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記憶

ー/ー



 (ここが主会議……。)

 総会議を見たことがあるサクラにとっては質素なものに感じたが、会議に出たことのない龍子は豪華だと思った。
 世界各地の料理、お洒落な椅子、楽しそうに二から三人で食べたり話したりしている人々。
 少しピリピリしているようにも感じるが、それを踏まえてすごい場所だということがわかる。

 「こらっ!いつまで喧嘩してるの?」

 龍子は後ろを振り返った。
 龍子の目の前にいる楓李と瑠菜以外にいる誰があの二人を叱ったのか気になったからだ。

 「いっ……痛いですよぉ!きぃ姉さん。」
 「いってぇ……。」
 「あのねぇ、あんたらは瑠菜の株を下げに来たの?弟子は黙って主について行く。」
 「はぁい。」

 サクラとリナは頭にきぃちゃんの拳骨を食らったらしく、それぞれ自分の頭をさすりながらこちらの方へと歩いてきた。
それでもなお、お互いににらみ合っているところがまた。

 「お前らにそっくりだな。あの二人。」
 「はぁ?」
 「……。」

 雪紀に会うなりそう言われて、瑠菜はそう言い返したが楓李は何も言わなかった。

 「喧嘩ばっかりで、俺の評価とかどうでもいいって感じだったしな。どこでも何をしてても、顔を合わせれば喧嘩してたお前らそっくり。」
 「え?嘘。」
 「すごく仲良く見えますけど……。」
 「俺らの評価が下がる一方だから、コムと話し合って仲良くできるように仕向けたんだよ。」
 「あの頃はまだ子供だったのよ。」

 瑠菜は少し頬を赤くしながらため息交じりに言う雪紀へ言い返す。
 それを見て雪紀はニコニコしながらしてやったりという顔をしている。

 (この二人の間には何か、不思議な空気が流れるなぁ。)

 雪紀と瑠菜の距離は近いようで遠く感じられる。
師匠と弟子という関係だけではないような、そんな感じだ。
周りを会話へと入れようとしているが、間に他者を入れないオーラがあり、楓李もそれを感じるからか二人の様子を遠くから見守っている。という風に龍子は思った。

 (悲しそう……?)

 楓李の様子から龍子はそう読み取る。
 主会議は本当に主という地位にいる人が集まっているらしく、いつもよりも瑠菜の背筋がピシッとしていた。

サクラもそれに気づき、背筋を伸ばす。

 「あら、瑠菜。もしかしてそれが新しい弟子?」

 サクラが瑠菜に声をかけようとしたその時、高い声の女性が後ろから声をかけた。
 なれなれしく瑠菜に声をかける人は少なく、珍しいなとサクラは思う。

 「瑠菜さ……。」
 「こんにちは、瑠菜の弟子のリナです!瑠菜、この人誰?」

 サクラが反応するよりも先にリナが挨拶をした。
 周りの雰囲気からこれはやばいなとサクラは感じる。

 「リナ君、瑠菜さんの後ろへ……。」
 「え?……っ!」
 「ちょっ……。」

 女性は何も言わずにリナの胸ぐらをつかむと、そのまま近くにあった水槽の中へと突っ込んだ。

 「あーら。瑠菜、弟子に呼び捨てさせてるの?ちょっと甘いんじゃない?あっ!またやめられたら困るもんねぇ。いいわよ。私が代わりにしつけてあげる。」

 もがくリナを女性はもっと押さえつける。
 瑠菜は近くにあったグラスを飲み干している。

 「主よりも先に声を出したらダメ。主には敬語、わかった?」

 冷ややかな声で女性がリナに言うと、暴れていたリナが急におとなしくなった。

 「ちょっと……やり……。」
 「また派手な服装ねぇ。」

 サクラがやりすぎだと前に出ようとするのを瑠菜が止めた。

 「感謝しなさいよ。」
 「誰もあなたには感謝なんてしないわよ。私には私のやり方があるの。その手を放して。」

 瑠菜はにっこりと笑いながらテーブルに置いてあったナイフをその女性に向けた。

 「な、何?弟子の一人や二人くらい別にいいじゃない。しつけのなっていないで子なんていらないでしょう?」
 「あんたみたいになりふり構わず弟子にしていたらね。この子にはその他にいいところがたくさんあるのよ。」
 「はぁ?私はこの子を殺せるのよ?そんな口をきいていいと思ってるの?」
 「……残念ね。」
 「はっ……?ひぅ!」

