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第三十三話

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 一通りの治療を受け、礼安たちの元で俯く透。事情を聴くにも、少々難しい重苦しい空気感に支配されていた。院は先ほどの礼安の問いに静かに答え、礼安は表情をさらに悲痛なものとした。
 しかし、そんな空気を察知したのか、透は自ら口を開く。深い傷を負った左腕を庇いながら。
「……お前ら、俺を助けに来たんだろ。何となく理解できる」
「――そう、あくまで私たちの意思でここに来たんだ。天音ちゃんが家族を守りたいから、ってのは院ちゃんに聞いたけど……例えそれを聞かずとも私は助けたかったんだ」
 そんな礼安のお人よしぶりに頭を抱えながら、透は壁に背を預けた。未だ、学園から来た治療班の施しを受ける七人の子供たち。それらにどういった関係性があるのか、院から全てを聞いた礼安とエヴァは、いてもたってもいられなかったのだ。
「――もう隠すのは無駄か。情かけられんのが嫌だなんだと、ほざくのはもう無理だな」
 そう言うと、胸ポケットから取り出したのは家族の集合写真。今の透以外にも、助けられた七人が写る、とても微笑ましい写真であった。撮影場所は、埼玉の中のスラム街。透以外の子供の服装はとてもみすぼらしいものであった。写真が撮られた時期的にも、英雄学園に入学が決まった二か月ほど前の事であった。
「……こいつら、元からスラムの出でな。しかもあの『虐殺|《ホロコースト》事件』によって、親を殺されてる。見ヶ〆料がどうだとか、下らない理由でだ。今までそんなこと無かったはずなのに、支払い能力がない奴らを狙って殺害していったんだ。奴等への怒りはそのままに、残されたチビたちは生きていくのもやっと、犯罪者になるしか道は無かったんだ」
 デバイスの電子マネー残高を表示する透。その画面に映る残高は実に雀の涙。再び送金された後の残高である。
「――正直、俺も今のままってのは胸糞悪くてな。どうにかこうにか、行方でも眩まそうと思ってたんだ。俗に言う高飛び、ってやつだ。そうすれば、今治療されているチビたちの平穏な生活、ってのも守れる気がしてな」
 彼女の根底にあったのは、弱い者を守ろうとする優しい心であった。見た目をどれだけ派手に着飾ろうと、偽ることのできない芯の部分。それこそが、今の彼女の表情であった。
「――あのチビたちに、この服貰ってよ。『どこかからパクった訳じゃあない』っていうんで預金残高見たら、あのチビたち『日頃世話になってるから』って理由で俺にこんな派手な服装頑張って買ったんだと。もっと他に欲しいものあっただろうに」
 そこで、礼安はふと疑問を抱いた。それは、彼女が戦う理由について。
「……天音ちゃん、一つ聞きたいの」
「……あんだよ、お前の前で嘘吐けねえのは分かってるんだ、何言ったところで本当の事しか語らねえよ」
 「なら」、と一呼吸おいて実に辛らつな言葉を投げかける。
「そこまでの確かな欲があるのに、何で決闘の時……あれだけ出力が出てなかったの?」
「――ッ」
 それは、まさに正論であった。『スラムに残した仮の家族を養う』という明確な大義名分があるのにも拘らず、そしてその欲はとても純粋で何者にも犯すことのできない状態にあったにも拘らず、礼安に完全に劣っていたあの力。英雄としての知名度は確かな物、場数で片づけるには、少々無理があったのだ。
「……それは」
 重い口を開きかけたその時、礼安たちの部屋に救護班がやって来た。しかも、実に神妙な面持ちであった。
「――エヴァさん、礼安さん、透さん。今すぐ医務室に来てくださいませんか」


 『教会』埼玉支部、その拠点にて。債務者から取り立てた金で華美な装飾からより華美な装飾へ。金への歪んだ欲がその場に足を踏み入れただけで理解できる、成金によって作り上げられた下卑た屋敷。至る所に金、金、金。下品極まりないその空間は、人の出世欲や金欲を歪ませるだろう。
