第5話 没落令嬢の宴席

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「それではコリンヴェルト到着と四人の出会いを祝して」

 夜の酒場の一画で、ヤンとレンとミレーヌがワインの注がれた杯を高々と掲げ上げる。
 ただひとり、ララだけはムスッと不機嫌な面持ちで明後日の方向を向いて軽く掲げる。未成年の彼女に注がれたその中身はもちろん、葡萄(ぶどう)ジュースだ。

 ヤンとミレーヌは杯をあおり、一気にワインを飲み干した。

「いやぁ、うまい! やっぱコリンヴェルトの白ワインは最高だねぇ。この一杯のために生きているって感じがするよ」

 ミレーヌが上機嫌で空になった杯をテーブルに置く。

「ミレーヌ殿、いい飲みっぷりですな」
「そう言うヤン殿も結構イケるクチじゃないか」

 途端に意気投合した二人は互いに追加のワインを注ぎ合う。

「ララ様、レンズ豆とチーズもありますよ。どうぞお召し上がりください」

 レンが食事の入った皿をララの前に差し出す。

「ええ、ありがとうございます。ですが、あのお二方には出さなくてよろしいのですか?」
「はい。あのお二人は酒さえあればそれだけで楽しめる部類の人種なので」
「そう……」

 ララはレンのあけすけの無い物言いに苦笑しながら、鮮やかな緑色をしたレンズ豆を()まむ。

「……ねえ、レンさん。アナタもヤン殿と同じ東方人なのかしら?」

 この辺りではほとんど見かけない純正の黒髪に黒茶色(ダークブラウン)の瞳を備えたオリエンタルなその容貌に見惚れながら、おもむろに(たず)ねる。

「はい。私とヤン殿とは同胞で旧知の仲でもあります」
「どちらのお生まれなのですか?」
「中華大陸です」

 ララはその国について伝え聞いたことがあった。
 何でも太古から独自の文明を開花させ、世界有数の繁華を誇る大国だという。

「ずいぶんと遠くからいらしたのですね。ご家族の方はいらっしゃるのですか?」
「肉親は早いうちに亡くしております」
「そうでしたの。ごめんなさい、余計なことを聞いてしまいましたわ」

 つい最近家族を失ったばかりの少女は、つい悲しみに身をつまされてしまう。

「いいえ。その代わりにかけがえの無い友が多くおり、彼らも私同様世界を旅しております」

 まるで何でも無いと言わんばかりに、レンは笑顔で言った。

「まあ、ずいぶんとたくましい方々なのですわね」
「そうですね。ずいぶん長いこと旅を続けたような気がします……」

 不意に思いを馳せるようにどこか遠くを見つめるレン。
 しかし、すぐに自嘲すると、

「今度は私から聞いてもよろしいでしょうか?」

 そう(たず)ねる。

「ええ。答えられる範囲内であれば」
 
 ララはコクリとうなずく。
 
「初めてお会いした時から感じていたのですが、ララ様は身なりはみすぼらしく口も悪いですがとてもエレガントな雰囲気をお待ちです。一体どういった出自なのですか?」
「え、ええと……」

 まず、悪口と褒め言葉が混在していることに戸惑いながらも、

「わたくしはただの世間知らずの小娘で、貴族ではありませんわ」

 過去について語ろうとはしなかった。

「左様でございますか……」

 少し落胆したような、あるいは何らかの含みを持たせたような口調でレンはつぶやいた。

「おやおや、お二方とも何やら良い雰囲気ではありませんか?」
「何だい、姉さんの知らない内に仲良くなっちまって。妬けるじゃないか」

 ここで突然、空気を読まない二人が上機嫌で会話に乱入してくる。

 思わず顔を(しか)めるララ。
 余計にタチが悪いのは、二人ともこれでも素面(しらふ)だということだ。

 ――正直ウザいですわ……

 これのどこが良い雰囲気なのだ、と文句を言いたいところだが、重苦しい空気になるのを阻止したことは事実だった。

「そういうお二方とも、とても仲が良さそうではありませんこと?」

 ジト目を向けて言うと、

「いやぁ、そうなんですよ。ミレーヌ殿がこんなに酒に強いとは思いませんでした」
「そういうヤン殿だってかなりの酒豪じゃないか。アタシとここまで張り合えた人はそうそういないよ」

