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第25話「一斉報道」

ー/ー



『亡くなったはずの家妻雪夜は生きていた!』

 超特大スクープ第一弾!と銘打って、週刊ターゲットの見出しに、それはデカデカと打ち出された。

 テレビや一般新聞、スポーツ新聞、ネットニュースはもちろん、電車の中刷り広告でもこの大事件を伝え、瞬く間に波紋は広がっていく。一部ではあるが、海外にまでも報道されていたようだった。

 もちろん一緒に抱き合わせで報道されてしまうことは、当時の警察の大失態についてだ。だが解決したのも実際には警察であり、深田光憲と木原彩香の逮捕といった発表も、週刊ターゲットの発売とほぼ同時進行だったため、初動捜査云々については賛否両論に分かれる風潮であった。




「あーあ。やっぱり大変なことになっちまいましたね、先輩」

「そうね」

 車のハンドルを握っているのは盾ノ内凡司巡査。その助手席で、特別に関心がなさそうに素っ気ない返事をしたのは道内佳澄警部だ。

「帰りの飛行機で奥屋さんがずっとパソコンで記事を作ってたからなぁ。しかしどうやってあのノスタルジア病院群に入れたんスかね」

「さあ・・・」

「自分、聞いてみたんスよ、奥屋さんにどうやって入れたのかって。そしたらそれは企業秘密ですって。週刊誌の記者って警察よりなにか特別な権限とかって持ってるんスかねぇ。前にも深田光憲の件で、ネタ元とやり取りしてたし」

 すると佳澄警部は、いきなり話の腰を折った。

「あ、ボンくん。私、明日から二日だけ休暇もらうわね」

「え?・・・あ、もちろん大丈夫っスけど、珍しいっスね。急用っスか?」

「そういうわけじゃないけれど」

「オッケーっス。・・・ところでマサのやつも、このさきどうすんだろうなぁ」

 凡司は、オーストランドのノスタルジア病院群で木原彩香を連行する前に、家妻雪夜の主治医であるヴァルデマー医師と佳澄の会話を思い返していた。




「え?・・・家妻雪夜は昏睡状態なんスか?」

 ヴァルデマー医師からの説明を受けた佳澄は、凡司に以下のように通訳した。

「ええ。彼女が入院してからは治療は上手くいっていて、具体的に退院も視野に入っていたようだけれど、このひと月で脳にガンの転移が見つかったようなの」

 家妻雪夜、本名は永井水雪だが、ノスタルジア病院群Gエリアの第七病棟に入院してからの治療は順調だった。リハビリも精力的にこなしており、体力も入院前と同じくらいまで回復していたようだ。一年ほど前からボイストレーニングも始めていたらしい。しかし、脳の深部にガンの転移が見つかり、しかもそのガンは質が悪く、驚くべき早さで大きくなっており、本人の苦痛を和らげるために現在は眠らせている状態にあるそうだった。

 なんとか腫瘍を小さくしてから手術に挑みたいところだが、いまは投薬治療で様子を見ている状況にあるとヴァルデマー医師は佳澄に説明をした。

「深刻なんスね・・・家妻雪夜は元気に生きてたぞってマサには報告したかったんスけど」

 落ち込んでいる凡司を見たヴァルデマー医師は、彼に向かってこう言ったのを佳澄が訳した。

「ここはノスタルジア病院です。世界最先端の医療体制がここにある。我々はここに集いし世界の精鋭医なんだ。心配しなくて良い。彼女は必ず病を克服し、日本に帰ることができるだろう」




「あのときの、ヴァルデマー医師の言葉を信じたいっスよね」

「・・・」

 この凡司の言葉には、佳澄はなにも反応しなかった。




「美咲、やったわね!・・・っていっても、これからが本当に大変になるから頑張らなきゃよ」

「はい!私、これまで以上に頑張ります!・・・ちょっと、マアちゃんに報告してきます!」

「あ、ちょっと待って。明日から二日ばかり留守にするけれど、なにかあったら携帯電話に連絡して」

「は~い!」

「あ、美咲?」

「はい?」

「これからが本当の正念場よ。しっかりね」

「え?・・・はい!大丈夫です!」

 美咲は羽が生えたウサギのような、変なステップを踏みながら社長室を飛び出していった。そしてその足で事務所内にある会議室へ向かった。

「ねぇマアちゃん!ついに・・・私ついに朝の連続ドラマの主演が決まったの!」

 政樹は事務所の会議室で一人、静かにパソコンに向かって仕事中だったが、美咲がいきなりドアを開けて乱入して来たものだから、反射的に思わずノートパソコンを閉じてしまった。

「え?・・・本当か?やったなぁ、この前のオーディションの話ではイマイチだったなんて言うもんだから、俺はてっきり駄目かと思っていたけれど」

「受かったのよ、受かったの!・・・私、ほんとに昔から朝ドラに出るのが夢だったのよね!あぁ、でもこれから本当に忙しくなりそうだよね!マアちゃん、これからもよろしく頼むね!」




