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65 口に諸の不浄を言いて 心に諸の不浄を言わず

ー/ー




伏見side

 
「――行く春(ゆくはる)鳥啼き(とりなき)(うお)目は泪(めはなみだ)

 
 
 囁くように、松尾芭蕉の有名な一句が聞こえた。
 過ぎゆく春、旅の始まりに門弟や友人との惜別をうたった俳句だ。今生の別れになるかもしれないと、自身の悲しい気持ちを()んでいる。
 
 『()む』と言う言葉は、心の内や風景などを自分の形式で形にすること、そして故人が作った俳句を口に出して自分の心情と重ねて追体験をすることを表す。
俳句を口にした方の、深い悲しみが伝わってくる。

 
 瞼を開けると、一面に黄金の稲穂が輝き風に揺れていた。
空は晴れわたり雲ひとつなく、奥に向かって茜色を広げ、夕暮れ時を告げている。
 鳥が飛び、虫が鳴き、稲穂を渡る風がさやさやと音を立て……。
あたたかい場所だ。柔らかい風に頬を撫でられ、心地よさにため息が落つ。
なんて穏やかで、綺麗なんでしょう。
 
 

「わあぁーーーん!!」
「あぁ…ごめんな、累……」

 泣きながら走って行った累さんを抱き上げ、顔を寄せて彼が瞳を閉じる。
 
 本当に、いる。すぐそこに。
 僕がずっと会いたかった人が。

 背中に夕陽を背負い颯人様とよく似た黒い着物を着て、ふわふわと風に羽織をはためかせている。その人が優しい声で『かわいい、かわいい』と呟いた。

 
「伏見さん」

 
 名を呼ばれ、全身がそれに応えて無我夢中で走り出す。彼が手を広げ、僕を迎えてくれる。
 抱きついて着物にしがみつき、唇が震えた。奥底から湧き上がってくる衝動が抑えきれない。

 
 
「芦屋さん…芦屋さん!あしやさん!!」
  
「おーおー、どした?そんな大きい声出して。鬼一さん、妃菜、星野さん、飛鳥も…安倍さんもおいで。ここなら夕陽がよく見える」

 稲穂をかき分け、四人と一柱が走ってやってくる。
全員無言で抱きついて、ぎゅうぎゅう体を締め上げると、芦屋さんが笑いながら肩を叩いた。

 

「ギブギブ。苦しいぞ」
「芦屋さん!どこ行ってたんですか!」

「ずっとここにいたよ。心がなかなか鎮まらなくて。もう鎮めるのは諦めた。無理なんだ。颯人を亡くして俺も死にたかった」

「芦屋さん……」
 
「でもさ、颯人と誓った約束が有効のままなんだよ。あいつが生きているような気がする。勾玉の気配は無くなってるし命は感じられないけど。
 神様の魂が消えたら契約は無効化するはずなんだ。おかしいよな、颯人はもう居ないのに」

 ふわふわ微笑む芦屋さんは、瞳の中が昏いままだ。まるで、深淵がその瞳に灼きついてしまったかのように。

 

「昔から痛みを代わってくれる子が俺の中に居た。大きくなったらその子は俺の悪夢の中にいたんだ。
 毎日毎日、目を瞑ると自決した母を見るまでがワンセットで俺に生まれた罪を忘れるなって言ってくる。
 颯人が来てからそれが無くなった。俺の悪夢を抑えてくれてたんだ。颯人は俺の全てを知りながら、一緒に抱えて守ってくれてた。
 失ってからそれを知るなんて、運命の神様は本当に優しくないよな」

 切なく歪むその顔は颯人様を失った悲しさを、その瞬間を残している。
一人で、苦しんでいたんですね…。


 
「芦屋さん、ここはあなたの心の中です。ここに居て、眠り続ければ体は朽ち果てます。あなたは高天原に召し上げられるでしょう。
 現世に、帰りたくないですか?」
 
「安倍さん、怪我してる」
 
「そ、そんな事はどうでもいいんです!」
「良くないよ。痛いだろ?」

 目を細めた芦屋さんが安倍さんの頬を撫で、あっという間に怪我が消え失せる。とんでもない力だ。いつの間に治癒の術を……?


