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159. 巨怪な漆黒の構造物

ー/ー



 重力に導かれるように、シャトルは海王星の深淵へと滑り落ちていく。船体が軽く震え、風切り音が響く中、窓の外には果てしない青みがかった世界が広がっていた。

 船内では、レヴィアが無骨(ぶこつ)な工具を手に取り、器用に爆発で損傷した主翼の応急処置に没頭していた。彼女の手際の良さは、幾度となく危機を乗り越えてきた経験の証だった。

「もう少しじゃ、ここを繋ぎ合わせれば……」

 レヴィアの呟きが聞こえた瞬間、ボウッという鈍い音が船内に響き渡る。自動操縦のシャトルは海王星の界面に突入したのだ。

 窓の外には青い海も空もない。代わりに目に飛び込んでくるのは、朦朧(もうろう)とした霞のような雲の層。暴風に揺さぶられながら、シャトルは深みへと沈んでいく。

「地球の海を思い出しますね」

 ユータの言葉に、レヴィアは微かに頷いた。確かに、透明な海水が上から見ると青く見えるのと同じ原理だった。

 はるか彼方の太陽の光は、徐々にその存在感を失っていく。

 深淵から闇が迫ってくる――――。

 作業を終えたレヴィアは鋭い目つきで前照灯(ライト)のスイッチを入れ、さらなる深部への航行を続けた。

 やがて船の周りを舞う無数の白い輝きが目に入った。吹雪のように激しく渦巻く光の粒は、フロントガラスにパチパチと当たりながら煌めきながら周りを過ぎていく。

「これ、何だかわかるか?」

 レヴィアの口元に浮かぶ悪戯っぽい笑みに、俺は首を傾げる。

「え? 雪じゃないんですか?」

「はっはっは! ダイヤモンドじゃよ」

「ダ、ダイヤ!?」

 いきなり告げられた宝石の名前に、俺はポカンと口を開けたままフロントガラスをのぞきこむ。

「取ろうとするなよ、外は氷点下二百度じゃ。手なんか出したら即死じゃ」

「だ、出しませんよ!」

 慌てて否定するユータだが、心は揺れていた。目の前で舞い踊る煌びやかなダイヤの吹雪。一つでも持ち帰ることができれば、ドロシーの指に輝く指輪に仕立てられるのに――――。

 だが、ここでふと考えこむ。海王星の物質である宝石を、デジタルの世界へと持ち込むすべなどあるのだろうか? VRのゲームプレイヤーが、VR空間に持ってるものを持ち込めないように、この目の前にあるダイヤを自分の星へと持ち込むことは不可能に思えた。

 俺は常識の通用しない別世界に来てしまったことを改めて実感させられ、思わず首を振る。

 無数のダイヤモンドは、シャトルの周りで煌めきながら、永遠の饗宴(きょうえん)を続けていた。


     ◇


 やがて吹雪の向こうにチラチラと灯りが見えてきた。シャトルは緩やかに減速しながら、そちらへと近づいていく。

「ヨシ! やってきたぞぉ!」

 レヴィアはグッとこぶしを握った。その瞳には、懐かしさと誇りが混ざり合って見える。

 やがて、吹雪の向こうに巨怪(きょうかい)な漆黒の箱が姿を現した。箱といっても一キロはあろうかという巨大構造物だ。そしてその上方からもくもくと蒸気を噴き上げている。