 病院で深田光憲に胸部を刺された政樹だったが、奇跡的に命は助かった。待ち伏せをしていた三辻田順捜査一課長率いる捜査員の面々が、ギリギリのところで深田を取り押さえられたため、政樹の胸部に刺さるナイフが、致命傷になる深さまで到達する寸前で止められたのである。まさに瞬間的な奇跡だった。しかも現場がK病院だったため、早急に治療が施されたのも重傷でとどまった大きな要因だっただろう。左手に後遺症が残ってしまったが、政樹はもう仕事に復帰していた。

 余談だが、事情が事情とはいえ、家妻雪夜の件を鳥海美咲のマネージャー業務中におこなっていたことは、たっぷりと玲華社長にはきつくしぼられた政樹だった。




 政樹は『ある種の違和感』をおぼえたあとから、ここまでの成り行きを思い返していた。

 なによりも家妻雪夜が生きて発見されたことが、この上ない幸福感を彼に与えていた。左手に後遺症が残っているが、その第一報が届いたときから、台風一過のような清々しさで心が落ち着き払っていた。

 しみじみとしてる政樹の表情を見て、不思議に思った美咲は「マアちゃんどうしたの?・・・またスケジュールの管理も大変になりそうだから、ちょっとウンザリしたりしてないわよね?」と少し唇を尖らせながら言った。

 不満そうな彼女から視線をそらした政樹は、微笑しながらノートパソコンを開いた。そして右手だけでキーボードを叩きながら、ディスプレイから目を離さず、彼は自分の今後について美咲に語り始めた。

「ウンザリなんかしていないよ。でもな、俺がお前のマネージャーを務めるのは今月いっぱい、あと半月なんだ」

「・・・えっ?」

「いろいろと考えた末の答えなんだ」

「・・・ど、どうして?」

 彼が打つキーボードのカチカチという音だけが会議室の中で聞こえていたが、さっきまで喜び勇んでいた美咲にはもう、自分の心拍音しか耳に入ってこなかった。それと同じく、自分だけが取り残されてしまうような、置いてけぼりをされたような感覚にも陥っていたが、美咲自身にはさらなる明るい女優人生が広がったところでもあったので、心境に矛盾というか、正と負の感情のせめぎ合いのような心情に、美咲の心は、孤独の棚の上に置かれてしまった。