 どこで手に入れたか、世界的に有名な芸術作品に、著名な陶芸家によって作り上げられた壺、そして至る所に散らばった札束。掃いて捨てるほどある金は、財布や金庫に入れずとも、何ならその辺りに転がる札束を一本でも二本でも盗まれたところで痛くも痒くもないのだろう。だから無防備に放置、あるいは使用されているのだろう。
「良いんですか、あの英雄の卵を追わなくても」
 ひとりの下っ端が跪きながらグラトニーに意見する。その言葉に、グラトニーはやたら高級そうな葉巻をふかしながら恍惚そうな表情で語る。
「まあ、少しくらい債務者が逃げ出したところで、我々の金融業が成り立たない訳ではありません。元より、我々の目的は別にあるのです」
「目的、ですか」
 その下っ端のオウム返しに、目を細め怪しげな笑みを浮かべた。
「ええ。私はあの猿の債務者|《ガキ》に少々期待しているのです。学園ではその価値も無いと思っていたのですが……少々『家族』が絡むと人が変わるようで。実に分かりやすい」
 下っ端は怪訝な表情を浮かべながらその場を立とうとする。しかし、それをグラトニーが制止する。その場は冷え切った空気で包まれる。
「――何か、ネズミが紛れ込んでしまったと、そういう情報が我々『教会』埼玉支部にタレこまれたのですが、貴方は何か知りませんか? 『名も知らない貴方』」
「くッ……!!」
 下っ端は冷や汗をかきながら自動短銃|《オートマティック・ピストル》を懐から出し、グラトニーの命を狙う。
 何発か連射するも、『すべてグラトニーを避けるようにして』グラトニーの背後の壁に弾丸がヒット。
「な、何で」
「ああ、何処から来たか分かりませんが……鉄砲玉さん。あまり戦いの心得のない素人ではありますが……死ぬ前に一つ忠告しておきましょう」
 高そうな椅子に深く腰掛け直し、足を組むグラトニー。その表情は実に余裕そのものであった。
「敵陣に突っ込むならば……少しくらい情報を整えてから出直してみてはいかがでしょうか」
 指を軽く手遊びかのように薙ぐと、その人間の胴体が綺麗に分断される。刃物で切ったのではない、実に乱雑な断面。臓器と鮮血が辺りにどろりと零れ出す。
「ああ、クリーニング代くらいは請求しておくべきでしたかねえ。まあどうでもいいでしょう」
 すると、手を軽く叩くグラトニーに呼応するように、この支部お付きの使用人が複数現れ、何も言わず死体を流れ出た血液や臓器ごと持ち去る。さらに入れ違いのように複数の使用人が高級そうなカーペットをずるりと持ち去っていく。
「いい、実にいい。金というものは人生を豊かにしてくれる素晴らしい発明品だ、今は先人に感謝を」
 空にワイングラスを掲げ、グラスに残ったワインを一息に飲み干す。ため息を吐くと、再び恍惚な表情へ戻る。この世を金と言うモジュールをふんだんに用い、精一杯楽しんでやろうという、快楽および悦楽。それを全身で感じ取っていたのだ。
 人を踏み台にし、得る快楽はただものでは無い。相手を出し抜いて生きる競争社会こそ理想郷。騙し騙され、ではなく騙し抜き続ける。それこそが、グラトニーの何よりもの幸せであったのだ。
「今回の案件……神奈川支部のアイツのようなへまはしません……ええしませんとも。万全を喫し、当然のように英雄に勝利する。それこそが……我ら『教会』に課せられた宿命なのですから」


 三人が向かった先は、旅館備え付けの仮医務室。元々通常の部屋を即席で治療ができるように、多少なり部屋を改造している。作戦が長引いたとしても手短に終わったとしても傷を癒せるように拠点を移した、という形であった。
 いくつかある病床に寝かせられた子供たち。救護班の一人が指さした部分には、下腹部の裂傷痕がいくつか。礼安が感じ取るに、歪な魔力がそこら中に渦巻いていた。それこそ、チーティングドライバーを使用した者と同じ魔力。
「こ、これって……!」
「――彼らは、チーティングドライバーの実験台にされた、と見ていいでしょうね」