 
「私が酷い目に遭わせたのに…なぜ…」
 
「安倍さんのせいじゃない。俺の親父が迷惑かけてごめんな。君自身にかけられた死の呪いは解呪したから現世ではもう自由だよ、好きに生きてくれ。
 俺は…そうだな、最期の仕事として日本を護ろう。みんなが生きてる現世を残したい。大切な人たちや、神様にも英霊にも誓ってしまったからさ」

 儚げに笑う芦屋さんがどこかに行ってしまいそうで、必死に胸元を掴む。
 

 
「その後は?その後はどうするんです?」
 
「天照大神を降ろした後、国を守る手伝いをさせるなら天照大神に従うのがセオリーじゃない?
 気に入ってくれてるなら天上に召し抱えてくれるんじゃないかな。安倍さんがいうように」
 
「僕達を置いていくんですか!?天上に上がったらもう会えません!あなたのオムライスで肥えた僕の舌はどうなるんです!」


 そうじゃない。言いたいのはそこじゃない。どうして僕はこう、ちゃんとものが言えないんだ。
芦屋さんは颯人様を失った悲しみで、生きる事に執着がなくなってしまっているんだから、しっかりしなきゃならないのに。
 
 どうしたらいい?
 あなたは僕の全てなんだ。
 僕を置いていかないで……。


 
「オムライスの作り方教えるよ?メモくらい残させてくれるだろ」
 
「ちが、ちがいます!オムライスじゃなくてあなたが残ってください!!
 颯人様には保険をかけてあります、きっとお戻りになります!!決戦の後も仕事が山ほどあるんですよ!」

 キョトンとした彼は、いつのまにか現れた白狐を肩に乗せている。彼の首に長いしっぽが絡み、それに微笑んで絡んだ尻尾を撫でている。狐の神まで下したのか?


 
「大丈夫、俺の元に来たってことはうまく行ってるんだ。
組織も動かしてくれたんだろ?ありがとな。伏見家がいれば万事うまくいくよ」
 
「保険について言及してください!」

「ちゃんと分かってるよ、颯人を刺したのは累が変化した刀だった。魂の破壊はされていないかもしれない。
 神喰いは身体の全てを身に取り込まないと成せないし。……伏見さんの嘘、うまかったな」

 
「そうです。偽の文献まで用意したんです。颯人様の体は父がきちんと保存しています。安倍さんは、食べる時に咀嚼していません。吐き出せば戻ります!勾玉はフェイクです!!」

 

「そりゃ凄いな。もしかして颯人は生き返れる?」
 
「やってみないとわかりません。天照大神が降りた時に確かめようと思っていました。それまではぬか喜びになってしまうかと言えなくて」
「そうだよな、そう簡単にはいかないな」
 
 あはは、と笑った芦屋さんは遠い目をして夕陽を眺めている。
 
 いつまでも沈まずにそこに佇む夕陽。
 芦屋さんの心はこんな風に、金色の稲穂に囲まれて黄昏の優しさを内包していたんだ。
どこまでも優しく切なくその色で染め上げ、人を、神を救っていた。

 
 

「颯人は、自分の意思で俺を置いていった。微笑んで、最期の言葉を遺して。」
 
「なんと言っていたんですか?」
 
「ナイショ。俺はその言葉に応えられる自信がない。高天原で会えるかもしれないけど……颯人に会いたいような、会いたくないような複雑な気持ちなんだ。
身体的には女の子になっちゃったし、汚されちゃっただろ。俺は男でいたかったし、颯人とは相棒のままでいたいんだ。」

 最後の言葉が愛の告白だと告げてますよそれは。
頬を赤らめて嬉しそうにしてるのに、何故そこでもじもじしてるんですか。
 

 
「颯人様を取り戻せるのは、芦屋さんだけです。国を救って、トンズラして、神様のいたいけな気持ちを弄ぶなんて許しませんよ」
 
「んむ、むぅ。うーん。」
 
「体が汚されたからなんです?そんなもの魚彦殿に治して貰えば無かったことになりますから。犯人は僕たちが叩きのめします」

 
「えー、でもー……どうせまた大円団の後に苦労するんだぞ?俺は絶対大変な思いするんだ」
 
「それはそうでしょうね。神の魂を受肉体に戻すなど、前例がありません。
 それでもあなたはきっと成し遂げる。私たちが心を込めてお手伝いします。人間のバディである僕を置いていくんですか?
 芦屋さんは颯人様に置いて行かれて、闇堕ちするほど悲しかったんですよね。僕もしますよ?」

 芦屋さんは『むー』と唸りながら目を閉じて、顎を手先でモニモニしてる。
ほら!みなさんも手伝ってください!!!

 
 
「私も真幸がいなくなったら闇堕ちすんで。ヤンデレ妃菜ちゃん爆誕や」
「じゃあ私も〜!」

「闇堕ち言うなし。乙女同盟は仲良くしてるから大丈夫だろ?」

「それとこれとは別なんよ。飛鳥はバディやけど私の好きな人はあんたなの」 
「すんっ。いいのよ、それが妃菜なの」
 
「気まずいの極みパート3だなぁ。しかも飛鳥は進展ありかぁ…」

  
「おい、その辺は後にしろ。俺もお前さんがいなくなるのは嫌だ。俺の葬式は真幸にして貰うって決めてるんだぞ」
 
「なーんで葬式の話なの。鬼一さんも神様になればいいじゃん」
 
「俺はならん。真幸みたいに輪廻を巡って修行してからだ。まだまだヒヨッコなんだからな」
 
「えー。それ俺が寂しいだろ」
「そう、思ってくれるのか……くっ」
 

 
「芦屋さん、結婚式に招待したいので高天原に行くのは待ってください」
 
「星野さん!?結婚するの?」
 
「はい。私の子供の名付け親になってもらうんです。逃しませんよ」

「恐れ多いな……おめでとう。名前は行く前に考えればいいだろ?子供がたくさん産まれるように、名前もいっぱい残すよ」
 
「…ぬぅ…」

 
 
