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Guest1 笑わない小さなお客様 ④

ー/ー



「――田崎様に別れたご主人の連絡先を聞いた!? どうして俺がいない間にそういう勝手なことするかな!」

(ああ、やっぱり……)

 オーナーのオフィスで一緒にお昼の賄いを食べている時、わたしは陸さんに予想どおり怒られた。お客様の事情に立ち入りすぎだと。それはホテルマンとして行き過ぎた職権濫用だと。

「……ゴメンなさい、陸さん。わたし、職権濫用だってことはちゃんとわかってるし、反省してます。でもね、これは美優ちゃんの笑顔を取り戻すためにどーーーしても必要なことだったの」

「…………」

 陸さんはオムライスを食べる手を止め、スプーンを握ったままわたしを数秒間睨んだ。考えていることはだいたい分かる。こいつは本当に反省してるのか、本当はそこまでする必要なかったんじゃないのか、あとは「どうして俺が戻ってくる前に勝手に決めたんだ、こいつは」。まぁそんなところだろう。
 ややあって、彼はふいと視線を逸らした。白旗を揚げたようにため息をつく。

「…………まあいいか。済んでしまったことは言っても仕方ないもんな。で、俺は何をすればいい?」

「……! 協力してくれるの!?」

「お客様の笑顔のため、なんだろ? オーナーが……春陽ちゃんがそう言うなら協力しないわけにはいかないだろ」

「……うん、ありがと」

 怒っていたはずの陸さんが、急に表情を和らげてわたしに笑いかける。何だろう、この感じ。急に態度を変えられたら調子が狂ってしまう。

「それじゃ、陸さんには高円寺に行ってほしいの。美優ちゃんが持ってたテディベアが作られた工房の住所、ネットで検索したらホームページに載ってたから」

「えっ、作られた工房、分かったのか?」

「うん。あの親子がお泊まりになってるお部屋のテディベアと同じだった。写真を拡大して分かったんだけど、同じ工房のタグがお尻についてたの」

「タグ……ねえ。よく気づいたな、そんなところに」

 陸さんがわたしの観察眼に舌を巻く。確かに、男性はよっぽどのテディベア愛好家じゃないと、そこまでじっくり見ないかも。
 
「だって、このホテルにあるテディベアは全部、毎年お父さんがわたしの誕生日やクリスマスのたびに買ってくれた子たちだもん」

 亡くなった父はテディベアのコレクターだった。このホテルのテディベアはわたしのために買い集めてきた子たちだけではなく、父の趣味として購入したものも混じっている。

「あのね、陸さん。工房にあのテディベアを作った時のパターンが残されてると思うから、この写真を見せて同じものを作ってもらってきてほしいの。一週間くらいでできると思うから」

 わたしは京香さんのスマホから転送してもらったテディベアの写真と、工房のホームページをプリントアウトしたものを陸さんに手渡す。

「一週間って……、田崎様は明日にはチェックアウトされるんだぞ? 間に合わないだろ」

 確かに、田崎様は二泊の予定だったけれど。わたしには秘策があった。

「うん。でも来週、ウチのホテルで『さくら祭り』があるよね。そこにあの親子をご招待するの。それに間に合えばいい」

「『さくら祭り』……。それなら宿泊客じゃなくても参加できるな」

 ウチのホテルでは、祖父が開業した当時から毎年季節ごとに催しものを行っていて、その日は宿泊客じゃなくても気軽に来館してもらえるのだ。
 四月は桜の季節なので、ホテル全体を使用した大規模なお花見会を行っている。それが『さくら祭り』である。

「でしょ? それに、その日にはちょっとしたサプライズも仕掛けてるんだ♪ 京香さんの別れたご主人の連絡先はそのために必要だったの」

「……オーナー、そこまで言っちまったらもうサプライズじゃなくなるじゃん」

「…………あ、だよねぇ。でも陸さんにしか言ってないから大丈夫」

「だったらさぁ、もう全従業員巻き込んで、ホテル全体からの大仕掛けにしちまえばいいんじゃないか? 俺からもみんなに声かけとくし」

 彼のアイデアにわたしは目からウロコが落ちた。そうか、その手があったか! どうしてわたしと陸さんの二人だけでやろうとしていたんだろう!