 エヴァのその一言は、透にとっては最悪そのものであった。すんなりと事が運んだ理由はここにあったのだ。平穏な日常など決して与えない、債務者|《金づる》としての責務を全うさせるために、あの手この手で透を絶望させることが、グラトニーの目的であったのだ。
「我々は手を尽くしましたが……今は危篤状態を回避させることしか出来ません。魔力の母体となる存在をどうにかする以外に、この子たちが助かる道はありません。もって――一週間ほどでしょう。あとはこの子たちの『生きる意志』次第です」
 しかし透は、そんな子供たちを見て、怒りに打ち震えていた。髪を掻きむしり、壁に拳を乱暴に叩きつける。
「……るせねェ……許せねェあのクソ野郎……!!」
 透が何より大切にしていた存在を傷つけられた。それこそが彼女の琴線に触れた。それは実に道理が通っていたのだが、その彼女の雰囲気は実に恐怖と怒りに満ちた歪なものであった。
「――天音さん。とりあえず今は体勢を立て直すべきです。ただでさえ、貴女は一度敗北し、子供たちを助けた際もかなりの傷を負っていました。自分の命を擲|《なげう》とうとする無茶は、仮にも先輩である私としては看過できません」
 透を案じるエヴァであったが、『急いては事を仕損じる』といった安定重視の考えが気にくわなかったのか、それとも『憎たらしい相手に負けた』という現実を突きつけられたことが気にくわなかったのか。彼女の怒りの炎に油を注ぐ結果となる。
「ああ、俺は弱いさ!! それでもガキどもをこうしたアイツが何より許せないんだよ!! 俺はあのクソ野郎を殺してやる、生きていることを後悔するほど惨たらしく――――」
「……礼安さん。今から私は――らしくもなく怒ります。お目汚ししてしまうかもしれませんが、申し訳ありません」
 透がグラトニーに対しての恨み節を吐き出しているとき、エヴァは透を平手打ちした。戦闘のプロフェッショナルではないエヴァのため、痛みはそこまで無いだろう。しかし透からは、不思議とそれ以上の恨み節が漏れ出ることは無かった。
 なぜなら、エヴァは泣いていたのだ。平手を貰ったことに対して、何か言い返してやろうと顔を上げた透が、その顔を見てしまったのだ。何故泣いているのか分からないために、言葉を失ったのだ。
「――最初、貴女は子供たちが傷つけられたことに対し怒っているのを見て、多少の無茶は大目に見ようとも思いました。でも……今の貴女は英雄《ヒーロー》じゃあない。対象を殺すことを目的としたただの復讐者|(アヴェンジャー)だ」
 エヴァの横に立つ存在、礼安。彼女はクランが襲撃してきたときも、フォルニカを相手にした時も『民間人を守る』『誇りを守る』『相手を闇から救い出す』ことを念頭に置いて行動していた。だからこそ、エヴァは礼安に惚れた。礼安の多少無茶とも思える行動も、どこか許せていた。
 しかし、今現在の透が目的としているのは、『グラトニーへの報復』、つまるところ殺害。英雄である前に、人として許せなかったのだ。殺人を許容するなど、誰であれ肯定できるものでは無かったのだ。
「……貴女が英雄学園入試に首席で合格したと聞いて、かなり期待していました。ですが……ただちょっと力を兼ね備えただけの……復讐心に駆られた獣同然で見ていられません。今の貴女は――武器を卸す価値もない人。英雄として失格です」
 そのエヴァの言葉に、何も言い返すことが出来ない透。頬に未だ残るひりつきを感じながら、言葉を噛み締めることしか出来ずにいた。
 エヴァは涙を浮かべながら、その場を足早に立ち去る。残されたのは礼安と透のみ。
 しばらくの静寂。最初、救護班皆エヴァの平手打ちに驚愕したものの、自分たちの使命を全うするべく子供たちの治療に専念するため戻っていった。
 透は完全に意気消沈していた。先ほどまでの殺気は、全てエヴァの心からの叱責によってかき消されてしまった。
 そして礼安は、そんなダウナーな透に手を差し出す。笑顔ではなかったが、せめて気が紛れれば、その一心であったのだ。
