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第57.5話 拠点会話・母と娘

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先の戦いで正気を取り戻し、一行についていくことになった司祭吏廻琉。
茶色の髪と瞳を持ち、他の司祭と比べると地味な色あいだが、その美しさと魔力は下手な司祭より優れている。

彼女は本名をエリミアといい、かつてサンライトにおいて主要な身分の司祭の一人だった身だ。
司祭故の光魔法と、他者の記憶に干渉する魔法「アリアラーゼ」を得意としているが、それを使うことは滅多にない。

彼女はサンライトで暮らす間、かつてセドラルの修道院に預けた娘のことを想っていた。
もう、実に30年間会っていない。
5万年を生きている彼女にとってはわずかな年月のはずだが、娘がいないというだけでこうも長く感じるものなのか。
思えば、かつて夫を亡くした直後もこんな感じだった。
大切な人がいないというのが、これほどまでに心に大きな影響を与えるものだとは。
サンライトにいた時の彼女は、そんなことをふと考えることがあった。

だが、今はもう違う。形はどうあれ、愛しい娘と再会できたのだ。
種族の慣習故に仕方ないとはいえ、30年もの間まともに外に出られず、母である自分に会うこともできなかったキョウラの気持ちを考えると、申し訳ないと思う。
しかし、同時に嬉しくもあった。
しばらく見ていない間に、娘は見違えるほど成長していたのだから。

そして、彼女は娘の成長を遠くから見守っている。
今も、一人で聖典を読む娘を物陰から静かに見守っている。

と、キョウラは突如聖典を閉じ、席を立った。
部屋に戻るのか、と思ったが、キョウラは部屋の一角まで足を運んで座りこみ、手を合わせて目を閉じた。
その様子を見て、吏廻琉は何が始まるのか悟った。

「カトリア様、どうか私が皆様を救うことができますように。どうか、この旅が無事に終わりますように」
祈り…修道士系種族が、毎日行うこととされている行為だ。
目を閉じて合掌し、サンライトの建国者であり八勇者の一人である司祭カトリアの名を呼びながら密かな願いや夢を語ったり、自身の過ちを懺悔したりする。

まあ、正直何を言うかは然程重要ではない。
この行為の目的は、聖職者として必須の信仰心の維持と向上、及び精神力の鍛錬なのだ。
前者は言わずもがな、後者は高いほど誘惑に惑わされず、意思を貫く力が身につくため、修道士にとっても重要なのである。

そのことを知っている吏廻琉は、部屋を去ろうとした。
これから語られるのは、娘のプライベートな一面だ。母親とはいえ、干渉するのは控えたい。
祈りを行っていること自体はわかったのだから、今日はもういいだろう。
そう思った彼女の耳に、娘の祈りが入ってきた。


「どうか、お母様が昔と同じ優しい人に戻りますように。旅が終わっても、お母様が私のことを忘れませんように。いつか、私がお母様と同じ司祭になれますように」

それを聞いて、吏廻琉は何かを思った。





「キョウラ」
吏廻琉は、公共スペースにいたキョウラに声をかけた。
「お母様…!いかがされました?」

「その…何というか。ごめんね、色々と…」

「なぜ、謝るのですか?」

「この30年間、あなたには度々つらい思いをさせてしまった。修道院に入った後、一度も会いに行けなくてごめんなさいね」
外部の者が修道院内で生活している者に面会することは可能なので、本来なら一定感覚で面会すべきところだが、吏廻琉は様々な事情があってそれが叶わなかったのだ。

「なんだ、そんなことですか。それなら、大丈夫です。私、修道院にいた時もお母様のことを一時も忘れませんでしたから」

「…それは嬉しいわ。けど、やっぱり寂しかったでしょう?」

「それは…」
キョウラは、複雑な表情をした。
「寂しくなかったと言えば、嘘になります。ですが、私はいつもこう思っていました。お母様はサンライト国の司祭であり、忙しい。だから、私に会いに来たくても来られないのだと…」

