表示設定
表示設定
目次 目次




第十三話

ー/ー



 一方、丙良の寮。
 一通りピザを食べ終えて、三人とも休息をとっていた中。ベランダの方で、少し重めの音がした。
 三人は警戒しつつ、がらりとベランダの窓を開けると、そこにいたのはエヴァとの用を済ませたクランであった。
 礼安が完全に警戒したのを皮切りに、全員が変身準備を整える。しかし、全くもって敵意の類を感じさせなかったために、むしろ焦りすら覚えるような表情であったため、皆不信がった。
「……一体、何の用かな? こんな夜に、そしてまあまあ油断していた僕たちに何をしに来たのかな」
「……敵意は無い。この通りだ」
 そう言うと、クランは両手を上げて降参の体勢をとっていた。
 礼安を除く二人が脳内を疑念で支配されている中、礼安が部屋の中に入るよう促した。
「まだ四月になっていないし、そこは寒いよ」
 そういう礼安は、既に警戒心を解いていた。二人はそんな礼安に対し根負けして、クランを迎え入れる準備に取り掛かった。

 今の今まで男一人女二人でも広々としていた部屋が、クランが座っただけで一気に圧迫感を増した。天井と部屋の幅が数十センチ縮まったかのようであった。クランの前に置かれたソフトドリンクが入ったマグは、大きいはずなのにまるで小ぶりなおちょこのようであった。
「……で、いったい何の用だい? 夜遅くに人の家のベランダに迷い込むってのは。しかも血相抱えてさ」
「……俺のせいだ」
 丙良がそれについて聞こうとした瞬間、目の前にデバイスを置くクラン。少しの立ち上げ時間の後、映し出された映像は衝撃的なものであった。
 それは、エヴァがフォルニカに襲われている様子であった。
「ほんの少しばかり前のことだ」
 クランは、礼安たちにエヴァと密会していたことを明かす。そこでクランが明かした身の上、そして肉体の不死性、エヴァが作り上げた礼安のための武器など、すべて。
「事態は急を要することになる。本当に申し訳ない」
 そういって、クランは土下座した。慌てる二人をよそに、礼安はぽつりと呟いた。
「私が貴方を殺さなきゃ、いけないのかな? 英雄が悪い存在を倒すのは分かるけど……殺すまでしなきゃ、いけないのかな」
「――――世の中は悪に対して何やってもいいと考えてる、正義の名のもとに。事情を知らない人間は、いつだって殲滅を望んでいる。悲しいけどね……そうまでしないと世の中は認めてくれない。人からの支持が得られない英雄の最後は、惨めなものだよ」
 礼安は深く俯いた。
「俺は、長く生き過ぎた。そして俺の中にあるペリノア王の因子は、戦友と戦い消えることを望んでいる。瀧本礼安、貴様の正義を成し遂げるために、そして英雄として名を上げるために、俺は、俺の命は――踏み台になったってかまわない」
 俯く礼安を庇うように、院はクランを睨み付ける。
「もうそれ以上はやめなさい、クラン。礼安を困らせるなら、私が――」
「院ちゃん」
 礼安が院の言葉を遮った。弱弱しくではあったが、院が言の葉を紡ぐことをやめるには、十分であった。
「礼安、これは貴様のためだ。貴様がより良い英雄となるための……」
 その瞬間、礼安はクランを平手打ちしていた。躱すほどの武芸を身に着けていたクランでさえ、その時を予知することはできなかった。
「……敵対しているとはいえ、誰かを殺す……そんなことで、私は英雄として名を上げたくなんかない」
 礼安の声は、震えていた。目に涙を湛え、怒りを面に出していたのだ。
「今の世の中が、敵対している何かを殲滅することで皆が喜ぶなら、私はそんな道歩きたくないし、それを良しとする英雄にもなりたくない。皆が幸せになってこその世の中なのに、世の中にいるはずの『敵対していた誰か』を排除することが必要なんて、そんなの間違ってる」
 クランは、頬に残った確かな痛みが、ずっと続いているような感覚があった。頬を伝って、やがて心に突き刺さる。礼安の甘くも、優しすぎる心が、クランの心に確かな痛みを残すのだ。
「クランさんにとって、私は甘いんでしょう……でも、私は誰かを確かに救い続ける英雄になりたい! それが敵だろうと何だろうと!」
 クランを抱き寄せる礼安。力は決して及ばない。だが強い思いがクランの重い肉体を動かしたのだ。
「だから! 私がいる限り、貴方が生きることを諦めないで!!」
 クランの肩に伝わる、液体の温もり。クランの中にある強い決心が、大きく揺らぐ。
 英雄とはいえ、一人の女を泣かせてまで叶えたい願いは、こうもちっぽけなものか。
 今までの永い時を経て、「死に場所を見つけたい」という願いは、誰かを不幸せにしてまで叶えたい願いだったのか。
 もし礼安が純然たる正義の人として生きていくのであれば、今ここで殺したってかまわなかっただろう。