 女性が瑠菜に言い返そうとしたとき女性はもうすでに一、二メートルの距離を飛ばされて壁にぶつかっていた。

 「けほっ、……う、けほっ……、る、な?」
 「リナ、大丈夫?」

 瑠菜はそういってむせているリナの背中をさすっている。

 「瑠菜!あんた今どこから……ひぃ!」
 「うるさい。」

 瑠菜はナイフを投げてから女性にそう言う。
 ナイフは女性の真横の壁へと刺さり、女性は身を小さくした。
 女性と瑠菜の距離は約二メートル。
蹴るためには少し女性に近づかなくてはならない。
しかし、女性から見て瑠菜は全く動いていなかった。
いや、瑠菜が動いていたなら女性は避けていた自信がある。

 「今のあいつの位を知らねぇのか?」
 「え?」
 「あいつはお前よりかは相当上の位だ。今ここでお前が俺に蹴られるか、自分で出て行くか。自分でさっさと決めたほうがいいぞ。」
 「あんた……女をけっ……」
 「蹴ったのはあいつ。俺を止めてけったんだよなぁ。だから骨折とかはしてねぇだろ?」

 楓李はそういって雪紀のほうを指さした。
 もう完璧に知らん顔をして離れてはいるが、気にするようなそぶりをしているようにも見える。

 「そ……んな……。」
 「で?蹴り出されるか、出て行くか、どっちがいいんだ?」
 「瑠菜なんて……そんなの。なんであいつだけ?」
 「さっさと決めろ、首が吹き飛ぶぞ。」

 楓李は下を向いて何かをつぶやく女性に向かってもう一度聞いた。
 しかし、女性は全く答える様子もないため、足を振り上げようとしたその時だった。

 「かえ、今日はもう帰るよ。」
 「え?」
 「リナの調子が悪いから、家でもう休ませた方がいいわ。かえ、ちょっと運ぶの手伝ってもらっていい?」
 「俺も帰ろ。」
 「……わかった。」

 楓李が答える前にあきも帰ると言った。
 楓李は最後までその女性をにらんではいたが、女性は楓李を見ることはなく瑠菜に頼まれたため、仕方なし帰ることにした。





 「いいねぇ、夜の散歩も。久々じゃない?」
 「そう?」

 あきがウキウキで言うと、瑠菜は首をかしげた。
 楓李はリナをおんぶしていて、瑠菜はサクラと手をつないで歩いている。
 龍子とあきの弟子は雪紀が連れて帰ると言っていたのでおいてきた。

 「うん。最後っていつだっけ?あ、四人で歩いたよね。ここの道。」
 「四人ですか?」
 「そうそう。瑠菜と楓李と俺と……」
 「あき、黙っとけ。」

 楓李があきを制した時、サクラと手をつないで歩いていた瑠菜の足が止まった。

 「瑠菜さん?どうしたんですか?」

 サクラが心配になり、瑠菜に聞くと瑠菜の頬に電灯を反射したものがあった。

 「え?瑠菜さん。」
 「ごめん、サクラ手を放して。」
 「っ嫌です!」

 瑠菜がどんなにサクラの手を振り払おうとしても、サクラは負けずに器用に体を動かして瑠菜の手を放さなかった。
 サクラの体が柔らかいからか、逆に瑠菜の手や腕が痛くなる。

 「サクラ、放してやれ。」
 「いやです。瑠菜さんは手を放せばいなくなってしまうでしょう?」
 「そ……れは……。」

 瑠菜を含め、瑠菜の性格をわかっている楓李やあきは何も言えなくなった。
 瑠菜は気持ちが高ぶっているとき何をしでかすかわからない。
 他殺はしないにしても自殺や自傷をしてもおかしくない。