「キョウラ…」
確かにその通りだ。だが、まだ10歳を過ぎたばかりの娘にそのような考えを持たせるということが、果たしていいことなのかと思った。

「それに、今はこうしてお母様と一緒に暮らせています。私は、それだけで十分幸せです。だから、お母様が謝る必要はありません」

「…」
吏廻琉は、キョウラが母に会えない寂しさのあまり何もする気が起きなかったり、時には泣いたりすることがあったことを知っている。
みんなそうだとも言えるが、やはり心苦しいものだ。

そしてこれを機に、吏廻琉はあることを考えるようになったのだった。





数日後、吏廻琉は再びキョウラに声をかけた。
「キョウラ」

「何でしょう?」

「あなたは今、外界回りの最中だったはずよね?」

「はい。それが何か?」

「なら、それが終わったら、2人で暮らさない?」

「えっ…?」
キョウラにとって、それはまさしく願ってもない提案だった。

「外界回りを終わらせるか、僧侶になれば、規則上は修道院を離れても問題ないはず。だから…ね?かつてのように、母娘2人で暮らしましょう」

「なぜ、唐突にそんなことを…?」

「いや…なんというのかしら。あなたにいろいろとつらい想いをさせてしまったことの償いと、私自身の理想のため…といった感じかしら」

「お母様の理想?」

「ええ。私はね、本当は家族みんなで穏やかに暮らしたかったの。夫…つまりあなたの父もそう。家族揃って、平穏な暮らしができればそれでいい…それが、私の理想だったのよ」

