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第2章〜先ずその愛する所を奪わば、即ち聴かん〜⑦

ー/ー



 少しだけ、オレの方に視線を向けた緑川武志(みどりかわたけし)が、すぐに野球部の女子マネージャーに向き直り、

「すいません、この羽根、高価なモノなので、触れないでもらえますか?」

上級生の親しげな申し出をキッパリと断ると、中江(なかえ)先輩は、気まずそうな表情で、伸ばしかけた手を引っ込めて、

「あっ、ゴメンね……そんなに高級なモノだったんだ」

と、謝罪の言葉を口にする。
 そんな申し訳なさそうなようすの先輩に、緑川は表情を変えずに返答する。

「はい、ネット通販で10本600円で買いました」

 真顔で答える後輩男子につられて、真剣な顔つきになっていた中江先輩は、一瞬、あっけにとられた表情になり、すかさずツッコミを入れる。

「ナニそれ!? 激安(げきやす)価格じゃん!」

「えぇ、そうかも知れません」

 先輩女子マネージャーに一言だけ返答した緑川は、サラリと会話を交わし、あえて、彼女に背を向ける姿勢で防球ネットの向こう側の男子部員に声をかける。

「なぁ佐藤、うちのベランダでは、バットを振るすごい音が聞こえてきたけど……毎日、どれくらいバットを振っているものなんだ?」

「ん? 素振りのことか? 『毎日、500スイング以上するように』なんていう人もいるみたいだけど、オレの場合は、その半分以下の240スイングだな。コース別に8箇所のボールを想定して10回ずつを1セットとして、素振り用の3種類のバットを使い分けながら、合計で240回だ。それ以上は、身体を痛める可能性があるからな」

「そうか……効率的に練習しているんだな」

 緑川と佐藤が、そんな会話を交わしているのを眺めながら、手持ち無沙汰になったのか、中江先輩は、オレに声をかけてきた。

「ねぇ、黒田くん。緑川くんって、面白い子だね。いつも、こんな感じなの?」

 その表情は、顔見知りではなかった生徒に対して、興味津々といったようすだ。

(いえ……今日から登校してきた引きこもり生徒です)

 などと答えるわけにもいかず、そばに居る緑川の耳には入らないように、小声で女子マネージャーに返答する。

「いつもは、こんな感じじゃないですけど……。いま、色んな人と話すことで、コミュニケーションのリハビリをしてるところなんで……失礼なことを言っても、大目にみてやってください……」

 正直なところ、最初は、中江先輩に不愉快な想いをさせているのではないかと気が気でなかったが、どうやら、オレの心配は的外れだったようだ。

「ううん……緑川くんって、面白い人じゃない? こんな後輩がいるなんて知らなかったよ」

 いわゆる、イジりを受けたうえに、自分との会話をスルーするような態度を取ったにもかかわらず、野球部のマネージャーは、緑川に対して、一定以上の興味を持ったようである。
 その予想外の反応に驚きながら、オレは、週末のシロの講義を思い返していた。

 ◆
 
「会話の『ツカミ』が大事だって言うけどさ……お笑い芸人じゃあるまいし、相手を楽しませるネタをそうそう思いつく訳がないと思うんだが……」

 緑川の部屋で行われる講義二日目の冒頭に、オレはシロにたずねた。
 動画配信者としても人気を集める白草四葉にとっては、『ツカミ』を考えるなんてことは難しくないのかも知れないが、いくら、自分たちの住む地方が「お笑いの本場」と評価されていても、素人の高校生が、他人の興味を引く話しなど、いくつも考えつくわけではない。
 この部屋の主の代わりに、疑問をぶつけるオレに、アドバイザーは、ニコリと笑顔で応じた。