 「どうしたい?瑠菜。」

 楓李はゆっくりとした口調で瑠菜に声をかけた。
 猛獣を落ち着かせているようにも見えるが、瑠菜がおとなしくなっているところを見ると効果はあるようだ。

 「瑠菜……さん……。」
 「はやく帰ろう。……おなかすいちゃった。」

 サクラに呼ばれて、瑠菜はみんなの目線を避けるようにして歩きだした。
 リナ以外の三人が何とも言えない表情で瑠菜の後ろを歩いた。






 家につくと、瑠菜は速攻で部屋に入ってしまった。
 楓李はリナをリナの部屋に運んでいる途中でそんな瑠菜の姿を見た。

 「楓李兄さん、四人って誰と誰ですか?」
 「サクラは知らなくていい。」

 リナの部屋の前で待ち伏せをしていたサクラは楓李が出てきて速攻で聞いた。

 「瑠菜さん、楓李兄さん、雪紀兄さん、あき兄さんではないですよね?」
 「出待ちは性格悪いぞ。」
 「教えてください!」

 うまくはぐらかそうとする楓李に対して、サクラは必死に質問をする。
 このまま楓李に自室へ入られると、サクラはこれ以上瑠菜のことを聞くことはできなくなる。

 「教えたとして、お前はどうする?何かできることがあるのか?」
 「う……、できなくても知ることはできない。」

 瑠菜が自分のことを話さない分、サクラは不安なのだろう。

 瑠菜の心境が全く分からないからこそ、その前の会議でのこと……いや、あきの言葉から原因を探しているらしい。

 「とりあえずもう寝ろ。世間的にはもうすぐ夏休みだろ?ここの夏休み期間はいろいろきついぞ。」
 「……はい。」

 楓李に言いくるめられてサクラは少し腑に落ちなかったが、楓李の様子を見る限り本当に答えてはくれなさそうだったため仕方なく言うことを聞くことにした。
 少し悲しそうにサクラの部屋へと入っていくサクラを見て、楓李は声をかけようか悩んだが声のかけようもないためそのまま見送ることにした。
 ここでサクラの味方をして瑠菜のことを教えるのは、瑠菜に対する裏切り行為だと思ったのだ。

(瑠菜の様子を見に行くか……。あきのやつ、さっさと寝に行きやがって。)

 







 真っ暗な部屋の中。
 真夏の夜で部屋の中のほうが涼しくて窓なんか開けられるような気温ではないはずなのに、そこは涼しく感じた。
 風が吹き込んでくるたびに、窓枠に座っている少女のワンピースと髪がなびいている。
 少女はこちらに気づくと明るい笑顔でこちらへと走り寄ってきた。
 真っ暗なのに少女の笑顔は光り輝いているようによく見える。

 「かえ!今ね、流れ星が流れたの。それから、あそこから煙が出たの。外ってすごいわね。休むことなく何かが起こってる。」
 「……瑠菜……?」
 「コムさんやこはくは見たのかなぁ。あっ!かえは見た?流れ星。私、きれいすぎてお願い事し損ねちゃった。」
 「……そうか。」

 語尾の上がり方や行動、しゃべり方すらも小学生のような瑠菜。
 楓李はすぐにその異変に気が付いた。

(またか…………。)

 瑠菜は記憶障害を持っていた。
 原因やいつなるかもわからなくて、急になることが多いため、朝起きたら最小で小6までなくなっていることも何度かあった。
 ストレスから逃げる方法、瑠菜なりの逃げ方だと言われているが、楓李は本当なのかと思ってしまう。
瑠菜はつらいとか苦しいとか関係なく笑顔だから、表情と感情があってないこともあるからと言われ続けている瑠菜の表情はいつも悲しそうなのを楓李はいつも見てきた。

 「瑠菜、おいで。」
 「ん?」

 楓李は瑠菜の日記を取り出して目に付く場所へと置いた。
ベッドの横の小さなテーブルだ。
 日記を見ることで記憶を取り戻すこともあるらしく、瑠菜は毎日一言以上の日記を書いている。
 楓李が瑠菜のベッドの上に腰かけると瑠菜は少し顔を赤くした。

 「何考えてるの?」
 「え?あ……お、大人っぽいな…………って。」
 「違うでしょ?」

 瑠菜が楓李の横に座ろうとするのを楓李は瑠菜の手をつかんで自分の方へと引き寄せた。

 「ここ、おいで。」

 自分の膝の上に座らせると瑠菜の小ささとか温かさがよくわかる。
楓李がぎゅうっと瑠菜に脱きつくと、瑠菜は体をこわばらせてびくびくとしていた。
楓李に声をかけられても不安そうだ。

 「瑠菜。」
 「い、痛いことは嫌だよ?」
 「手を握ることは痛いことか?」

 瑠菜は赤くなった顔をそっぽへとむけて楓李を見ないようにする。
 反応一つ一つが初々しくてかわいい。
 楓李はそんな瑠菜をからかうようにして手をなでたり握ったりした。

 「瑠菜、そんなに怖がらなくても襲ったりしねぇから。こっち向け。」
 「い……嫌。……目を合わせたら押し倒すんでしょう?それに……かえ、いつもよりかっこいいから……。」
 「誰に何されたらそう思うんだよ。」
 「雪紀兄に……。」
 「わかった。」

 楓李は雪紀の名前を聞いた瞬間に瑠菜の話を途中で止めた。

(小6のうちから大した経験してんじゃん。つーか、小6襲うとか頭おかしいんじゃねぇの?あの師匠。……小6のうちからそうやって隠して、周りにばれないように……。考えすぎか。)

 楓李は小6の頃、ほぼ思春期だったため瑠菜に近寄ることはほぼなかった。
 あっても、瑠菜から声をかけられたり、仕事だったり瑠菜がけがをした時くらいで興味すらもなかった。