「そうだよね。それいいかも! ありがとう、陸さん!」

 わたしは思わず立ち上がり、彼と両手でカッチリ握手していた。

「……いやいや、感謝するのはまだ早いだろ。まずはこの作戦を成功させないと」

「あ……、そうでした」

 陸さんの冷静(クール)な返しに、わたしもシュンとなる。

「じゃあ、メシ食い終わったらさっそく行ってくる。……そういえば、オーナーももうすぐ誕生日だったよな」

「え……、うん。四月十五日だけど。それがどうかした?」

「…………いや、何でもない」

 彼はまたふいと視線を逸らし、食事を再開した。わたしも頭の中にはてなマークを飛ばしながらスプーンを動かす。

(誕生日……か)

 去年までは、一人暮らしをしていたアパートの部屋にも父からプレゼントとしてテディベアが送られてきていたけれど。父がいなくなった今年の、二十四歳の誕生日にはもうそれもなくなるのかなと淋しく思っていた。
 でも……、陸さんはどうして急に、思い出したようにそんなことを言いだしたんだろう?


   * * * *


 陸さんはその後、工房へアポイントの連絡をしてから高円寺までバイクを飛ばしていった。その後は寮に直帰するのだという。多分、私服に着替えてから行ったんだと思うけれど。

 わたしは京香さんの元ご主人・藤下駿(しゅん)さんに電話をかけ、美優ちゃんが笑えなくなったことをお話ししたうえで、お嬢さんがまた笑えるように協力してほしいとお願いした。
 離婚したとはいえ、美優ちゃんのお父さまには違いないので、彼は喜んで協力したいとおっしゃった。


「――ねえオーナー、高良さんって制服姿もいいけどライダースジャケット姿もカッコいいよね♡ なんか色気ダダ漏れって感じで」

「…………はぁ」

 フロント係の志穂さんが、仕事中にも関わらずそんなことを言い出したので、わたしはポカンとなった。ちなみにわたしの希望で、ここのスタッフは大森さんを除いて誰もわたしに敬語は使わない。志穂さんもわたしより五つも年上なのだけれど。

 〈ホテルTEDDY〉の従業員の制服は、〈ホテルくまがや〉の頃から変わらず基本的にシックな焦げ茶色を基調としている。デザインこそ担当部署ごとに少しずつ違っているけれど、フロントとコンシェルジュの制服はよく似たデザインになっている。

「そういえば、そもそもオーナーと彼ってどういう関係なの? 高良さん、よくオーナーのオフィスに出入りしてるでしょ?」

 わたしがオーナーになった時、従業員のオーナーオフィスへの出入りは自由にした。でも、その中で最もあの部屋に出入りしているのはやっぱり陸さんだ。志穂さんがわたしと彼との間に特別な関係があると思うのも不思議じゃないかも。