「みなさん、分かってます?これは正しく神鎮めですよ。もう少し真面目にやってください!」
「アリスも言うようになったやん。びっくりなんやけど」
 
「ひ、妃菜ちゃんと仲良くしたいので!わたしはグイグイ行きます。」 
「…ふぅん。まぁ、ええけど……」

 
「2人の仲がどうなるかは気になるな」
「せやろ?!」
「そうですよね!?」
 
「でもお空の上からでも見れるしなあ」

「「グヌヌ……」」


 
 ふう、やれやれ。真神陰陽寮、神継のみなさんはまだまだですね。ここは私が!

「芦屋さん。あなたは私とも契約しています。お忘れですか?」

 
「えっ!?……何かしてたっけ?」
 
「はー、そうですよね、そうだと思っていましたよ。あなたは肝心なところがスコーンと抜けてるんです。
 社の建立を忘れたり、敵方のはずがいつの間にか仲良くなっていたり。鬼一も、鈴村も、星野も、アリスさんも、僕も、そんなあなただから…救われたんだ」

 
 真剣な気持ちで芦屋さんを見つめる。昏い色の瞳の中に、透き通った眼差しが残っている。
 あなたは、もうすでに神だ。人の世の何某かを背負わせるべき方ではない。
 
 でもね、私は諦めないと言ったはずです。芦屋さんに残っている大好きなその色を、僕が手放すわけがないでしょう。


 
「僕も颯人様と同じく全てを見てきた。過去を全て知り、仕事も、生活も、全部を知った。好きな駅弁も知っていますし、嫌いな食べ物も知りましたし、抜けたところも知っています。
 全部を知った上で離れたくありません。神だろうがなんだろうが知りません。
 仕事がどうとか、人生がどうとか、惚れた腫れたとかそんな物も関係ない。
僕はいい人を見つけて結婚して、そうしたら玄孫の代まで貢いでくれると言ったでしょう」
 
「……言った」

「僕の事を信じているとも仰いました」
「うん、言ったな」

 
 
「それでは、耳の穴かっぽじってよく聞いてください。
 僕は芦屋さんの全部が好きです。
 神様だからって社に篭っていなくていいとも言っていましたよね。それならば高天原に召し上げられるべき理由もないはずです。
 そしてもう一つ。僕は颯人様を取り戻し、あなたが幸せな姿を死ぬまで見ていたい。
〝恋してチューする〟と言ったんですよね?依代の契約の時に」

「なんでそれ知ってるんだー流石に怖いよー。伏見家の血脈ー」
 
 
「いつもの調子で誤魔化されませんよ。
 恋をしたことのないあなたは畏れ、逃げようとしている。颯人様とさっさと結ばれてチューでもなんでも約束を果たしてください。
 芦屋さんの幸せが僕の幸せなんです。
 僕だけじゃない。うちの父も、母も、真子も、大村さんも、神様達も、真神陰陽寮の人たちも、みんなあなたが生きる事を望んでいる。
 咲陽さんとも生きると約束したでしょう。それを破れば浄真殿が鬼軍曹になりますよ。」

「…………」
 
「そのなかでも一番生きて欲しいと思ってるのは僕です。あなたが生きるなら何だってします。
 排泄物だって処理しましたよ。ええ、喜んでさせていただきました。介護もバッチリできますよ。将来も安泰です」

「それはマジでごめん……」

 
「謝る必要なんかない。喜んでしたと言ったでしょう。
 神になれば長生きします。残されて寂しいと思うなら、僕も神になって見せます。
 あなたは…生き抜く事を自分と颯人様に約束している。幼少期に傷つけたご母堂ですらもあなたを生かしたんですよ。
芦屋さんは、皆に望まれている命です」
 
 芦屋さんが俯く。
やはりそうか、そこが原因なんですね。


 
「呪われていたのはご自身のせいじゃありません。蘆屋道満の血脈だから責任とって、とか考えてるでしょう。やめて下さい。
責任を考えるなら、生きてくださいよ。ずっと、ずっと一緒に…手を繋いで隣を歩いて下さると、そう言っていたでしょう。僕も、芦屋さんに直に触れて、体温を分け合う距離にいたいんです」
 
「うん」


 
 瞬いた芦屋さんの瞳から、ひとつ、ひとつと雫が溢れる。彼は、死にたいと言ったが根本ではきっと、少しだけ違う。
 自分の親が蘆屋道満で、その人が犯した罪を償うつもりで死ぬと言ったんだ。
颯人様が蘇ると、生きていると信じているなら死にたいと思うはずがない。
 あなたは一縷の望みでさえ、無碍に捨てる人じゃないでしょう?
 