 瑠菜はその時、明るくていつも通りという感じだったが、本心はこっちで楓李だけじゃなく男全員を怖がっていたりしたのだろうか。
 楓李は瑠菜を強く抱きしめた。

 「か、かえ?ちょ、……う。」
 「何もしねぇから。力抜け。」

 カッチコチに身をこわばらせている瑠菜に楓李はそう言ってベッドへ横にならせる。
 それでも目をキュッとつむって体を固くしている。

 「ごめんなさい……ごめんなさい……。」
 「っ……。」

 楓李は瑠菜からその言葉を聞いて少し怖くなった。
 瑠菜には笑っていてほしい。相手に笑ってもらう方法を楓李は知っている。

 「瑠菜は男嫌いだな。本当に。」

 自分が笑う。
 自分が笑えば相手の緊張も解ける。
 そう、コムから教わった。

 「ごめん……なさい。」
 「大丈夫。何もしない。ゆっくり寝ろよ?」

 楓李はそういって部屋をさっさと出て行った。








 
 次の日、楓李が思っていた通り瑠菜は姿を現さなかった。

 あきには夜のうちに瑠菜の記憶が消えたことを言っていたが、サクラには言ってなかったため、あきに謝れと朝からずっと言っていた。
もちろん、あきは適当に流したのだが、あまりにもしつこく言われるためさっさと仕事をしに出掛けた。
 もともとあきは悪いことをしたわけでもないため謝る必要もないし、謝ったとしても瑠菜が覚えていないため瑠菜を混乱させるだけなんだが。

 「やっぱり私……瑠菜さんの様子を見に行ってきます。」
 「おいっ!」

 龍子は、瑠菜に関わってはいけないと楓李やあきの様子から思ったのか、サクラを止めようと手を伸ばした。

 「行ってきます。」
 「ちょ……。」
 「サクラ、ちょっと待て。」

 サクラの目の前には雪紀が立っていた。
 龍子はそれを見て雪紀から一歩距離を取った。

 「なんですか?どいてください。」
 「瑠菜も最近働きすぎてるし、疲れてるんだろ?今日はサクラも龍子もリナも休みだ。俺が許す。この金でも使って三人で遊んで来い。」
 「え?……こんなに……。」
 「給料だ。サクラと龍子は一か月間頑張ってたろ?三人で分けろ。」

 雪紀は札束をいくつか出すと、ニヤリと笑った。
 龍子は少し困り楓李のほうをちらちらと見るが、雪紀に逆らうことができない楓李は見て見ぬふりをした。

 「……わかりました。じゃあ、瑠菜さんも!」
 「瑠菜を休ませてやろうって話だったろ?一日、二日くらい休ませればすぐ元気に戻るさ。」

 雪紀は遠い目をしてサクラにそう言った。
 実際、いつになるかわからないのが瑠菜の復帰だ。
 最短で三時間、最長でほぼ半年。
復帰するかどうかすらもわからない。

 「サクラ、遊びに行こ。」
 「遊園地でも、動物園でも、ショッピングでも、どこでもいいぞ。」
 「……はい。」

 サクラは、龍子とリナに誘われてしぶしぶ家を出た。
 雪紀と楓李は三人の後ろ姿を見送ってから、瑠菜の仕事の資料の山を見た。

 「どうすんだ?これ……。」
 「俺が八割やるから、お前は残りの二割な。」
 「う……やっぱりか。」
 「良かったな。優しい師匠で。それとも一人ですべてやるか?」
 「うぅ……。わかった。」

 瑠菜に回ってくる仕事は面倒な作業が多く、量も楓李に来る仕事の何倍もある。

 内容は、仕事の種類によって担当者に分けたり依頼してきた企業や依頼者への電話など事務的なものから、相談者を相談内容に分けて会って話をしたりという瑠菜じゃないとできないものまでいろいろだ。
昼に急な相談が来たりドタキャンがあったりするためいつも計画通りには進まないというところが、瑠菜の仕事の一番大変なところだ。
 もちろん、瑠菜はコムを見ていたため効率よく仕事を終わらせることができるが、それも毎日やっているからこそだ。

 「はぁ……。」
 「一人でやりたいならゆずってやろうか?」
 「俺がやらないっていう選択肢は?」
 「俺には誰がどんな相談をしていてどんな風に分けるのかなんて知らねぇからなぁ。お前しかできねぇし、嫌なら瑠菜を連れて来い。」

 雪紀が電話をして依頼者への謝罪を引き受けたため、楓李は依頼や仕事を分ける仕事を引き受けることになった。
隣で謝罪の電話をしている間に楓李は何も言わずに資料に目をやった。
 コムの弟子として少しは手伝っていた時期があるため、依頼や仕事を分けることはできるが、楓李にとってこの仕事は他のどの仕事よりも苦手な部類なのだ。

 (めんどくせぇ……。)

