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第10話 没落令嬢と森のクマさん

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 ララは、なぜ昨日滝行の最中に感覚が研ぎ澄まされたのか、そして昨日はまったく捕まえられなかった魚を捕まえられたのか、その極意を掴みかけていた。

 それはすなわち、無心と脱力だった。

 滝行の最中に思考を停止して心を無にしたことで、すべての感覚が研ぎ澄まされたのではないか。
 気負うのをやめて無駄な力を抜いたことで、動いている魚を捕まえられたのではないか。

 それをミレーヌに伝え、二人は(くさむら)に寝そべった。
 そして心を無にして、全身の力を抜いて、自然に身を預ける。

 やがて、意識が溶けてゆくように辺りに広がり、体は大地と一体化するような感覚に至る。

 すべてを包みこむような果てしない深さの大空――
 大空の広さを知らないままさまよう風――
 風に乗って自由の翼で羽ばたく鳥――
 鳥の宿りとなって大地に深く根ざす木々――
 木々やあらゆる命のゆりかごたる大地――
 大地に降り注ぎ穿(うが)った雨水が集結する大河――
 大河を飲みこみすべての命の原点たる大海――

 自然は巡り、命もまた巡る。
 それは終わりの無い輪廻――
 創造と破壊――
 繰り返される歴史――

 二人はこの時たしかに自然に触れ、自然と一体になることが出来たのだった。


 
 山ごもり最後の夜――

 昨晩と同じくウサギ肉と山菜の煮込みを食したララとミレーヌは、たしかな手応えを感じて天幕(テント)の中で就寝する。

 秋の虫の音――
 獣たちの闊歩――
 夜闇の静寂の中でもさまざまな命が活動しているのを感じ取るララだったが、その中に一際大きな足音を立てながらゆっくりと近づいて来ているひとつの気配に気づいた。

 ララはすぐに目を開くと、

「ミレーヌ、気づきまして?」

 隣で眠るミレーヌに小声で呼びかける。

「ああ。何か近づいてるみたいだね」

 彼女も同じように異変を感じ取って目を開けていた。

 二人は起き上がり、天幕(テント)を抜け出して外へ出る。

 すぐ目の前では焚き火が焚かれ、天上には満天の星々が煌めいているが、すぐ先にある森林の中は暗澹(あんたん)の世界であった。

「何か来ますわ」

 その暗闇をジッと凝視しながら、ララが静かにつぶやく。

 刹那、その言葉通り森林の中から人間のものとは明らかに異なる足音が響くと、ひとつの大きな黒い影がゆっくりと姿を現した。

 それは熊だった。
 まだ子供ではあるが体長は優に一メートルを超え、黒と茶が混じった体毛を備えたそのヒグマは、ゆったりとした足取りで天幕(テント)の方へと近づいて来る。

 もちろんララたちは獣に襲われないよう注意を払っていた。
 焚き火もそうだが、食べ物を側には置かず、食事の際に使った道具などは匂いが残らないよう念入りに洗った。
 しかし、それでも冬眠前に腹を空かせた熊に遭遇する確率は零には出来ないのだ。

「ララ、どうする?」

 熊を刺激しないよう、小声で訊ねるミレーヌ。

「多分、興味本位でやって来ただけだと思います。なるべく穏便に対処して帰っていただきましょう」

 ララの言葉にうなずくミレーヌ。
 二人はひとまずその場で熊の動向を伺う。

 熊は興味津々といった(てい)で鼻を絶え間無く動かし、荒い吐息を放ちながらララたちの近くを散策している。

 ジッと息を殺したまま佇むララたちのすぐ真ん前までやって来ると、熊はより激しく鼻をひくつかせる。

 そのまま通り過ぎて欲しい――

 二人がそう願った刹那、熊は突然前脚を上げて立ち上がると、天に向けて咆哮を上げる。

「ダメですわ!」
「きっとララがカワイイから興奮してるんだよ!」

 二人はそれぞれ熊から距離を取って左右に離れる。
 危険な状況だというのに、彼女たちは驚くほど冷静であった。

 熊は一度二人を見比べてからそのままの体勢でミレーヌの方へと突進し、鋭利な爪を備えた右手を振り下ろす。

 ヒュンッ!!

 ミレーヌが横に身をひるがえしてそれを回避すると、

「脇がお留守になってますわよ」

 一気に間合いを詰めたララが、無防備となった熊の脇をトンと手で押す。
 空振りしてバランスを崩していたこともあり、熊は驚くほど簡単に体勢を崩して仰向けに転倒してしまう。

