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 ある日突然、“天使”だと名乗る小人が僕の目の前に現れた。


「あたしは天使よ。あたしのことは“チコちゃん”て呼びなさい」


 そう言って偉そうに踏ん反り返ったのは、五センチ程の小さな小人。確かにその背中には天使らしき小さな羽が生えている。


「あの……天使さん? とりあえ──」

「だから“チコちゃん”よ!」

「痛っ、……いたたたた! 痛いですって!」


 僕の言葉を遮るようにして怒った天使は、手に持った杖のようなものでポカスカと僕の頭を殴りつける。
 これでも本当に天使だというのだろうか? いきなり人を殴りつけるとは乱暴者にもほどがある。


「ご……ごめんなさい、チコちゃん! やめて下さい! 本当に痛いですってば!」

「ふんっ。ちゃんとチコちゃんて呼ばないあんたが悪いのよ、このちんちくりん!」


 そう言って腕組みをしながら踏ん反り返った天使。随分と口も悪いようだ。


「あんたの為にわざわざ来てやったのよ。感謝しなさい」

「別に僕は頼んでませんが……」

「まあ! なんて生意気なの!」


 再び杖を振り上げる素振りを見せた天使を見て、慌てた僕は頭を隠しながら大きな声を上げた。


「ごっ、ごめんなさい! とりあえず後にしてくれませんか!? 今はちょっと……っ!」

「なによ、せっかく来てやったっていうのに。あたしに不満でもあるって言うの?」

「っ、……今お風呂中なの見て分かりますよね!? 今すぐ出て行って下さい! お願いします……!」


 こうして突如として始まった天使との奇妙な同居生活。事あるごとに僕に干渉する“チコちゃん”と名乗るその天使は、口も悪く乱暴者だったが、意外にもその存在はとても居心地のいいものだった。


「はやく起きなさい、このねぼすけ!」

「痛……っ、いたたた! 痛いです、チコちゃん!」

「早く起きないと学校に遅刻しちゃうでしょ!」

「まだ三十分は寝れますよ……」

「また朝食を食べない気ね!? そんなんだからちんちくりんなのよ!」

「いや……僕そんなに小さくないですよ。それにチコちゃんの方がよっぽど小さ──」

「まあ! なんて生意気なねぼすけなの!」

「痛っ! いたた……っ、痛い、痛いです! ごめんなさい! 今すぐ起きるから許して下さい!」


 こうして頭をポカスカと殴られながら起きるも、三日程前からの恒例になりつつある。頭の痛みさえ除けば、こうして賑やかな朝を迎えるというのも悪くはない。
 祖母が入院してからというもの、祖母と二人暮らしだったこの家は随分と静かになってしまった。そんな時に突然現れた天使は、僕の沈んだ心を明るく照らしてくれるのに充分な存在だった。


「人参も残さず食べなさいよ」

「苦手なんですよ、人参……」

「だならちんちくりんなのよ!」


 そんな小言を言いながらも、甲斐甲斐しく僕の為に朝食を用意してくれる天使。こんなに小さな身体だというのに、一体どこにそんな力があるのだろか? そんなことを思いながら、両手一杯に食器を持ってフワフワと浮かんでいる天使を見つめる。


「さっさと食べなさい。遅刻するわよ!」

「はい、いただきます」


 急かされるようにして朝食を済ませた僕は、天使が用意してくれたお弁当を持って学校へと向かう。


「あんたもいい加減料理の一つでも覚えたらどうなの」

「僕には無理ですよ」

「甘ったれてんじゃないわよ。もう十七でしょ」

「先月十八になりました」

「ふんっ。それにしてはちんちくりんね」

「僕そんなに小さい方じゃないんですが……」


 そんなやり取りをしながら登校するのも、ここ最近の恒例である。


「おはよう、早水(はやみ)くん!」

「あっ。……お、おはよう、高坂(こうさか)さん」


 笑顔で駆けてゆく高坂さんに挨拶を返すと、それを見ていた天使がすかさず口を挟む。


「何よその小さな声は! もっとシャキッとしなさい、シャキッと! あの子のことが好きなんでしょ? そんなんじゃ仲良くなれないわよ!」

「痛……っ! いたたた! 痛いですってば!」

「シャキッとしなさい、シャキッと!」

「わかりました、ちゃんとします! わかりましたから……っ!」


 ポカスカと僕の頭を殴りつける天使をどうにか(なだ)めると、叩かれた頭に手をやりスリスリと撫でる。
 この乱暴さはどうにかならないものなのだろうか。いくら身体が小さいとはいえ、何度も殴りつけられれば地味に痛い。