 二割とはいえ、自分の仕事の倍以上あるそれを見て楓李はそう思った。


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 (ここが主会議……。)
 総会議を見たことがあるサクラにとっては質素なものに感じたが、会議に出たことのない龍子は豪華だと思った。
 世界各地の料理、お洒落な椅子、楽しそうに二から三人で食べたり話したりしている人々。
 少しピリピリしているようにも感じるが、それを踏まえてすごい場所だということがわかる。
 「こらっ!いつまで喧嘩してるの?」
 龍子は後ろを振り返った。
 龍子の目の前にいる楓李と瑠菜以外にいる誰があの二人を叱ったのか気になったからだ。
 「いっ……痛いですよぉ!きぃ姉さん。」
 「いってぇ……。」
 「あのねぇ、あんたらは瑠菜の株を下げに来たの?弟子は黙って主について行く。」
 「はぁい。」
 サクラとリナは頭にきぃちゃんの拳骨を食らったらしく、それぞれ自分の頭をさすりながらこちらの方へと歩いてきた。
それでもなお、お互いににらみ合っているところがまた。
 「お前らにそっくりだな。あの二人。」
 「はぁ?」
 「……。」
 雪紀に会うなりそう言われて、瑠菜はそう言い返したが楓李は何も言わなかった。
 「喧嘩ばっかりで、俺の評価とかどうでもいいって感じだったしな。どこでも何をしてても、顔を合わせれば喧嘩してたお前らそっくり。」
 「え?嘘。」
 「すごく仲良く見えますけど……。」
 「俺らの評価が下がる一方だから、コムと話し合って仲良くできるように仕向けたんだよ。」
 「あの頃はまだ子供だったのよ。」
 瑠菜は少し頬を赤くしながらため息交じりに言う雪紀へ言い返す。
 それを見て雪紀はニコニコしながらしてやったりという顔をしている。
 (この二人の間には何か、不思議な空気が流れるなぁ。)
 雪紀と瑠菜の距離は近いようで遠く感じられる。
師匠と弟子という関係だけではないような、そんな感じだ。
周りを会話へと入れようとしているが、間に他者を入れないオーラがあり、楓李もそれを感じるからか二人の様子を遠くから見守っている。という風に龍子は思った。
 (悲しそう……?)
 楓李の様子から龍子はそう読み取る。
 主会議は本当に主という地位にいる人が集まっているらしく、いつもよりも瑠菜の背筋がピシッとしていた。
サクラもそれに気づき、背筋を伸ばす。
 「あら、瑠菜。もしかしてそれが新しい弟子?」
 サクラが瑠菜に声をかけようとしたその時、高い声の女性が後ろから声をかけた。
 なれなれしく瑠菜に声をかける人は少なく、珍しいなとサクラは思う。
 「瑠菜さ……。」
 「こんにちは、瑠菜の弟子のリナです!瑠菜、この人誰?」
 サクラが反応するよりも先にリナが挨拶をした。
 周りの雰囲気からこれはやばいなとサクラは感じる。
 「リナ君、瑠菜さんの後ろへ……。」
 「え?……っ!」
 「ちょっ……。」
 女性は何も言わずにリナの胸ぐらをつかむと、そのまま近くにあった水槽の中へと突っ込んだ。
 「あーら。瑠菜、弟子に呼び捨てさせてるの?ちょっと甘いんじゃない?あっ!またやめられたら困るもんねぇ。いいわよ。私が代わりにしつけてあげる。」
 もがくリナを女性はもっと押さえつける。
 瑠菜は近くにあったグラスを飲み干している。
 「主よりも先に声を出したらダメ。主には敬語、わかった?」
 冷ややかな声で女性がリナに言うと、暴れていたリナが急におとなしくなった。
 「ちょっと……やり……。」
 「また派手な服装ねぇ。」
 サクラがやりすぎだと前に出ようとするのを瑠菜が止めた。
 「感謝しなさいよ。」
 「誰もあなたには感謝なんてしないわよ。私には私のやり方があるの。その手を放して。」
 瑠菜はにっこりと笑いながらテーブルに置いてあったナイフをその女性に向けた。
 「な、何?弟子の一人や二人くらい別にいいじゃない。しつけのなっていないで子なんていらないでしょう?」
 「あんたみたいになりふり構わず弟子にしていたらね。この子にはその他にいいところがたくさんあるのよ。」
 「はぁ?私はこの子を殺せるのよ?そんな口をきいていいと思ってるの?」
 「……残念ね。」
 「はっ……?ひぅ!」
