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第5話 卵とモンスター【前編】

ー/ー



●真之助視点



『これから会おうぜ』

 友人A君からそんなメッセージが届いたのは放課後のことだった。

 トイレ掃除を終えたばかりの(まこと)は教室でスマホを確認するなり、眉間に深いしわを刻んだ。

「あいつ、二日間もオレひとりにトイレ掃除をさせておいて、いけしゃあしゃあと『これから会おうぜ』だと? 飛んで火に入るなんとやらだな」

 直接会って文句を言わないと気がすまないようだ。真はトイレ掃除の恨みは怖いんだぞと息巻いて、「OK」と即座に返事をした。

 私たちは友人A君と待ち合わせる前に花屋に立ち寄った。

 花屋と言えば、聖子先生のお見舞い用の花束を用意したことが記憶に新しいけれど、今日は欠席した友人A君に花束を贈るわけではない。

 孝志(たかし)君から預かった植木鉢のための肥料を購入するためだ。

 真は「種が腐って芽が出ないのかも」と言ったものの、やっぱり諦めきれず、肥料という最終手段に頼ることにしたらしい。

 代金を払い、肥料の入った小さな袋を受け取ると、真は店員さんに頭を下げて、そっとカバンにしまい込んだ。

 その丁寧で慎重な様子はまだ真が小さかった頃のことを思い出させた。

 幼稚園から帰ってきた真が祖母の千代に「ホットケーキを作って欲しい」と頼んだところ、ちょうど冷蔵庫の卵を切らしていたことがあった。

 現在はもう畳んでしまったけれど、その頃、近所には昔ながらの商店のようなコンビニのような境界線がぼんやりとしたお店が一軒だけあって、そこならば大人の足で二分ほどの場所にあるから、子供の真でも容易に辿り着けると考えたのだろう。

 千代は真の初めてのおつかいとして「卵を買ってきて欲しい」と頼んだのだ。

 両手で財布を握りしめ、張り切って歩く真と、私は並んで歩いた。

 家から北へ真っすぐ進み、目的の商店にはすぐに着いた。卵と小銭を交換し、卵の入った袋を受け取った真は緊張感と使命感を両肩に乗せて、お遊戯会で発表でもするかのように深々とお辞儀をした。

 卵はほんの少しの振動で割れてしまう。そう信じ込んでいたのだろう。

 真は胸の前で卵を抱きかかえ、一歩一歩に細心の注意を払いつつ家に帰った。まるで、親鳥が卵を温める懸命さと忍者が足音を立てないように歩く慎重さに私は微笑ましく思ったものだった。

「なにニヤニヤしてんだよ?」

「昔のことを思い出していたんだ」

 仕事中も遊び心を忘れない。それが私のモットーだ。とりわけ真をからかうことは生き甲斐でもあるから、私は自分自身を楽しませるための総仕上げとして余計な一言を付け加える。