 お願いです。生きると仰ってください。僕は一緒に生きたいんだ。みんなとかどうでもいい。正直邪魔くさい。
 僕の隣を歩く人は、手を差し伸べたら笑って、傷だらけの手で握ってくださる芦屋さんがいいんです。

 
 
「本当に、生きていても、いいと思う?」
 
「はい。何度でも言ってあげますよ。
 生きてください。僕が望んでいるのはそれだけです」
 
「蘆屋道満の息子なのに?颯人をいつまでも追いかけて、見つけるまで仕事サボるかもよ?」
 
「いいですとも。今まで働きすぎたんですから、有給休暇にしてあげます。
颯人様を追いかけるなら、僕もお供します。サボるのは得意ですし、駅弁も買ってあげます」
 
 
「颯人見つけたらずっと一緒だぞ?
も……も、もしかしたら俺は本当に女の子になって、恋人になって、ラブラブハッピーで、伏見さんの前でいちゃつくかもしれないんだぞ」
 
「えぇ、どうぞ。むしろ今更ですが?せいぜいイチャついて下さい。今まで通りに」

「……………」

 
 
「芦屋さん、帰りましょう、僕たちの世界に。貴方の心は綺麗すぎる。ここに居たら、帰りたくなくなってしまいます」
 
「うん」
 
「寂しい時は僕が、僕達と神様がそばにいます。大村さんが特注ナマズを用意していると言ってましたからね。それも取りにいかないとですよ」
 
「特注ナマズちゃん!?ホント??」


  
「……僕の神鎮めの努力を返して下さい。ナマズでコロっと行くのは納得いきません」
「な、なんでだよ!?ナマズちゃん欲しい……特注って何?」
 
「知りませんよ。大村さんに直接聞いて下さい」
「くっ……」


 
 累さんに目線を送る。ここなら、貴方も声が出ていましたもんね。最後のダメ押しをお願いします。
 頷いた累さんが芦屋さんの顔を上目遣いで見つめる。

「真幸、どこにもいかないで。累とずっと一緒にいるでしょ?お家に帰りたい」
 
「うん、わかった帰ろう。今すぐ行こう。伏見さん神降しの日いつだって?」
「……」

 芦屋さん?そこまでですか!?
もはや最初から累さんに言って貰うべきだったレベルだ。
 
「……伏見さん、どんまいやで」
「俺は感動したぞ?本当だぞ?」
「私の結婚式より累さんの一声かぁ」
「あららー」


 
「いいでしょう。芦屋さんはそう言う人です!分かってますからね!!!
 神降しは大晦日の零時です。
こちらとしても望んでいた天照大神の神降ろしですよ。国護結界の準備も全て滞りなく終わっています。」
 
「分かった。伏見さんちでやった舞で来ると思う?」

 
「間違いなく来ます。月読命が言っていた『人の命で招び声は熟さない』と言う真意は、人間は神にまで至る命に足りえないと言う意味です。
 芦屋さんはもう神様ですから。完全に完璧な神様です。招び声もさぞ熟しているでしょう」
  
「それ今イチ納得してないんだけどな……まぁいいや。じゃあ俺は天照大神の説得に全力を注ぐので、フォローよろしく頼みます」
 
「はい!!!」


 
 芦屋さんが差し伸べる手を、震えながら目一杯の力で握る。
 怖かった。本当に怖かった…。貴方がやってきた事の難しさを初めて知りました。
ここまで深く心に相手を思い、言葉を伝えるなんて初めてやったんだ。
 
 霊力がつきかけている。言霊を発しすぎたのも、初めてだ。

 
「ふ、霊力つきかけてるね。勾玉から神力補充するのも教えるよ。妃菜も、星野さんもね」
「鈴村も星野も勾玉を飲んでるんです?」
 
「あり?わかんない?お腹に視えるでしょ?飛鳥はピンクだし、ハラエドノオオカミは銀色の勾玉だ」
  
「……」
 
「伏見さんも修行が要るなぁ。俺が必要だろ?伏見さん」

 
 いつか芦屋さんに言った言葉がそのまま返ってくる。あの時の僕と同じ気持ちで問いかけてくれている。
大切で大好きな人に、必要だとそう言って欲しかった。
 
 僕は芦屋さんの手を自分の額に当てて。小さくはい、とつぶやいた。

 