「このあとどうするの?・・・もしかしたら家妻雪夜さんのところへ?」

 美咲がこう問うと、政樹は自分の左手を右手でマッサージをするようにしながら、伏し目がちにしたまま、しばらくのあいだ黙っていた。




 この合間の時間で美咲は、政樹がこのあとどうしたいのか、なんとなく察しが付いたのだった。


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『亡くなったはずの家妻雪夜は生きていた!』
 超特大スクープ第一弾!と銘打って、週刊ターゲットの見出しに、それはデカデカと打ち出された。
 テレビや一般新聞、スポーツ新聞、ネットニュースはもちろん、電車の中刷り広告でもこの大事件を伝え、瞬く間に波紋は広がっていく。一部ではあるが、海外にまでも報道されていたようだった。
 もちろん一緒に抱き合わせで報道されてしまうことは、当時の警察の大失態についてだ。だが解決したのも実際には警察であり、深田光憲と木原彩香の逮捕といった発表も、週刊ターゲットの発売とほぼ同時進行だったため、初動捜査云々については賛否両論に分かれる風潮であった。
「あーあ。やっぱり大変なことになっちまいましたね、先輩」
「そうね」
 車のハンドルを握っているのは盾ノ内凡司巡査。その助手席で、特別に関心がなさそうに素っ気ない返事をしたのは道内佳澄警部だ。
「帰りの飛行機で奥屋さんがずっとパソコンで記事を作ってたからなぁ。しかしどうやってあのノスタルジア病院群に入れたんスかね」
「さあ・・・」
「自分、聞いてみたんスよ、奥屋さんにどうやって入れたのかって。そしたらそれは企業秘密ですって。週刊誌の記者って警察よりなにか特別な権限とかって持ってるんスかねぇ。前にも深田光憲の件で、ネタ元とやり取りしてたし」
 すると佳澄警部は、いきなり話の腰を折った。
「あ、ボンくん。私、明日から二日だけ休暇もらうわね」
「え?・・・あ、もちろん大丈夫っスけど、珍しいっスね。急用っスか?」
「そういうわけじゃないけれど」
「オッケーっス。・・・ところでマサのやつも、このさきどうすんだろうなぁ」
 凡司は、オーストランドのノスタルジア病院群で木原彩香を連行する前に、家妻雪夜の主治医であるヴァルデマー医師と佳澄の会話を思い返していた。
「え?・・・家妻雪夜は昏睡状態なんスか?」
 ヴァルデマー医師からの説明を受けた佳澄は、凡司に以下のように通訳した。
「ええ。彼女が入院してからは治療は上手くいっていて、具体的に退院も視野に入っていたようだけれど、このひと月で脳にガンの転移が見つかったようなの」
 家妻雪夜、本名は永井水雪だが、ノスタルジア病院群Gエリアの第七病棟に入院してからの治療は順調だった。リハビリも精力的にこなしており、体力も入院前と同じくらいまで回復していたようだ。一年ほど前からボイストレーニングも始めていたらしい。しかし、脳の深部にガンの転移が見つかり、しかもそのガンは質が悪く、驚くべき早さで大きくなっており、本人の苦痛を和らげるために現在は眠らせている状態にあるそうだった。
 なんとか腫瘍を小さくしてから手術に挑みたいところだが、いまは投薬治療で様子を見ている状況にあるとヴァルデマー医師は佳澄に説明をした。
「深刻なんスね・・・家妻雪夜は元気に生きてたぞってマサには報告したかったんスけど」
 落ち込んでいる凡司を見たヴァルデマー医師は、彼に向かってこう言ったのを佳澄が訳した。
「ここはノスタルジア病院です。世界最先端の医療体制がここにある。我々はここに集いし世界の精鋭医なんだ。心配しなくて良い。彼女は必ず病を克服し、日本に帰ることができるだろう」
「あのときの、ヴァルデマー医師の言葉を信じたいっスよね」
「・・・」
 この凡司の言葉には、佳澄はなにも反応しなかった。
「美咲、やったわね!・・・っていっても、これからが本当に大変になるから頑張らなきゃよ」
「はい!私、これまで以上に頑張ります!・・・ちょっと、マアちゃんに報告してきます!」
「あ、ちょっと待って。明日から二日ばかり留守にするけれど、なにかあったら携帯電話に連絡して」
「は~い!」
「あ、美咲?」
「はい?」
「これからが本当の正念場よ。しっかりね」
「え?・・・はい!大丈夫です!」
 美咲は羽が生えたウサギのような、変なステップを踏みながら社長室を飛び出していった。そしてその足で事務所内にある会議室へ向かった。
「ねぇマアちゃん!ついに・・・私ついに朝の連続ドラマの主演が決まったの!」
 政樹は事務所の会議室で一人、静かにパソコンに向かって仕事中だったが、美咲がいきなりドアを開けて乱入して来たものだから、反射的に思わずノートパソコンを閉じてしまった。
「え?・・・本当か?やったなぁ、この前のオーディションの話ではイマイチだったなんて言うもんだから、俺はてっきり駄目かと思っていたけれど」
「受かったのよ、受かったの!・・・私、ほんとに昔から朝ドラに出るのが夢だったのよね!あぁ、でもこれから本当に忙しくなりそうだよね!マアちゃん、これからもよろしく頼むね!」
 病院で深田光憲に胸部を刺された政樹だったが、奇跡的に命は助かった。待ち伏せをしていた三辻田順捜査一課長率いる捜査員の面々が、ギリギリのところで深田を取り押さえられたため、政樹の胸部に刺さるナイフが、致命傷になる深さまで到達する寸前で止められたのである。まさに瞬間的な奇跡だった。しかも現場がK病院だったため、早急に治療が施されたのも重傷でとどまった大きな要因だっただろう。左手に後遺症が残ってしまったが、政樹はもう仕事に復帰していた。
 余談だが、事情が事情とはいえ、家妻雪夜の件を鳥海美咲のマネージャー業務中におこなっていたことは、たっぷりと玲華社長にはきつくしぼられた政樹だった。
 政樹は『ある種の違和感』をおぼえたあとから、ここまでの成り行きを思い返していた。
 なによりも家妻雪夜が生きて発見されたことが、この上ない幸福感を彼に与えていた。左手に後遺症が残っているが、その第一報が届いたときから、台風一過のような清々しさで心が落ち着き払っていた。
 しみじみとしてる政樹の表情を見て、不思議に思った美咲は「マアちゃんどうしたの?・・・またスケジュールの管理も大変になりそうだから、ちょっとウンザリしたりしてないわよね?」と少し唇を尖らせながら言った。
 不満そうな彼女から視線をそらした政樹は、微笑しながらノートパソコンを開いた。そして右手だけでキーボードを叩きながら、ディスプレイから目を離さず、彼は自分の今後について美咲に語り始めた。
「ウンザリなんかしていないよ。でもな、俺がお前のマネージャーを務めるのは今月いっぱい、あと半月なんだ」
「・・・えっ?」
「いろいろと考えた末の答えなんだ」
「・・・ど、どうして?」
 彼が打つキーボードのカチカチという音だけが会議室の中で聞こえていたが、さっきまで喜び勇んでいた美咲にはもう、自分の心拍音しか耳に入ってこなかった。それと同じく、自分だけが取り残されてしまうような、置いてけぼりをされたような感覚にも陥っていたが、美咲自身にはさらなる明るい女優人生が広がったところでもあったので、心境に矛盾というか、正と負の感情のせめぎ合いのような心情に、美咲の心は、孤独の棚の上に置かれてしまった。
「このあとどうするの?・・・もしかしたら家妻雪夜さんのところへ?」
 美咲がこう問うと、政樹は自分の左手を右手でマッサージをするようにしながら、伏し目がちにしたまま、しばらくのあいだ黙っていた。
 この合間の時間で美咲は、政樹がこのあとどうしたいのか、なんとなく察しが付いたのだった。