「…」

「夫は異種族故に早くに亡くなってしまったけど、私にはまだあなたがいる。…キョウラ。また、かつてのように暮らしましょう。もう、あなたを離したりしないから…」

「お母様…」

キョウラは、静かに母に歩み寄った。
彼女もまた、娘を静かに抱きしめた。
2人は、共に一滴の涙を流していた。





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先の戦いで正気を取り戻し、一行についていくことになった司祭吏廻琉。茶色の髪と瞳を持ち、他の司祭と比べると地味な色あいだが、その美しさと魔力は下手な司祭より優れている。
彼女は本名をエリミアといい、かつてサンライトにおいて主要な身分の司祭の一人だった身だ。
司祭故の光魔法と、他者の記憶に干渉する魔法「アリアラーゼ」を得意としているが、それを使うことは滅多にない。
彼女はサンライトで暮らす間、かつてセドラルの修道院に預けた娘のことを想っていた。
もう、実に30年間会っていない。
5万年を生きている彼女にとってはわずかな年月のはずだが、娘がいないというだけでこうも長く感じるものなのか。
思えば、かつて夫を亡くした直後もこんな感じだった。
大切な人がいないというのが、これほどまでに心に大きな影響を与えるものだとは。
サンライトにいた時の彼女は、そんなことをふと考えることがあった。
だが、今はもう違う。形はどうあれ、愛しい娘と再会できたのだ。
種族の慣習故に仕方ないとはいえ、30年もの間まともに外に出られず、母である自分に会うこともできなかったキョウラの気持ちを考えると、申し訳ないと思う。
しかし、同時に嬉しくもあった。
しばらく見ていない間に、娘は見違えるほど成長していたのだから。
そして、彼女は娘の成長を遠くから見守っている。
今も、一人で聖典を読む娘を物陰から静かに見守っている。
と、キョウラは突如聖典を閉じ、席を立った。
部屋に戻るのか、と思ったが、キョウラは部屋の一角まで足を運んで座りこみ、手を合わせて目を閉じた。
その様子を見て、吏廻琉は何が始まるのか悟った。
「カトリア様、どうか私が皆様を救うことができますように。どうか、この旅が無事に終わりますように」
祈り…修道士系種族が、毎日行うこととされている行為だ。
目を閉じて合掌し、サンライトの建国者であり八勇者の一人である司祭カトリアの名を呼びながら密かな願いや夢を語ったり、自身の過ちを懺悔したりする。
まあ、正直何を言うかは然程重要ではない。
この行為の目的は、聖職者として必須の信仰心の維持と向上、及び精神力の鍛錬なのだ。
前者は言わずもがな、後者は高いほど誘惑に惑わされず、意思を貫く力が身につくため、修道士にとっても重要なのである。
そのことを知っている吏廻琉は、部屋を去ろうとした。
これから語られるのは、娘のプライベートな一面だ。母親とはいえ、干渉するのは控えたい。
祈りを行っていること自体はわかったのだから、今日はもういいだろう。
そう思った彼女の耳に、娘の祈りが入ってきた。
「どうか、お母様が昔と同じ優しい人に戻りますように。旅が終わっても、お母様が私のことを忘れませんように。いつか、私がお母様と同じ司祭になれますように」
それを聞いて、吏廻琉は何かを思った。
「キョウラ」
吏廻琉は、公共スペースにいたキョウラに声をかけた。
「お母様…!いかがされました?」
「その…何というか。ごめんね、色々と…」
「なぜ、謝るのですか?」
「この30年間、あなたには度々つらい思いをさせてしまった。修道院に入った後、一度も会いに行けなくてごめんなさいね」
外部の者が修道院内で生活している者に面会することは可能なので、本来なら一定感覚で面会すべきところだが、吏廻琉は様々な事情があってそれが叶わなかったのだ。
「なんだ、そんなことですか。それなら、大丈夫です。私、修道院にいた時もお母様のことを一時も忘れませんでしたから」
「…それは嬉しいわ。けど、やっぱり寂しかったでしょう?」
「それは…」
キョウラは、複雑な表情をした。
「寂しくなかったと言えば、嘘になります。ですが、私はいつもこう思っていました。お母様はサンライト国の司祭であり、忙しい。だから、私に会いに来たくても来られないのだと…」
「キョウラ…」
確かにその通りだ。だが、まだ10歳を過ぎたばかりの娘にそのような考えを持たせるということが、果たしていいことなのかと思った。
「それに、今はこうしてお母様と一緒に暮らせています。私は、それだけで十分幸せです。だから、お母様が謝る必要はありません」
「…」
吏廻琉は、キョウラが母に会えない寂しさのあまり何もする気が起きなかったり、時には泣いたりすることがあったことを知っている。
みんなそうだとも言えるが、やはり心苦しいものだ。
そしてこれを機に、吏廻琉はあることを考えるようになったのだった。
数日後、吏廻琉は再びキョウラに声をかけた。
「キョウラ」
「何でしょう?」
「あなたは今、外界回りの最中だったはずよね?」
「はい。それが何か?」
「なら、それが終わったら、2人で暮らさない?」
「えっ…?」
キョウラにとって、それはまさしく願ってもない提案だった。
「外界回りを終わらせるか、僧侶になれば、規則上は修道院を離れても問題ないはず。だから…ね?かつてのように、母娘2人で暮らしましょう」
「なぜ、唐突にそんなことを…?」
「いや…なんというのかしら。あなたにいろいろとつらい想いをさせてしまったことの償いと、私自身の理想のため…といった感じかしら」
「お母様の理想?」
「ええ。私はね、本当は家族みんなで穏やかに暮らしたかったの。夫…つまりあなたの父もそう。家族揃って、平穏な暮らしができればそれでいい…それが、私の理想だったのよ」
「…」
「夫は異種族故に早くに亡くなってしまったけど、私にはまだあなたがいる。…キョウラ。また、かつてのように暮らしましょう。もう、あなたを離したりしないから…」
「お母様…」
キョウラは、静かに母に歩み寄った。
彼女もまた、娘を静かに抱きしめた。
2人は、共に一滴の涙を流していた。