「――透ちゃん。ちょっと屋上に行こうか。多分……今部屋には戻り辛いだろうし」
 透は俯き無言のまま、ほんの少しだけ頷いた。



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 しかし、そんな空気を察知したのか、透は自ら口を開く。深い傷を負った左腕を庇いながら。
「……お前ら、俺を助けに来たんだろ。何となく理解できる」
「――そう、あくまで私たちの意思でここに来たんだ。天音ちゃんが家族を守りたいから、ってのは院ちゃんに聞いたけど……例えそれを聞かずとも私は助けたかったんだ」
 そんな礼安のお人よしぶりに頭を抱えながら、透は壁に背を預けた。未だ、学園から来た治療班の施しを受ける七人の子供たち。それらにどういった関係性があるのか、院から全てを聞いた礼安とエヴァは、いてもたってもいられなかったのだ。
「――もう隠すのは無駄か。情かけられんのが嫌だなんだと、ほざくのはもう無理だな」
 そう言うと、胸ポケットから取り出したのは家族の集合写真。今の透以外にも、助けられた七人が写る、とても微笑ましい写真であった。撮影場所は、埼玉の中のスラム街。透以外の子供の服装はとてもみすぼらしいものであった。写真が撮られた時期的にも、英雄学園に入学が決まった二か月ほど前の事であった。
「……こいつら、元からスラムの出でな。しかもあの『虐殺|《ホロコースト》事件』によって、親を殺されてる。見ヶ〆料がどうだとか、下らない理由でだ。今までそんなこと無かったはずなのに、支払い能力がない奴らを狙って殺害していったんだ。奴等への怒りはそのままに、残されたチビたちは生きていくのもやっと、犯罪者になるしか道は無かったんだ」
 デバイスの電子マネー残高を表示する透。その画面に映る残高は実に雀の涙。再び送金された後の残高である。
「――正直、俺も今のままってのは胸糞悪くてな。どうにかこうにか、行方でも眩まそうと思ってたんだ。俗に言う高飛び、ってやつだ。そうすれば、今治療されているチビたちの平穏な生活、ってのも守れる気がしてな」
 彼女の根底にあったのは、弱い者を守ろうとする優しい心であった。見た目をどれだけ派手に着飾ろうと、偽ることのできない芯の部分。それこそが、今の彼女の表情であった。
「――あのチビたちに、この服貰ってよ。『どこかからパクった訳じゃあない』っていうんで預金残高見たら、あのチビたち『日頃世話になってるから』って理由で俺にこんな派手な服装頑張って買ったんだと。もっと他に欲しいものあっただろうに」
 そこで、礼安はふと疑問を抱いた。それは、彼女が戦う理由について。
「……天音ちゃん、一つ聞きたいの」
「……あんだよ、お前の前で嘘吐けねえのは分かってるんだ、何言ったところで本当の事しか語らねえよ」
 「なら」、と一呼吸おいて実に辛らつな言葉を投げかける。
「そこまでの確かな欲があるのに、何で決闘の時……あれだけ出力が出てなかったの?」
「――ッ」
 それは、まさに正論であった。『スラムに残した仮の家族を養う』という明確な大義名分があるのにも拘らず、そしてその欲はとても純粋で何者にも犯すことのできない状態にあったにも拘らず、礼安に完全に劣っていたあの力。英雄としての知名度は確かな物、場数で片づけるには、少々無理があったのだ。
「……それは」
 重い口を開きかけたその時、礼安たちの部屋に救護班がやって来た。しかも、実に神妙な面持ちであった。
「――エヴァさん、礼安さん、透さん。今すぐ医務室に来てくださいませんか」
 『教会』埼玉支部、その拠点にて。債務者から取り立てた金で華美な装飾からより華美な装飾へ。金への歪んだ欲がその場に足を踏み入れただけで理解できる、成金によって作り上げられた下卑た屋敷。至る所に金、金、金。下品極まりないその空間は、人の出世欲や金欲を歪ませるだろう。
