、誰かを守るために戦う存在こそ、英雄。東仙はそうでなくとも、素養は確かなもの。魔力性質とその扱い方は並より圧倒的に上。だからこそ、戦わずに命を擲とうとする消極的な姿勢が、院の癪に障ったのだ。
 東仙は、チーティングドライバーを手にするも、未だ表情は暗いままであった。
「――俺は、君を傷つけたくはない。君たち英雄サイドがこの先の世界で、うちのトップを蹴落としてくれた方が……正直確実だ。俺は復讐心ばかりで……きっとアイツを殺せない。スラムの人たちの願いも――果たせない」
 口にしているのは、間違いなく本心。しかし、世界はそんな東仙の意思を感じ取り、東仙の思考を、脳内を汚染していく。本心から傷つけたくないのなら、無理やり傷つけさせる心持にさせる。
 激痛を伴った洗脳は、苦悶の叫びを上げさせるには充分であった。しかし、駆け寄って気にかけようとした院を、「来るな」と苦しそうではあったが制止する東仙。
「――だから、俺を倒せ英雄|《ヒーロー》!! スラム上がりの俺の意思を、『ホロコースト事件』で犠牲になったスラムの人々の意志を、無駄にしないでくれ!!」
 チーティングドライバーから延びる複数の管。それが東仙の下腹部に取り付き、強制的に変身。東仙は激痛を負いながら体が異形化していくのであった。
『Crunch The Story――――Game Start』
 変身しきった東仙は、叫び声一つ上げない、静かな武士となった。腕が刀の刃となっており、体の各所に触れるものすべて傷つけてしまいそうなほどの、鋭利な棘を生やしていた。彼の精神性が伺える、周りの教会関係者全てを敵対視してきた敵意が現れていたのだ。
「何てこと……それほどにこの世界の強制力は強かった、と」
 襲い掛かる、意思なき傀儡と化した東仙の攻撃を避けつつ、一瞬の思考の後ドライバーを再起動。院もまた、東仙のために彼と戦う覚悟を決めたのだ。
「――――変身!!」
 焔が院を覆い、やがて攻撃を受け止めながら生まれるは新装装甲。
 元々の炎の意匠が施された装甲から、さらにグレードアップ。あの時はあくまで仮契約のまま戦場に飛び込んだものの、さらに防御力や各部出力が向上。それぞれのカラーリングも明暗のメリハリがつき、戦士としての鎧として磨きがかかった。
「――どれほどに戦うこと自体が辛くとも。立ち向かってくる以上は容赦しません。まだ……私の願いは果たされないままなのですから!!」
 脳裏に浮かぶ、優しい笑顔の礼安。どれだけの窮地ですら、あの子のためだったら限界を超えて戦い続けられる。それこそが、彼女の誇りであり、限界を越えられる存在であった。
「――王の御前よ、道を開けなさい!!」