「真は小さい頃から変わらないなあと思って。身長が」

 しかし、真は鼻で笑い飛ばしただけだった。

「ふん。いつかガチでぶん殴ってやりたいところだけど、今回は見逃してやるよ。オレは身長ごときでガタガタ言うのはやめにしたんだ」

「どゆこと?」

 大人の余裕を見せつけるかのように真は口角を上げるだけだった。


 * * *


 友人A君と待ち合わせた場所は、()しくも昨日、成瀬さんと寿々子(すずこ)さんとひと悶着あった梅見原中央公園だった。

 今日は成瀬さんのいた東屋(あずまや)の下、友人A君が腰を下ろしている。その隣にはもうひとり見知った顔があり、私たちは思わず足を止めた。

「あれれ。友人A君と少年係の藤木さんだね」

 私が言うと、苦い思い出が蘇ったのか真は露骨に嫌な顔をした。先日、中学生と間違われ補導された真を担当した刑事が藤木さんだったのだ。

「どうして、こんなところにアノ人がいるんだよ」

「どうしてって。梅見原市は桜並木警察署の管轄だから、藤木さんがいても不思議じゃないよ」

「そういう意味じゃねえよ。友人Aのやつ、補導されてるんじゃねえだろうな」

 友人A君を気遣う様子を見せつつも、真は腰を屈めて、そろりそろりと元来た道を戻ろうとするから、私は呼び止める。

「どこに行くのさ?」 
 
「でかい声を出すんじゃねえよ、見つかっちまうだろ。さっさと逃げるぞ」 
  
「友人A君はどうするの?」

「どうするもこうするも。オレ、藤木さんが苦手なんだよ。アノ人がオレを中学生だと決めつけたお陰で散々な目にあっただろ」

 いくら小柄な真でも見通しがきく公園では闇夜に浮かぶ月のように隠れようがないから、すぐに見つかってしまうだろう。案の定、背後から友人A君がの声が飛んだ。振り返ってみると手招きしている。

「真、こっちだ!」

 真はビクッと首をすぼめてから、観念したのか、「よう」と小さく手を挙げた。

「悪かったな、急に呼び出して」

 東屋に着くなり、真を笑顔で迎えてくれた友人A君に、私はたった今真が友達を見捨てようとしていたことを暴露してやろうと思ったけれど、結局やめた。真の友人A君を思いやる不安な感情が声に滲んでいたからだ。

「友人A。お前、何をやったんだよ?」

「何をやったって、やってる最中。今フジさんとお茶してんだよ」

「お茶?」

 友人A君は見てわからないのかとでも言うように、あっけらかんと自分が座っているベンチを指差した。

 友人A君と藤木さんの間にはそれぞれ飲みかけのペットボトル飲料と缶コーヒーが置いてある。なるほど、二人を取り巻く和やかな雰囲気は一昨日、真が補導されたときのそれとは全くかけ離れている。

 コンビニの店員が商品を前出しするように、友人A君は藤木さんの前に真をグイっと押し出した。

「フジさん。こいつは同じクラスの友達で崎山真」

「君はこの間の!」

 真を紹介された藤木さんは驚き()け反り、コントのようにベンチから転げ落ちそうになった。

「本当に高校生だったんだね」と心の声が筒抜けだ。藤木さんはようやく真を高校生だと認めたようだった。

「先日は崎山君に失礼なことを言って悪かったね」

「いえ、別に……。わかってもらえれば全然いいんで」

 仏頂面の真に頭を下げる藤木さんを見て、(いぶか)ったのは友人A君だ。真と藤木さんを交互に見ながら、疑問を投げる。

「なんで、フジさんが真に謝ってんだよ? 二人はオレの知らないところで、すでに知り合っちゃってんの?」

 藤木さんは面目なさそうに鼻の頭を擦ってから、古傷が痛むかのように口元を歪めた。

「一昨日、中学生が高校生にリンチされていると通報があって、崎山君が保護されてきたんだよ。俺は恥ずかしながら、今の今まで崎山君が中学生だと信じ込んでいたよ。まさか」

 そこで思い当たった顔つきになる。

「崎山君が話していた現場から逃げ去った友達がいると言ったのは」

「そうですよ。こいつがまさかのひとりで逃げた友人Aですよ」

 真が友人A君の正体を明らかにすると、今度は友人A君の方が仏頂面になった。ベンチにどっかりと腰を下ろし、下唇を突き出している。墓穴を掘ってしまったと自分の発言に後悔しているのか、口を閉ざしてしまった。