 やはり酒を通して完全に意気投合する二人であった。

 ララが希釈用のワインが入った小樽を持ち上げると、すでに中身は空っぽで軽くなっていた。

「白ワイン追加、お待たせしました〜」

 そして女給がすかさず、空の小樽の回収と新しい小樽の追加をこなす。

「うんうん、待ってたよ〜」
「では、今一度闘飲と参りますか?」

 そして再び始まる闘飲という名の暴飲。
 狂ったように酒を浴びるその姿に、ララとレンは思わずため息を吐く。

「ウフフ……」
「どうかしましたの?」

 口元に指を当てて優雅な笑みを漏らすレンに、ララが問う。

「こんなに上機嫌なヤン殿は初めて見ました。余程楽しいみたいですね」
「そうなのですか?」
「ええ。あの通り仏頂面で無愛想でしょう? そんな彼があそこまで羽目を外すのは本当に珍しいですよ」

 たしかに、フードを脱いでも左眼を覆う眼帯の存在も相まって陰気な雰囲気と生まれ持ったいかつい形相は変わらないが、それでも目元や口元が幾分か柔らかいようにも見える。

「もうひとつ気になっていたことがあるのですが、聞いてもよろしいですか?」

 不意にレンが(たず)ねる。

「ええ、何でしょうか?」
「ララ様とミレーヌ様は一体どういうご関係なのですか? 姉妹にしては年が離れてそうですし、ご友人というにはもっと親しい感じですし」

 レンがそう言って首をかしげていると、

「ああ、それは私も気になっておりました」

 ヤンが杯を片手に話に乱入する。

「ああ、そのことですか。それはですね――」

 言いながらララはミレーヌの顔に手を添えてこちらを向かせると、

「んっ……」

 二人に見せつけるように唇を重ね合わせた。

「……わたくしたち、永遠(とわ)の愛の契りを結んだ仲ですの」
「もう、こんな人前で……」

 ドヤ顔のララと照れ顔のミレーヌ。
 そのイチャイチャぶりに、二人はポカーンと惚けてしまう。

「やっぱり驚いてしまいますわよね?」
「え、ええ……まあ、たしかに驚きましたが」
「お二人ともあまりにもあけすけなので、そちらに驚いてしまいました」

 何度もあけすけな物言いをしてきたこの二人に言われたくない、と思ったララだったが、それを口にだすことはしなかった。

「ん?」

 周囲に注意を向けると、先程のララたちのキスを目撃した他の客がひそひそと何かを話したり、好奇の視線を向けているのに気づいた。

「まあ、当然そういう反応になりますわよね……」

 嘆息を漏らすララ。

 偏見。あるいは侮蔑かも知れない。
 同性愛はこの国では、というよりもエウロペア大陸のいずれの国においても法律で認められてはいない。
 人目につかぬところで密かに愛し合う同性愛者は点在していたとしても、彼女たちのようにそれを大っぴらにする者はまずいなかった。

「偏見を持たれること自体は何とも思いません。わたくし自身、偏見を抱くことはありますから。ですが、それを言動に表したり弾圧されることだけはあってはならない……。そう思うのですが、難しいようですわね」

 ララの嘆きにヤンが答える。

「たしかに、現状では難しいかも知れません。たとえ個人がそれを認めたとしても、ヴァレリア正教の教義がそれを認めていない以上は……」
「ヴァレリア正教……」

 エウロペア大陸の大多数に分布するその宗教は、遥か太古から人々の心の拠り所としてあり続けた。
 ララ自身にとっても生まれた時から当たり前のものとして信じていていたその教え。しかし今ではそれがまるで呪いの縛めとなって彼女を苦しめるのだった。
 