「人間のバディが望むなら、現世に帰って決行日まで修行だな。じゃ、帰ろっか」

 接触は必要ないでしょうけどね。みんなで芦屋さんの手に手を重ねる。
今日はセンスのいいやつでお願いします。


「期待の眼差しが怖い。打倒俺の親父!天照大神でぶっ飛ばすぞー!」 
「お、おー……?」
 
「やっぱ無理やった。アリス、ええんよ無理せんで。真幸はこう言うセンスないんや」
 
「あの、はい……正直驚きました」 
「すまんが2回目も否定できん」
 
「芦屋さん、私は信じてます。いつかかっこいいセリフが言えますよ」 
「最高ですねぇ、このツッコミができるのがいいんですよ」

「ちぇっ。なんだよみんなしてさ」



 芦屋さんの転移で現世に魂が移ろっていく。僕たちが消える前の一瞬。

 傷だらけの小さな芦屋さんが、稲穂の海で……ポテトを齧って微笑んでいるのが見えた。
  
 


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「――|行く春《ゆくはる》 や|鳥啼き《とりなき》|魚《うお》の |目は泪《めはなみだ》」
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 『|詠《よ》む』と言う言葉は、心の内や風景などを自分の形式で形にすること、そして故人が作った俳句を口に出して自分の心情と重ねて追体験をすることを表す。
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 瞼を開けると、一面に黄金の稲穂が輝き風に揺れていた。
空は晴れわたり雲ひとつなく、奥に向かって茜色を広げ、夕暮れ時を告げている。
 鳥が飛び、虫が鳴き、稲穂を渡る風がさやさやと音を立て……。
あたたかい場所だ。柔らかい風に頬を撫でられ、心地よさにため息が落つ。
なんて穏やかで、綺麗なんでしょう。
「わあぁーーーん!!」
「あぁ…ごめんな、累……」
 泣きながら走って行った累さんを抱き上げ、顔を寄せて彼が瞳を閉じる。
 本当に、いる。すぐそこに。
 僕がずっと会いたかった人が。
 背中に夕陽を背負い颯人様とよく似た黒い着物を着て、ふわふわと風に羽織をはためかせている。その人が優しい声で『かわいい、かわいい』と呟いた。
「伏見さん」
 名を呼ばれ、全身がそれに応えて無我夢中で走り出す。彼が手を広げ、僕を迎えてくれる。
 抱きついて着物にしがみつき、唇が震えた。奥底から湧き上がってくる衝動が抑えきれない。
「芦屋さん…芦屋さん!あしやさん!!」
「おーおー、どした?そんな大きい声出して。鬼一さん、妃菜、星野さん、飛鳥も…安倍さんもおいで。ここなら夕陽がよく見える」
 稲穂をかき分け、四人と一柱が走ってやってくる。
全員無言で抱きついて、ぎゅうぎゅう体を締め上げると、芦屋さんが笑いながら肩を叩いた。
「ギブギブ。苦しいぞ」
「芦屋さん!どこ行ってたんですか!」
「ずっとここにいたよ。心がなかなか鎮まらなくて。もう鎮めるのは諦めた。無理なんだ。颯人を亡くして俺も死にたかった」
「芦屋さん……」
「でもさ、颯人と誓った約束が有効のままなんだよ。あいつが生きているような気がする。勾玉の気配は無くなってるし命は感じられないけど。
 神様の魂が消えたら契約は無効化するはずなんだ。おかしいよな、颯人はもう居ないのに」
 ふわふわ微笑む芦屋さんは、瞳の中が昏いままだ。まるで、深淵がその瞳に灼きついてしまったかのように。
「昔から痛みを代わってくれる子が俺の中に居た。大きくなったらその子は俺の悪夢の中にいたんだ。
 毎日毎日、目を瞑ると自決した母を見るまでがワンセットで俺に生まれた罪を忘れるなって言ってくる。
 颯人が来てからそれが無くなった。俺の悪夢を抑えてくれてたんだ。颯人は俺の全てを知りながら、一緒に抱えて守ってくれてた。
 失ってからそれを知るなんて、運命の神様は本当に優しくないよな」
 切なく歪むその顔は颯人様を失った悲しさを、その瞬間を残している。
一人で、苦しんでいたんですね…。
「芦屋さん、ここはあなたの心の中です。ここに居て、眠り続ければ体は朽ち果てます。あなたは高天原に召し上げられるでしょう。
 現世に、帰りたくないですか?」
「安倍さん、怪我してる」
「そ、そんな事はどうでもいいんです!」
「良くないよ。痛いだろ?」
 目を細めた芦屋さんが安倍さんの頬を撫で、あっという間に怪我が消え失せる。とんでもない力だ。いつの間に治癒の術を……?
「私が酷い目に遭わせたのに…なぜ…」
「安倍さんのせいじゃない。俺の親父が迷惑かけてごめんな。君自身にかけられた死の呪いは解呪したから現世ではもう自由だよ、好きに生きてくれ。