 それをいいことに真は勇んで藤木さんに訊ねる。

「藤木さんと友人Aはどんな知り合いなんですか?」

「俺と芦屋君はね」

 藤木さんは横目で友人A君を一瞥し、「話しても構わないだろうか」と視線で訊ねた。

 足を前へ放り出すようにして、つま先に視線を固定している友人A君は無反応だった。

 それを肯定の意味と()み取って藤木さんは再び口を開いた。

「芦屋君はちょこちょこ少年係に顔を出してくる子でね。その頃からの付き合いなんだ」

「ああ、ナイフの芦屋の話ですか」

「有名だもんね」

「らしいですね。オレが知ったのは昨日ですけど」

「昨日、なんだ」

 藤木さんは「君の名声もまだまだだね」と友人A君の肩を叩きながら、軽く声を立てて笑った。


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●真之助視点
『これから会おうぜ』
 友人A君からそんなメッセージが届いたのは放課後のことだった。
 トイレ掃除を終えたばかりの|真《まこと》は教室でスマホを確認するなり、眉間に深いしわを刻んだ。
「あいつ、二日間もオレひとりにトイレ掃除をさせておいて、いけしゃあしゃあと『これから会おうぜ』だと? 飛んで火に入るなんとやらだな」
 直接会って文句を言わないと気がすまないようだ。真はトイレ掃除の恨みは怖いんだぞと息巻いて、「OK」と即座に返事をした。
 私たちは友人A君と待ち合わせる前に花屋に立ち寄った。
 花屋と言えば、聖子先生のお見舞い用の花束を用意したことが記憶に新しいけれど、今日は欠席した友人A君に花束を贈るわけではない。
 |孝志《たかし》君から預かった植木鉢のための肥料を購入するためだ。
 真は「種が腐って芽が出ないのかも」と言ったものの、やっぱり諦めきれず、肥料という最終手段に頼ることにしたらしい。
 代金を払い、肥料の入った小さな袋を受け取ると、真は店員さんに頭を下げて、そっとカバンにしまい込んだ。
 その丁寧で慎重な様子はまだ真が小さかった頃のことを思い出させた。
 幼稚園から帰ってきた真が祖母の千代に「ホットケーキを作って欲しい」と頼んだところ、ちょうど冷蔵庫の卵を切らしていたことがあった。
 現在はもう畳んでしまったけれど、その頃、近所には昔ながらの商店のようなコンビニのような境界線がぼんやりとしたお店が一軒だけあって、そこならば大人の足で二分ほどの場所にあるから、子供の真でも容易に辿り着けると考えたのだろう。
 千代は真の初めてのおつかいとして「卵を買ってきて欲しい」と頼んだのだ。
 両手で財布を握りしめ、張り切って歩く真と、私は並んで歩いた。
 家から北へ真っすぐ進み、目的の商店にはすぐに着いた。卵と小銭を交換し、卵の入った袋を受け取った真は緊張感と使命感を両肩に乗せて、お遊戯会で発表でもするかのように深々とお辞儀をした。
 卵はほんの少しの振動で割れてしまう。そう信じ込んでいたのだろう。
 真は胸の前で卵を抱きかかえ、一歩一歩に細心の注意を払いつつ家に帰った。まるで、親鳥が卵を温める懸命さと忍者が足音を立てないように歩く慎重さに私は微笑ましく思ったものだった。
「なにニヤニヤしてんだよ?」
「昔のことを思い出していたんだ」
 仕事中も遊び心を忘れない。それが私のモットーだ。とりわけ真をからかうことは生き甲斐でもあるから、私は自分自身を楽しませるための総仕上げとして余計な一言を付け加える。
「真は小さい頃から変わらないなあと思って。身長が」
 しかし、真は鼻で笑い飛ばしただけだった。
「ふん。いつかガチでぶん殴ってやりたいところだけど、今回は見逃してやるよ。オレは身長ごときでガタガタ言うのはやめにしたんだ」
「どゆこと?」
 大人の余裕を見せつけるかのように真は口角を上げるだけだった。
 * * *
 友人A君と待ち合わせた場所は、|奇《く》しくも昨日、成瀬さんと|寿々子《すずこ》さんとひと悶着あった梅見原中央公園だった。
 今日は成瀬さんのいた|東屋《あずまや》の下、友人A君が腰を下ろしている。その隣にはもうひとり見知った顔があり、私たちは思わず足を止めた。
「あれれ。友人A君と少年係の藤木さんだね」