「どういう、って……。陸さんはお父さんが亡くなった時、わたしのことを託されたんだって。わたしの小説のファンでもあるし」

「ふぅん? でも、あたしはそれだけじゃないと思うなぁ。高良さんって絶対、オーナーのことが好きなんだよ」

「え……? そんなこと……ないと思うけど」

 陸さんにとってわたしは、手のかかる妹でしかないと思っていた。

「じゃあオーナーは? 彼のこと好き?」

 志穂さんに指摘され、長い沈黙の後わたしはコクリと頷く。

「あらあら、いいわねぇピュアな恋って」

「志穂さん……、わたしをおもちゃにしないで下さい。それより、『さくら祭り』の日のことなんですけど」

 わたしは無理やり本題に引き戻した。彼女にそのことで協力をお願いしようとしていたのだ。

「もちろん協力させてもらいます。大切なお客様の笑顔のためだもんね」

「ありがとう、志穂さん!」


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「――田崎様に別れたご主人の連絡先を聞いた!? どうして俺がいない間にそういう勝手なことするかな!」
(ああ、やっぱり……)
 オーナーのオフィスで一緒にお昼の賄いを食べている時、わたしは陸さんに予想どおり怒られた。お客様の事情に立ち入りすぎだと。それはホテルマンとして行き過ぎた職権濫用だと。
「……ゴメンなさい、陸さん。わたし、職権濫用だってことはちゃんとわかってるし、反省してます。でもね、これは美優ちゃんの笑顔を取り戻すためにどーーーしても必要なことだったの」
「…………」
 陸さんはオムライスを食べる手を止め、スプーンを握ったままわたしを数秒間睨んだ。考えていることはだいたい分かる。こいつは本当に反省してるのか、本当はそこまでする必要なかったんじゃないのか、あとは「どうして俺が戻ってくる前に勝手に決めたんだ、こいつは」。まぁそんなところだろう。
 ややあって、彼はふいと視線を逸らした。白旗を揚げたようにため息をつく。
「…………まあいいか。済んでしまったことは言っても仕方ないもんな。で、俺は何をすればいい?」
「……! 協力してくれるの!?」
「お客様の笑顔のため、なんだろ? オーナーが……春陽ちゃんがそう言うなら協力しないわけにはいかないだろ」
「……うん、ありがと」
 怒っていたはずの陸さんが、急に表情を和らげてわたしに笑いかける。何だろう、この感じ。急に態度を変えられたら調子が狂ってしまう。
「それじゃ、陸さんには高円寺に行ってほしいの。美優ちゃんが持ってたテディベアが作られた工房の住所、ネットで検索したらホームページに載ってたから」
「えっ、作られた工房、分かったのか?」
「うん。あの親子がお泊まりになってるお部屋のテディベアと同じだった。写真を拡大して分かったんだけど、同じ工房のタグがお尻についてたの」
「タグ……ねえ。よく気づいたな、そんなところに」
 陸さんがわたしの観察眼に舌を巻く。確かに、男性はよっぽどのテディベア愛好家じゃないと、そこまでじっくり見ないかも。
「だって、このホテルにあるテディベアは全部、毎年お父さんがわたしの誕生日やクリスマスのたびに買ってくれた子たちだもん」
 亡くなった父はテディベアのコレクターだった。このホテルのテディベアはわたしのために買い集めてきた子たちだけではなく、父の趣味として購入したものも混じっている。
「あのね、陸さん。工房にあのテディベアを作った時のパターンが残されてると思うから、この写真を見せて同じものを作ってもらってきてほしいの。一週間くらいでできると思うから」
 わたしは京香さんのスマホから転送してもらったテディベアの写真と、工房のホームページをプリントアウトしたものを陸さんに手渡す。
「一週間って……、田崎様は明日にはチェックアウトされるんだぞ? 間に合わないだろ」
 確かに、田崎様は二泊の予定だったけれど。わたしには秘策があった。
「うん。でも来週、ウチのホテルで『さくら祭り』があるよね。そこにあの親子をご招待するの。それに間に合えばいい」
「『さくら祭り』……。それなら宿泊客じゃなくても参加できるな」
 ウチのホテルでは、祖父が開業した当時から毎年季節ごとに催しものを行っていて、その日は宿泊客じゃなくても気軽に来館してもらえるのだ。