 どこで手に入れたか、世界的に有名な芸術作品に、著名な陶芸家によって作り上げられた壺、そして至る所に散らばった札束。掃いて捨てるほどある金は、財布や金庫に入れずとも、何ならその辺りに転がる札束を一本でも二本でも盗まれたところで痛くも痒くもないのだろう。だから無防備に放置、あるいは使用されているのだろう。
「良いんですか、あの英雄の卵を追わなくても」
 ひとりの下っ端が跪きながらグラトニーに意見する。その言葉に、グラトニーはやたら高級そうな葉巻をふかしながら恍惚そうな表情で語る。
「まあ、少しくらい債務者が逃げ出したところで、我々の金融業が成り立たない訳ではありません。元より、我々の目的は別にあるのです」
「目的、ですか」
 その下っ端のオウム返しに、目を細め怪しげな笑みを浮かべた。
「ええ。私はあの猿の債務者|《ガキ》に少々期待しているのです。学園ではその価値も無いと思っていたのですが……少々『家族』が絡むと人が変わるようで。実に分かりやすい」
 下っ端は怪訝な表情を浮かべながらその場を立とうとする。しかし、それをグラトニーが制止する。その場は冷え切った空気で包まれる。
「――何か、ネズミが紛れ込んでしまったと、そういう情報が我々『教会』埼玉支部にタレこまれたのですが、貴方は何か知りませんか? 『名も知らない貴方』」
「くッ……!!」
 下っ端は冷や汗をかきながら自動短銃|《オートマティック・ピストル》を懐から出し、グラトニーの命を狙う。
 何発か連射するも、『すべてグラトニーを避けるようにして』グラトニーの背後の壁に弾丸がヒット。
「な、何で」
「ああ、何処から来たか分かりませんが……鉄砲玉さん。あまり戦いの心得のない素人ではありますが……死ぬ前に一つ忠告しておきましょう」
 高そうな椅子に深く腰掛け直し、足を組むグラトニー。その表情は実に余裕そのものであった。
「敵陣に突っ込むならば……少しくらい情報を整えてから出直してみてはいかがでしょうか」
 指を軽く手遊びかのように薙ぐと、その人間の胴体が綺麗に分断される。刃物で切ったのではない、実に乱雑な断面。臓器と鮮血が辺りにどろりと零れ出す。
「ああ、クリーニング代くらいは請求しておくべきでしたかねえ。まあどうでもいいでしょう」
 すると、手を軽く叩くグラトニーに呼応するように、この支部お付きの使用人が複数現れ、何も言わず死体を流れ出た血液や臓器ごと持ち去る。さらに入れ違いのように複数の使用人が高級そうなカーペットをずるりと持ち去っていく。
「いい、実にいい。金というものは人生を豊かにしてくれる素晴らしい発明品だ、今は先人に感謝を」
 空にワイングラスを掲げ、グラスに残ったワインを一息に飲み干す。ため息を吐くと、再び恍惚な表情へ戻る。この世を金と言うモジュールをふんだんに用い、精一杯楽しんでやろうという、快楽および悦楽。それを全身で感じ取っていたのだ。
 人を踏み台にし、得る快楽はただものでは無い。相手を出し抜いて生きる競争社会こそ理想郷。騙し騙され、ではなく騙し抜き続ける。それこそが、グラトニーの何よりもの幸せであったのだ。
「今回の案件……神奈川支部のアイツのようなへまはしません……ええしませんとも。万全を喫し、当然のように英雄に勝利する。それこそが……我ら『教会』に課せられた宿命なのですから」
 三人が向かった先は、旅館備え付けの仮医務室。元々通常の部屋を即席で治療ができるように、多少なり部屋を改造している。作戦が長引いたとしても手短に終わったとしても傷を癒せるように拠点を移した、という形であった。
 いくつかある病床に寝かせられた子供たち。救護班の一人が指さした部分には、下腹部の裂傷痕がいくつか。礼安が感じ取るに、歪な魔力がそこら中に渦巻いていた。それこそ、チーティングドライバーを使用した者と同じ魔力。
「こ、これって……!」
「――彼らは、チーティングドライバーの実験台にされた、と見ていいでしょうね」
 エヴァのその一言は、透にとっては最悪そのものであった。すんなりと事が運んだ理由はここにあったのだ。平穏な日常など決して与えない、債務者|《金づる》としての責務を全うさせるために、あの手この手で透を絶望させることが、グラトニーの目的であったのだ。