(まあ……ばあちゃんのゲンコツに比べたらだいぶマシだけど)


 最後にゲンコツをくらったのはいつだったかと、そんな昔を懐かしく思う。


「こらっ! 何ボーッとしてるの! 早く学校行きなさい!」

「……あ、はい」


 どうやら感傷に浸っている暇もないらしい。

 そんな天使との同居生活も一週間が過ぎた頃。
 僕が一人でゆっくりと湯船に浸かっていると、ノックもなしにいきなり乱暴に扉を開いて現れた天使。僕の顔を見るや否や、そのままの勢いで一気に捲し立てる。


「ちょっと! これは一体どういうこと!? あんた大学に行きたいんじゃなかったの!? なんで就職希望なんて書いてるの!!」


 そう言いながら僕の顔にペシッと貼り付けたのは、僕の字で書かれた進路希望用紙だった。 


「っ……ちょ! 今お風呂中なんですよ!? 後にしてくれませんか!?」

「あんたの裸なんてどうでもいいのよ! それよりこれは何なの!? 説明しなさい!!」

「ま、待って下さい! 今出ますから待って! ……痛っ! いたたたた!」


 急かされるようにしてポカスカと頭を殴られた僕は、慌ててお風呂から上がるとリビングへと移動する。


「で!? どういうことなの!? あんた大学に行きたいんじゃなかったの!?」

「うちにはそんなお金はないんですよ」

「お金ならあるでしょ!? 行きたいなら大学行きなさい!」

「天使のチコちゃんには分かりませんよ。そんな簡単に用意できる金額じゃないんです」


 親の遺産がまだ少し残っているとはいえ、それも普通に暮らしているだけで二十歳(はたち)になる頃には底を尽きてしまう。そんな経済状況の中で、大学まで進学するなんてことは不可能だ。
 この先祖母の入院費だってまだまだかかるだろうし、それらのことを踏まえると進学せずに就職するのが一番現実的なのだ。


「お金ならあるでしょ!」

「……だから無いんですってば!」


 行けるものなら僕だって大学に進学したい。夢だって人並みにある。でも──。


「お金がないから諦めるしかないじゃないか……っ! うちにはそんな余裕はないんだよ!」


 悔しさに涙を流すと、そんな僕の頭目がけて杖を振り下ろした天使。


 ────ポコッ!


「…………痛いです」

「バカだね、あんたは。お金ならあるって言ってるでしょ」

「……どこにあるっていうんですか」


 そんな僕の言葉を受けてフワリとタンスへと近付いた天使は、上から二番目の棚を指差すと口を開いた。


「ここよ。開けてみなさい」


 言われた通りにその棚を開くと、中に入っていたのは僕名義の見慣れない通帳だった。中を開いて見てみると、そこには預金額五百万の文字が。遡って入金履歴を見てみると、それは十三年前からコツコツと入金されてきたものだった。
 十三年前といえば、ちょうど僕が祖母に引き取られた頃。きっとこれは、そんな祖母が僕の為に日々の節約から浮かせたお金を貯めてきてくれたものに違いない。


「ばあちゃん……」

「だからお金ならあるって言ったでしょ」

「いや……これは使えません」

「どうして?」

「これはきっと祖母が僕の為に十三年間貯めてきてくれたお金なんです。そんな大切なお金……僕には使えません」

「あんたの為のお金ならあんたが使えばいいのよ。このお金があれば大学にも行けるでしょ?」


 確かに五百万もあれば余裕で大学進学は可能だろう。ただ、それも普通に暮らしていたらの話だ。
 祖母が入院している今、いつどこで大金が必要になるとも分からない。


「確かに大学には行けますけど……でも、やっぱりこのお金には手を付けたくないんです」

「どうしてよ! 大学に行きたいんじゃないの!?」

「大学には行きたいですよ……でも節約しないと」

「だからって就職するの? お金なら心配ないって言ってるのに!」

「もういいんです、ありがとうございます」


 それだけ告げて通帳を元の場所へと戻すと、僕はそのまま静かにリビングを後にした。




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 ある日突然、“天使”だと名乗る小人が僕の目の前に現れた。