 俺は…そうだな、最期の仕事として日本を護ろう。みんなが生きてる現世を残したい。大切な人たちや、神様にも英霊にも誓ってしまったからさ」
 儚げに笑う芦屋さんがどこかに行ってしまいそうで、必死に胸元を掴む。
「その後は?その後はどうするんです?」
「天照大神を降ろした後、国を守る手伝いをさせるなら天照大神に従うのがセオリーじゃない?
 気に入ってくれてるなら天上に召し抱えてくれるんじゃないかな。安倍さんがいうように」
「僕達を置いていくんですか!?天上に上がったらもう会えません!あなたのオムライスで肥えた僕の舌はどうなるんです!」
 そうじゃない。言いたいのはそこじゃない。どうして僕はこう、ちゃんとものが言えないんだ。
芦屋さんは颯人様を失った悲しみで、生きる事に執着がなくなってしまっているんだから、しっかりしなきゃならないのに。
 どうしたらいい?
 あなたは僕の全てなんだ。
 僕を置いていかないで……。
「オムライスの作り方教えるよ?メモくらい残させてくれるだろ」
「ちが、ちがいます!オムライスじゃなくてあなたが残ってください!!
 颯人様には保険をかけてあります、きっとお戻りになります!!決戦の後も仕事が山ほどあるんですよ!」
 キョトンとした彼は、いつのまにか現れた白狐を肩に乗せている。彼の首に長いしっぽが絡み、それに微笑んで絡んだ尻尾を撫でている。狐の神まで下したのか?
「大丈夫、俺の元に来たってことはうまく行ってるんだ。
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「ちゃんと分かってるよ、颯人を刺したのは累が変化した刀だった。魂の破壊はされていないかもしれない。
 神喰いは身体の全てを身に取り込まないと成せないし。……伏見さんの嘘、うまかったな」
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「そりゃ凄いな。もしかして颯人は生き返れる?」
「やってみないとわかりません。天照大神が降りた時に確かめようと思っていました。それまではぬか喜びになってしまうかと言えなくて」
「そうだよな、そう簡単にはいかないな」
 あはは、と笑った芦屋さんは遠い目をして夕陽を眺めている。
 いつまでも沈まずにそこに佇む夕陽。
 芦屋さんの心はこんな風に、金色の稲穂に囲まれて黄昏の優しさを内包していたんだ。
どこまでも優しく切なくその色で染め上げ、人を、神を救っていた。
「颯人は、自分の意思で俺を置いていった。微笑んで、最期の言葉を遺して。」
「なんと言っていたんですか?」
「ナイショ。俺はその言葉に応えられる自信がない。高天原で会えるかもしれないけど……颯人に会いたいような、会いたくないような複雑な気持ちなんだ。
身体的には女の子になっちゃったし、汚されちゃっただろ。俺は男でいたかったし、颯人とは相棒のままでいたいんだ。」
 最後の言葉が愛の告白だと告げてますよそれは。
頬を赤らめて嬉しそうにしてるのに、何故そこでもじもじしてるんですか。
「颯人様を取り戻せるのは、芦屋さんだけです。国を救って、トンズラして、神様のいたいけな気持ちを弄ぶなんて許しませんよ」
「んむ、むぅ。うーん。」
「体が汚されたからなんです?そんなもの魚彦殿に治して貰えば無かったことになりますから。犯人は僕たちが叩きのめします」
「えー、でもー……どうせまた大円団の後に苦労するんだぞ?俺は絶対大変な思いするんだ」
「それはそうでしょうね。神の魂を受肉体に戻すなど、前例がありません。
 それでもあなたはきっと成し遂げる。私たちが心を込めてお手伝いします。人間のバディである僕を置いていくんですか?
 芦屋さんは颯人様に置いて行かれて、闇堕ちするほど悲しかったんですよね。僕もしますよ?」
 芦屋さんは『むー』と唸りながら目を閉じて、顎を手先でモニモニしてる。
ほら!みなさんも手伝ってください!!!
「私も真幸がいなくなったら闇堕ちすんで。ヤンデレ妃菜ちゃん爆誕や」
「じゃあ私も〜!」
「闇堕ち言うなし。乙女同盟は仲良くしてるから大丈夫だろ?」
「それとこれとは別なんよ。飛鳥はバディやけど私の好きな人はあんたなの」 
「すんっ。いいのよ、それが妃菜なの」
「気まずいの極みパート3だなぁ。しかも飛鳥は進展ありかぁ…」
「おい、その辺は後にしろ。俺もお前さんがいなくなるのは嫌だ。俺の葬式は真幸にして貰うって決めてるんだぞ」
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「俺はならん。真幸みたいに輪廻を巡って修行してからだ。まだまだヒヨッコなんだからな」