 女性が瑠菜に言い返そうとしたとき女性はもうすでに一、二メートルの距離を飛ばされて壁にぶつかっていた。
 「けほっ、……う、けほっ……、る、な?」
 「リナ、大丈夫?」
 瑠菜はそういってむせているリナの背中をさすっている。
 「瑠菜!あんた今どこから……ひぃ!」
 「うるさい。」
 瑠菜はナイフを投げてから女性にそう言う。
 ナイフは女性の真横の壁へと刺さり、女性は身を小さくした。
 女性と瑠菜の距離は約二メートル。
蹴るためには少し女性に近づかなくてはならない。
しかし、女性から見て瑠菜は全く動いていなかった。
いや、瑠菜が動いていたなら女性は避けていた自信がある。
 「今のあいつの位を知らねぇのか?」
 「え?」
 「あいつはお前よりかは相当上の位だ。今ここでお前が俺に蹴られるか、自分で出て行くか。自分でさっさと決めたほうがいいぞ。」
 「あんた……女をけっ……」
 「蹴ったのはあいつ。俺を止めてけったんだよなぁ。だから骨折とかはしてねぇだろ?」
 楓李はそういって雪紀のほうを指さした。
 もう完璧に知らん顔をして離れてはいるが、気にするようなそぶりをしているようにも見える。
 「そ……んな……。」
 「で?蹴り出されるか、出て行くか、どっちがいいんだ?」
 「瑠菜なんて……そんなの。なんであいつだけ?」
 「さっさと決めろ、首が吹き飛ぶぞ。」
 楓李は下を向いて何かをつぶやく女性に向かってもう一度聞いた。
 しかし、女性は全く答える様子もないため、足を振り上げようとしたその時だった。
 「かえ、今日はもう帰るよ。」
 「え?」
 「リナの調子が悪いから、家でもう休ませた方がいいわ。かえ、ちょっと運ぶの手伝ってもらっていい?」
 「俺も帰ろ。」
 「……わかった。」
 楓李が答える前にあきも帰ると言った。
 楓李は最後までその女性をにらんではいたが、女性は楓李を見ることはなく瑠菜に頼まれたため、仕方なし帰ることにした。
 「いいねぇ、夜の散歩も。久々じゃない?」
 「そう?」
 あきがウキウキで言うと、瑠菜は首をかしげた。
 楓李はリナをおんぶしていて、瑠菜はサクラと手をつないで歩いている。
 龍子とあきの弟子は雪紀が連れて帰ると言っていたのでおいてきた。
 「うん。最後っていつだっけ?あ、四人で歩いたよね。ここの道。」
 「四人ですか?」
 「そうそう。瑠菜と楓李と俺と……」
 「あき、黙っとけ。」
 楓李があきを制した時、サクラと手をつないで歩いていた瑠菜の足が止まった。
 「瑠菜さん?どうしたんですか?」
 サクラが心配になり、瑠菜に聞くと瑠菜の頬に電灯を反射したものがあった。
 「え?瑠菜さん。」
 「ごめん、サクラ手を放して。」
 「っ嫌です!」
 瑠菜がどんなにサクラの手を振り払おうとしても、サクラは負けずに器用に体を動かして瑠菜の手を放さなかった。
 サクラの体が柔らかいからか、逆に瑠菜の手や腕が痛くなる。
 「サクラ、放してやれ。」
 「いやです。瑠菜さんは手を放せばいなくなってしまうでしょう?」
 「そ……れは……。」
 瑠菜を含め、瑠菜の性格をわかっている楓李やあきは何も言えなくなった。
 瑠菜は気持ちが高ぶっているとき何をしでかすかわからない。
 他殺はしないにしても自殺や自傷をしてもおかしくない。
 「どうしたい?瑠菜。」
 楓李はゆっくりとした口調で瑠菜に声をかけた。
 猛獣を落ち着かせているようにも見えるが、瑠菜がおとなしくなっているところを見ると効果はあるようだ。
 「瑠菜……さん……。」
 「はやく帰ろう。……おなかすいちゃった。」
 サクラに呼ばれて、瑠菜はみんなの目線を避けるようにして歩きだした。
 リナ以外の三人が何とも言えない表情で瑠菜の後ろを歩いた。
 家につくと、瑠菜は速攻で部屋に入ってしまった。
 楓李はリナをリナの部屋に運んでいる途中でそんな瑠菜の姿を見た。
 「楓李兄さん、四人って誰と誰ですか?」
 「サクラは知らなくていい。」
 リナの部屋の前で待ち伏せをしていたサクラは楓李が出てきて速攻で聞いた。
 「瑠菜さん、楓李兄さん、雪紀兄さん、あき兄さんではないですよね?」
 「出待ちは性格悪いぞ。」
 「教えてください!」
 うまくはぐらかそうとする楓李に対して、サクラは必死に質問をする。
 このまま楓李に自室へ入られると、サクラはこれ以上瑠菜のことを聞くことはできなくなる。