 無骨な壁面には幾何学模様の継ぎ目に光の帯が走り、まるで生命の鼓動のように明滅を繰り返していた。

 さらに、その巨大構造物は無数連なっており、まるで永遠の闇を駆ける巨大な蒸気機関車のように見える。

「これが……、サーバー……ですか?」

 俺はその異形の存在に息を呑んだ。

「そうじゃ、これが『ジグラート』。コンピューターの詰まった塊じゃ」

「こ、これが全部コンピューター!?」

 眼前に広がる建造物は、まるで超高層ビル群が密集した街を思い起こさせる。しかも、それが奥に幾つも連なって彼方まで続いているのだ。

「これ一つで地球一つ分じゃ」

 レヴィアの言葉に思わずため息をついた。闇に連なる巨大構造物群。それは無限の可能性を秘めたリアルな世界の集合体だった。



次のエピソードへ進む 160. 思い出のダンスホール


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 重力に導かれるように、シャトルは海王星の深淵へと滑り落ちていく。船体が軽く震え、風切り音が響く中、窓の外には果てしない青みがかった世界が広がっていた。
 船内では、レヴィアが|無骨《ぶこつ》な工具を手に取り、器用に爆発で損傷した主翼の応急処置に没頭していた。彼女の手際の良さは、幾度となく危機を乗り越えてきた経験の証だった。
「もう少しじゃ、ここを繋ぎ合わせれば……」
 レヴィアの呟きが聞こえた瞬間、ボウッという鈍い音が船内に響き渡る。自動操縦のシャトルは海王星の界面に突入したのだ。
 窓の外には青い海も空もない。代わりに目に飛び込んでくるのは、|朦朧《もうろう》とした霞のような雲の層。暴風に揺さぶられながら、シャトルは深みへと沈んでいく。
「地球の海を思い出しますね」
 ユータの言葉に、レヴィアは微かに頷いた。確かに、透明な海水が上から見ると青く見えるのと同じ原理だった。
 はるか彼方の太陽の光は、徐々にその存在感を失っていく。
 深淵から闇が迫ってくる――――。
 作業を終えたレヴィアは鋭い目つきで|前照灯《ライト》のスイッチを入れ、さらなる深部への航行を続けた。
 やがて船の周りを舞う無数の白い輝きが目に入った。吹雪のように激しく渦巻く光の粒は、フロントガラスにパチパチと当たりながら煌めきながら周りを過ぎていく。
「これ、何だかわかるか?」
 レヴィアの口元に浮かぶ悪戯っぽい笑みに、俺は首を傾げる。
「え? 雪じゃないんですか?」
「はっはっは! ダイヤモンドじゃよ」
「ダ、ダイヤ!?」
 いきなり告げられた宝石の名前に、俺はポカンと口を開けたままフロントガラスをのぞきこむ。
「取ろうとするなよ、外は氷点下二百度じゃ。手なんか出したら即死じゃ」
「だ、出しませんよ!」
 慌てて否定するユータだが、心は揺れていた。目の前で舞い踊る煌びやかなダイヤの吹雪。一つでも持ち帰ることができれば、ドロシーの指に輝く指輪に仕立てられるのに――――。
 だが、ここでふと考えこむ。海王星の物質である宝石を、デジタルの世界へと持ち込むすべなどあるのだろうか? VRのゲームプレイヤーが、VR空間に持ってるものを持ち込めないように、この目の前にあるダイヤを自分の星へと持ち込むことは不可能に思えた。
 俺は常識の通用しない別世界に来てしまったことを改めて実感させられ、思わず首を振る。
 無数のダイヤモンドは、シャトルの周りで煌めきながら、永遠の|饗宴《きょうえん》を続けていた。
     ◇
 やがて吹雪の向こうにチラチラと灯りが見えてきた。シャトルは緩やかに減速しながら、そちらへと近づいていく。
「ヨシ! やってきたぞぉ!」
 レヴィアはグッとこぶしを握った。その瞳には、懐かしさと誇りが混ざり合って見える。
 やがて、吹雪の向こうに|巨怪《きょうかい》な漆黒の箱が姿を現した。箱といっても一キロはあろうかという巨大構造物だ。そしてその上方からもくもくと蒸気を噴き上げている。
 無骨な壁面には幾何学模様の継ぎ目に光の帯が走り、まるで生命の鼓動のように明滅を繰り返していた。
 さらに、その巨大構造物は無数連なっており、まるで永遠の闇を駆ける巨大な蒸気機関車のように見える。
「これが……、サーバー……ですか?」
 俺はその異形の存在に息を呑んだ。
「そうじゃ、これが『ジグラート』。コンピューターの詰まった塊じゃ」
「こ、これが全部コンピューター!?」
 眼前に広がる建造物は、まるで超高層ビル群が密集した街を思い起こさせる。しかも、それが奥に幾つも連なって彼方まで続いているのだ。
「これ一つで地球一つ分じゃ」
 レヴィアの言葉に思わずため息をついた。闇に連なる巨大構造物群。それは無限の可能性を秘めたリアルな世界の集合体だった。