「えー。それ俺が寂しいだろ」
「そう、思ってくれるのか……くっ」
「芦屋さん、結婚式に招待したいので高天原に行くのは待ってください」
「星野さん!?結婚するの?」
「はい。私の子供の名付け親になってもらうんです。逃しませんよ」
「恐れ多いな……おめでとう。名前は行く前に考えればいいだろ?子供がたくさん産まれるように、名前もいっぱい残すよ」
「…ぬぅ…」
「みなさん、分かってます?これは正しく神鎮めですよ。もう少し真面目にやってください!」
「アリスも言うようになったやん。びっくりなんやけど」
「ひ、妃菜ちゃんと仲良くしたいので!わたしはグイグイ行きます。」 
「…ふぅん。まぁ、ええけど……」
「2人の仲がどうなるかは気になるな」
「せやろ?!」
「そうですよね!?」
「でもお空の上からでも見れるしなあ」
「「グヌヌ……」」
 ふう、やれやれ。真神陰陽寮、神継のみなさんはまだまだですね。ここは私が!
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「えっ!?……何かしてたっけ?」
「はー、そうですよね、そうだと思っていましたよ。あなたは肝心なところがスコーンと抜けてるんです。
 社の建立を忘れたり、敵方のはずがいつの間にか仲良くなっていたり。鬼一も、鈴村も、星野も、アリスさんも、僕も、そんなあなただから…救われたんだ」
 真剣な気持ちで芦屋さんを見つめる。昏い色の瞳の中に、透き通った眼差しが残っている。
 あなたは、もうすでに神だ。人の世の何某かを背負わせるべき方ではない。
 でもね、私は諦めないと言ったはずです。芦屋さんに残っている大好きなその色を、僕が手放すわけがないでしょう。
「僕も颯人様と同じく全てを見てきた。過去を全て知り、仕事も、生活も、全部を知った。好きな駅弁も知っていますし、嫌いな食べ物も知りましたし、抜けたところも知っています。
 全部を知った上で離れたくありません。神だろうがなんだろうが知りません。
 仕事がどうとか、人生がどうとか、惚れた腫れたとかそんな物も関係ない。
僕はいい人を見つけて結婚して、そうしたら玄孫の代まで貢いでくれると言ったでしょう」
「……言った」
「僕の事を信じているとも仰いました」
「うん、言ったな」
「それでは、耳の穴かっぽじってよく聞いてください。
 僕は芦屋さんの全部が好きです。
 神様だからって社に篭っていなくていいとも言っていましたよね。それならば高天原に召し上げられるべき理由もないはずです。
 そしてもう一つ。僕は颯人様を取り戻し、あなたが幸せな姿を死ぬまで見ていたい。
〝恋してチューする〟と言ったんですよね?依代の契約の時に」
「なんでそれ知ってるんだー流石に怖いよー。伏見家の血脈ー」
「いつもの調子で誤魔化されませんよ。
 恋をしたことのないあなたは畏れ、逃げようとしている。颯人様とさっさと結ばれてチューでもなんでも約束を果たしてください。
 芦屋さんの幸せが僕の幸せなんです。
 僕だけじゃない。うちの父も、母も、真子も、大村さんも、神様達も、真神陰陽寮の人たちも、みんなあなたが生きる事を望んでいる。
 咲陽さんとも生きると約束したでしょう。それを破れば浄真殿が鬼軍曹になりますよ。」
「…………」
「そのなかでも一番生きて欲しいと思ってるのは僕です。あなたが生きるなら何だってします。
 排泄物だって処理しましたよ。ええ、喜んでさせていただきました。介護もバッチリできますよ。将来も安泰です」
「それはマジでごめん……」
「謝る必要なんかない。喜んでしたと言ったでしょう。
 神になれば長生きします。残されて寂しいと思うなら、僕も神になって見せます。
 あなたは…生き抜く事を自分と颯人様に約束している。幼少期に傷つけたご母堂ですらもあなたを生かしたんですよ。
芦屋さんは、皆に望まれている命です」
 芦屋さんが俯く。
やはりそうか、そこが原因なんですね。
「呪われていたのはご自身のせいじゃありません。蘆屋道満の血脈だから責任とって、とか考えてるでしょう。やめて下さい。
責任を考えるなら、生きてくださいよ。ずっと、ずっと一緒に…手を繋いで隣を歩いて下さると、そう言っていたでしょう。僕も、芦屋さんに直に触れて、体温を分け合う距離にいたいんです」
「うん」
 瞬いた芦屋さんの瞳から、ひとつ、ひとつと雫が溢れる。彼は、死にたいと言ったが根本ではきっと、少しだけ違う。
 自分の親が蘆屋道満で、その人が犯した罪を償うつもりで死ぬと言ったんだ。
颯人様が蘇ると、生きていると信じているなら死にたいと思うはずがない。
