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番外編1 何も出来ない無力さ

ー/ー





 あれから、随分と月日が流れた。

 弘樹は今も変わらず腑抜けた状態で。母さんたちも暫く弘樹の顔は見たくないなんて言ってるし……そう思うとやっぱり──俺がもっと何かしてあげていたらって思う。

 こうなってしまった原因は、弘樹が優しすぎるせいからで。勿論、してしまった事に深く深く後悔をしているし、反省だってしている。
 そして、心を閉ざしてしまっている。

 そんな弘樹を、俺はもう……責めることは出来ない。


 いま弘樹には、味方の一人もいないから。
 せめて俺だけでも弘樹の味方になってあげないと。

 俺にも一応、責任があるというか……ないというか。
 彼女が……弥生ちゃんが途切れ途切れで言っていた言葉を、俺は聞いてしまったから。


 未だに、弥生ちゃんが言った言葉を弘樹に伝えることは出来ていない。
 伝えない方がいいって、勝手に俺が判断したから。

 そう判断したのは誰の言葉にも耳を傾けず、意地でも弥生ちゃんの元に駆けつけてしまうと思ったからで。それを弥生ちゃんは望んでいないって、また勝手に判断したから。


 生きていく中で、知らない方が幸せになれる事の方が多いから。


 ──コンコン。
 ジンジンする程の力でノックをしても相変わらず返事はないし、物音一つも聞こえやしない。


「起きてる? 会社の人からスイーツ貰ったんだけど、一緒に食べない?」


 当然、返事は返ってこないから、廊下にシン……とした空気が流れる。

 ふぅ、と息を吐き、ドアノブに手をかけながら「入るよ?」と言って、遠慮なくドアを開ける。いつ見ても真っ暗な部屋が視界に飛び込んでくる。その部屋の端にはいつものように黒い塊があり、微かに動いたのが見えたから〝生きている〟のだと確認することが出来て、今日も安堵の溜め息が漏れた。


「ほら見て? こんなに沢山貰ったんだよ。一人じゃ食べきれないって分かるでしょ?」


 また静寂に包まれ、俺はいつものように近づいて、布団を勢いよく捲る。そこには生気を全く感じられない顔をしている弟の姿を見て、今日も胸が締め付けられる。

 一人で生活するのが困難と見做し、俺の家で二人暮らしを始めたはいいが、会話という会話は一切ない。いつも俺が一方的な会話をしている。

 まぁ、それも仕方がないんだけど。
 弘樹は全く寝ていないし、食事も取ってないから余計会話などできない。

 昨日よりも目の下のクマが酷くなっている。
 そんなクマを親指で撫でるが、弟は何の反応も見せない。

 こんな事になるのなら、あの時、もっとしつこく電話をかけていればよかった。弥生ちゃんだって気づいた時に電話をかけていればよかった。

 そうしていれば……何か変わっていたかもしれないのに。

 無数の後悔しか生まれない。でも、これから生きていくにはそういう後悔は付き物で……だから弘樹にもそう言わなくちゃいけないのに言えない。


「弘樹……今日も俺の話を聞いてくれる?」


 他に言わなくちゃいけないことが山ほどあるというのに、こうやっていざ口を開いてみれば声が出なくなる。

 心の中でついた溜め息と共に自嘲した笑みがこぼれ、何も出来ない無力さに、今日も嫌気が差す──。



何も出来ない無力さ END



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 あれから、随分と月日が流れた。
 弘樹は今も変わらず腑抜けた状態で。母さんたちも暫く弘樹の顔は見たくないなんて言ってるし……そう思うとやっぱり──俺がもっと何かしてあげていたらって思う。
 こうなってしまった原因は、弘樹が優しすぎるせいからで。勿論、してしまった事に深く深く後悔をしているし、反省だってしている。
 そして、心を閉ざしてしまっている。
 そんな弘樹を、俺はもう……責めることは出来ない。
 いま弘樹には、味方の一人もいないから。
 せめて俺だけでも弘樹の味方になってあげないと。
 俺にも一応、責任があるというか……ないというか。
 彼女が……弥生ちゃんが途切れ途切れで言っていた言葉を、俺は聞いてしまったから。
 未だに、弥生ちゃんが言った言葉を弘樹に伝えることは出来ていない。
 伝えない方がいいって、勝手に俺が判断したから。
 そう判断したのは誰の言葉にも耳を傾けず、意地でも弥生ちゃんの元に駆けつけてしまうと思ったからで。それを弥生ちゃんは望んでいないって、また勝手に判断したから。
 生きていく中で、知らない方が幸せになれる事の方が多いから。
 ──コンコン。
 ジンジンする程の力でノックをしても相変わらず返事はないし、物音一つも聞こえやしない。
「起きてる? 会社の人からスイーツ貰ったんだけど、一緒に食べない?」
 当然、返事は返ってこないから、廊下にシン……とした空気が流れる。
 ふぅ、と息を吐き、ドアノブに手をかけながら「入るよ?」と言って、遠慮なくドアを開ける。いつ見ても真っ暗な部屋が視界に飛び込んでくる。その部屋の端にはいつものように黒い塊があり、微かに動いたのが見えたから〝生きている〟のだと確認することが出来て、今日も安堵の溜め息が漏れた。
「ほら見て? こんなに沢山貰ったんだよ。一人じゃ食べきれないって分かるでしょ?」
 また静寂に包まれ、俺はいつものように近づいて、布団を勢いよく捲る。そこには生気を全く感じられない顔をしている弟の姿を見て、今日も胸が締め付けられる。
 一人で生活するのが困難と見做し、俺の家で二人暮らしを始めたはいいが、会話という会話は一切ない。いつも俺が一方的な会話をしている。
 まぁ、それも仕方がないんだけど。
 弘樹は全く寝ていないし、食事も取ってないから余計会話などできない。
 昨日よりも目の下のクマが酷くなっている。
 そんなクマを親指で撫でるが、弟は何の反応も見せない。
 こんな事になるのなら、あの時、もっとしつこく電話をかけていればよかった。弥生ちゃんだって気づいた時に電話をかけていればよかった。
 そうしていれば……何か変わっていたかもしれないのに。
 無数の後悔しか生まれない。でも、これから生きていくにはそういう後悔は付き物で……だから弘樹にもそう言わなくちゃいけないのに言えない。
「弘樹……今日も俺の話を聞いてくれる?」
 他に言わなくちゃいけないことが山ほどあるというのに、こうやっていざ口を開いてみれば声が出なくなる。
 心の中でついた溜め息と共に自嘲した笑みがこぼれ、何も出来ない無力さに、今日も嫌気が差す──。
何も出来ない無力さ END