「我々は手を尽くしましたが……今は危篤状態を回避させることしか出来ません。魔力の母体となる存在をどうにかする以外に、この子たちが助かる道はありません。もって――一週間ほどでしょう。あとはこの子たちの『生きる意志』次第です」
 しかし透は、そんな子供たちを見て、怒りに打ち震えていた。髪を掻きむしり、壁に拳を乱暴に叩きつける。
「……るせねェ……許せねェあのクソ野郎……!!」
 透が何より大切にしていた存在を傷つけられた。それこそが彼女の琴線に触れた。それは実に道理が通っていたのだが、その彼女の雰囲気は実に恐怖と怒りに満ちた歪なものであった。
「――天音さん。とりあえず今は体勢を立て直すべきです。ただでさえ、貴女は一度敗北し、子供たちを助けた際もかなりの傷を負っていました。自分の命を擲|《なげう》とうとする無茶は、仮にも先輩である私としては看過できません」
 透を案じるエヴァであったが、『急いては事を仕損じる』といった安定重視の考えが気にくわなかったのか、それとも『憎たらしい相手に負けた』という現実を突きつけられたことが気にくわなかったのか。彼女の怒りの炎に油を注ぐ結果となる。
「ああ、俺は弱いさ!! それでもガキどもをこうしたアイツが何より許せないんだよ!! 俺はあのクソ野郎を殺してやる、生きていることを後悔するほど惨たらしく――――」
「……礼安さん。今から私は――らしくもなく怒ります。お目汚ししてしまうかもしれませんが、申し訳ありません」
 透がグラトニーに対しての恨み節を吐き出しているとき、エヴァは透を平手打ちした。戦闘のプロフェッショナルではないエヴァのため、痛みはそこまで無いだろう。しかし透からは、不思議とそれ以上の恨み節が漏れ出ることは無かった。
 なぜなら、エヴァは泣いていたのだ。平手を貰ったことに対して、何か言い返してやろうと顔を上げた透が、その顔を見てしまったのだ。何故泣いているのか分からないために、言葉を失ったのだ。
「――最初、貴女は子供たちが傷つけられたことに対し怒っているのを見て、多少の無茶は大目に見ようとも思いました。でも……今の貴女は英雄|《ヒーロー》じゃあない。対象を殺すことを目的としたただの復讐者|《アヴェンジャー》だ」
 エヴァの横に立つ存在、礼安。彼女はクランが襲撃してきたときも、フォルニカを相手にした時も『民間人を守る』『誇りを守る』『相手を闇から救い出す』ことを念頭に置いて行動していた。だからこそ、エヴァは礼安に惚れた。礼安の多少無茶とも思える行動も、どこか許せていた。
 しかし、今現在の透が目的としているのは、『グラトニーへの報復』、つまるところ殺害。英雄である前に、人として許せなかったのだ。殺人を許容するなど、誰であれ肯定できるものでは無かったのだ。
「……貴女が英雄学園入試に首席で合格したと聞いて、かなり期待していました。ですが……ただちょっと力を兼ね備えただけの……復讐心に駆られた獣同然で見ていられません。今の貴女は――武器を卸す価値もない人。英雄として失格です」
 そのエヴァの言葉に、何も言い返すことが出来ない透。頬に未だ残るひりつきを感じながら、言葉を噛み締めることしか出来ずにいた。
 エヴァは涙を浮かべながら、その場を足早に立ち去る。残されたのは礼安と透のみ。
 しばらくの静寂。最初、救護班皆エヴァの平手打ちに驚愕したものの、自分たちの使命を全うするべく子供たちの治療に専念するため戻っていった。
 透は完全に意気消沈していた。先ほどまでの殺気は、全てエヴァの心からの叱責によってかき消されてしまった。
 そして礼安は、そんなダウナーな透に手を差し出す。笑顔ではなかったが、せめて気が紛れれば、その一心であったのだ。
「――透ちゃん。ちょっと屋上に行こうか。多分……今部屋には戻り辛いだろうし」
 透は俯き無言のまま、ほんの少しだけ頷いた。