 すぐに起き上がる熊だったが何が起きたのかわからなかったのか、すっかり戦意を失ったように首を激しく振ると、ついにはお尻を向けて森林の中へと逃げ帰って行った。

 その大きな影が完全に闇と同化したころ、二人はへなへなと力なくその場に膝から崩れ落ちた。

「こ、怖かった……」
「わたくし、危うく漏らしてしまうかと思いましたわ……」

 二人は力なくそうつぶやくと、お互いの顔を見合わせて笑うのだった。



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 ララは、なぜ昨日滝行の最中に感覚が研ぎ澄まされたのか、そして昨日はまったく捕まえられなかった魚を捕まえられたのか、その極意を掴みかけていた。
 それはすなわち、無心と脱力だった。
 滝行の最中に思考を停止して心を無にしたことで、すべての感覚が研ぎ澄まされたのではないか。
 気負うのをやめて無駄な力を抜いたことで、動いている魚を捕まえられたのではないか。
 それをミレーヌに伝え、二人は|叢《くさむら》に寝そべった。
 そして心を無にして、全身の力を抜いて、自然に身を預ける。
 やがて、意識が溶けてゆくように辺りに広がり、体は大地と一体化するような感覚に至る。
 すべてを包みこむような果てしない深さの大空――
 大空の広さを知らないままさまよう風――
 風に乗って自由の翼で羽ばたく鳥――
 鳥の宿りとなって大地に深く根ざす木々――
 木々やあらゆる命のゆりかごたる大地――
 大地に降り注ぎ|穿《うが》った雨水が集結する大河――
 大河を飲みこみすべての命の原点たる大海――
 自然は巡り、命もまた巡る。
 それは終わりの無い輪廻――
 創造と破壊――
 繰り返される歴史――
 二人はこの時たしかに自然に触れ、自然と一体になることが出来たのだった。
 山ごもり最後の夜――
 昨晩と同じくウサギ肉と山菜の煮込みを食したララとミレーヌは、たしかな手応えを感じて|天幕《テント》の中で就寝する。
 秋の虫の音――
 獣たちの闊歩――
 夜闇の静寂の中でもさまざまな命が活動しているのを感じ取るララだったが、その中に一際大きな足音を立てながらゆっくりと近づいて来ているひとつの気配に気づいた。
 ララはすぐに目を開くと、
「ミレーヌ、気づきまして?」
 隣で眠るミレーヌに小声で呼びかける。
「ああ。何か近づいてるみたいだね」
 彼女も同じように異変を感じ取って目を開けていた。
 二人は起き上がり、|天幕《テント》を抜け出して外へ出る。
 すぐ目の前では焚き火が焚かれ、天上には満天の星々が煌めいているが、すぐ先にある森林の中は|暗澹《あんたん》の世界であった。
「何か来ますわ」
 その暗闇をジッと凝視しながら、ララが静かにつぶやく。
 刹那、その言葉通り森林の中から人間のものとは明らかに異なる足音が響くと、ひとつの大きな黒い影がゆっくりと姿を現した。
 それは熊だった。
 まだ子供ではあるが体長は優に一メートルを超え、黒と茶が混じった体毛を備えたそのヒグマは、ゆったりとした足取りで|天幕《テント》の方へと近づいて来る。
 もちろんララたちは獣に襲われないよう注意を払っていた。
 焚き火もそうだが、食べ物を側には置かず、食事の際に使った道具などは匂いが残らないよう念入りに洗った。
 しかし、それでも冬眠前に腹を空かせた熊に遭遇する確率は零には出来ないのだ。
「ララ、どうする?」
 熊を刺激しないよう、小声で訊ねるミレーヌ。
「多分、興味本位でやって来ただけだと思います。なるべく穏便に対処して帰っていただきましょう」
 ララの言葉にうなずくミレーヌ。
 二人はひとまずその場で熊の動向を伺う。
 熊は興味津々といった|体《てい》で鼻を絶え間無く動かし、荒い吐息を放ちながらララたちの近くを散策している。
 ジッと息を殺したまま佇むララたちのすぐ真ん前までやって来ると、熊はより激しく鼻をひくつかせる。
 そのまま通り過ぎて欲しい――
 二人がそう願った刹那、熊は突然前脚を上げて立ち上がると、天に向けて咆哮を上げる。
「ダメですわ!」
「きっとララがカワイイから興奮してるんだよ!」
 二人はそれぞれ熊から距離を取って左右に離れる。
 危険な状況だというのに、彼女たちは驚くほど冷静であった。
 熊は一度二人を見比べてからそのままの体勢でミレーヌの方へと突進し、鋭利な爪を備えた右手を振り下ろす。
 ヒュンッ!!
 ミレーヌが横に身をひるがえしてそれを回避すると、
「脇がお留守になってますわよ」
 一気に間合いを詰めたララが、無防備となった熊の脇をトンと手で押す。
 空振りしてバランスを崩していたこともあり、熊は驚くほど簡単に体勢を崩して仰向けに転倒してしまう。
 すぐに起き上がる熊だったが何が起きたのかわからなかったのか、すっかり戦意を失ったように首を激しく振ると、ついにはお尻を向けて森林の中へと逃げ帰って行った。
 その大きな影が完全に闇と同化したころ、二人はへなへなと力なくその場に膝から崩れ落ちた。
「こ、怖かった……」
「わたくし、危うく漏らしてしまうかと思いましたわ……」
 二人は力なくそうつぶやくと、お互いの顔を見合わせて笑うのだった。