「まあ、そう言うだろうと思って、小道具を用意してきたの。『ツカミ』のアイデアが浮かばなかったら、クラブ訪問のときに、これを胸元に付けてみて」

 そう言ってシロが取り出したモノが、クジャクの羽根を模したアクセサリーだった。

「こんなモノを胸元に差して、どうするんだよ?」

 今度は、緑川が、至極当然の疑問を口にする。

「これは、()()()と、()()()()()()()を応用して、わたしが考案した、『孔雀の理論』って言うんだけど……ふたりは、どうして、オスのクジャクが長い尾羽を持っていると思う? 空を飛べるわけじゃないし、派手だから天敵にも見つかりやすい。ハッキリ言って生活には、なんの役にも立たないのに……」

「それは……」

 オレが答えようとすると、先にクラスメートが回答を導き出した。

「性淘汰理論ってヤツだろう? それが、多くのメスにとって、好ましい身体だからだ」

 さすがは、進学校の我が校においてもトップクラスの成績を誇っていただけはある。緑川が、若干ドヤ顔が入った表情で答えると、出題者は、「そのとおり!」と正解だということを示したあと、解説をはじめた。

「最初は、オスの孔雀もメスの孔雀も短い尾羽(おばね)だったと言われているの。まあ、その中で仲良くツガイになっていたんだけど……ある時、突然変異で尾の長いオスが生まれると、このオスが強烈にモテはじめて、群れのメスを独占する勢いだったの。その結果、そのオスは多くの子を残し、生まれた息子 = オスにも、長い尾羽が遺伝した……となると、当然その息子たちもモテるので、さらに多くの長い尾羽のオスが生まれて……尾の長いファミリーは、勢力を増すことになった。そして、尾の長いオスが当たり前になってくると、今度は、もっと尾の長いオスがモテるようになり、これが繰り返される……」

 こうして、孔雀のオスは、長い時間を掛けて、姿を変えていった――――――。

 進化論の過程として、ぐうの音も出ない冷徹な結果が、シロの口から語られるが、オレは、その内容に異議を唱えたい気持ちが湧いてきた。
 だが、非モテなオスのピュアな想いをよそに、シロの持論は続く。