 私が言うと、苦い思い出が蘇ったのか真は露骨に嫌な顔をした。先日、中学生と間違われ補導された真を担当した刑事が藤木さんだったのだ。
「どうして、こんなところにアノ人がいるんだよ」
「どうしてって。梅見原市は桜並木警察署の管轄だから、藤木さんがいても不思議じゃないよ」
「そういう意味じゃねえよ。友人Aのやつ、補導されてるんじゃねえだろうな」
 友人A君を気遣う様子を見せつつも、真は腰を屈めて、そろりそろりと元来た道を戻ろうとするから、私は呼び止める。
「どこに行くのさ?」 
「でかい声を出すんじゃねえよ、見つかっちまうだろ。さっさと逃げるぞ」 
「友人A君はどうするの?」
「どうするもこうするも。オレ、藤木さんが苦手なんだよ。アノ人がオレを中学生だと決めつけたお陰で散々な目にあっただろ」
 いくら小柄な真でも見通しがきく公園では闇夜に浮かぶ月のように隠れようがないから、すぐに見つかってしまうだろう。案の定、背後から友人A君がの声が飛んだ。振り返ってみると手招きしている。
「真、こっちだ!」
 真はビクッと首をすぼめてから、観念したのか、「よう」と小さく手を挙げた。
「悪かったな、急に呼び出して」
 東屋に着くなり、真を笑顔で迎えてくれた友人A君に、私はたった今真が友達を見捨てようとしていたことを暴露してやろうと思ったけれど、結局やめた。真の友人A君を思いやる不安な感情が声に滲んでいたからだ。
「友人A。お前、何をやったんだよ?」
「何をやったって、やってる最中。今フジさんとお茶してんだよ」
「お茶?」
 友人A君は見てわからないのかとでも言うように、あっけらかんと自分が座っているベンチを指差した。
 友人A君と藤木さんの間にはそれぞれ飲みかけのペットボトル飲料と缶コーヒーが置いてある。なるほど、二人を取り巻く和やかな雰囲気は一昨日、真が補導されたときのそれとは全くかけ離れている。
 コンビニの店員が商品を前出しするように、友人A君は藤木さんの前に真をグイっと押し出した。
「フジさん。こいつは同じクラスの友達で崎山真」
「君はこの間の!」
 真を紹介された藤木さんは驚き|仰《の》け反り、コントのようにベンチから転げ落ちそうになった。
「本当に高校生だったんだね」と心の声が筒抜けだ。藤木さんはようやく真を高校生だと認めたようだった。
「先日は崎山君に失礼なことを言って悪かったね」
「いえ、別に……。わかってもらえれば全然いいんで」
 仏頂面の真に頭を下げる藤木さんを見て、|訝《いぶか》ったのは友人A君だ。真と藤木さんを交互に見ながら、疑問を投げる。
「なんで、フジさんが真に謝ってんだよ? 二人はオレの知らないところで、すでに知り合っちゃってんの?」
 藤木さんは面目なさそうに鼻の頭を擦ってから、古傷が痛むかのように口元を歪めた。
「一昨日、中学生が高校生にリンチされていると通報があって、崎山君が保護されてきたんだよ。俺は恥ずかしながら、今の今まで崎山君が中学生だと信じ込んでいたよ。まさか」
 そこで思い当たった顔つきになる。
「崎山君が話していた現場から逃げ去った友達がいると言ったのは」
「そうですよ。こいつがまさかのひとりで逃げた友人Aですよ」
 真が友人A君の正体を明らかにすると、今度は友人A君の方が仏頂面になった。ベンチにどっかりと腰を下ろし、下唇を突き出している。墓穴を掘ってしまったと自分の発言に後悔しているのか、口を閉ざしてしまった。
 それをいいことに真は勇んで藤木さんに訊ねる。
「藤木さんと友人Aはどんな知り合いなんですか?」
「俺と芦屋君はね」
 藤木さんは横目で友人A君を一瞥し、「話しても構わないだろうか」と視線で訊ねた。
 足を前へ放り出すようにして、つま先に視線を固定している友人A君は無反応だった。
 それを肯定の意味と|汲《く》み取って藤木さんは再び口を開いた。
「芦屋君はちょこちょこ少年係に顔を出してくる子でね。その頃からの付き合いなんだ」
「ああ、ナイフの芦屋の話ですか」
「有名だもんね」
「らしいですね。オレが知ったのは昨日ですけど」
「昨日、なんだ」
 藤木さんは「君の名声もまだまだだね」と友人A君の肩を叩きながら、軽く声を立てて笑った。