 「教えたとして、お前はどうする?何かできることがあるのか?」
 「う……、できなくても知ることはできない。」
 瑠菜が自分のことを話さない分、サクラは不安なのだろう。
 瑠菜の心境が全く分からないからこそ、その前の会議でのこと……いや、あきの言葉から原因を探しているらしい。
 「とりあえずもう寝ろ。世間的にはもうすぐ夏休みだろ?ここの夏休み期間はいろいろきついぞ。」
 「……はい。」
 楓李に言いくるめられてサクラは少し腑に落ちなかったが、楓李の様子を見る限り本当に答えてはくれなさそうだったため仕方なく言うことを聞くことにした。
 少し悲しそうにサクラの部屋へと入っていくサクラを見て、楓李は声をかけようか悩んだが声のかけようもないためそのまま見送ることにした。
 ここでサクラの味方をして瑠菜のことを教えるのは、瑠菜に対する裏切り行為だと思ったのだ。
(瑠菜の様子を見に行くか……。あきのやつ、さっさと寝に行きやがって。)
 真っ暗な部屋の中。
 真夏の夜で部屋の中のほうが涼しくて窓なんか開けられるような気温ではないはずなのに、そこは涼しく感じた。
 風が吹き込んでくるたびに、窓枠に座っている少女のワンピースと髪がなびいている。
 少女はこちらに気づくと明るい笑顔でこちらへと走り寄ってきた。
 真っ暗なのに少女の笑顔は光り輝いているようによく見える。
 「かえ!今ね、流れ星が流れたの。それから、あそこから煙が出たの。外ってすごいわね。休むことなく何かが起こってる。」
 「……瑠菜……?」
 「コムさんやこはくは見たのかなぁ。あっ!かえは見た?流れ星。私、きれいすぎてお願い事し損ねちゃった。」
 「……そうか。」
 語尾の上がり方や行動、しゃべり方すらも小学生のような瑠菜。
 楓李はすぐにその異変に気が付いた。
(またか…………。)
 瑠菜は記憶障害を持っていた。
 原因やいつなるかもわからなくて、急になることが多いため、朝起きたら最小で小6までなくなっていることも何度かあった。
 ストレスから逃げる方法、瑠菜なりの逃げ方だと言われているが、楓李は本当なのかと思ってしまう。
瑠菜はつらいとか苦しいとか関係なく笑顔だから、表情と感情があってないこともあるからと言われ続けている瑠菜の表情はいつも悲しそうなのを楓李はいつも見てきた。
 「瑠菜、おいで。」
 「ん?」
 楓李は瑠菜の日記を取り出して目に付く場所へと置いた。
ベッドの横の小さなテーブルだ。
 日記を見ることで記憶を取り戻すこともあるらしく、瑠菜は毎日一言以上の日記を書いている。
 楓李が瑠菜のベッドの上に腰かけると瑠菜は少し顔を赤くした。
 「何考えてるの?」
 「え?あ……お、大人っぽいな…………って。」
 「違うでしょ?」
 瑠菜が楓李の横に座ろうとするのを楓李は瑠菜の手をつかんで自分の方へと引き寄せた。
 「ここ、おいで。」
 自分の膝の上に座らせると瑠菜の小ささとか温かさがよくわかる。
楓李がぎゅうっと瑠菜に脱きつくと、瑠菜は体をこわばらせてびくびくとしていた。
楓李に声をかけられても不安そうだ。
 「瑠菜。」
 「い、痛いことは嫌だよ?」
 「手を握ることは痛いことか?」
 瑠菜は赤くなった顔をそっぽへとむけて楓李を見ないようにする。
 反応一つ一つが初々しくてかわいい。
 楓李はそんな瑠菜をからかうようにして手をなでたり握ったりした。
 「瑠菜、そんなに怖がらなくても襲ったりしねぇから。こっち向け。」
 「い……嫌。……目を合わせたら押し倒すんでしょう?それに……かえ、いつもよりかっこいいから……。」
 「誰に何されたらそう思うんだよ。」
 「雪紀兄に……。」
 「わかった。」
 楓李は雪紀の名前を聞いた瞬間に瑠菜の話を途中で止めた。
(小6のうちから大した経験してんじゃん。つーか、小6襲うとか頭おかしいんじゃねぇの?あの師匠。……小6のうちからそうやって隠して、周りにばれないように……。考えすぎか。)
 楓李は小6の頃、ほぼ思春期だったため瑠菜に近寄ることはほぼなかった。
 あっても、瑠菜から声をかけられたり、仕事だったり瑠菜がけがをした時くらいで興味すらもなかった。
 瑠菜はその時、明るくていつも通りという感じだったが、本心はこっちで楓李だけじゃなく男全員を怖がっていたりしたのだろうか。