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 少しだけ、オレの方に視線を向けた|緑川武志《みどりかわたけし》が、すぐに野球部の女子マネージャーに向き直り、
「すいません、この羽根、高価なモノなので、触れないでもらえますか?」
上級生の親しげな申し出をキッパリと断ると、|中江《なかえ》先輩は、気まずそうな表情で、伸ばしかけた手を引っ込めて、
「あっ、ゴメンね……そんなに高級なモノだったんだ」
と、謝罪の言葉を口にする。
 そんな申し訳なさそうなようすの先輩に、緑川は表情を変えずに返答する。
「はい、ネット通販で10本600円で買いました」
 真顔で答える後輩男子につられて、真剣な顔つきになっていた中江先輩は、一瞬、あっけにとられた表情になり、すかさずツッコミを入れる。
「ナニそれ!? |激安《げきやす》価格じゃん!」
「えぇ、そうかも知れません」
 先輩女子マネージャーに一言だけ返答した緑川は、サラリと会話を交わし、あえて、彼女に背を向ける姿勢で防球ネットの向こう側の男子部員に声をかける。
「なぁ佐藤、うちのベランダでは、バットを振るすごい音が聞こえてきたけど……毎日、どれくらいバットを振っているものなんだ?」
「ん? 素振りのことか? 『毎日、500スイング以上するように』なんていう人もいるみたいだけど、オレの場合は、その半分以下の240スイングだな。コース別に8箇所のボールを想定して10回ずつを1セットとして、素振り用の3種類のバットを使い分けながら、合計で240回だ。それ以上は、身体を痛める可能性があるからな」
「そうか……効率的に練習しているんだな」
 緑川と佐藤が、そんな会話を交わしているのを眺めながら、手持ち無沙汰になったのか、中江先輩は、オレに声をかけてきた。
「ねぇ、黒田くん。緑川くんって、面白い子だね。いつも、こんな感じなの?」
 その表情は、顔見知りではなかった生徒に対して、興味津々といったようすだ。
(いえ……今日から登校してきた引きこもり生徒です)
 などと答えるわけにもいかず、そばに居る緑川の耳には入らないように、小声で女子マネージャーに返答する。
「いつもは、こんな感じじゃないですけど……。いま、色んな人と話すことで、コミュニケーションのリハビリをしてるところなんで……失礼なことを言っても、大目にみてやってください……」
 正直なところ、最初は、中江先輩に不愉快な想いをさせているのではないかと気が気でなかったが、どうやら、オレの心配は的外れだったようだ。
「ううん……緑川くんって、面白い人じゃない? こんな後輩がいるなんて知らなかったよ」
 いわゆる、イジりを受けたうえに、自分との会話をスルーするような態度を取ったにもかかわらず、野球部のマネージャーは、緑川に対して、一定以上の興味を持ったようである。
 その予想外の反応に驚きながら、オレは、週末のシロの講義を思い返していた。
 ◆
「会話の『ツカミ』が大事だって言うけどさ……お笑い芸人じゃあるまいし、相手を楽しませるネタをそうそう思いつく訳がないと思うんだが……」
 緑川の部屋で行われる講義二日目の冒頭に、オレはシロにたずねた。
 動画配信者としても人気を集める白草四葉にとっては、『ツカミ』を考えるなんてことは難しくないのかも知れないが、いくら、自分たちの住む地方が「お笑いの本場」と評価されていても、素人の高校生が、他人の興味を引く話しなど、いくつも考えつくわけではない。
 この部屋の主の代わりに、疑問をぶつけるオレに、アドバイザーは、ニコリと笑顔で応じた。
「まあ、そう言うだろうと思って、小道具を用意してきたの。『ツカミ』のアイデアが浮かばなかったら、クラブ訪問のときに、これを胸元に付けてみて」
 そう言ってシロが取り出したモノが、クジャクの羽根を模したアクセサリーだった。
「こんなモノを胸元に差して、どうするんだよ?」
 今度は、緑川が、至極当然の疑問を口にする。
「これは、|生《・》|物《・》|学《・》と、|と《・》|あ《・》|る《・》|恋《・》|愛《・》|理《・》|論《・》を応用して、わたしが考案した、『孔雀の理論』って言うんだけど……ふたりは、どうして、オスのクジャクが長い尾羽を持っていると思う? 空を飛べるわけじゃないし、派手だから天敵にも見つかりやすい。ハッキリ言って生活には、なんの役にも立たないのに……」
「それは……」
 オレが答えようとすると、先にクラスメートが回答を導き出した。
「性淘汰理論ってヤツだろう? それが、多くのメスにとって、好ましい身体だからだ」
 さすがは、進学校の我が校においてもトップクラスの成績を誇っていただけはある。緑川が、若干ドヤ顔が入った表情で答えると、出題者は、「そのとおり!」と正解だということを示したあと、解説をはじめた。
「最初は、オスの孔雀もメスの孔雀も短い|尾羽《おばね》だったと言われているの。まあ、その中で仲良くツガイになっていたんだけど……ある時、突然変異で尾の長いオスが生まれると、このオスが強烈にモテはじめて、群れのメスを独占する勢いだったの。その結果、そのオスは多くの子を残し、生まれた息子 = オスにも、長い尾羽が遺伝した……となると、当然その息子たちもモテるので、さらに多くの長い尾羽のオスが生まれて……尾の長いファミリーは、勢力を増すことになった。そして、尾の長いオスが当たり前になってくると、今度は、もっと尾の長いオスがモテるようになり、これが繰り返される……」
 こうして、孔雀のオスは、長い時間を掛けて、姿を変えていった――――――。
 進化論の過程として、ぐうの音も出ない冷徹な結果が、シロの口から語られるが、オレは、その内容に異議を唱えたい気持ちが湧いてきた。
 だが、非モテなオスのピュアな想いをよそに、シロの持論は続く。