 四月は桜の季節なので、ホテル全体を使用した大規模なお花見会を行っている。それが『さくら祭り』である。
「でしょ? それに、その日にはちょっとしたサプライズも仕掛けてるんだ♪ 京香さんの別れたご主人の連絡先はそのために必要だったの」
「……オーナー、そこまで言っちまったらもうサプライズじゃなくなるじゃん」
「…………あ、だよねぇ。でも陸さんにしか言ってないから大丈夫」
「だったらさぁ、もう全従業員巻き込んで、ホテル全体からの大仕掛けにしちまえばいいんじゃないか? 俺からもみんなに声かけとくし」
 彼のアイデアにわたしは目からウロコが落ちた。そうか、その手があったか! どうしてわたしと陸さんの二人だけでやろうとしていたんだろう!
「そうだよね。それいいかも! ありがとう、陸さん!」
 わたしは思わず立ち上がり、彼と両手でカッチリ握手していた。
「……いやいや、感謝するのはまだ早いだろ。まずはこの作戦を成功させないと」
「あ……、そうでした」
 陸さんの|冷静《クール》な返しに、わたしもシュンとなる。
「じゃあ、メシ食い終わったらさっそく行ってくる。……そういえば、オーナーももうすぐ誕生日だったよな」
「え……、うん。四月十五日だけど。それがどうかした?」
「…………いや、何でもない」
 彼はまたふいと視線を逸らし、食事を再開した。わたしも頭の中にはてなマークを飛ばしながらスプーンを動かす。
(誕生日……か)
 去年までは、一人暮らしをしていたアパートの部屋にも父からプレゼントとしてテディベアが送られてきていたけれど。父がいなくなった今年の、二十四歳の誕生日にはもうそれもなくなるのかなと淋しく思っていた。
 でも……、陸さんはどうして急に、思い出したようにそんなことを言いだしたんだろう?
   * * * *
 陸さんはその後、工房へアポイントの連絡をしてから高円寺までバイクを飛ばしていった。その後は寮に直帰するのだという。多分、私服に着替えてから行ったんだと思うけれど。
 わたしは京香さんの元ご主人・藤下|駿《しゅん》さんに電話をかけ、美優ちゃんが笑えなくなったことをお話ししたうえで、お嬢さんがまた笑えるように協力してほしいとお願いした。
 離婚したとはいえ、美優ちゃんのお父さまには違いないので、彼は喜んで協力したいとおっしゃった。
「――ねえオーナー、高良さんって制服姿もいいけどライダースジャケット姿もカッコいいよね♡ なんか色気ダダ漏れって感じで」
「…………はぁ」
 フロント係の志穂さんが、仕事中にも関わらずそんなことを言い出したので、わたしはポカンとなった。ちなみにわたしの希望で、ここのスタッフは大森さんを除いて誰もわたしに敬語は使わない。志穂さんもわたしより五つも年上なのだけれど。
 〈ホテルTEDDY〉の従業員の制服は、〈ホテルくまがや〉の頃から変わらず基本的にシックな焦げ茶色を基調としている。デザインこそ担当部署ごとに少しずつ違っているけれど、フロントとコンシェルジュの制服はよく似たデザインになっている。
「そういえば、そもそもオーナーと彼ってどういう関係なの? 高良さん、よくオーナーのオフィスに出入りしてるでしょ?」
 わたしがオーナーになった時、従業員のオーナーオフィスへの出入りは自由にした。でも、その中で最もあの部屋に出入りしているのはやっぱり陸さんだ。志穂さんがわたしと彼との間に特別な関係があると思うのも不思議じゃないかも。
「どういう、って……。陸さんはお父さんが亡くなった時、わたしのことを託されたんだって。わたしの小説のファンでもあるし」
「ふぅん? でも、あたしはそれだけじゃないと思うなぁ。高良さんって絶対、オーナーのことが好きなんだよ」
「え……? そんなこと……ないと思うけど」
 陸さんにとってわたしは、手のかかる妹でしかないと思っていた。
「じゃあオーナーは? 彼のこと好き?」
 志穂さんに指摘され、長い沈黙の後わたしはコクリと頷く。
「あらあら、いいわねぇピュアな恋って」
「志穂さん……、わたしをおもちゃにしないで下さい。それより、『さくら祭り』の日のことなんですけど」
 わたしは無理やり本題に引き戻した。彼女にそのことで協力をお願いしようとしていたのだ。
「もちろん協力させてもらいます。大切なお客様の笑顔のためだもんね」
「ありがとう、志穂さん!」