 あなたは一縷の望みでさえ、無碍に捨てる人じゃないでしょう?
 お願いです。生きると仰ってください。僕は一緒に生きたいんだ。みんなとかどうでもいい。正直邪魔くさい。
 僕の隣を歩く人は、手を差し伸べたら笑って、傷だらけの手で握ってくださる芦屋さんがいいんです。
「本当に、生きていても、いいと思う?」
「はい。何度でも言ってあげますよ。
 生きてください。僕が望んでいるのはそれだけです」
「蘆屋道満の息子なのに?颯人をいつまでも追いかけて、見つけるまで仕事サボるかもよ?」
「いいですとも。今まで働きすぎたんですから、有給休暇にしてあげます。
颯人様を追いかけるなら、僕もお供します。サボるのは得意ですし、駅弁も買ってあげます」
「颯人見つけたらずっと一緒だぞ?
も……も、もしかしたら俺は本当に女の子になって、恋人になって、ラブラブハッピーで、伏見さんの前でいちゃつくかもしれないんだぞ」
「えぇ、どうぞ。むしろ今更ですが?せいぜいイチャついて下さい。今まで通りに」
「……………」
「芦屋さん、帰りましょう、僕たちの世界に。貴方の心は綺麗すぎる。ここに居たら、帰りたくなくなってしまいます」
「うん」
「寂しい時は僕が、僕達と神様がそばにいます。大村さんが特注ナマズを用意していると言ってましたからね。それも取りにいかないとですよ」
「特注ナマズちゃん!?ホント??」
「……僕の神鎮めの努力を返して下さい。ナマズでコロっと行くのは納得いきません」
「な、なんでだよ!?ナマズちゃん欲しい……特注って何?」
「知りませんよ。大村さんに直接聞いて下さい」
「くっ……」
 累さんに目線を送る。ここなら、貴方も声が出ていましたもんね。最後のダメ押しをお願いします。
 頷いた累さんが芦屋さんの顔を上目遣いで見つめる。
「真幸、どこにもいかないで。累とずっと一緒にいるでしょ?お家に帰りたい」
「うん、わかった帰ろう。今すぐ行こう。伏見さん神降しの日いつだって?」
「……」
 芦屋さん?そこまでですか!?
もはや最初から累さんに言って貰うべきだったレベルだ。
「……伏見さん、どんまいやで」
「俺は感動したぞ?本当だぞ?」
「私の結婚式より累さんの一声かぁ」
「あららー」
「いいでしょう。芦屋さんはそう言う人です!分かってますからね!!!
 神降しは大晦日の零時です。
こちらとしても望んでいた天照大神の神降ろしですよ。国護結界の準備も全て滞りなく終わっています。」
「分かった。伏見さんちでやった舞で来ると思う?」
「間違いなく来ます。月読命が言っていた『人の命で招び声は熟さない』と言う真意は、人間は神にまで至る命に足りえないと言う意味です。
 芦屋さんはもう神様ですから。完全に完璧な神様です。招び声もさぞ熟しているでしょう」
「それ今イチ納得してないんだけどな……まぁいいや。じゃあ俺は天照大神の説得に全力を注ぐので、フォローよろしく頼みます」
「はい!!!」
 芦屋さんが差し伸べる手を、震えながら目一杯の力で握る。
 怖かった。本当に怖かった…。貴方がやってきた事の難しさを初めて知りました。
ここまで深く心に相手を思い、言葉を伝えるなんて初めてやったんだ。
 霊力がつきかけている。言霊を発しすぎたのも、初めてだ。
「ふ、霊力つきかけてるね。勾玉から神力補充するのも教えるよ。妃菜も、星野さんもね」
「鈴村も星野も勾玉を飲んでるんです?」
「あり?わかんない?お腹に視えるでしょ?飛鳥はピンクだし、ハラエドノオオカミは銀色の勾玉だ」
「……」
「伏見さんも修行が要るなぁ。俺が必要だろ?伏見さん」
 いつか芦屋さんに言った言葉がそのまま返ってくる。あの時の僕と同じ気持ちで問いかけてくれている。
大切で大好きな人に、必要だとそう言って欲しかった。
 僕は芦屋さんの手を自分の額に当てて。小さくはい、とつぶやいた。
「人間のバディが望むなら、現世に帰って決行日まで修行だな。じゃ、帰ろっか」
 接触は必要ないでしょうけどね。みんなで芦屋さんの手に手を重ねる。
今日はセンスのいいやつでお願いします。
「期待の眼差しが怖い。打倒俺の親父!天照大神でぶっ飛ばすぞー!」 
「お、おー……?」
「やっぱ無理やった。アリス、ええんよ無理せんで。真幸はこう言うセンスないんや」
「あの、はい……正直驚きました」 
「すまんが2回目も否定できん」
「芦屋さん、私は信じてます。いつかかっこいいセリフが言えますよ」 
「最高ですねぇ、このツッコミができるのがいいんですよ」
「ちぇっ。なんだよみんなしてさ」
 芦屋さんの転移で現世に魂が移ろっていく。僕たちが消える前の一瞬。
 傷だらけの小さな芦屋さんが、稲穂の海で……ポテトを齧って微笑んでいるのが見えた。