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「それではコリンヴェルト到着と四人の出会いを祝して」
 夜の酒場の一画で、ヤンとレンとミレーヌがワインの注がれた杯を高々と掲げ上げる。
 ただひとり、ララだけはムスッと不機嫌な面持ちで明後日の方向を向いて軽く掲げる。未成年の彼女に注がれたその中身はもちろん、|葡萄《ぶどう》ジュースだ。
 ヤンとミレーヌは杯をあおり、一気にワインを飲み干した。
「いやぁ、うまい! やっぱコリンヴェルトの白ワインは最高だねぇ。この一杯のために生きているって感じがするよ」
 ミレーヌが上機嫌で空になった杯をテーブルに置く。
「ミレーヌ殿、いい飲みっぷりですな」
「そう言うヤン殿も結構イケるクチじゃないか」
 途端に意気投合した二人は互いに追加のワインを注ぎ合う。
「ララ様、レンズ豆とチーズもありますよ。どうぞお召し上がりください」
 レンが食事の入った皿をララの前に差し出す。
「ええ、ありがとうございます。ですが、あのお二方には出さなくてよろしいのですか?」
「はい。あのお二人は酒さえあればそれだけで楽しめる部類の人種なので」
「そう……」
 ララはレンのあけすけの無い物言いに苦笑しながら、鮮やかな緑色をしたレンズ豆を|摘《つ》まむ。
「……ねえ、レンさん。アナタもヤン殿と同じ東方人なのかしら?」
 この辺りではほとんど見かけない純正の黒髪に|黒茶色《ダークブラウン》の瞳を備えたオリエンタルなその容貌に見惚れながら、おもむろに|訊《たず》ねる。
「はい。私とヤン殿とは同胞で旧知の仲でもあります」
「どちらのお生まれなのですか?」
「中華大陸です」
 ララはその国について伝え聞いたことがあった。
 何でも太古から独自の文明を開花させ、世界有数の繁華を誇る大国だという。
「ずいぶんと遠くからいらしたのですね。ご家族の方はいらっしゃるのですか?」
「肉親は早いうちに亡くしております」
「そうでしたの。ごめんなさい、余計なことを聞いてしまいましたわ」
 つい最近家族を失ったばかりの少女は、つい悲しみに身をつまされてしまう。
「いいえ。その代わりにかけがえの無い友が多くおり、彼らも私同様世界を旅しております」
 まるで何でも無いと言わんばかりに、レンは笑顔で言った。
「まあ、ずいぶんとたくましい方々なのですわね」
「そうですね。ずいぶん長いこと旅を続けたような気がします……」
 不意に思いを馳せるようにどこか遠くを見つめるレン。
 しかし、すぐに自嘲すると、
「今度は私から聞いてもよろしいでしょうか?」
 そう|訊《たず》ねる。
「ええ。答えられる範囲内であれば」
 ララはコクリとうなずく。
「初めてお会いした時から感じていたのですが、ララ様は身なりはみすぼらしく口も悪いですがとてもエレガントな雰囲気をお待ちです。一体どういった出自なのですか?」
「え、ええと……」
 まず、悪口と褒め言葉が混在していることに戸惑いながらも、
「わたくしはただの世間知らずの小娘で、貴族ではありませんわ」
 過去について語ろうとはしなかった。
「左様でございますか……」
 少し落胆したような、あるいは何らかの含みを持たせたような口調でレンはつぶやいた。
「おやおや、お二方とも何やら良い雰囲気ではありませんか?」
「何だい、姉さんの知らない内に仲良くなっちまって。妬けるじゃないか」
 ここで突然、空気を読まない二人が上機嫌で会話に乱入してくる。
 思わず顔を|顰《しか》めるララ。
 余計にタチが悪いのは、二人ともこれでも|素面《しらふ》だということだ。
 ――正直ウザいですわ……
 これのどこが良い雰囲気なのだ、と文句を言いたいところだが、重苦しい空気になるのを阻止したことは事実だった。