「あたしは天使よ。あたしのことは“チコちゃん”て呼びなさい」


 そう言って偉そうに踏ん反り返ったのは、五センチ程の小さな小人。確かにその背中には天使らしき小さな羽が生えている。


「あの……天使さん? とりあえ──」

「だから“チコちゃん”よ!」

「痛っ、……いたたたた! 痛いですって!」


 僕の言葉を遮るようにして怒った天使は、手に持った杖のようなものでポカスカと僕の頭を殴りつける。
 これでも本当に天使だというのだろうか? いきなり人を殴りつけるとは乱暴者にもほどがある。


「ご……ごめんなさい、チコちゃん! やめて下さい! 本当に痛いですってば!」

「ふんっ。ちゃんとチコちゃんて呼ばないあんたが悪いのよ、このちんちくりん!」


 そう言って腕組みをしながら踏ん反り返った天使。随分と口も悪いようだ。


「あんたの為にわざわざ来てやったのよ。感謝しなさい」

「別に僕は頼んでませんが……」

「まあ! なんて生意気なの!」


 再び杖を振り上げる素振りを見せた天使を見て、慌てた僕は頭を隠しながら大きな声を上げた。


「ごっ、ごめんなさい! とりあえず後にしてくれませんか!? 今はちょっと……っ!」

「なによ、せっかく来てやったっていうのに。あたしに不満でもあるって言うの?」

「っ、……今お風呂中なの見て分かりますよね!? 今すぐ出て行って下さい! お願いします……!」


 こうして突如として始まった天使との奇妙な同居生活。事あるごとに僕に干渉する“チコちゃん”と名乗るその天使は、口も悪く乱暴者だったが、意外にもその存在はとても居心地のいいものだった。


「はやく起きなさい、このねぼすけ!」

「痛……っ、いたたた! 痛いです、チコちゃん!」

「早く起きないと学校に遅刻しちゃうでしょ!」

「まだ三十分は寝れますよ……」

「また朝食を食べない気ね!? そんなんだからちんちくりんなのよ!」

「いや……僕そんなに小さくないですよ。それにチコちゃんの方がよっぽど小さ──」

「まあ! なんて生意気なねぼすけなの!」

「痛っ! いたた……っ、痛い、痛いです! ごめんなさい! 今すぐ起きるから許して下さい!」


 こうして頭をポカスカと殴られながら起きるも、三日程前からの恒例になりつつある。頭の痛みさえ除けば、こうして賑やかな朝を迎えるというのも悪くはない。
 祖母が入院してからというもの、祖母と二人暮らしだったこの家は随分と静かになってしまった。そんな時に突然現れた天使は、僕の沈んだ心を明るく照らしてくれるのに充分な存在だった。


「人参も残さず食べなさいよ」

「苦手なんですよ、人参……」

「だならちんちくりんなのよ!」


 そんな小言を言いながらも、甲斐甲斐しく僕の為に朝食を用意してくれる天使。こんなに小さな身体だというのに、一体どこにそんな力があるのだろか? そんなことを思いながら、両手一杯に食器を持ってフワフワと浮かんでいる天使を見つめる。


「さっさと食べなさい。遅刻するわよ!」

「はい、いただきます」


 急かされるようにして朝食を済ませた僕は、天使が用意してくれたお弁当を持って学校へと向かう。


「あんたもいい加減料理の一つでも覚えたらどうなの」

「僕には無理ですよ」

「甘ったれてんじゃないわよ。もう十七でしょ」

「先月十八になりました」

「ふんっ。それにしてはちんちくりんね」

「僕そんなに小さい方じゃないんですが……」


 そんなやり取りをしながら登校するのも、ここ最近の恒例である。


「おはよう、早水(はやみ)くん!」

「あっ。……お、おはよう、高坂(こうさか)さん」


 笑顔で駆けてゆく高坂さんに挨拶を返すと、それを見ていた天使がすかさず口を挟む。


「何よその小さな声は! もっとシャキッとしなさい、シャキッと! あの子のことが好きなんでしょ? そんなんじゃ仲良くなれないわよ!」

「痛……っ! いたたた! 痛いですってば!」

「シャキッとしなさい、シャキッと!」

「わかりました、ちゃんとします! わかりましたから……っ!」


 ポカスカと僕の頭を殴りつける天使をどうにか(なだ)めると、叩かれた頭に手をやりスリスリと撫でる。
 この乱暴さはどうにかならないものなのだろうか。いくら身体が小さいとはいえ、何度も殴りつけられれば地味に痛い。