 しかし、彼女のことを深く理解していたのは、まだ出会ってそう日が深くないエヴァのほうであった。ペリノア王はアーサー王のことを深く知っていたであろうが、クラン自身は彼女の優しすぎる性格の根底を、全くといっていいほど理解できていなかったのだ。
「――あと五百年前に出会っていれば……こんな俺でも少しは俺も変われたのかもしれない」
 そう呟いたクランは、泣きじゃくる礼安を優しく剥がし、飲み物をくれた二人に礼を言って、ベランダの窓を開ける。
「少し、考えを整理する。また、そう遠くないうちに会おう」
 そういって、クランは姿を消した。礼安の慟哭の影響で、最後まで彼の表情は曇ったままであった。
 しかし、この激動の時間は終わってはくれない。
 クランが去ってすぐ後に、丙良のデバイスに連絡が入る。
 少ないコール数で応答すると、声の主はとても慌てふためいている様子であり、ただひたすらに救援を求めたのだった。
『至急、連絡橋を渡って東京に向かってください! 渋谷で教会の人間が盗難武器を持って暴れています!』
 丙良はすぐ向かう旨を伝え、準備を始める。礼安たちも同行しようとするも、丙良は今までの優しさのにじみ出る雰囲気から一転、一人の英雄の厳しい表情を向け二人を制止する。
「君たち、今のオペレーターの声を聴いただろう? 今回ばかりは無茶させられない。何より、礼安ちゃんは今精神状態にブレがある。そんな状態で戦場に向かっても、良くて誰かの変わり身(デコイ)にしかならない可能性がある。ここで待つんだ、二人とも」
 丙良自身、非情なことを自分自身で言っている自覚はあった。しかし、自分の目の前で誰かが力不足によって死ぬなんてこと、彼のプライドが許しはしなかったのだ。
 だが、礼安は涙を乱雑に拭き、デバイスを手に持ち、立ち上がる。
「……私にだって、やれることはあるよ」
 ゲーム世界で成長した二人。その二人の瞳は初心者(ビギナー)のものではなく、もう若葉(ルーキー)のものであった。普通ならそれでも連れていかないことを選択するであろうが、丙良はまだ甘かった。
「……二人とも、そういえばあの一回きりの非常用ライセンス、使ってないよね」
 黙って頷く二人を横目に、長袖のパーカーを羽織る丙良。
「じゃあ、英雄の時間(ヒーロータイム)と洒落込もうか」
 その三人の後ろ姿は、まさしく凛々しかった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第十四話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 一方、丙良の寮。
 一通りピザを食べ終えて、三人とも休息をとっていた中。ベランダの方で、少し重めの音がした。
 三人は警戒しつつ、がらりとベランダの窓を開けると、そこにいたのはエヴァとの用を済ませたクランであった。
 礼安が完全に警戒したのを皮切りに、全員が変身準備を整える。しかし、全くもって敵意の類を感じさせなかったために、むしろ焦りすら覚えるような表情であったため、皆不信がった。
「……一体、何の用かな? こんな夜に、そしてまあまあ油断していた僕たちに何をしに来たのかな」
「……敵意は無い。この通りだ」
 そう言うと、クランは両手を上げて降参の体勢をとっていた。
 礼安を除く二人が脳内を疑念で支配されている中、礼安が部屋の中に入るよう促した。
「まだ四月になっていないし、そこは寒いよ」
 そういう礼安は、既に警戒心を解いていた。二人はそんな礼安に対し根負けして、クランを迎え入れる準備に取り掛かった。
 今の今まで男一人女二人でも広々としていた部屋が、クランが座っただけで一気に圧迫感を増した。天井と部屋の幅が数十センチ縮まったかのようであった。クランの前に置かれたソフトドリンクが入ったマグは、大きいはずなのにまるで小ぶりなおちょこのようであった。
「……で、いったい何の用だい? 夜遅くに人の家のベランダに迷い込むってのは。しかも血相抱えてさ」
「……俺のせいだ」
 丙良がそれについて聞こうとした瞬間、目の前にデバイスを置くクラン。少しの立ち上げ時間の後、映し出された映像は衝撃的なものであった。
 それは、エヴァがフォルニカに襲われている様子であった。
「ほんの少しばかり前のことだ」
 クランは、礼安たちにエヴァと密会していたことを明かす。そこでクランが明かした身の上、そして肉体の不死性、エヴァが作り上げた礼安のための武器など、すべて。
「事態は急を要することになる。本当に申し訳ない」
 そういって、クランは土下座した。慌てる二人をよそに、礼安はぽつりと呟いた。
「私が貴方を殺さなきゃ、いけないのかな? 英雄が悪い存在を倒すのは分かるけど……殺すまでしなきゃ、いけないのかな」