 楓李は瑠菜を強く抱きしめた。
 「か、かえ?ちょ、……う。」
 「何もしねぇから。力抜け。」
 カッチコチに身をこわばらせている瑠菜に楓李はそう言ってベッドへ横にならせる。
 それでも目をキュッとつむって体を固くしている。
 「ごめんなさい……ごめんなさい……。」
 「っ……。」
 楓李は瑠菜からその言葉を聞いて少し怖くなった。
 瑠菜には笑っていてほしい。相手に笑ってもらう方法を楓李は知っている。
 「瑠菜は男嫌いだな。本当に。」
 自分が笑う。
 自分が笑えば相手の緊張も解ける。
 そう、コムから教わった。
 「ごめん……なさい。」
 「大丈夫。何もしない。ゆっくり寝ろよ?」
 楓李はそういって部屋をさっさと出て行った。
 次の日、楓李が思っていた通り瑠菜は姿を現さなかった。
 あきには夜のうちに瑠菜の記憶が消えたことを言っていたが、サクラには言ってなかったため、あきに謝れと朝からずっと言っていた。
もちろん、あきは適当に流したのだが、あまりにもしつこく言われるためさっさと仕事をしに出掛けた。
 もともとあきは悪いことをしたわけでもないため謝る必要もないし、謝ったとしても瑠菜が覚えていないため瑠菜を混乱させるだけなんだが。
 「やっぱり私……瑠菜さんの様子を見に行ってきます。」
 「おいっ!」
 龍子は、瑠菜に関わってはいけないと楓李やあきの様子から思ったのか、サクラを止めようと手を伸ばした。
 「行ってきます。」
 「ちょ……。」
 「サクラ、ちょっと待て。」
 サクラの目の前には雪紀が立っていた。
 龍子はそれを見て雪紀から一歩距離を取った。
 「なんですか?どいてください。」
 「瑠菜も最近働きすぎてるし、疲れてるんだろ?今日はサクラも龍子もリナも休みだ。俺が許す。この金でも使って三人で遊んで来い。」
 「え?……こんなに……。」
 「給料だ。サクラと龍子は一か月間頑張ってたろ?三人で分けろ。」
 雪紀は札束をいくつか出すと、ニヤリと笑った。
 龍子は少し困り楓李のほうをちらちらと見るが、雪紀に逆らうことができない楓李は見て見ぬふりをした。
 「……わかりました。じゃあ、瑠菜さんも!」
 「瑠菜を休ませてやろうって話だったろ?一日、二日くらい休ませればすぐ元気に戻るさ。」
 雪紀は遠い目をしてサクラにそう言った。
 実際、いつになるかわからないのが瑠菜の復帰だ。
 最短で三時間、最長でほぼ半年。
復帰するかどうかすらもわからない。
 「サクラ、遊びに行こ。」
 「遊園地でも、動物園でも、ショッピングでも、どこでもいいぞ。」
 「……はい。」
 サクラは、龍子とリナに誘われてしぶしぶ家を出た。
 雪紀と楓李は三人の後ろ姿を見送ってから、瑠菜の仕事の資料の山を見た。
 「どうすんだ?これ……。」
 「俺が八割やるから、お前は残りの二割な。」
 「う……やっぱりか。」
 「良かったな。優しい師匠で。それとも一人ですべてやるか?」
 「うぅ……。わかった。」
 瑠菜に回ってくる仕事は面倒な作業が多く、量も楓李に来る仕事の何倍もある。
 内容は、仕事の種類によって担当者に分けたり依頼してきた企業や依頼者への電話など事務的なものから、相談者を相談内容に分けて会って話をしたりという瑠菜じゃないとできないものまでいろいろだ。
昼に急な相談が来たりドタキャンがあったりするためいつも計画通りには進まないというところが、瑠菜の仕事の一番大変なところだ。
 もちろん、瑠菜はコムを見ていたため効率よく仕事を終わらせることができるが、それも毎日やっているからこそだ。
 「はぁ……。」
 「一人でやりたいならゆずってやろうか?」
 「俺がやらないっていう選択肢は?」
 「俺には誰がどんな相談をしていてどんな風に分けるのかなんて知らねぇからなぁ。お前しかできねぇし、嫌なら瑠菜を連れて来い。」
 雪紀が電話をして依頼者への謝罪を引き受けたため、楓李は依頼や仕事を分ける仕事を引き受けることになった。
隣で謝罪の電話をしている間に楓李は何も言わずに資料に目をやった。
 コムの弟子として少しは手伝っていた時期があるため、依頼や仕事を分けることはできるが、楓李にとってこの仕事は他のどの仕事よりも苦手な部類なのだ。
 (めんどくせぇ……。)
 二割とはいえ、自分の仕事の倍以上あるそれを見て楓李はそう思った。