(まあ……ばあちゃんのゲンコツに比べたらだいぶマシだけど)


 最後にゲンコツをくらったのはいつだったかと、そんな昔を懐かしく思う。


「こらっ! 何ボーッとしてるの! 早く学校行きなさい!」

「……あ、はい」


 どうやら感傷に浸っている暇もないらしい。

 そんな天使との同居生活も一週間が過ぎた頃。
 僕が一人でゆっくりと湯船に浸かっていると、ノックもなしにいきなり乱暴に扉を開いて現れた天使。僕の顔を見るや否や、そのままの勢いで一気に捲し立てる。


「ちょっと! これは一体どういうこと!? あんた大学に行きたいんじゃなかったの!? なんで就職希望なんて書いてるの!!」


 そう言いながら僕の顔にペシッと貼り付けたのは、僕の字で書かれた進路希望用紙だった。 


「っ……ちょ! 今お風呂中なんですよ!? 後にしてくれませんか!?」

「あんたの裸なんてどうでもいいのよ! それよりこれは何なの!? 説明しなさい!!」

「ま、待って下さい! 今出ますから待って! ……痛っ! いたたたた!」


 急かされるようにしてポカスカと頭を殴られた僕は、慌ててお風呂から上がるとリビングへと移動する。


「で!? どういうことなの!? あんた大学に行きたいんじゃなかったの!?」

「うちにはそんなお金はないんですよ」

「お金ならあるでしょ!? 行きたいなら大学行きなさい!」

「天使のチコちゃんには分かりませんよ。そんな簡単に用意できる金額じゃないんです」


 親の遺産がまだ少し残っているとはいえ、それも普通に暮らしているだけで二十歳(はたち)になる頃には底を尽きてしまう。そんな経済状況の中で、大学まで進学するなんてことは不可能だ。
 この先祖母の入院費だってまだまだかかるだろうし、それらのことを踏まえると進学せずに就職するのが一番現実的なのだ。


「お金ならあるでしょ!」

「……だから無いんですってば!」


 行けるものなら僕だって大学に進学したい。夢だって人並みにある。でも──。


「お金がないから諦めるしかないじゃないか……っ! うちにはそんな余裕はないんだよ!」


 悔しさに涙を流すと、そんな僕の頭目がけて杖を振り下ろした天使。


 ────ポコッ!


「…………痛いです」

「バカだね、あんたは。お金ならあるって言ってるでしょ」

「……どこにあるっていうんですか」


 そんな僕の言葉を受けてフワリとタンスへと近付いた天使は、上から二番目の棚を指差すと口を開いた。


「ここよ。開けてみなさい」


 言われた通りにその棚を開くと、中に入っていたのは僕名義の見慣れない通帳だった。中を開いて見てみると、そこには預金額五百万の文字が。遡って入金履歴を見てみると、それは十三年前からコツコツと入金されてきたものだった。
 十三年前といえば、ちょうど僕が祖母に引き取られた頃。きっとこれは、そんな祖母が僕の為に日々の節約から浮かせたお金を貯めてきてくれたものに違いない。


「ばあちゃん……」

「だからお金ならあるって言ったでしょ」

「いや……これは使えません」

「どうして?」

「これはきっと祖母が僕の為に十三年間貯めてきてくれたお金なんです。そんな大切なお金……僕には使えません」

「あんたの為のお金ならあんたが使えばいいのよ。このお金があれば大学にも行けるでしょ?」


 確かに五百万もあれば余裕で大学進学は可能だろう。ただ、それも普通に暮らしていたらの話だ。
 祖母が入院している今、いつどこで大金が必要になるとも分からない。


「確かに大学には行けますけど……でも、やっぱりこのお金には手を付けたくないんです」

「どうしてよ! 大学に行きたいんじゃないの!?」

「大学には行きたいですよ……でも節約しないと」

「だからって就職するの? お金なら心配ないって言ってるのに!」

「もういいんです、ありがとうございます」


 それだけ告げて通帳を元の場所へと戻すと、僕はそのまま静かにリビングを後にした。




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