18
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「重荷になんてなりません。浅尾瑛士の息子というアイデンティティは、オレにとって誇りなんです。確かに、オレ自身やオレの絵を色眼鏡で見る人間も多くいます。ただ、そうじゃない奴らもいるって、藝大へ入って分かりました」
桔平くんの凛とした表情を見て、なぜだか分からないけれど涙が出てきた。ヨネちゃんや小林さん、長岡さんとの出会いがあったからだよね。だからこんなに、まっすぐな瞳で言えるんだよね。
「オレは浅尾瑛士の息子として、自分の絵を描きたい。いままでもそう思ってきたし、それはこれからも変わりません」
私は少し思い違いをしていたのかもしれないと思った。
桔平くんは決して「浅尾瑛士の息子」として見られるのが嫌なわけじゃないんだ。「浅尾瑛士の息子だからこうなんだ」という、勝手なイメージやレッテルが嫌いなだけ。
考えたら当たり前のことだよね。桔平くんが絵を描いているのは、浅尾瑛士という偉大な日本画家がいたから。そしてその人が自分の父親だから、ずっと背中を追い続けている。その名前と切っても切れない関係にあるのは当然だった。
「決して、貴方の息子になりたくないわけじゃない。面倒なクソガキだったオレを、戸惑いながらもいつも案じてくれていた。その気持ちにはとても感謝しています。そして恩を返せるようになりたいと、心から思っています」
ひとつひとつ言葉を選びながら、桔平くんはゆっくりと話している。その横顔は、いつも以上に大人びて見えた。
「でも全員が浅尾の戸籍を抜けてしまうと、きっと父が寂しがります。だからせめて、オレだけでも残っていてやりたいんです。同じ道を選んだからこそ、なおさら」
「桔平……」
お母様の綺麗な瞳から、宝石のような涙が零れ落ちる。楓お姉さんの目も赤くなっていた。私は思わずもらい泣きしてしまって、慌ててハンカチを取り出す。
「そうか……ようやく、桔平君の気持ちを、ちゃんと聞けた気がするよ」
張りつめていた空気が柔らかくなった。本條さんは、穏やかで深い眼差しを桔平くんに向けている。
「そこまで言うなら、いまのままにしておこう。ただ戸籍上のつながりがあろうとなかろうと、大切な家族であることは変わらないからね。これからも、なにかあれば遠慮なく言ってきなさい。もちろん、愛茉さんもね」
「は、はい。ありがとうございます」
「……愛茉、鼻水」
「えっ!」
慌てて顔の下半分をハンカチで隠すと、桔平くんが吹き出した。
「出てねぇよ」
……ひどい、こんなときまで。思わず桔平くんを横目で睨むと、お母様の明るい笑い声が部屋に響いた。
「うふふ。桔平ったら、本当に愛茉ちゃんが好きなのねぇ」
「まったく、子供じゃないんだから。こんなに素敵なレディに対して失礼よ、桔平」
楓お姉さんが呆れ顔でたしなめる。そこにまたお母様の笑い声が重なって、笑顔の花が咲いた。
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桔平くんの凛とした表情を見て、なぜだか分からないけれど涙が出てきた。ヨネちゃんや小林さん、長岡さんとの出会いがあったからだよね。だからこんなに、まっすぐな瞳で言えるんだよね。
「オレは浅尾瑛士の息子として、自分の絵を描きたい。いままでもそう思ってきたし、それはこれからも変わりません」
私は少し思い違いをしていたのかもしれないと思った。
桔平くんは決して「浅尾瑛士の息子」として見られるのが嫌なわけじゃないんだ。「浅尾瑛士の息子だからこうなんだ」という、勝手なイメージやレッテルが嫌いなだけ。
考えたら当たり前のことだよね。桔平くんが絵を描いているのは、浅尾瑛士という偉大な日本画家がいたから。そしてその人が自分の父親だから、ずっと背中を追い続けている。その名前と切っても切れない関係にあるのは当然だった。
「決して、貴方の息子になりたくないわけじゃない。面倒なクソガキだったオレを、戸惑いながらもいつも案じてくれていた。その気持ちにはとても感謝しています。そして恩を返せるようになりたいと、心から思っています」
ひとつひとつ言葉を選びながら、桔平くんはゆっくりと話している。その横顔は、いつも以上に大人びて見えた。
「でも全員が浅尾の戸籍を抜けてしまうと、きっと父が寂しがります。だからせめて、オレだけでも残っていてやりたいんです。同じ道を選んだからこそ、なおさら」
「桔平……」
お母様の綺麗な瞳から、宝石のような涙が零れ落ちる。楓お姉さんの目も赤くなっていた。私は思わずもらい泣きしてしまって、慌ててハンカチを取り出す。
「そうか……ようやく、桔平君の気持ちを、ちゃんと聞けた気がするよ」
張りつめていた空気が柔らかくなった。本條さんは、穏やかで深い眼差しを桔平くんに向けている。
「そこまで言うなら、いまのままにしておこう。ただ戸籍上のつながりがあろうとなかろうと、大切な家族であることは変わらないからね。これからも、なにかあれば遠慮なく言ってきなさい。もちろん、愛茉さんもね」
「は、はい。ありがとうございます」
「……愛茉、鼻水」
「えっ!」
慌てて顔の下半分をハンカチで隠すと、桔平くんが吹き出した。
「出てねぇよ」
……ひどい、こんなときまで。思わず桔平くんを横目で睨むと、お母様の明るい笑い声が部屋に響いた。
「うふふ。桔平ったら、本当に愛茉ちゃんが好きなのねぇ」
「まったく、子供じゃないんだから。こんなに素敵なレディに対して失礼よ、桔平」
楓お姉さんが呆れ顔でたしなめる。そこにまたお母様の笑い声が重なって、笑顔の花が咲いた。