「――――世の中は悪に対して何やってもいいと考えてる、正義の名のもとに。事情を知らない人間は、いつだって殲滅を望んでいる。悲しいけどね……そうまでしないと世の中は認めてくれない。人からの支持が得られない英雄の最後は、惨めなものだよ」
 礼安は深く俯いた。
「俺は、長く生き過ぎた。そして俺の中にあるペリノア王の因子は、戦友と戦い消えることを望んでいる。瀧本礼安、貴様の正義を成し遂げるために、そして英雄として名を上げるために、俺は、俺の命は――踏み台になったってかまわない」
 俯く礼安を庇うように、院はクランを睨み付ける。
「もうそれ以上はやめなさい、クラン。礼安を困らせるなら、私が――」
「院ちゃん」
 礼安が院の言葉を遮った。弱弱しくではあったが、院が言の葉を紡ぐことをやめるには、十分であった。
「礼安、これは貴様のためだ。貴様がより良い英雄となるための……」
 その瞬間、礼安はクランを平手打ちしていた。躱すほどの武芸を身に着けていたクランでさえ、その時を予知することはできなかった。
「……敵対しているとはいえ、誰かを殺す……そんなことで、私は英雄として名を上げたくなんかない」
 礼安の声は、震えていた。目に涙を湛え、怒りを面に出していたのだ。
「今の世の中が、敵対している何かを殲滅することで皆が喜ぶなら、私はそんな道歩きたくないし、それを良しとする英雄にもなりたくない。皆が幸せになってこその世の中なのに、世の中にいるはずの『敵対していた誰か』を排除することが必要なんて、そんなの間違ってる」
 クランは、頬に残った確かな痛みが、ずっと続いているような感覚があった。頬を伝って、やがて心に突き刺さる。礼安の甘くも、優しすぎる心が、クランの心に確かな痛みを残すのだ。
「クランさんにとって、私は甘いんでしょう……でも、私は誰かを確かに救い続ける英雄になりたい! それが敵だろうと何だろうと!」
 クランを抱き寄せる礼安。力は決して及ばない。だが強い思いがクランの重い肉体を動かしたのだ。
「だから! 私がいる限り、貴方が生きることを諦めないで!!」
 クランの肩に伝わる、液体の温もり。クランの中にある強い決心が、大きく揺らぐ。
 英雄とはいえ、一人の女を泣かせてまで叶えたい願いは、こうもちっぽけなものか。
 今までの永い時を経て、「死に場所を見つけたい」という願いは、誰かを不幸せにしてまで叶えたい願いだったのか。
 もし礼安が純然たる正義の人として生きていくのであれば、今ここで殺したってかまわなかっただろう。
 しかし、彼女のことを深く理解していたのは、まだ出会ってそう日が深くないエヴァのほうであった。ペリノア王はアーサー王のことを深く知っていたであろうが、クラン自身は彼女の優しすぎる性格の根底を、全くといっていいほど理解できていなかったのだ。
「――あと五百年前に出会っていれば……こんな俺でも少しは俺も変われたのかもしれない」
 そう呟いたクランは、泣きじゃくる礼安を優しく剥がし、飲み物をくれた二人に礼を言って、ベランダの窓を開ける。
「少し、考えを整理する。また、そう遠くないうちに会おう」
 そういって、クランは姿を消した。礼安の慟哭の影響で、最後まで彼の表情は曇ったままであった。
 しかし、この激動の時間は終わってはくれない。
 クランが去ってすぐ後に、丙良のデバイスに連絡が入る。
 少ないコール数で応答すると、声の主はとても慌てふためいている様子であり、ただひたすらに救援を求めたのだった。
『至急、連絡橋を渡って東京に向かってください! 渋谷で教会の人間が盗難武器を持って暴れています!』
 丙良はすぐ向かう旨を伝え、準備を始める。礼安たちも同行しようとするも、丙良は今までの優しさのにじみ出る雰囲気から一転、一人の英雄の厳しい表情を向け二人を制止する。
「君たち、今のオペレーターの声を聴いただろう? 今回ばかりは無茶させられない。何より、礼安ちゃんは今精神状態にブレがある。そんな状態で戦場に向かっても、良くて誰かの|変わり身《デコイ》にしかならない可能性がある。ここで待つんだ、二人とも」
 丙良自身、非情なことを自分自身で言っている自覚はあった。しかし、自分の目の前で誰かが力不足によって死ぬなんてこと、彼のプライドが許しはしなかったのだ。
 だが、礼安は涙を乱雑に拭き、デバイスを手に持ち、立ち上がる。
「……私にだって、やれることはあるよ」
 ゲーム世界で成長した二人。その二人の瞳は|初心者《ビギナー》のものではなく、もう|若葉《ルーキー》のものであった。普通ならそれでも連れていかないことを選択するであろうが、丙良はまだ甘かった。
「……二人とも、そういえばあの一回きりの非常用ライセンス、使ってないよね」
 黙って頷く二人を横目に、長袖のパーカーを羽織る丙良。
「じゃあ、|英雄の時間《ヒーロータイム》と洒落込もうか」
 その三人の後ろ姿は、まさしく凛々しかった。