「そういうお二方とも、とても仲が良さそうではありませんこと?」
 ジト目を向けて言うと、
「いやぁ、そうなんですよ。ミレーヌ殿がこんなに酒に強いとは思いませんでした」
「そういうヤン殿だってかなりの酒豪じゃないか。アタシとここまで張り合えた人はそうそういないよ」
 やはり酒を通して完全に意気投合する二人であった。
 ララが希釈用のワインが入った小樽を持ち上げると、すでに中身は空っぽで軽くなっていた。
「白ワイン追加、お待たせしました〜」
 そして女給がすかさず、空の小樽の回収と新しい小樽の追加をこなす。
「うんうん、待ってたよ〜」
「では、今一度闘飲と参りますか?」
 そして再び始まる闘飲という名の暴飲。
 狂ったように酒を浴びるその姿に、ララとレンは思わずため息を吐く。
「ウフフ……」
「どうかしましたの?」
 口元に指を当てて優雅な笑みを漏らすレンに、ララが問う。
「こんなに上機嫌なヤン殿は初めて見ました。余程楽しいみたいですね」
「そうなのですか?」
「ええ。あの通り仏頂面で無愛想でしょう? そんな彼があそこまで羽目を外すのは本当に珍しいですよ」
 たしかに、フードを脱いでも左眼を覆う眼帯の存在も相まって陰気な雰囲気と生まれ持ったいかつい形相は変わらないが、それでも目元や口元が幾分か柔らかいようにも見える。
「もうひとつ気になっていたことがあるのですが、聞いてもよろしいですか?」
 不意にレンが|訊《たず》ねる。
「ええ、何でしょうか?」
「ララ様とミレーヌ様は一体どういうご関係なのですか? 姉妹にしては年が離れてそうですし、ご友人というにはもっと親しい感じですし」
 レンがそう言って首をかしげていると、
「ああ、それは私も気になっておりました」
 ヤンが杯を片手に話に乱入する。
「ああ、そのことですか。それはですね――」
 言いながらララはミレーヌの顔に手を添えてこちらを向かせると、
「んっ……」
 二人に見せつけるように唇を重ね合わせた。
「……わたくしたち、|永遠《とわ》の愛の契りを結んだ仲ですの」
「もう、こんな人前で……」
 ドヤ顔のララと照れ顔のミレーヌ。
 そのイチャイチャぶりに、二人はポカーンと惚けてしまう。
「やっぱり驚いてしまいますわよね?」
「え、ええ……まあ、たしかに驚きましたが」
「お二人ともあまりにもあけすけなので、そちらに驚いてしまいました」
 何度もあけすけな物言いをしてきたこの二人に言われたくない、と思ったララだったが、それを口にだすことはしなかった。
「ん?」
 周囲に注意を向けると、先程のララたちのキスを目撃した他の客がひそひそと何かを話したり、好奇の視線を向けているのに気づいた。
「まあ、当然そういう反応になりますわよね……」
 嘆息を漏らすララ。
 偏見。あるいは侮蔑かも知れない。
 同性愛はこの国では、というよりもエウロペア大陸のいずれの国においても法律で認められてはいない。
 人目につかぬところで密かに愛し合う同性愛者は点在していたとしても、彼女たちのようにそれを大っぴらにする者はまずいなかった。
「偏見を持たれること自体は何とも思いません。わたくし自身、偏見を抱くことはありますから。ですが、それを言動に表したり弾圧されることだけはあってはならない……。そう思うのですが、難しいようですわね」
 ララの嘆きにヤンが答える。
「たしかに、現状では難しいかも知れません。たとえ個人がそれを認めたとしても、ヴァレリア正教の教義がそれを認めていない以上は……」
「ヴァレリア正教……」
 エウロペア大陸の大多数に分布するその宗教は、遥か太古から人々の心の拠り所としてあり続けた。
 ララ自身にとっても生まれた時から当たり前のものとして信じていていたその教え。しかし今ではそれがまるで呪いの縛めとなって彼女を苦しめるのだった。